遺品とは? わかりやすく解説

い‐ひん〔ヰ‐〕【遺品】

読み方:いひん

死後残した品物形見の品。「亡父の—」

遺失物忘れ物落とし物


遺品

作者八木義徳

収載図書三つ
出版社福武書店
刊行年月1987.2

収載図書八木義徳全集 8
出版社福武書店
刊行年月1990.10


遺品

作者藤本義一

収載図書コロンブス贈り物
出版社ダイヤモンド社
刊行年月1991.2


遺品

作者山本道子

収載図書女神
出版社講談社
刊行年月1997.6


遺品

作者瀬戸井

収載図書遺品
出版社日本民主主義文学同盟
刊行年月2002.6
シリーズ名民主文学自選叢書


遺品

作者勝目梓

収載図書
出版社文藝春秋
刊行年月2004.2


遺産

(遺品 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/14 02:21 UTC 版)

遺産(いさん)とは、


  1. ^ a b c d e 広辞苑第六版【遺産】
  2. ^ 国庫入り遺産500億円超、相続人不在増え 17年度過去最高”. 毎日新聞 (2018年1月8日). 2019年1月11日閲覧。
  3. ^ a b c d e 『ジーニアス和英辞典』大修館書店、初版、96頁。
  4. ^ a b c 一杉武史 著『改訂版キクタンSuper12000』アルク
  5. ^ a b 岩切良信 著『やっぱり英単語』ベレ出版、213頁。


「遺産」の続きの解説一覧

遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 04:44 UTC 版)

夏目漱石」の記事における「遺品」の解説

早稲田南町漱石山房第二次世界大戦中空襲焼失したが、小宮豊隆館長務めた縁で蔵書日記等の自筆資料大半東北大学付属図書館移動されており焼失免れている。東北大学では「夏目漱石ライブラリ」として研究者へ公開している。近年では原稿用紙劣化進んでいるため、2019年にはデジタルアーカイブとして保存する資金クラウドファンディング調達した神奈川近代文学館では遺族から提供され書画落款印画像を「Web版夏目漱石デジタル文学館」として公開している。

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遺品

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フランシス・オクタヴィアス・グレンフェル」の記事における「遺品」の解説

彼のヴィクトリア十字章は、イングランドダービー博物館にある第9/12ロイヤル・ランサーズ連隊陳列室で展示されている。

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遺品

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山田宗徧」の記事における「遺品」の解説

小林平八郎宛書簡 - 山田宗徧吉良家小林央通との書簡集。宗徧の筆による発信控え宗徧流山田家に残る。 茶器名物山桜」 - 小林央通から宗徧に贈られ茶入家宝として継承され、現在は十一世宗徧が所持

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島清興」の記事における「遺品」の解説

久能山東照宮博物館左近使用したと伝わる兜が収蔵されている。

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遺品

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大石無人」の記事における「遺品」の解説

浅野家分限帳』(元禄六年)- ただし、無人寛文6年1666年)に赤穂藩離れている事から、記載数値それ以前のものと思われ、また津軽讃岐にいた良麿や良穀が元禄期に加筆した可能性も低い。

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遺品

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マッチレス (駆逐艦・2代)」の記事における「遺品」の解説

戦後HMSマッチレス協会結成されマッチレス乗船していた要員団結させた。しかし、1942年メイデンヘッド自治区評議会提示された船のバッジその後失われたしばらくの間北岬沖海戦の船の戦闘旗は、プラムステッドにあるアソシエイテッドモーターサイクルズの取締役室に掲げられていた。1966年AMC業績悪化した際に、船旗、写真及びマッチレス指揮官であるJ・Mowlam少佐からの手と共に紛失した

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遺品

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近松行重」の記事における「遺品」の解説

近松家伝大槍 - 赤穂大石神社義士史料館所蔵

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遺品

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原元辰」の記事における「遺品」の解説

元辰の遺品は泉岳寺住職無断売却し、寺の費用充てたため散逸した21世紀になり、元辰が使った可能性のある脇差発見され赤穂大石神社真贋鑑定ののち公開予定発表した

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遺品

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マイケル・ジャクソン」の記事における「遺品」の解説

2010年10月マイケルマイケル・ジョーダンが『ジャム』のショート・フィルム使用した2人サイン入りバスケットボール競売かけられた。落札金額245,000ドルこの他にも、マイケルアルバムヒストリー』のティーザー撮影使用したライトストーン手袋出品され落札金額18ドルだった。 12月パリ生前未公開だった4ポートレート競売かけられた。これらポートレート1999年フランス写真家アルノ・バニが撮影したものでマイケルアルバムインヴィンシブル』のために依頼したものであったが、レコード会社意向採用されなかった。落札金額は「古代エジプトファラオのようなポーズ写真」が2万6,000ユーロ、「マイケルの左目の周り青い光沢のある素材施した写真」が2万5,000ユーロ、「黒いシャツで顔の下半分を覆った写真」が2万2,000ユーロ、「赤いカーテン前に立っている写真」が9,000ユーロだった。 また同月別のオークションでは『バッド・ワールド・ツアー』で使用されたライトストーン入りグローブと白い中折れ帽子出品された。落札金額グローブ33ドル帽子が7万2,000ドルだった。 2011年には「スリラー」のミュージック・ビデオ着用していたジャケットスリラー・ジャケット)が180ドル落札された。このオークションには他にも多数マイケルゆかりの品々が出品されゴールド・ディスク1万5,000ドル80年代マイケル着用していたサングラスが6ドルサイン入りの黒のハットが33,750ドルMTVアワードマイケル受け取ったトロフィー5万4,400ドルマイケル描いた落書きが7,680ドル落札された。 2012年ステージ衣装一斉にオークションかけられる。うち55着をレディー・ガガ落札ガガマイケルの遺品をコレクションしており、それらを展示する博物館建設計画しているという。 なお、マイケルオークション1999年長年の夢であった『風と共に去りぬ』オスカー像150ドル落札した。しかし死後行方不明になっている遺産管理者公表。像の転売禁止制定されたのは1950年以降であり、同映画の像の行方アカデミーは関わっていない。像は管理者によって行方隠されているか、盗まれたのだろうと推測されている。

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遺品

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広島原爆で被爆したロシア人」の記事における「遺品」の解説

イコン 神戸ハリストス正教会にある、パラシューチン夫妻残したイコンリーザ真鍮製のイコン覆い)。リーザのみが残りイコンそのもの残っていないが、メディアで被爆イコンとして扱われている。13cm×10cmのものが2つ1つキリストハリストス)、もう一つ幼子を抱く生神女マリアで、2つともイコン部分焼け落ち真鍮焦げ跡も残る。 パラシューチン夫妻被爆後に家に戻ると焼け跡からリーザ発見し二人イコン自分たちの代わりとなって守ってくれたと強く感じたという。 ヴァイオリン 広島女学院所蔵するセルゲイ・パルチコフ愛用し被爆ヴァイオリン亡命被爆渡米セルゲイのそばにあり、死後は娘のカレリア所有しており、1986年広島女学院100周年記念の際に寄贈された。壊れたまま展示されていたが、2012年修復されている。

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/08 02:30 UTC 版)

大石信清」の記事における「遺品」の解説

なお、切腹前に討ち入り装束など遺品をの大石無人預けており、大石良饒が瀬左衛門家を継承した事により、現在は大石神社納められている。また、書簡は兄・大石信興孫四郎)との関係を示す本人による一次資料である。 刀無銘 二尺九寸・脇差 一尺九寸 - 泉岳寺住職による売却散逸大石無人宛書状 - 「孫四郎此の度了簡たかひ申候につき、義絶仕り罷り越候。扨々申すべき様も御座無く候」とある。

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遺品(ミスト)

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時計仕掛けのレイライン」の記事における「遺品(ミスト)」の解説

クラール・ラズリットが世界各地から集めた魔術道具総称中庭銅像封印となっていたが、満琉が破壊したことで宝物庫から逃げ出してしまった。強い欲求願望を持つ人物の前に姿を現し使用者から注ぎ込まれ魔力許容量超えることで暴走する使用者魔力吸い続ける物や最初しか吸わない物、魔術対象となった人間すべてから魔力を吸う物など様々なタイプがある。

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 06:02 UTC 版)

細川綱利」の記事における「遺品」の解説

細川綱利所用甲冑」 - 武芸奨励した綱利は、自身用の甲冑も作らせていた(永青文庫博物館)。不定期に一般公開もされている。 「細川綱利像」 - 同じく永青文庫。(本記事右上画像

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/24 23:22 UTC 版)

黒田孝高」の記事における「遺品」の解説

使用したと伝わる遺品が各地残っている。 愛用した兜「銀白檀合子形兜(ぎんびゃくだんぬりごうすなりかぶと)」は、如が死の間際家臣である栗山利安にこれを贈っている。この兜は後に起こった黒田騒動にて利安の子である栗山利章陸奥国盛岡流された後、盛岡藩主・南部家献上された。現在この兜は同地にあるもりおか歴史文化館に保存されている。なお、この兜は別名「如水の合子」とも呼ばれ永禄9年1565年)、志方城主・櫛橋氏から黒田家にやって来た縁者によってもたらされたといわれ、光が孝高に嫁いだ際に持参した考えられている。後に福岡藩3代藩主黒田光之が如偲んで同形式の兜(朱漆合子形兜)をつくらせた。こちらは福岡市博物館保管されている。 如所有の刀のうち数点も現在、福岡市博物館保管されている。刀 金象嵌銘「長谷部国重 本阿(花押黒田筑前守」(名物圧切(へしきり)長谷部)(国宝天正3年1575年7月美濃国岐阜城にて織田信長謁見した際に信長より贈られた。大磨上無銘で、本阿弥光徳山城国刀工長谷部国重の作と極め(なかご)に金象嵌銘を施す。金青漆打刀拵(きんあられさめ あおうるし うちがたなこしらえ)が付属する。 刀 備前長船祐定(安宅切天正9年1581年11月四国攻めの際に淡路国にて安宅河内守安宅清康かあるい安宅貴康)を攻めた折に安宅河内守討ち取った時に使用したとされている。外装の金青漆打刀拵(きんあられさめ あおうるし うちがたなこしらえ)が重要文化財指定されており、金具類の作風から埋忠明寿監修による製作と考えられている。中身は末備前長船祐定の数打ち物で、に「あたき切」と金象嵌がある。 太刀 無銘一文字名物日光一文字)(国宝天正18年1590年)の小田原征伐の際に、降伏勧めるために小田原城派遣された折に北条家当主北条氏直より贈られた。葡萄蒔絵刀箱(ぶどうもんまきえかたなばこ)が付属する。なお太刀入れていた黒繻子舞鶴紋が施された刀袋は散逸している。 小田原征伐降伏交渉の際に北条氏直から平経正ゆかりとされる伝説琵琶名器青山』、歴史書『吾妻鏡』法螺貝の『北条白貝』も如贈られ『吾妻鏡』国立公文書館に、『北条白貝』、琵琶名器青山』は福岡市美術館保存されている。 黒田孝高所用太刀拵(鞘)が現存している。明治35年1902年)に、黒田侯爵家から明治天皇献上され名宝刀『菊一文字』が収められていたと考えられている。天正10年1582年10月足利義昭より、羽柴秀吉帰京許可執り成し依頼され、その返礼として贈られとされる。 如所用黒糸威胴丸具足朱漆合子形兜が合わさる福岡市博物館所蔵) 刀「名物へし切長谷部」の刀身と拵(福岡市博物館所蔵太刀名物日光一文字」の刀身葡萄蒔絵刀箱(福岡市博物館所蔵琵琶 銘「青山」(福岡市美術館所蔵法螺貝北条白貝」(福岡市美術館所蔵

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/24 18:07 UTC 版)

田村建顕」の記事における「遺品」の解説

数多く書・絵画・和歌現存する。以下に代表を挙げる。 『詠百首和歌』 『田村建顕手鑑』 - 東山天皇の勅点を受けた直筆和歌『万葉集』などの自筆絵入り写本

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 03:43 UTC 版)

毛利綱元」の記事における「遺品」の解説

毛利綱元肖像画 - 下関市立歴史博物館所蔵。(右上画像参照綱元公筆「伊勢物語」一冊 - 同。

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松平定直」の記事における「遺品」の解説

茶入北野茄子(きたのなす)」 - 野村美術館所蔵

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 02:33 UTC 版)

浅野長矩」の記事における「遺品」の解説

口宣案 長矩・従五位下内匠頭」 - 浅野大学家により処分され逸書となっていたが、2006年発見保護管理延宝8年1680年)の官位任命書。 「赤穂郡佐用郡御年貢納帳」 - 同上元禄5年1692年)・同11年1698年)、長矩治世時の両郡物成米納)および運上銭納)。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/16 02:21 UTC 版)

間光風」の記事における「遺品」の解説

切腹使用した「国助 短尺脇差」および間家伝来「同 二尺二寸小刀」は、泉岳寺住職無断売却し寺の費用充てたため現存しない。

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/31 00:10 UTC 版)

吉良義周」の記事における「遺品」の解説

後柏原天皇宸翰御消息」 - 国・重要文化財書跡)。花岳寺所蔵写し吉良図書館吉良家文書」。 『吉良流伝書』 - 宮参、躾、衣冠束帯宮仕、刀脇差小袖献立陰陽之理、日用礼など詳細に述べたもの。全百四十五巻三河吉良氏絶家ののち高家吉良家蒔田流)に伝わる。 『吉良二百五十箇条目録』 - 当時武家の上社会における心得教養礼儀作法箇条書き記したもの。全四巻。同・蒔田流に伝わる。 書芸三十六歌仙』 - うち「柿本人麻呂」が義周書碑として諏訪大社建造されている。 銀飾紋入長刀 - 不破正種により泉岳寺運ばれたが、不破の遺品と共に住職売却してしまい所在不明

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/11 05:59 UTC 版)

徳川家康」の記事における「遺品」の解説

死去時における家康の遺品は「駿府御分物」として秀忠側室・娘・孫に一部が、残り大部分御三家分与された。尾張家水戸家にはその目録があり、大雑把な分類下記する。 武具類 刀剣薙刀弓・鉄砲・拵装剣具・甲冑旗幟・幕・法螺貝陣太鼓軍配采配馬印陣中使用調度馬具鷹狩道具 金銀道具 風炉・釜天目茶碗等の茶の湯道具一式香箱香盆・盃等 御数寄屋道具 茶壺茶入茶碗・釜・花活等の茶の湯道具掛物歌書香道具類・文房具能狂言道具 面・衣装腰帯・髷帯・被服小道具楽器振舞道具 茶碗・皿・徳利・盃・盆・膳・椀調度類 碁将棋道具屏風各種箱類・敷物・鋏・爪切・望遠鏡・ビードロ鏡衣類反物小袖羽織帷子衣服類、絹・木綿・麻等反物類、糸・綿類 その他 紙蝋燭香木類・薬道具等 これらの大半長い年月の内に使用贈答破損等で失われたが、それでも多くの遺品が残存している。この他生前家臣等下賜したもの含めれば、他の人物とは比較ならない多種多様な遺品が伝来している。

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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/30 04:22 UTC 版)

間光興」の記事における「遺品」の解説

渡辺半右衛門宛書簡抄(十一月五日付)」 - 「私共居候処は麹町五丁目て候。千馬三郎同名喜齋、私、弟四人居申候」など、江戸における長屋住まいの生活が記されている。 「脇差 吉光二尺」は泉岳寺住職無断売却、寺の費用充てたため、現存しない。

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/07 07:33 UTC 版)

蒲生氏郷」の記事における「遺品」の解説

尾兜(燕尾形兜)(岩手県立博物館所蔵) - 於武の方(氏郷の娘、一説に養妹)が南部利直嫁ぐ際に引出物として贈ったと伝わる。

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/25 04:14 UTC 版)

伊藤孝一」の記事における「遺品」の解説

大町山岳博物館には、伊藤生前使用していたコンパスランタン寒暖計などが収蔵されている。

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大石良雄」の記事における「遺品」の解説

太刀則長二尺八寸金拵・備前清光 - 泉岳寺住職・酬山の売却により現存しない。

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/22 04:41 UTC 版)

吉良義央」の記事における「遺品」の解説

後柏原天皇宸翰御消息」 - 国・重要文化財書跡)。花岳寺所蔵写し吉良図書館吉良家文書」。 『吉良流伝書』 - 宮参、躾、衣冠束帯宮仕、刀脇差小袖献立陰陽之理、日用礼など詳細に述べたもの。全百四十五巻高家吉良家蒔田流)に伝わる。 『吉良二百五十箇条目録』 - 当時武家の上社会における心得教養礼儀作法箇条書き記したもの。全四巻。同・蒔田流に伝わる。 『延宝二年 義央直筆書状』 - 本願寺史料研究所(京都市下京区所蔵。 卜一流茶器一式 - 華蔵寺所蔵

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/02/04 03:43 UTC 版)

森田浄雲」の記事における「遺品」の解説

現在伊賀上野城にはかつて浄雲所持していた実物甲冑展示されている。

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遺品

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 03:12 UTC 版)

小林平八郎」の記事における「遺品」の解説

山田宗徧書簡 - 匠・山田宗徧と央通との書簡集控え宗徧流山田家に残る。 茶器名物山桜」 - 央通が宗徧に贈った茶入家宝として継承され、現在は十一世宗徧が所持前大僧正行尊もろともに あはれと思へ 山桜 花より外(ほか)に 知る人もなし」などに因む

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「斎藤和英大辞典」斎藤秀三郎著、日外アソシエーツ辞書編集部編
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