手袋
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/15 05:42 UTC 版)
使用目的
手袋を着用する主な目的は手の保護である。冬の防寒具としては一般的であるほか、季節を問わず火傷や擦り傷、切り傷の防止、さらに汚れや素手で触ることが危険な化学物質、病原体からも手を保護する。ニトリル製、ラテックスやビニル製の使い捨て手袋は、医療従事者の間で感染症を防ぐ有効な手段として使われている。直接手に触れることで価値や有効性が減る対象物を、人間の皮脂などから保護するためにも手袋は装着される。例として各種製造過程での製品接触、美術品や骨董品の取り扱い、警察の捜査等がある。
フィンガーレスグローブは寒さから手を守る必要があり、なおかつ指先を自由に使えることが必要な状況で用いられる。手袋の中には、手首までではなく肘近くまで保護するものもあり、これらをガントレット(籠手)と呼んで区別することもある。
手を保護する必要がない場合でも、装身具として用いられることも多い。
生産地
世界中で手袋は生産されており、各家庭で編まれることも多い[注釈 1]。
フランス、イタリア、デンマーク、ハンガリーやカナダでは高価な女性用のブランド物手袋が作られている。アメリカ合衆国ニューヨーク州、特にグラバーズヴィルは手袋の産地であったことが知られているが、近年では多くの手袋が東アジアで作られている。日本では、国内製手袋の約90%が香川県東かがわ市周辺で作られている。
歴史
現存する手袋で最古のものは古代エジプトのツタンカーメン王の墓から発見されたもので、紀元前1343年 - 前1323年のものとされ、手首でむすぶタイプの麻製のものとされる[3]。
文献上では、古代ギリシア時代に遡る。ホメロスの『オデュッセイア』のいくつかの翻訳によると、オデュッセウスの父ラーエルテースは庭を歩く時に手袋をしていたとしている。しかし、他の翻訳によると、ただ袖で手を覆っただけである。紀元前440年に書かれたヘロドトスの著書『歴史』の中にレオテュキデスという人物が手袋、あるいはガントレット一杯の銀貨を賄賂として受け取った罪に問われていることが記述されている。古代ローマ人の記述の中にも、度々手袋が登場する。西暦100年前後に活躍した小プリニウスによると、大プリニウスは馬車に乗車中に口述筆記させていた速記者に冬の間は手袋を着用させ寒さの中でも文章を書けるようにしていたという。
ファッション、儀式、それに宗教のために手袋は用いられる。13世紀頃からヨーロッパでは女性の間でファッションとして手袋を着用するようになった。リネンや絹でできており、時には肘まである手袋が広まっていた。16世紀にイギリスの女王エリザベス1世が宝石や刺繍、レースで豪華に装飾されたものを着用した時に、手袋の流行は頂点に達した。オペラグローブと呼ばれる肘上から二の腕まで至る長い手袋がエリザベス1世女王、キャサリンデメディチ王妃、メアリー2世女王などの王族によって愛用された。長い手袋は貴族や王族と密接に関連しており、数千年の王族と権威の象徴とされ、多くの架空の女王、王女、貴族はドレスの一部としてそれらを身に着けているように描かれている[4]。
刺繍と宝石で装飾された手袋は皇帝や王の徽章の一部となっている。1189年にヘンリー2世が埋葬された時には、戴冠式のときに着用したローブと王冠、それに手袋とも共に埋められたと、マシュー・ペリーは記録している。1797年にイングランド王のジョンの墓を開いた時、それに1774年にエドワード1世の墓を開いた時にも、手袋が発見されている。
祭服としての手袋は、主にカトリック教会の教皇や枢機卿、僧侶たちが着用している。教義によりミサを祝う時にのみ着用を許されている。この習慣は10世紀に遡り、儀式の際に手をきれいにしておきたいという単純な欲求が始まりかも知れないが、特権階級として豊かになった聖職者たちが己の身を飾るためにつけたものが始まりかも知れない。フランク王国からローマにこの習慣は広まり、11世紀の前半にはローマでも一般的になった。
日本では、鎌倉時代に武士が身につける籠手として発達した。当時は「手覆」(ておおい)とも呼ばれた。日本の手袋は分類して、「藁手袋」と「布手袋」に別けられ、藁製は拇指と四指の二分に分かれている。民俗学の分野では、布製も「ワラテ」と呼ぶことから、布製は藁製よりのちに作られるようになったと考察される[5]。
15 - 16世紀に南蛮貿易によって西洋式の手袋が輸入され、珍重された。やがて国内生産も始まり、手袋づくりは貧乏武士の内職として盛んになっていく。手袋は俳句における冬の季語でもある。
女性皇族は常に白の手袋を携帯しているが、これは帽子と共にその貴族性を象徴する為の物である。皇室の晩餐会や儀式などの特別に改まった場面においてローブ・デコルテと併せてオペラグローブを着用し、ティアラ(小さな王冠)を付けることを基本としており、宮中ではこれを女性の最上級礼装としている[6]。
分類・種類
さまざまな分類法がある。
ひとつは最初に説明したように、形状で ミトン / グラブ と分類する方法である。 指が露出している形状はフィンガーレスグローブと分類し、腕まで覆うタイプをアームカバーと分類する。
ほかには使用目的で分類する方法もあり、医療用 / スポーツ用 / 作業用手袋 / 運転用手袋...といった分類がある。
スポーツ・武道用手袋
スポーツ用もさらに下位分類することができ ボクシング用 / スキー用 /サッカー用 / 野球用 / ダイビング用...などと多種類ある。
なおゴルフ用や、サッカーのゴールキーパー用などは、手の保護に加えて、掴んだものを滑りにくくするグリップ性も重視している。
野球用グラブ・ミット、ボクシンググローブなど競技ごとに特化した手袋も存在する。
ただし一般的に専用の形状をしている物は手袋とは呼ばない事が多く、グローブなどと呼ぶ事が多い。
- サッカー用
- サッカー用としては、チームでただひとり手を使う選手、ゴールキーパーが着用する手袋、ゴールキーパーグローブが重要である。
- 野球用
- 野球は手袋が捕球のための道具として進化してきた歴史がある。ピッチャーや野手が使う野球用グラブや、キャッチャーが使うミットがある。バッターが使うバッティンググローブもある。
- スキー用
- スキー用手袋は、米国の輸入カテゴリーとしては次の項目を満たすものと定義されている: 1.ナスカンがついていること、2.掌側に補強層があること、3.甲側関節部に補強層があること、4.手首に伸縮処理があること。
- ダイビング用
- ダイビング[要曖昧さ回避]に使う手袋はダイビング・グローブと言う。
- 鷹狩用
- 鷹狩は世界のさまざまな地域で行われているが、英語では手袋タイプはglove、甲がけタイプはgauntletと分類し、(falcon用は)falconry gloveやfalconry gauntlet, (eagle用は)eagle gloveやeagle gauntletと言う。日本の鷹匠用のものは「餌掛け」(えがけ、ゆがけ)などと言い、鹿革でつくる[8]。
- 弓道用
- 日本の弓道用には「ゆがけ」という手袋がある。
- 剣道用
- 剣道用には籠手(こて)という手袋がある。
医療用手袋
![](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/redirect?dictCode=WKPJA&url=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fwikipedia%2Fcommons%2Fthumb%2F8%2F8d%2FDisposable_nitrile_glove.jpg%2F150px-Disposable_nitrile_glove.jpg)
手術や鑑識の際に着用される医療用手袋の基礎となるゴム手袋は、「レジデント制度の父」と呼ばれるジョンズ・ホプキンス大学のウィリアム・スチュワート・ハルステッドが1890年に自身の恋人であった看護婦のキャロラインの為に発案した。
当時は消毒のために強力な消毒液に手を漬けて手術に挑まなければならず、手の皮膚が弱いキャロラインが消毒液による手荒れを防げるよう、ゴム手袋を発案した。殺菌性についても、既存の消毒液に手を漬けて行うものよりも強力であったために注文が殺到し、全世界の手術の現場で普及することになる[9]。
ちなみにその後、二人はこのことがきっかけで結婚することになったが、当のキャロラインはハルステッドと結婚して看護婦を引退したため、このゴム手袋を使うことは無かった。ラテックス製の手袋は、1964年にオーストラリアのアンセル社が開発した。
一般に食品産業や精密作業などで使用されるものは、100枚や50枚単位で箱に収め、ポップアップして使えるようになったものが利用されている。一方、手術用は衛生管理のため一双ずつ梱包してある。更に感染症を防ぐため滅菌処理を行っているため、価格も10倍以上違う。
2020年現在、世界で使われる医療用手袋の生産量の3/5はマレーシアで生産されている。同年3月から4月にかけて、マレーシア国内で新型コロナウイルスの感染拡大に伴いロックアウトが実施された際には、医療用手袋の供給不安を招いた[10]。
作業・運転用手袋
工場や農作業、工事現場での作業時には軍手をはめる場合が多い。軍手は防水性がないため、水仕事など液体を扱う時にはゴム製や合成樹脂製の手袋を、油や電動工具の研磨などを取り扱う場合は、怪我防止や粉塵に触れないために豚革や牛革の手袋を使うこともある(軍手は繊維を巻き込み危険なので使えない)。シンナーやトルエンなどを扱う時は、溶剤専用のゴム手袋を使う。
また、自動車やオートバイ、自転車などを運転する時に滑り止めや防寒や安全のために、そのほか、警備員が手旗の代わりに用いたり、タクシー等の運転手が礼装をアピールしたり手やハンドルを汚さないために用いる。
スマホ用手袋
スマートフォンの操作に必要な指が発する静電気や指紋認証を妨げないように、導電性素材の使用や形状が工夫されている[11]。逆にタブレットPCで静電容量式スタイラスを用いるときに物理的にパームリジェクション機能を実現するための小指、薬指のみの絶縁体手袋もある。
礼装用手袋
![](https://weblio.hs.llnwd.net/e7/redirect?dictCode=WKPJA&url=https%3A%2F%2Fupload.wikimedia.org%2Fwikipedia%2Fcommons%2Fthumb%2Fe%2Fe7%2FDebutante-dress.jpg%2F180px-Debutante-dress.jpg)
イブニングドレスやウェディングドレス等の女性礼服に用いられる[12]長い手袋をイブニンググローブという。材質は革か布、色は白か黒色が多いが慶事では白色が主流である[13][14]。手袋の長さはドレスの袖の長さによって選ぶべきもので[15]、袖が短いほど手袋は長くなり、袖なし(ノースリーブ)のイブニングドレスでは肘より上までの長いものも用いる[16]。ウェディングドレスでは長い手袋ほどフォーマル性が高く、特に長いものは肘上から二の腕あたりまですっぽりと覆う長さがあり、これをオペラグローブという。
また、警察官や消防吏員も、出初式や年頭出動訓練など、礼装の際には白手袋をはめる。
神事用手袋
神社で神職が御霊代奉戴などを行う時、手が触れないように専用の手袋を用いる。白布製で拇指と四指とに分けた仕立てで、手元の紐で手首を括るようになっている[17]。
注釈
出典
- ^ a b c 意匠分類定義カード(B2) 特許庁
- ^ a b 『ブリタニカ国際大百科事典』、手袋
- ^ ナショナルジオグラフィック日本語版公式サイト・2020年7月20日付、「意外とディープな手袋の歴史、石器時代から21世紀まで」の記事参考
- ^ All The Tropes : Opera Gloves are ~
- ^ 文化庁文化財保護部監修 『日本民俗資料事典』 第一法規 1969年 p.10.p.11に青森県上北地方の藁手袋の写真が載せられている。
- ^ 日本の礼儀作法~宮家のおしえ~
- ^ 山崎幸治『もっと知りたいアイヌの美術』東京美術、2022年、p.19.
- ^ "道具について". NPO法人日本鷹匠協会. 2021年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月17日閲覧。
- ^ “院長コラム Vol.09 外科医の恋心から生まれた手術用手袋”. 医療法人徳洲会 新庄徳洲会病院 (2005年11月15日). 2016年8月27日閲覧。
- ^ “医療用手袋が世界で不足、最大の生産国マレーシア封鎖”. ロイター (2020年3月28日). 2020年3月27日閲覧。
- ^ 手袋でも指紋認証可能!この冬おすすめの最新スマホ手袋3選&Androidの便利ワザKDDI「TIME&SPACE」(2017年11月22日)2018年2月11日閲覧
- ^ 作法心得 第4章-美容と服装 第21節-女子礼服の細部
- ^ WHITE TIE DRESS CODE FOR WOMEN
- ^ Six Easy Tips for Understanding Dress Codes and Knowing What to Wear
- ^ 作法心得 第4章-美容と服装 第26節-手袋
- ^ 解説:「新・田中千代服飾事典」より
- ^ 神社本庁『神社有職故実』1951年7月15日発行全129頁中70頁
- ^ “雑貨工業品品質表示規程”. 消費者庁. 2013年5月23日閲覧。
- ^ トム・ハンクスが、なぜが「街の落し物」をツイートし続けているBuzzFeed(2016年3月22日)2018年2月11日閲覧
- ^ 片手袋大全(2018年2月11日閲覧)
- ^ 「ワンダフルライフ:“片手袋”のある風景を撮り続けて13年。東京という大都市で人生が交差する――石井 公二さん」『ビッグイシュー日本版』326号
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