星新一 人物・エピソード

星新一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/07 05:45 UTC 版)

人物・エピソード

容貌や作風とは裏腹に、実生活でもギャグを連発するなど「奇行の主」と呼べる側面があった。SF仲間の集まりなど、気を許せる場では奇人変人ぶりを遺憾なく発揮していた。同行している作家仲間を驚かせることもしばしばだったという。特に筒井の初期短編は、星の座談でのギャグに大きく影響を受けているといわれる[21]。SF作家仲間たちと西新宿の台湾料理店(山珍居)に集まり、SF的な雑談に興じたが、中でも星の「異常な発想の毒舌発言」はその中でも群を抜いていて、他のSF作家たちの回想文などで神話的に語られている。その一部は『SF作家オモロ大放談』(いんなあとりっぷ社、1977年。のちに『おもろ放談』(1981年)と改題され角川文庫に収録)で読むことができる。平井和正は星の異常な発言をテーマにした短編小説「星新一の内的宇宙(インナースペース)」を発表しており、作家仲間が集まると自然と星を中心に話題が広がっていた様子が描写されている。しかし、文庫解説等では(育ちがいいこともあり)しばしば紳士的な人物と書かれた。世代・生育環境が近いこともあり、北杜夫とも親交が深かった[注釈 10]。また、礼節を欠いた人間には距離を置いて接していた。

星製薬が人手に渡った後も永らく、星薬科大学評議員という肩書きがあった。なお、手塚治虫の漫画『ワンダースリー』の主人公・「星真一」の名前は彼に由来する。星新一自身は、手塚の息子の手塚眞にちなんでいる可能性も考えていた[22]

三田文学』1970年10月号で、福島正実と「SFの純文学との出会い」という対談をした際、星が「ネパールに、ヒューマニズムに燃えた外国の医師団が乗り込んで病気を治し、死亡率をさげた結果、人口が増えて貧民が多数発生した。一種のヒューマニズム公害と言える」と発言したところ、同席していた編集者は「公害が文学になるのですか?」「問題があるのはわかりますが、どうして文学がそんなものに、こだわらないといけないのですか?」と応答をした。星は「文学が想像力を拒否するものだとは思わなかった。ぼくが純文学にあきたらなくなった理由がわかった」と発言した。SF的発想に対する「純文学側の無理解」として、有名なエピソードである。

作品のアイデア同様、他の作家とは着眼点が異なり、第1回奇想天外SF新人賞の選考委員として、小松や筒井がほとんど問題にしなかった新井素子の『あたしの中の……』を強力にプッシュし(結果は佳作入選)、作家として活躍していくきっかけを作った[23]。ただ一人、選考委員を任じたショートショート・コンクール(のちにショートショート・コンテストと名称変更)からも数千にも及ぶ作品の中から、後にプロとして確固たる活躍をしていく作家を多数発掘しており、その慧眼ぶりを発揮しつつ後進に道を拓いている。とはいえ、星新一ショートショート・コンテストとほぼ同時期に募集・発表があったショートショート・コンテスト「ビックリハウス」のエンピツ賞受賞作については「感性を非常に重視した作品」が選ばれており理解が及ばず、お手上げの状態だったという[24]

生前は自己の作品の映像化・戯曲化をほとんど許さなかった。アニメ化を持ちかけた製作会社ガイナックス武田康廣に「自分の作品がいじくられるのは真っ平ごめんだ。やるなら俺が死んでからにしてくれ。それなら文句は言わない」と断っている。小松はこの件を聞き、「星さんならそう言うだろう」と武田に語り、自作のテレビアニメ化『小松左京アニメ劇場』を快諾したという[25]。例外的に短編のいくつかが、アニメーション作家の岡本忠成によって人形アニメーションとして在命中に製作されている(#星新一作品の映像化参照)。

なお、作品にほとんど反映されていないため看過されがちであるが、星は化学の修士号を持ち、その方面の著書もある、れっきとした科学者出身SF作家である。

また、「リスクもなく大きなもうけが出る」と称して大量の人から金銭を集める詐欺行為の被害者について、「だまされた者は、欲に目がくらんだ者であり、救ってやる必要などない」などと辛辣な内容をエッセイに書いていた[26]。別のエッセイ集『できそこない博物館』では、「不渡り手形をつかまされれば、誰だって人間不信になる」といった一文を目にすることができる。

身長180センチという、大正生まれとしてはずばぬけた長身の持ち主であった。そのため、日本SF作家クラブには「星新一より背の高い人間の入会は認めない」という冗談会則があったが、これを初めて破って入会したのは田中光二である。

特にドイツ文学に傾倒したり滞在した経験があるわけではないが、この国と縁の深い人物の多い家系[注釈 11] も影響しているのか、ドイツびいきの感覚があり、エッセイ「クマのオモチャ」では「ドイツを全面的に信用している」「いい意味での恐るべき民族である」と手放しに近い賛辞を呈していた。同じくエッセイ「名前」では長女の名前ユリカを誕生月7月のドイツ語(Juli ユーリ)から発想した経緯を綴っている(ともに『気まぐれ星のメモ』所収)。また、星作品には国籍の明確な外国人はほとんど登場しないが(そもそもどこの国の話かすら判らないものが多い)、『ほら男爵現代の冒険』の主人公は当然ドイツ人であり(ただし文中でドイツという言葉は使われない。先祖の話や、旧日本軍に同盟国の方と呼ばれたり、生きていたヒトラーに同胞としてふるまうなどの間接表現にとどまる)、『気まぐれ指数』にも重要な脇役で在日ドイツ人が登場している。青年期と、かなりのブランクを経て中年期以降にもクラシック音楽を愛聴していた。クラシックの中で最も好きな曲に、ベートーヴェン大公三重奏曲』を挙げ、コルトーティボーカザルスの演奏盤を愛聴していた[27]

小松左京によると、星には少年愛の傾向があり、ひところはピーター(池畑慎之介☆)に入れ上げて「ピーターに会わせてくれるんだったら、とにかく大長編書くとかね、つまらんこといってた」という[28]。その後、郷ひろみに入れ上げていた時期もあり、「彼はね、一人で支那まんじゅう食いながら、郷ひろみのテレビ見てんだそうですけど、鬼気迫るな」とも小松は発言している[29]

ウイスキーが好きで、特にサントリーの角瓶を愛飲していた。エジプト旅行に行く際、免税店で買い求めたが取り扱っておらず、仕方なくオールドを買った。角が置かれていなかったことを非常に残念がり、「角なんて飲めなかったな、昔は」「飲めなかった。高級品だったんだ。手が出なかった。それが、いまじゃ、ああいう所に置いてないんだから。喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか」と発言している[30][リンク切れ]

公立はこだて未来大学は2012年9月6日に「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」の開始を発表した。松原仁(はこだて未来大学)、中島秀之(はこだて未来大学学長)、角薫(はこだて未来大学)、迎山和司(はこだて未来大学)、佐藤理史(名古屋大学)、赤石美奈(法政大学)の6人でプロジェクトチームを結成した。星新一のショートショート作品の解析を行い、プログラム的に体系化、生成アルゴリズムの検討と共にトライアンドエラーを繰り返し、人工知能によって2017年までに星新一作品と同等かそれ以上のショートショートを自動生成できるようにすることを目指している[注釈 12]瀬名秀明が小説の評価方法の検討を行うなどの顧問を務める。2015年9月には、自動生成されたショートショートを第3回星新一賞に応募したことが発表された[31]

ホシヅル

未来における鶴の進化型、ホシヅルを生み出し、サイン代わりに描いていた。星の死後、彼の誕生日9月6日は「ホシヅルの日」とされ、友人のSF作家たちが集って星を偲ぶ会が催される。2014年世田谷文学館で催された「日本SF展」と日程が重なったため、一般来場客を招いた公開形式で催された。当日は星マリナらにより生前のアルバム写真によるプレゼンや新刊絵本の英語での朗読がなされ、ホシヅルのケーキや星新一の等身大パネルなどを関係者とともに囲みこの日を祝った[32]


注釈

  1. ^ 北杜夫との対談「わが習作時代とSF文学と」では、北杜夫から好きな外国作家を聞かれ「シェクレー、ブラッドベリー、ハインライン、フレドリック・ブラウンもうまいし」と答えている[2]
  2. ^ ただし、堤の場合は西武の経営参加や上場よりも創作活動が遙かに先行しており、星の場合は完全に経営を離れたのちに創作活動が始まっている。
  3. ^ 通常なら帝国大学の場合は満23歳。
  4. ^ ただし、星自身は「先日、東大の大学院の女性の会(妙なのがあるな)に呼ばれ、話をした。修士課程を二つ出て、博士課程に在籍の人もいた。まいったね。それから私は、自分の略歴から、大学院に行ったことを削るようにしている。学歴で作品が書けるわけじゃない」と述べている。[9]
  5. ^ その後、1970年の『日本紳士録』第58版にも「星薬科大理事」との肩書が記載されている。
  6. ^ ただし最相葉月は『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社、2007年平成19年))のpp.208-217で「矢野からしきりに『セキストラ』を読むよう勧められた乱歩は、一読してこれは傑作だと思い『宝石』に掲載することを考えたが、自分が責任編集をしている雑誌に自分が推薦するのではどうも具合が悪い。そこで乱歩が大下宇陀児に提灯もちを依頼し、九月末発行の十一月号でデビューさせることになった」「大下が推賞したのは事実であるとしても、大下が『発掘』したというのは宣伝用の惹句で、矢野が書き残している通り、乱歩から依頼された大下の『提灯もち』が、いつのまにか大下の『発掘』という定説になってしまった」と述べている。その根拠として当事者だった矢野の証言の他、肝心の大下本人の推賞文が短い一文しか存在しないこと、それに比して乱歩が『宝石』の『セキストラ』末尾に記したルーブリックは約800字と長く、作品の具体的内容にまで言及して絶賛していることなどを挙げている。
  7. ^ 「電子頭脳」を「コンピュータ」に、「ダイヤルを回す」を「電話をかける」に直すなど。
  8. ^ 星新一は『きまぐれエトセトラ』「いわんとすること」で、執筆、発表当時は公害という言葉も概念もなく、公害問題と結びつけられたことでショートショートとしての面白さが損なわれると嘆いている。
  9. ^ 1985年時点で英語ドイツ語フランス語イタリア語中国語ロシア語朝鮮語ルーマニア語ポーランド語チェコ語インドネシア語ウクライナ語ノルウェー語ラトビア語リトアニア語ベンガル語セルビア・クロアチア語マジャール語アゼルバイジャン語エスペラントの20言語[19]
  10. ^ 2人とも父親は医薬系組織(製薬会社と病院)のトップで東北出身、欧米留学経験あり、母親は東京のブルジョア(小金井良精の娘と大病院の娘)で、本人は東京山の手(本郷と青山)育ち。
  11. ^ 外祖父・小金井良精と大伯父・森鴎外については有名だが、父・星一も留学経験こそないものの、フリッツ・ハーバー訪日の援助をしたり、ベルリン工科大学名誉教授の称号を贈られるほどの親独家として名高い。
  12. ^ 5年以内にショートショートの公募に匿名で応募して入賞することを目指すとしている。
  13. ^ 下訳は当時早川書房の編集者だった福島正実南山宏常盤新平らが担当している。星による訳者あとがき(2005年の再版では割愛されている)では、単に協力者として3人への謝辞が書かれているが、下訳の事実について福島らの元同僚・内田庶がエッセイの中で言及している。

出典

  1. ^ 星新一「『心中』に魅入られて」(『川端康成全集第6巻』第7回月報)(新潮社、1969年)
  2. ^ 北杜夫『マンボウ談話室』p.183、講談社、1977年
  3. ^ 宮崎哲弥『いまこそ「小松左京」を読み直す』 NHK出版新書、2020、p.7
  4. ^ 『きまぐれ読書メモ』p.219(有楽出版社、昭和56年(1981年))
  5. ^ 星新一『きまぐれ読書メモ』p.20(有楽出版社、1981年昭和56年))
  6. ^ 『きまぐれ暦』p.225(新潮文庫1979年(昭和54年))
  7. ^ a b c d 東宝特撮映画全史 1983, p. 540, 「特撮映画スタッフ名鑑」
  8. ^ 『きまぐれ読書メモ』(有楽出版社)p.108
  9. ^ 『気まぐれスターダスト』p.75(2000年、出版芸術社)を参照
  10. ^ 「星新一年譜」(『別冊新評 「星新一の世界」 76 AUTUMN』、新評社、1976年(昭和51年))、p.202。
  11. ^ 『人民は弱し 官吏は強し』、『星新一 一〇〇一話をつくった人』
  12. ^ 探偵作家・雑誌・団体・賞名辞典・多岐川恭
  13. ^ 星新一『きまぐれ遊歩道』pp.90-92(新潮文庫、1996年)。星は「高級住宅地なのだろうが、高級さをひけらかさないところがいい」「戦前の本郷の屋敷町にも、そういうムードのとこがあった」と述べている。
  14. ^ 最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人』上、新潮社〈新潮文庫〉、2010年、pp.11-18。
  15. ^ 1968年 第21回 日本推理作家協会賞
  16. ^ 日本SF大賞
  17. ^ 『'60年代日本SFベスト集成』への星の収録作「解放の時代」の解説
  18. ^ 牧眞司「ぼくのSFファン修業時代、星作品に関係することなど」http://www.hoshishinichi.com/note/34.html
  19. ^ 深見弾「星新一―億の読者をもつ作家」(新潮文庫「たくさんのタブー」巻末)より)
  20. ^ 『ボッコちゃん』解説(新潮社
  21. ^ 最相葉月『星新一 一〇〇一話をつくった人(下)』新潮文庫 pp.161-163
  22. ^ 星新一「文句を言い忘れた『W3』の主人公名」『朝日ジャーナル臨時増刊 手塚治虫の世界』朝日新聞社、1989年。
  23. ^ 第一回奇想天外SF新人賞選考会:選考過程”. 2009年2月7日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2008年6月20日閲覧。 (『奇想天外』1978年2月号「新人賞選考座談会」より一部抜粋)
  24. ^ 『きまぐれ読書メモ』(有楽出版社)p.178
  25. ^ 武田康廣『のーてんき通信 エヴァンゲリオンを創った男たち』ワニブックス、2002年、pp.120-121。
  26. ^ 『きまぐれ遊歩道』(新潮文庫)pp.111-112他
  27. ^ 星新一『きまぐれ遊歩道』p.76(新潮文庫、1990年)
  28. ^ 北杜夫『怪人とマンボウ』p.118(講談社、1977年)
  29. ^ 北杜夫『怪人とマンボウ』p.119(講談社、1977年)
  30. ^ 佐々木清隆『さよならバーバリー 2』(1998年)http://www.asahi-net.or.jp/~jg3k-ssk/hoshi2.html
  31. ^ 第3回星新一賞に応募しました。” (2015年9月24日). 2016年1月29日閲覧。
  32. ^ ホシヅルの日@SFの国”. 日本SF作家クラブ. 2014年12月29日閲覧。
  33. ^ "『星新一の不思議な不思議な短編ドラマ』放送決定 水原希子、永山瑛太、高良健吾、北山宏光ら出演". ORICON NEWS. oricon ME. 18 February 2022. 2022年2月18日閲覧
  34. ^ "「星新一の不思議な不思議な短編ドラマ」放送のおしらせ". ドラマトピックス. 日本放送協会. 18 February 2022. 2022年2月18日閲覧
  35. ^ 最相葉月『星新一(下)』(新潮文庫)p.267






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