日本の精神保健
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歴史
中世
江戸時代以前には、精神的な不調は、加持祈祷や漢方によって治療された[64]。古代律令制度では、癲狂(てんきょう)は制度上保護されていた。精神疾患を病気として解釈して、治療を行っていた。治療施設としては主に仏教寺院がその役割を担い、現在の入院施設に当たるものであった。京都府京都市左京区岩倉上蔵町の大雲寺が有名である。寺院による治療施設には、密教系と浄土真宗系、日蓮宗系に分かれる。密教系は水行療法(滝行)など、浄土真宗系では漢方薬と灸、日蓮宗系は参籠による読経が行われた。
江戸時代末期には、江戸小松川狂疾治療所[注釈 7]、大坂石丸癲狂院[注釈 8]などの精神疾患専門施設が設置された。治療方法は、漢方薬による薬物療法も行われてはいたが、ほとんどは水行療法(滝行)、加持祈祷であった[66][67]。
江戸時代中期の医師である香川修徳によると、当時の精神疾患は、
- 驚…けいれんを主な症状とする小児の疾患
- 癲…大きな発作を伴うてんかん
- 驚癲…神経症圏の疾患。
- 狂…統合失調症(旧・精神分裂病)。さらに「柔狂」と「剛狂」の2つに分類され、前者は破瓜型統合失調症、後者は緊張型統合失調症にそれぞれ相当する。
- 痴鵔…知的障害
- 不食…摂食障害
に分類されていた[68]。
戦前
明治政府が本格的に衛生行政に着手したのは1873年(明治6年)で、この年に文部省に医務局が設置された[69]。翌1874年(明治7年)、文部省が東京府、京都府、大阪府に対し医制を発布し、
1875年(明治8年)には日本初の公立精神科病院「京都府療病院付属癲狂院」(現・川越病院)が、京都府京都市左京区の臨済宗南禅寺派の寺院、南禅寺境内に設立されている。1878年(明治11年)、日本初の私立精神科病院、加藤瘋癲病院(東京府)が認可される[69]。ほかにも後に岩倉病院となった京都岩倉の岩倉大雲寺や、のちに小松沢癲狂院となった東京小松沢の小松沢狂疾治療所などいくつかが点在していた[64]。
戦前の、人権的、医学的に不当な癲狂院の実態については、近代庶民生活誌 20 病気・衛生に詳しい[72]。「東京府巣鴨病院ー五区患者手記」「読売新聞連載 人類最大暗黒界 瘋癲病院」「東京都巣鴨病院にたいする東京府内訓」「戦前の精神科病院の死亡率」などが記述されている。なお、戦前の民間療法、私宅管理なども書かれている。悲惨な収容小屋や荷車に括りつけられ輸送される患者などの写真もある。東京都松沢病院(巣鴨病院 設立当初名称は東京府癲狂院)の昭和20年の年間在籍患者の死亡率は40.9%に達した。
1879年(明治12年)には旧中村藩のお家騒動「相馬事件」が起こる。精神病患者への処遇や、新興新聞によるセンセーショナルな報道の是非を巡り、世間へ大きな影響を与えた。これをきっかけに1900年(明治33年)に精神病者監護法が制定され、無許可監置を禁じた[64]。当時精神科は2000床しかなかったため[64]、精神に著しい問題が見られる者は、座敷牢という個人の自宅内に設置した牢屋に入監した[64]。1919年(大正8年)には精神病院法が制定された[73]。
戦後
「 | 精神医療は牧畜業だ | 」 |
1950年(昭和25年)にアメリカ合衆国カリフォルニア州にならった精神衛生法が施行され、これにより私宅監置から精神病院への移行を図ることとなった[73]。都道府県には精神病院の設置が義務づけられたが、その履行は難しかったため、国は通知にて規制を緩和し、1960年(昭和35年)に政府全額出資よって設立された医療金融公庫を活用して私立精神病院の大増設を行った[75]。
1950年になると精神衛生法が制定され[50]、1984年には改正され精神保健法となった。1995年に、再び改正され精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)となった。
しかし1970年代からは、米国やイタリアにおいては脱施設化の流れを受け、精神病床数は減少していったが、一方で日本では1990年代に入るまで増加する一方であった[73]。
21世紀
2013年には、精神保健福祉法の改正により、家族などの保護責務規定(第20条)が削除され、また厚生労働大臣は、精神科医療の指針を示す責務を持つ(第41条)こととなった。
注釈
- ^ 国立精神・神経医療研究センター (2007, pp.4,12. 表2)。数値は性別、年齢分布による重み付け補正後を使用した。 なお、「こころの健康についての疫学調査に関する研究」の3年間にわたる調査は統合失調症を対象外としている。調査に用いたWHO-CIDIが統合失調症等に対しては低い妥当性しか持たないためとしている(国立精神・神経医療研究センター 2005, p. 4)。WHO-CIDIとは、WHO統合国際診断面接:WHO-CIDI2000であり、非専門家(正規の診断を下せる精神科医以外の意味であり、保健師、看護師等の医療関係者が担当)による構造化面接方法である。
- ^ 2011年度は福島の数が除外されている。
- ^ 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(省令) 第百二十八条
指定短期入所生活介護事業者は、指定短期入所生活介護の提供に当たっては、当該利用者又は他の利用者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他利用者の行動を制限する行為(以下「身体的拘束等」という。)を行ってはならない。指定短期入所生活介護事業者は、前項の身体的拘束等を行う場合には、その態様及び時間、その際の利用者の心身の状況並びに緊急やむを得ない理由を記録しなければならない。 - ^ 厚生省保健医療局長通知「精神障害者保健福祉手帳の障害等級の判定基準について」の「精神障害者保健福祉手帳障害等級判定基準の説明」によると有機溶剤などの産業化合物、アルコールなどの嗜好品、麻薬、覚醒剤、コカイン、向精神薬などの医薬品など
- ^ DSM-IVでは通常の精神疾患は1軸に分類される一方、知的障害やパーソナリティ障害(精神病質)は2軸に分類されて区別されている。知的障害は療育や教育、福祉の分野で議論されることが多く、日本の法律上も知的障害者福祉法等が別途規定されている。精神病質は、犯罪を犯した場合の犯罪精神医学(司法精神医学)や刑事処遇論の領域で問題となる場合が多い。
- ^ 精神病質はパーソナリティ障害とほぼ同義である。
- ^ 小松川狂疾治療所は1846年(弘化3年)に現在の東京都江戸川区西小松川町に接骨医の奈良林一徳が開いた私立の精神科診療所である。のちの加命堂脳病院[65]。
- ^ 石丸癲狂院は1818年(文政元年)頃、漢方医の石丸周吾によって現在の大阪府豊中市熊野町2丁目に開院した私立の精神科診療所である。後に石丸病院となり、第二次世界大戦中に軍に接収されて閉院となった[65]。
- ^ 癲狂の「癲」は「抑うつ、無感情、言語錯乱、わけもなくよく笑う、目がすわりじっとしたまま」など、「狂」は「興奮、怒り罵る、騒ぎまくる」などの症状を言を指していた[68]。
出典
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