おしゃれとは? わかりやすく解説

お‐しゃれ【×落】

読み方:おしゃれ

[名・形動(スル)服装化粧などを洗練したものにしようと気を配ること。洗練されていること。また、そのさまや、その人。「—な若者」「—な店」


おしゃれ

作者永原睦代

収載図書花ひらく心を永遠に 2
出版社偕成社
刊行年月1994.2


おしゃれ

作者鈴木良

収載図書性格な正確診断機―鈴木良短編集
出版社日本文学館
刊行年月2004.2


おしゃれ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/01/29 00:56 UTC 版)

おしゃれ
ジャンル トーク番組
司会者 三橋達也
松村満美子
杉浦直樹
楠田枝里子
石坂浩二
菅家ゆかり
久米宏
木村優子
出演者 日替わりゲスト
岡田真澄
国・地域 日本
言語 日本語
製作
プロデューサー 市橋明子
製作 日本テレビ
放送
放送局 日本テレビ系列
音声形式 モノラル放送
放送国・地域 日本
放送期間 1974年4月1日 - 1987年4月3日
放送時間 平日 13:15 - 13:30
番組年表
次作 オシャレ30・30

特記事項:
一部地域は14:00からスタート。
テンプレートを表示

おしゃれ』は、日本テレビ系列で、1974年4月1日から1987年4月3日まで平日(月曜から金曜)13:15 - 13:30(JST)に放送されていたトーク番組である。資生堂一社提供番組。

概要

毎回、芸能人や話題の人物をゲストに招いてトークを行う。この番組フォーマットは以降のシリーズ番組(『オシャレ30・30』→『おしゃれカンケイ』→『おしゃれイズム』→『おしゃれクリップ』)にも一貫して引き継がれている。

初代の司会は、俳優の三橋達也・フジテレビ系列『小川宏ショー』のアシスタントであった松村満美子のコンビであり、その後も俳優が司会を務めてきたが、1980年のリニューアルを機に、4代目司会者としてフリーとなって間もない久米宏が登場[1]。1985年に自身が企画に関与したテレビ朝日『ニュースステーション』の開始後は出演番組を軒並み降板していたが、この番組に限っては久米は最終回まで続投した(就任期間7年は歴代司会者で最長)[注釈 1]

杉浦直樹が司会をしていた時代までは台本で決められた進行・台詞で収録を行い編集されていたが、久米は司会になるにあたり「到底出来ない」と感じ「箇条書きのペラ1枚で結構です」と要望を出した。それを受けて久米時代の初期はA4サイズの紙1枚に書かれた情報を参考にインタビューを行い、収録時間をオーバー気味に終える形で臨んでいた。やがて、その紙も無くして全て久米のアドリブでインタビューするようになり、編集自体も完全に無くして12分15秒に収めるという生放送同様の体制に移行している。これは久米がTBS在籍中から生番組の経験を積んでいた事によるもの[2]

第1回のゲストは松山善三高峰秀子夫妻。最多出演ゲストは岸恵子。次いで水森亜土芳村真理が続く。久米の初出演回である1980年1月7日放送分では久米の希望から、当時彼がファンと公言していた山口百恵をゲストとして迎えている[3]

番組のテーマソングは、1979年までは三木たかしが作曲したものが使われ、1980年から1985年までは加藤和彦作曲サーカスが歌ったものが使われていた。1986年から最終回までは三枝成彰が作曲しEPOが歌ったものが使われていた。

スタート当初のタイトル映像は、多数の子供達が居る野原の上に、「13:15」を指している置時計が乗せられていたものだった。その後、女性を模した一筆書きの絵、白黒の衣装で着飾った女性の絵、新体操で使うようなリボンを廻す女性の実写映像と変遷していった。久米宏が司会をするようになった1980年からは、ゲストを交えてのオープニングトークののち、そのままゲストを応接間へエスコートする様子を映し出しながら、テーマソングに乗って白い字幕でタイトル、花椿マーク、資生堂ロゴ[注釈 2]の順番に表示していた。

番組ロゴは、当初は調和体風の手書き文字だったが、1978年ごろからいわゆる資生堂書体に変わった。

日本テレビと同時ネットの系列各局では13:00から放送の『ごちそうさま』(味の素提供)の後に放送されていたが、時差ネットの放送局(信越放送北陸放送など)では同番組は14:00からの放送で、『ごちそうさま』は14:15からと順番が逆になっていた。

番組の終焉とその後

本枠が放送されていた昼番組枠全体の見直し(本番組終了の半年後に『おもいッきりテレビ』の開始)を控え、1987年1月から日曜22:00 - 22:30に資生堂一社提供のトーク枠として古舘伊知郎阿川泰子が司会を務める『オシャレ30・30』が開始された。これに伴い番組は4月3日をもって終了し、13年の歴史に幕を閉じた。

久米の日本テレビへの出演はこれ以後、自身が『ニュースステーション』で公言した事により出演した1989年の『ニュースプラス1』や1990年代に『スーパースペシャル』枠で放送された『久米宏の道徳の時間』など数えるのみとなっており、レギュラーとしては2004年の『A』まで空くこととなる。

歴代司会者

メイン司会者

  • 初代:三橋達也(1974年4月1日 - 1976年4月2日)
  • 2代目:石坂浩二(1976年4月5日 - 1977年4月1日)
  • 3代目:杉浦直樹(1977年4月4日 - 1979年12月31日)
  • 4代目:久米宏(1980年1月7日 - 1987年4月3日)[4]

アシスタント

初代と2代目後期を除き、いずれも当時は日本テレビアナウンサー。

  • 初代:松村満美子(1974年4月1日 - 1976年4月2日)
  • 2代目:楠田枝里子(1976年4月5日 - 1982年3月26日、1981年10月の退職後も続投)
  • 3代目:菅家ゆかり(1982年3月29日 - 1986年3月28日)
  • 4代目:木村優子(1986年3月31日 - 1987年4月3日)

コーナー担当

  • 岡田眞澄:番組全期にわたってゲストと司会者とのトーク以外にも海外のファッションや流行情報を紹介するコーナーが週1回程度設定されており、そのコーナーの進行役・レポーターとして出演していた。1982年に久米が盲腸で病欠した際にはゲストトークの代理司会を務めた事がある。

変遷

期間 メイン アシスタント コーナー
1974年4月 - 1976年4月 三橋達也 松村満美子 岡田眞澄
1976年4月 - 1977年4月 石坂浩二 楠田枝里子
1977年4月 - 1979年12月 杉浦直樹
1980年1月 - 1982年3月 久米宏
1982年4月 - 1986年3月 菅家ゆかり
1986年3月 - 1987年4月 木村優子

ネット局(14:00からの時差ネット局を含む)

系列は当番組終了時(1987年4月3日)のもの。
放送対象地域 放送局 系列 ネット形態 備考
関東広域圏 日本テレビ 日本テレビ系列 制作局
北海道 札幌テレビ 同時ネット
青森県 青森放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
1975年3月までは日本テレビ系列単独加盟局
岩手県 テレビ岩手 日本テレビ系列 1980年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
宮城県 ミヤギテレビ 1975年9月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
秋田県 秋田放送
山形県 山形放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
1980年3月までは日本テレビフルネット局[注釈 3]
福島県 福島中央テレビ 日本テレビ系列 1981年9月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局
山梨県 山梨放送
新潟県 テレビ新潟 1981年3月25日のサービス放送開始から[5]
長野県 信越放送 TBS系列 遅れネット
静岡県 静岡けんみんテレビ テレビ朝日系列 同時ネット 1978年7月開局から1979年6月まで。現在:静岡朝日テレビ
静岡第一テレビ 日本テレビ系列 1979年7月開局から
富山県 北日本放送
石川県 北陸放送 TBS系列 遅れネット
福井県 福井放送 日本テレビ系列 同時ネット
中京広域圏 中京テレビ
近畿広域圏 よみうりテレビ
鳥取県
島根県
日本海テレビ 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
広島県 広島テレビ 日本テレビ系列 1975年10月から
山口県 山口放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
1978年9月までは日本テレビ単独加盟局
徳島県 四国放送 日本テレビ系列
香川県
岡山県・
香川県
西日本放送 当初はは香川県のみ
1983年4月の電波相互乗り入れで岡山県でも放送
愛媛県 南海放送
高知県 高知放送
福岡県 福岡放送
長崎県 長崎放送 TBS系列 遅れネット
熊本県 熊本放送 1982年3月26日まで
くまもと県民テレビ 日本テレビ系列 同時ネット サービス放送開始直後の1982年3月29日から
大分県 テレビ大分 フジテレビ系列
日本テレビ系列
テレビ朝日系列
宮崎県 宮崎放送 TBS系列 遅れネット
鹿児島県 南日本放送 1982年9月まで
鹿児島テレビ フジテレビ系列
日本テレビ系列
同時ネット 1982年10月から
沖縄県 沖縄テレビ フジテレビ系列 遅れネット 1979年4月2日から
※14:00から時差ネットしていた局は、すぐ後に味の素提供の『ごちそうさま』を放映。

補足

番組にはエンディング前に資生堂のインフォマーシャルが存在していた。当初のタイトルは「は〜い 資生堂です」だったが、のちに「資生堂 美容情報」(便宜上のタイトル。クレジットタイトルは単に、「(花椿マーク)SHISEIDO」と表記されていた)に改めた。

脚注

注釈

  1. ^ なお、久米は当番組が終了して以降、2004年3月に『ニュースステーション』が終了するまで仕事を同番組のみに絞っていた。
  2. ^ 当初はグリーンバックの花椿マークの下に「資生堂」、1980年からは花椿マークの後に「東京 資生堂 銀座」、末期は「SHISEIDO」ロゴ(後者2つはエンディングのみブルーバック)。オープニングでは読み上げは無く、エンディングのみ「この番組は、東京銀座資生堂の提供でお送りいたしました。」と読み上げていた。
  3. ^ その後、1993年4月1日に山形テレビテレビ朝日系列へのネットチェンジに伴い、同日より再び日本テレビフルネット局となっている。

出典

  1. ^ 「芸能ニュース」『映画情報』第45巻第2号、国際情報社、1980年2月1日、76頁、NDLJP:2343751/76 
  2. ^ 久米宏『久米宏です。ニュースステーションはザ・ベストテンだった』2017年9月25日、世界文化社、108頁。
  3. ^ 週刊TVガイド1985年11月15日号「『おしゃれ』3000回 久米宏が語る傑作トーク集」参照。
  4. ^ 「アド・トレンド テレビCM」『広告批評』第11号、マドラ出版、1980年3月1日、73頁、NDLJP:1852975/38 
  5. ^ (株)テレビ新潟放送網『写真でつづる テレビ新潟10年のあゆみ』(株)テレビ新潟放送網、1991年11月、29頁。 

関連項目

日本テレビ 平日13:15 - 13:30
(1974年4月1日 - 1987年4月3日)
前番組 番組名 次番組
13:15 スターアルバム
13:25 NNNニューススポット
おしゃれ

おしゃれ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/25 14:05 UTC 版)

青木松風庵」の記事における「おしゃれ」の解説

創業者である青木啓一が、「はんなりとした関西のいちご大福作りたい」との思いから1986年開発した商品お客から「おしゃれなお菓子ですね」と言われたのが商品名の由来。今ではいちご以外にも、ピオーネシャインマスカットパイナップル、みかんといった種類が、それぞれ季節限定販売される鮮度とことんこだわっているため、いちごについては商品をお渡ししたその日消費期限として設定されている。

※この「おしゃれ」の解説は、「青木松風庵」の解説の一部です。
「おしゃれ」を含む「青木松風庵」の記事については、「青木松風庵」の概要を参照ください。

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