廻し 前垂と下がり

廻し

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/14 10:27 UTC 版)

前垂と下がり

廻し(形状は今でいう『化粧廻し』)を締めて土俵に立つ江戸時代の力士/浮世絵師歌川国芳相撲絵『六ッケ峰岩之助(むつがみね いわのすけ)』。廻し姿の図[* 3]三保ヶ関部屋の力士で、江戸後期の大坂相撲大関
現代の化粧廻し (cf. ) は前垂[* 4] が前褌[* 5] の下を通って腹を隠すほど上まで体を覆うが、江戸時代の前垂は腹を覆ってないことも、こういった相撲絵から読み取れる。
左は関取琴奨菊和弘)、右は幕下以下の力士である。いずれも蹲踞の姿勢をとっているが、関取は布海苔(ふのり)で固めた下がりを用い、幕下以下は柔らかいままの下がりを用いるため、明らかな違いが見て取れる。前者の下がりは太腿と胴に挟まれて斜め上に跳ね上がり、後者の下がりは太腿の曲面に沿って垂れ下がる。

江戸時代土地相撲(名目上は勧進相撲)においては、幕内力士の取組には、形はやや違うものの今でいうところの「化粧廻し」(※後述)が使われていた。これは、相撲絵(相撲の浮世絵)などにも描かれて今日に伝わっている(■右の画像を参照)。

当時の幕内力士の廻し(今でいう化粧廻し)には、観客に見せる目的で前に垂らす部分である「前垂/前垂れ(まえだれ)[* 4]が、欠かせない部分としてあったわけであるが、相撲と取るにあたって動きの妨げになることは明らかで、江戸時代半ば[14]になって取り払われ、前垂無しの状態の廻し、すなわち現代語で普通に「廻し」あるいは「締込み/締め込み(しめこみ)」と呼ばれているものに変わった(※当時は今『化粧廻し』と呼んでいるものに特別な名称は無かったので、形が変わろうとも名称が変化したわけではない)。

前垂が取り払われたれ際、前垂の最下部に付いている装飾用の(ふさ)であった「下がり(さがり)」だけは、総の数を大幅に減らしたうえで残された。このような新しい形の下がりが生まれたことで、土地相撲に流れを汲む大相撲の力士には、これ以降、蹲踞する際に手で下がりを左右に掻き分けて太腿と胴の間に置くという独特の動作が加わった(■右列に画像あり)。ただ、前垂と同じく下がりも廻しに固定されていたことから、意図せずこれに指を引っ掛けて負傷する力士が多く、その対策として、下がりは褌の布本体とは切り離された部品に改められ、締め込んだ前褌(まえみつ[* 5]に挟み込んで固定するだけで力が掛かれば簡単に抜け落ちるものに変えられた。前褌に挟み込んで固定する必要から、挟み込めるだけの面を備えた短い横帯と、その下に垂れる紐からなる構造に変わった下がりは、もともと総であった名残で、変革後も、縄暖簾なわのれん)のような柔らかいただの総であったが、関取が用いる下がりに限っては布海苔(ふのり)で塗り固められたやや硬質なものに変わった(※変更された時期は不明)(■右列に画像あり)。布海苔で固めた下がりはそれほど硬いわけではないので、取組中に折れることも多い。その時は、濡らした後、まっすぐに成形し直して干しておけば、再び布海苔が利いて元に戻る。現在の下がりについて、本数は力士の体格に合わせて変えられているものの、17本前後が原則であり、偶数は割れる数であることから「土俵を割る」につながるため、験を担いで奇数になるように作られている[15]2019年5月場所のさなかの報道によると、この頃の関取の下がりの本数はほとんどの場合13本である[16]幕下以下の力士も取組の際には下がりをつけて土俵に上がるが、こちらは布海苔で固められていない旧来の柔らかなタイプが使われている(■右列に画像あり)。幕下以下の場合、下がりの色は原則として自由である[17][18]

現代の下がりは取組中の激しい動きの中で外れることが多い。先述のとおり、挟み込む面を前褌に挟み込んでいるだけであるため、相手力士に前褌を取られて引き付けられれば挟み込む力が失われて簡単に外れるし、力士本人と相手力士から加えられる様々な方向性の力のために廻しが全体的に緩むことでも外れる。意図せず指を引っ掛けるなどしても容易く抜け落ちるようになっている。取組中に落ちかけている下がりを行司が引き抜いて、邪魔にならないよう土俵の外へ放り投げることも多い。取組の終了後、外れた下がりは力士本人が持って動くことになるので、前褌に挟まれる部分の形状などはこの時によく目にすることができる。物言いが付いて取り直しが決まった場合でも、外れた下がりを付け直すことはなく、下がりの無い状態で取り直す。

「取組前に下がりが外れると反則負けになる」という俗説があるが、そのような事実は無い。取組中の激しい動きの中で外れることが多いとは言え、下がりが取組前に意図せず外れることは基本的に無い。実際に取組前に下がりが外れた事例はほとんど無い。

元々江戸時代の大相撲において化粧廻しの前垂は取組中に廻しがずれた際に局部が見えないようにするための役割を持っており、その名残であるさがりも建前上は緊急時に局部を隠すために存在するといわれる[19]

呼出が懸賞金の熨斗袋にさがりを刺すことがあるが、これは所作ではなく懸賞金を落とさないように呼出が配慮して行うものである[20]


注釈

  1. ^ 一部の通販サイトでの表記に拠ると少年用で自身のウェストサイズの4倍+100cm、成年用で自身のウェストサイズの4倍+160cmが一応の目安との表記あり。
  2. ^ 1990年代より、日本大学相撲部は黒色、2000年代より、埼玉栄高校はスクールカラーの橙色、報徳学園高校は同じくモスグリーンの廻しを大会出場時に使用。
  3. ^ 同じ題名で着衣帯刀の図もある。
  4. ^ a b c d 化粧廻しの「前垂/前垂れ(まえだれ)」とは、見せる目的で前に垂らす部分。
  5. ^ a b c 前褌(まえみつ)とは、褌(みつ、ふんどし)を締めた時に体を横に巻いた部分の前面。相撲で用いる褌は「廻し」であるため、「前廻し(まえまわし)」ともいう。同じ前面でも縦に巻いた部分は、局部を覆う袋のような形になることから「前袋(まえぶくろ)」という。

出典

  1. ^ a b 小学館『デジタル大辞泉』. “回し”. コトバンク. 2020年7月31日閲覧。
  2. ^ a b 池田雅雄、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “回し”. コトバンク. 2020年7月31日閲覧。
  3. ^ a b 三省堂大辞林』第3版. “回し・廻し”. コトバンク. 2020年7月31日閲覧。
  4. ^ 三省堂『大辞林』第3版. “締め込み・締込み”. コトバンク. 2020年7月31日閲覧。
  5. ^ a b c 佐渡ヶ嶽 (1941), p. 135.
  6. ^ 小学館『デジタル大辞泉』. “化粧回し”. コトバンク. 2020年7月31日閲覧。
  7. ^ 三省堂『大辞林』第3版. “化粧回し”. コトバンク. 2020年7月31日閲覧。
  8. ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』. “化粧まわし”. コトバンク. 2020年7月31日閲覧。
  9. ^ 平凡社『百科事典マイペディア』. “化粧まわし”. コトバンク. 2020年7月31日閲覧。
  10. ^ 4関取の化粧廻し[リンク切れ]
  11. ^ 『トリビアの泉〜へぇの本〜 4』 2003 [要ページ番号]
  12. ^ 『月刊武道 2010年2月号』 (2010), p. 191.
  13. ^ 北の富士 & 嵐山 (2016), p. 31.
  14. ^ a b c d e f g 化粧回し”. きもの用語大全(公式ウェブサイト). 有限会社 創美苑. 2019年6月13日閲覧。
  15. ^ 日本相撲協会 相撲用語集
  16. ^ 加藤裕一「まわしの「下がり」に個性、白鵬15連勝願い15本」『日刊スポーツ日刊スポーツ新聞社、2019年5月17日。2019年5月19日閲覧。
  17. ^ 『週刊ポスト 2018年3月23日号』 2018 [要ページ番号]
  18. ^ 『週刊ポスト 2018年3月30日号』 2018 [要ページ番号]
  19. ^ 大相撲まわしの前の「ヒラヒラ」 何のためにあるの?調べてみた」『J-CASTニュースジェイ・キャスト、2019年5月24日。2019年12月26日閲覧。
  20. ^ 田中亮『全部わかる大相撲』(2019年11月20日発行、成美堂出版)p.33
  21. ^ a b c 土俵にまわし「前袋」、反則負けに…実は誤審でした」『朝日新聞デジタル朝日新聞社、2017年3月26日。2017年3月26日閲覧。
  22. ^ 北の富士 & 嵐山 (2016), p. 133.
  23. ^ a b c d e f g h i j k 千代大龍は「キン肉マン」/主な漫画化粧まわしメモ」『日刊スポーツ日刊スポーツ新聞社、2017年4月25日。2019年6月12日閲覧。■画像はキン肉マンの化粧廻しのみあり。
  24. ^ a b c 稀勢の里「北斗の拳」三つぞろいの化粧まわし初披露」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2017年5月7日。2019年6月12日閲覧。
  25. ^ a b c d e お知らせ”. COAMIX(公式ウェブサイト). 株式会社コアミックス (2017年5月1日・6日・7日・10日・12日・14日). 2019年6月12日閲覧。
  26. ^ 佐田の海が「くまモン」の化粧まわし姿披露”. 産経フォト(公式ウェブサイト). 産経新聞社 (2016年5月8日). 2019年6月12日閲覧。
  27. ^ “化粧まわしに「せんとくん」 奈良県、德勝龍関に贈る”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2016年6月25日). https://www.asahi.com/articles/ASJ6S3C23J6SPOMB003.html 2019年6月12日閲覧。 
  28. ^ “德勝龍に「せんとくん」化粧まわし「いい相撲を取ってアピール」”. スポーツニッポン (スポーツニッポン新聞社). (2016年7月1日). https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2016/07/01/kiji/K20160701012880580.html 2019年6月12日閲覧。 





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