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信越放送
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/02/01 12:48 UTC 版)
信越放送株式会社(しんえつほうそう)は、長野県を放送対象地域とする放送局である。
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- ^ 開局前に(結果的に実現しなかったものの)当時の社長が鉄塔にネオンをつける提案をしたことがある
- ^ ちなみにテレビ最初の番組は、「テレビ放送開始あいさつ」(10分間)で、その後12時10分から、テレビ放送の実際を電波の流れと共に紹介する「のびゆくSBC」を放送した。
- ^ テレビ放送開始当日の信濃毎日新聞4面下部の東芝のテレビ広告に記されている。
- ^ 学校放送のネットは1972年(昭和47年)まで続く。ちなみにこれが縁で1967年(昭和42年)6月に民間放送教育協会正式発足と同時に加盟。
- ^ カラー放送開始記念番組として、同日14時15分から米映画「報復の拳銃」、15時40分から「グランド・バライティー・ショー」(30分)が続けて放送された。
- ^ 自社送出装置完成後、ローカルニュース番組もカラー化されてはいたが、カラー化されたのはスタジオセットのみで取材フィルムはモノクロで放送されていた。
- ^ ちなみに、同局の同放送最初の番組は、同日午前9時30分からの「ジョイントコンサート in よこはま」のステレオ放送だった。又、この日から同放送開始を記念し、約1週間に渡り、連続シリーズ「私の音楽会」等の特別番組を多数放送した。
- ^ この日は、長野県を含む全国のNHKの地方局13局と、全国の地方民放40局が同時に予備免許を取得した。インプレス社AV Watch 2005年6月9日付記事
- ^ テレビの時刻出しフォントを後期丸フォント(隣県のBSNと同じ)に変更。通常フォントの大きさはやや小さめで、テレビユー福島 (TUF)とほぼ同じサイズ。
- ^ 総務省信越総合通信局報道資料 平成18年9月20日付
- ^ 終夜放送を行わないラジオ局は他に岐阜放送ラジオ局・ラジオ沖縄・エフエム富士・エフエム愛媛・ラジオNIKKEIがある。
- ^ 群馬県東毛地区の一部でも視聴可能
- ^ NHKラジオ第一放送は木曽福島と大桑に中継局を設置している。
- ^ 新たに4地区/7局が参加し、さらにエリア拡大 (PDF) - radikoプレスリリース 2011年9月15日
- ^ radikoのPCサイト、FacebookやTwitterと連携 「双方向コミュニケーション増幅」 - ITmedia 2011年9月15日
- ^ MRO北陸放送、NBC長崎放送も同様。
- ^ 北陸放送(MRO)でもSBCと同じ曜日かつ同じ時刻に時差ネットしていた。なお、スターアクション終了後はSBC・MROともに、『料理天国』の同時ネットに切り替え。
- ^ 2011年10月放送開始の「Asian Ace」出演により退社から8年半ぶりにSBCテレビの画面に登場した。それまではフジテレビ系「めざにゅ〜」「めざましどようび」メインキャスターや、NHK総合「笑いがいちばん」の司会などで活躍した。このうち、全国ネットの「めざましどようび」はSBCのライバル局でもある系列局の長野放送でもネットされているのに対し、「めざにゅ~」は杉崎の在任期間中(2003年4月 - 2011年9月)は長野放送では一切ネットされなかった。よって、「めざましどようび」にレギュラー出演するまでは、バラエティー番組のゲスト出演を除き、長野県の大半の地域で杉崎の姿をしばらく見られない時期が続いた。
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