ロシア語 ロシア語の概要

ロシア語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/22 07:55 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
ロシア語
русский язык
発音 IPA: [ˈru.skʲɪj jɪ.ˈzɨk]
話される国 ロシア
アゼルバイジャン
アルメニア
 ウクライナ
ウズベキスタン
 エストニア
カザフスタン
キルギス
タジキスタン
ジョージア
トルクメニスタン
 ベラルーシ
モルドバ
 ラトビア
 リトアニア
地域 東ヨーロッパ北アジアカフカス中央アジア
話者数 約1億8000万人
話者数の順位
言語系統
表記体系 キリル文字 (ロシア語アルファベット
公的地位
公用語

 ロシア
 ベラルーシ
 カザフスタン
 キルギス
 トルクメニスタン

沿ドニエストル共和国
アブハジア
南オセチア
ガガウズ自治区
国際連合
統制機関 ロシア科学アカデミー[1]
言語コード
ISO 639-1 ru
ISO 639-2 rus
ISO 639-3 rus
テンプレートを表示

話し言葉と文語として、ロシア語は(ウクライナ語とベラルーシ語とともに)古いロシア語から発展した。ロシア語の書き方は、古代スラヴ語のキリル文字に基づいている。

概要

ロシア語はヨーロッパで最も母語話者が多い言語であり、母語話者数では世界で8番目に多く、第二言語の話者数も含めると世界で4番目に多い。国際連合においては、英語フランス語中国語スペイン語アラビア語と並ぶ、6つの公用語の1つである。

歴史

スラヴ祖語

聖キュリロス(キリル)と聖メトディオス

古ロシア語

ロシア語の起源については諸説あるが、東スラヴ人が使っていた古東スラヴ語10世紀 - 15世紀)から発展したという説が最もよく知られている。13世紀にキエフ大公国が崩壊した後、ルーシの地はモンゴル帝国に支配(タタールのくびき)されており、現代ロシア語にも財政金融に関わる単語を中心に、タタール語などのテュルク諸語モンゴル語の影響が残っている。その後、北東ルーシの辺境(現在のヨーロッパ・ロシア)でモスクワ大公国が成立し、この国の公用語がロシア語として独自に発展していった。

ロシア帝国の時代には、1708年ピョートル1世によってアルファベットが単純化されたのを皮切りに、ロシア語の改革が盛んとなった。18世紀後半にはミハイル・ロモノーソフが初めてロシア語の文法書を著し、標準語の形成に大きく寄与した。19世紀初頭にはアレクサンドル・プーシキンによって近代的な文語が確立した。また、宮廷は西欧諸国を模範として近代化を進めたことから、大量の専門語彙がオランダ語フランス語ドイツ語などから取り入れられた。その一方で、当時の上流階級はフランス語を日常的に使用しており[1]、19世紀の小説(レフ・トルストイの『戦争と平和』など)はフランス語を交えて書かれた作品が多い。

ソ連時代

ソビエト連邦ではロシア語が事実上の公用語であり、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国を除くソビエト連邦構成共和国において共通語として機能していたが、公式には公用語は存在しなかった。テュルク系のチュヴァシ人を祖先に持つレーニンオーストロ・マルキシズムカウツキーの影響のもと、1914年の論文『強制的な国家語は必要か?』において国家語の制定を批判した。また、自身も少数民族グルジア人の出自を持つスターリン民族問題の専門家として民族語奨励政策を採用した結果、ソ連は、ロシア語をその崩壊にいたるまで正式な公用語の地位につけることはついになかった(ちなみに、オットー・バウアーから借用した「形式は民族的、内容は社会主義的な文化の建設」というスターリンのテーゼはまず言語問題にまつわる1925年の演説『母語による教育』において現れた)。それゆえ、ロシア語が公的に国家語化したのはロシア連邦成立後である[2]

1918年には、アレクセイ・シャフマトフロシア語版が準備していたアルファベット改革案がボリシェヴィキによって実行に移され、現在のロシア語の正書法が成立した。ただし、Ёはこの時点でまだ正式なアルファベットとして認められておらず、正式に組み入れられたのは1942年のことである。なお、1964年にもソ連科学アカデミーによって正書法の改革案が作られたが、こちらは実施されなかった。

ソ連崩壊後

1991年末のソビエト連邦の崩壊で、ソ連を構成していた各共和国はそれぞれ独立し、それまでロシア語との併用という形を採っていたそれぞれの民族語が第一の公用語へと昇格したが、その後の言語状況に関しては様々である。

バルト三国と呼ばれるエストニアラトビアリトアニアでは、ソ連からの独立以降急速に各民族語(エストニア語ラトビア語リトアニア語)が使用される機会が増えている。もちろんソ連崩壊後30年程しか経過しておらず、またロシア系住民が多い地域などではロシア語が今でも使われるが、ソ連時代と比べるとロシア語はそれほど使われなくなっていると言える。特にこの3カ国が2004年EUに加盟してからは、英語ドイツ語がより広く学ばれるようになっている。ただし、ソ連時代後期にロシア語人口がラトビア語人口を逆転するのではないかと言われたラトビアでは、独立回復後に制定した国籍法で国籍取得要件にラトビア語の習得を義務付けたという経緯がある。これによって多くのロシア系住民をロシアへ移住させる事に成功したが、国籍を与えられない残留ロシア人の権利が阻害されているとするロシア政府からの抗議を受け、さらに欧州委員会からもこの言語規定が市民の平等を定める欧州憲法に違反しているという指摘を受けた。2018年4月には、教育法が改正され、ロシア系住民が通う学校であっても、小学校は50%以上、中学校は80%、高校は100%の科目をラトビア語で教育することが義務付けられた[3]

モルドバにおいては、ロシア語が国内共通語と法定されてきたが、2018年6月に失効が確認された[3]

また、ロシア影響圏からの離脱を模索するウクライナジョージアでも、ロシア語ではなくウクライナ語グルジア語がより広範に使われている。ウクライナでは、西部を中心に従来よりほとんどウクライナ語のみが使用されている地域がある一方で、ウクライナ語とロシア語両方が使われている地域もあり、また東部やクリミア半島ではロシア語の使用者が大勢である地域もあり、地域によっては将来的にもロシア語は当分使われ続けると推定されている。一方で、都市部を中心に伝統的にウクライナ語とロシア語の混交が起こっていたが、ソ連の崩壊以降、それまでロシア語が優勢であった地域を中心にウクライナ語にロシア語の要素が混じった「スールジク(混血)」と呼ばれる混交言語が広まりを見せている。現在でも、ウクライナ西部を除く広範囲でロシア語は使用、理解されており、ロシア語をウクライナ語に次ぐ第二公用語に加える動きもあるなど、今までのロシア語排除の動きから転換点を迎えようとしている。

ジョージアもまた長年ロシア語による支配を受けてきた国であった。ジョージア政府はロシア語教育を廃止し、ロシア語読みに基づいた国名である日本語の「グルジア」を英語読みの「ジョージア」に変更することを要請しており(グルジア語名では「サカルトヴェロ」)、日本政府も承諾している。また、ロシアに多くのジョージア人が住んでいることなどからロシア語は今でもよく使われている。

それ以外の地域に関しては、今でもロシア語が幅広く使われ続けている。ベラルーシカザフスタンキルギスウズベキスタントルクメニスタンなどでは非ロシア人でもロシア語しか喋れない人も多く、また多民族が入り混じって生活する中央アジア諸国では、ロシア語が民族を超えた共通語として使われている。カフカース地域、及びモルドバでも、現地人同士の日常会話には現地語が用いられることが増えてきたものの、ロシア語で会話する人々は少なくない。なお、ロシアとの統合に積極的なアレクサンドル・ルカシェンコ大統領の独裁体制が続くベラルーシでは、ベラルーシ語とロシア語が公用語に指定されているが、隣国ウクライナとは逆にロシア語使用が奨励され、本来の民族語であるベラルーシ語が軽視される傾向にある。

ポーランドブルガリアなど旧共産圏諸国では、共産主義体制ではロシア語が広く学習されていたが、民主化後は英語やドイツ語(歴史的にはチェコハンガリーなど、オーストリア帝国の支配下にあった国も少なくない)など西欧の言語に押されて、ロシア語学習は下火になった。またバルト三国や東側諸国はハンガリー動乱やプラハの春などでソ連軍による民主化弾圧などがあったために、かつて第一外国語だったロシア語を使う事も拒んでいる者もいる。

一方、ウラジーミル・プーチン政権で経済の立て直しに成功したロシアがBRICsと呼ばれる経済成長地域の一つに加わり、天然資源を核にした諸外国との経済関係が再び拡大すると共に、ロシア語の需要は再び高まりつつある。バルト三国などでもロシア語に対するマイナスイメージもソ連時代を経験していない若い世代を中心に徐々に薄れてきており、ロシア語は英語ドイツ語などと共に、ビジネスなどで必要な言語ととらえる人も増えてきている。また、宇宙開発においては国際宇宙ステーションの公用語になるなど、英語と並んで必要不可欠な言語の1つとなっている。

ロシア国内では急速な資本主義化や新技術の導入に伴い、今まで存在しなかった概念や用語が大量に導入された。これにロシア語の造語能力が追いつかず、特に英語を中心とした外来語がそのままロシア語に導入される例が多くなっている。

例:コンピュータ - ロシア語では外来語のкомпьютер(カンピユーテル)がスラヴ語的なвычислитель(ヴィチスリーチェリ=数字出力物)より頻出。компьютерでは本来のロシア語発音では「イェ」になる「е」が「エ(э)」と発音される点にも、外来語的な特徴がよく表れている。

各国におけるロシア語の状況

ロシア語話者の分布
  公用語として用いられている
  人口の3割以上が第一あるいは第二言語として話す

公用語

【事実上独立した地域】

【国際機関】

日本

稚内市の道路標識
根室市の道路標識

18世紀には、すでに「北槎聞略」という書物があり、「大黒屋光太夫」の口述による、キリル文字、一部のロシア語の単語、文などの記載も見られる[4]。本格的なロシア語研究が始まるのは、1804年から1811年にロシア使節からもたらされた公文書の翻訳が必要となった江戸幕府の命により、蘭語通詞の馬場貞由(左十郎)らがゴローニン事件によって松前藩に幽閉されていたゴローニンから学んだのが最初[5]

1868年に成立した明治政府は文明開化政策の規範を欧米諸国に取り、イギリス・ドイツ・フランス・アメリカなどから多くの技術や思想を導入したが、西欧よりも産業発展が遅れていたロシアはその対象から外れたため、通常の学校教育での採用では英語・ドイツ語・フランス語に次ぐものとして扱われた。その中で東京外国語学校では1873年の第一次創設から魯(露)語学科が設置され[注 1]東京商業学校への統合を経て1899年に再設置されると二葉亭四迷が露語学科の教授として就任して、同校はロシア語やロシア文学の研究拠点となっていった。また、開港地としてロシア領事館が置かれた函館などから布教が広がった日本ハリストス正教会もキリスト教(正教会)の聖職者育成とともにロシア語教育が重視され、ゴローニンの『日本幽囚記』で日本に興味を持ったニコライ(イヴァン・カサートキン)が日本大主教としてロシアから派遣された後の1891年に建設された東京復活大聖堂(ニコライ堂)に設けられた正教神学校では昇曙夢が活躍して、自身を含んだロシア文学研究者の育成に貢献した。

一方、南下政策をとるロシア帝国大日本帝国にとって仮想敵国の筆頭にあり、実際に1904年からは日露戦争も戦われ、1905年からは陸上国境で接するようになったため[6]日本軍にとってロシア語を習得する必要は一貫して高く、陸軍の教育機関である陸軍幼年学校陸軍大学校海軍海軍大学校ではロシア語が科目に含まれた。陸軍の東郷正延や海軍の井桁貞敏らは第二次大戦後のロシア語教育でも大きな役割を担った。

1920年には早稲田大学文学部に露文学科が設置され[7][8]、1921年設立の大阪外国語学校[9]や1925年設立の天理外国語学校[10]でも当初からロシア語の学科が置かれたが[11]、1917年に起こったロシア革命の結果でソビエト連邦が成立すると日本とは新たな緊張関係が生まれた。ソ連の国家イデオロギーである社会主義共産主義は天皇制を報じる日本では危険思想とみなされ、その事実上の公用語であるロシア語学習者は「アカ」などの蔑称で呼ばれることが多く、1937年には早稲田大学の露文学科が閉鎖された[7]。また正教会はロシア本国ではソ連政府による弾圧、日本ではソ連(ロシア)への利敵者とみなされる偏見という二重の苦境に立ち、その影響力とともにロシア語教育への余力も減退した。一方、日本が勢力を伸ばした満州では実務面でもロシア語教育の必要性が高く、1920年にハルピン市に設置された日露協会学院は後にハルピン学院となり、1940年からは満州国立大学となったが、1945年8月のソ連対日参戦とそれに続く第二次世界大戦での日本の敗北で消滅した。赤軍(ソビエト連邦軍)に降伏した日本軍の将兵はシベリア抑留の対象となってソ連国内[12]の収容所に連行されて、赤軍が進駐した満州や朝鮮半島北部、ソ連が日本からの領土編入を宣言したサハリン南部(南樺太)や千島列島南部[13]ではソ連軍人や一般国民と混住状態になった日本人が日常的にロシア語を使う状況となったが、民間人は一部の残留者を除いて1948年までに日本へ帰国し、シベリア抑留者の送還も1956年に終了して、この状態は短期間で終わった。

1946年に早稲田大学の露文学科は再開され[7]、1949年にはソ連との友好促進を目指す民間団体として(旧)日ソ親善協会が設立されてロシア語教室が開催されるなど、戦後のロシア語教育は東西冷戦の影響も受けながら徐々に拡大された。1956年10月に日ソ共同宣言で両国間の国交回復が決まると同年11月からNHKラジオでロシア語講座が開講され、1957年には同年に日ソ親善協会から改称した日ソ協会系の日ソ学院によってロシア語能力検定試験が開始された。同年はスプートニク1号による史上初の宇宙飛行も行われ(スプートニク・ショック)、ソ連の高い自然科学力を背景にした理工系教員からの要望を受けて1962年には東京大学教養学部に在籍する1年生と2年生の一部を対象にロシア語が第二外国語に加えられ[14]、ソ連政府からの独立性を維持した正教会系のニコライ学院を含め、高等・専門教育ではロシア語教育の機会が増えていった。

1960年代までは上記のようにロシア語の研究論文を読む必要がある自然科学系の研究者、共産主義を支持する人々を中心にロシア文化への関心は比較的高かったが、レオニード・ブレジネフ体制下でのソ連文化の硬直化や科学技術の停滞、中ソ対立などにも影響された日本共産党日本社会党などの日本の左派(革新)政党とソ連共産党の関係の混乱などを背景にソ連(ロシア)への関心は低下した。1985年にソ連で始まったペレストロイカによって経済交流や文化的関心は高まり、ロシア語学習者も一時的に増加したが、1991年のソ連崩壊前後の経済混乱はその熱を冷まし、1996年には19世紀からの伝統を持っていたニコライ学院が閉校に追い込まれた[15]

その後は日ソ学院が改称してロシア語能力検定試験の主催を続ける東京ロシア語学院や、こちらも改称しながら同学院との友好関係を維持する日本ユーラシア協会の独自講座、ロシア連邦教育科学省の認定試験として日本対外文化協会が窓口となって行われているロシア語検定試験(ТРКИ)、各大学で続けられるロシア語・ロシア文学関係の講座、それにNHKの語学番組改革の中で2017年からEテレで始まった「ロシアゴスキー」やラジオ第2放送の「まいにちロシア語」の放送などで日本におけるロシア語教育が継続されているが、放送大学におけるロシア語講座開設が2007年度限りで終了するなど、その退潮傾向は続いている。ただ、伝統的にロシアが強国であるフィギュアスケートでは浅田真央や羽生結弦などの日本選手もロシア人指導者のコーチを受けてきた事もあり、ここからロシア語への関心を持つ例も見られる。あるいは後述するアニメ・漫画などのサブカルチャー分野の人気作品内でロシア語が使用される例もあり、2020年4月に京都外語大学がロシア語学科を新設するなど、一定の状況変化も見られる。

ロシアとの交流は北海道や日本海側の一部の地域を除くと盛んではなく、貿易額で示される経済的なつながりもロシアと同様の近隣諸国である中国や韓国、あるいは多くの面で緊密な関係を維持しているアメリカ合衆国より薄い。そのため、日本(特に西日本)においてロシア語の重要性は低い。英語や中国語、朝鮮語に比べて語学教材も恵まれておらず、改訂も進まない結果、内容がソ連時代のままである教材も少なくない。

しかし、上記のように第二次世界大戦後も日本とソ連は軍事的対立が続き、冷戦終結とソ連崩壊後も日ロ間では領土問題などでの対立が残ったほか、漁船操業や国際協力などでの実務的必要もあることから、海上保安庁では第二外国語として中国語・朝鮮語と並びロシア語が学ばれており、自衛隊でも第二外国語として学ばれているほか、北海道の一部の高校では地理的に近いということもありロシア語の授業が行われている。さらに稚内根室紋別新千歳空港ではロシア語表記の看板が見られるなど、隣国としてのロシアの姿が実感できる。同様に、新潟東港を通じての対ロ貿易の日本海側拠点である新潟市でも日本語の他英語とロシア語を併記した看板を見ることができる。新潟市ではこれ以外にもロシア語スピーチコンテストを行うなどしている。同じく対露貿易の多い富山県伏木富山港周辺でもロシア語表記の看板が見られ、新潟県や富山県でもロシア語の授業を開講する高校がある。また、2010年代に入り「ガールズ&パンツァー」「ゴールデンカムイ[注 2]などロシア語の台詞が多い漫画・アニメーションの人気作品が制作され、ここからロシア語に興味を持った人が若者が生まれたという指摘もある。上記のNHKテレビロシア語講座「ロシアゴスキー」では2013年から放送が始まった放送シリーズで「ガールズ&パンツァー」に出演したロシア出身の声優であるJenya[16]を起用している。

江戸時代まで遡る日ロ両国間の政治交渉、ロシア文学や共産主義思想の受容、宇宙工学を中心とした多くの自然科学分野における重要性の存在などの様々な理由から、今でも日本の多くの大学の第二外国語でロシア語を学ぶことができるものの、日本人(特に西日本在住者)でロシア語を学ぶ人々は少ない。その中で、近畿地方関西圏)における日本海側の最重要港湾都市としてソ連時代から貿易拠点となっていた舞鶴市では北陸地方の各都市と類似したロシア語への接触環境があり、その舞鶴市がある京都府では2020年4月に京都外語大学がロシア語学科を新設している。

ロシア語の学科がある主な大学は以下の通り。このうち1994年に設立されたロシア極東連邦総合大学函館校は他校とは違って日本の教育制度の中では専修学校として扱われ、外国大学の日本校として指定されている。一方、ロシアではウラジオストクにある極東連邦大学の正式な分校として扱われ、本校への留学も含んだロシア語教育が重点的に行われている。

旧ソ連圏

ウクライナ東部や南部(クリミア半島も含む)ではロシア語が広く使われている。ヨーロッパ連合加盟国となったラトビアエストニアリトアニアなどの旧ソ連諸国でも、公用語にこそなっていないもののロシア系住民を中心に広く使われているがEUの公用語には加わっていない。2018年には、ロシアに対する反感や地位低下を背景に、ウクライナラトビアモルドバ、そしてカザフスタンでロシア語離れの動きがあるとも報じられている[17]。その中ではカザフ語の表記がキリル文字からラテン文字へ変更されたことが挙げられており、同様の変更はアゼルバイジャン語でも見られる。ただし、ソ連時代からロシア人の居住比率が10%程度だったリトアニアを除くと上記の各国でロシア系住民の比率は相対的に高く、特に中央アジアにおいては相対的に賃金水準の高いロシアの都市部へ出稼ぎ労働者が流出を続ける状況もあって、ロシア語が対ロシア、および地域諸国内の商業・行政面における共通言語(リングワ・フランカ)として現在でも使用され続けている。

イスラエル

1999年のデータではイスラエルへの旧ソ連からの移民は75万人にのぼり、ロシア語のテレビ・ラジオ放送局もある。イスラエルの公用語はヘブライ語だけだが公用語ではない英語にならび移民の影響でロシア語も広く使われている。


注釈

  1. ^ 公的なロシア語教育の起源は1871年に外務省が設置した「独魯清語学所」で、これは東京外国語学校に統合された。
  2. ^ 「ゴールデンカムイ」は日露戦争後の北海道が主な舞台となる作品で、登場人物は作品中でサハリンに渡航し、戦後に日本領となった南樺太とロシア領にとどまった北樺太の双方を訪れる。詳細は当該項目参照。

出典

  1. ^ 岩間他(1979), pp. 260-261.
    袴田茂樹. “第5回 ロシア人と外国語――欧米文化に復帰するロシア人”. TMU CONSULTING. 2012年11月27日閲覧。
  2. ^ 田中克彦『「スターリン言語学」精読』、岩波書店、2000年、171頁
  3. ^ a b 旧ソ連圏で相次ぐ“ロシア語離れ” 反露感情、ロシアの地位低下を反映か産経新聞 2018年9月30日
  4. ^ 桂川甫周『北槎聞略・大黒屋光太夫ロシア漂流記』亀井高孝校訂、岩波書店(岩波文庫)1993年(平成5年)、148~156頁、273~332頁
  5. ^ ロシア語の黎明期渡辺雅司、ロシア語ロシア文学研究15号、1983-09
  6. ^ 同年のポーツマス条約で日本が南樺太を領有してサハリンをロシアと南北分割し、続く1910年の韓国併合で日本領となった朝鮮北東端の日本海沿岸部分がロシアの沿海地方と豆満江河口部で接した。
  7. ^ a b c 概要”. 早稲田大学文学学術院文学部 ロシア語ロシア文学コース . 2020年12月13日閲覧。
  8. ^ 杉山は1916年を同大学露語学科の設置年としている。
  9. ^ 戦後の学制改革で大阪外国語大学となり、2007年に大阪大学へ統合。ロシア語教育の部署は同大学外国語学部ロシア語専攻としてその後も残存。
  10. ^ 現在の天理大学。2020年現在ではロシア語やロシア文学の単独学科はなく、同大学国際学部地域文化学科ヨーロッパ・アフリカ研究コースにロシア語担当の教員が在籍。
  11. ^ 杉山、138p。
  12. ^ 一部はソ連とともに日本と戦ったモンゴル人民共和国領内の収容所へ送られた。
  13. ^ 千島列島南部の国後島択捉島、北海道東方の色丹島などでは日本政府が領有権の残存を主張している(北方領土問題)。
  14. ^ 西原史暁、「ロシア語、第二外国語となる―戦後の東京大学の場合」、2011年2月6日公開、2020年12月13日閲覧。この時点では理科一類(工学部系)と理科二類(理学部・農学部・薬学部系)の学生のみ。後に全6科類の学生に対象が拡大。
  15. ^ 東京物語 Токио Моногатари - ニコライ堂”. ロシア語通訳協会. 2020年12月13日閲覧。
  16. ^ ノヴォシビルスク出身、現在は日本在住の女性声優。本名はイヴギェーニヤ・ダヴィデューク。
  17. ^ “旧ソ連圏で相次ぐ“ロシア語離れ” 反露感情、ロシアの地位低下を反映か”. 産経新聞. (2018年9月29日). https://www.sankei.com/world/photos/180929/wor1809290021-p1.html 2018年9月30日閲覧。 
  18. ^ アクセントのないоは[ɐ~ə]、еは[ɪ~ɪ̯ə~ə]に弱化するため、正確にはイ クラトカヤ[ˈi ˈkratkəɪ̯ə]
  19. ^ 半母音の й は、主に母音の後ろでのみあらわれ、日本語のヤ、ユ、ヨのように [j] の音の後ろに母音が続く場合は е, ё, ю, я を用いる。
  20. ^ a b 硬音の子音は微妙に「ウ」の音感、軟音の子音は微妙に「イ」の音感を伴う。
  21. ^ 硬音記号は、現在では軟母音で始まる単語の前に硬子音で終わる接頭辞が付加される場合(例: под + ехатьподъехать)にしか用いられない。ただし日本語をロシア語式に音訳する際、[n]と後続の母音を分けて発音することを明示する必要がある場合など(例:欽一の「きんいち」が「きち」にならないようにする)、外国語の表記に用いることがある。
  22. ^ к、т、чの前のгは/х/となるため、正確にはミャフキイズナク[ˈmʲæxʲkʲɪɪ̯ znak]
  23. ^ 軟音記号はそれが伴う直前の子音が軟音であることを現す。
  24. ^ アラスカでロシア語の方言発見、ロシアNOW、2013年5月30日
  25. ^ ソ連科学アカデミー東洋学研究所『和露大辞典』ニコライ・コンラド監修、1976年、ナウカ、裏表紙の表の表記に基づいた。






ロシア語と同じ種類の言葉


固有名詞の分類

ロシアの言語 古シベリア諸語  ユカギール諸語  ロシア語  アルタイ語  チュクチ・カムチャツカ語族
ウズベキスタンの言語 ブハラ語  ドンガン語  ロシア語  クリミア・タタール語  カラカルパク語
カザフスタンの言語 カザフ語  キルギス語  ガガウズ語  ドンガン語  ロシア語
ウクライナの言語 ウクライナ語  ガガウズ語  ロシア語  クリミア・タタール語  ハンガリー語
タジキスタンの言語 キルギス語  ブハラ語  ドンガン語  ロシア語  ソグド語
ラトビアの言語 ベラルーシ語  リヴォニア語  ラトビア語  ロシア語  ラトガリア語
アゼルバイジャンの言語 ザザキ語  アヴァル語  レズギ語  ロシア語  アゼルバイジャン語
トルクメニスタンの言語 レズギ語  カザフ語  ドンガン語  ロシア語  トルクメン語
エストニアの言語 ベラルーシ語  ヴォロ語  ロシア語  エストニア語
ベラルーシの言語 ベラルーシ語  ロシア語

英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ロシア語」の関連用語

ロシア語のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ロシア語のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのロシア語 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS