日本の納本制度の課題
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/02 09:39 UTC 版)
国立国会図書館の納本制度に対する利用者の側からの不満としては、「全ての出版物が所蔵されているはずなのにない」という納本漏れの問題がしばしばあげられる。 納本制度は法律で定められた義務であるが、国立国会図書館自身による呼びかけ以外に周知される機会が少なく、また納入に対する経済的負担も決して小さくないために、地方公共団体の一部の出版物や、小出版社・地方出版社の刊行書や自費出版で出された本などは納本から漏れやすく、特に東京以外の地方にある出版社からの納入は7割程度しか行われていないとされる。そのため、実際に国立国会図書館に納本される図書は日本国内全ての出版物のおよそ8割程度と推定されており、実際には国立国会図書館に所蔵されない図書・逐次刊行物が多数ある。 出版物の種類や流通経路、ジャンルによって納本率にばらつきがあることも事実である。国立国会図書館が2007年に行った調査によれば、取次を通じて納入される図書の納本率は88%であるのに対し、雑誌は72%(巻号単位)、CDやDVDなどの音楽・映像資料では39%に留まっている。また、森川嘉一郎や藤本由香里はサブカルチャー(マンガ、アニメ、ゲーム)分野の納本漏れの多さを指摘している。また、中堅出版社ではコミックスについては納本しないのが慣行となっているとする報道もある。特に成人向け漫画は、納本率が20%に満たないとする研究もある。 出版者によっては、戦前の納本が検閲のために行われていたという経緯から、納本をしていないのではないかという意見がある。藤本は「風俗系の、『官能』を売りにして、警察とのいたちごっこを繰り返しているような版元では、『納入して証拠を押さえられたくない』という明確な理由もあるかもしれない」と述べている。 納本漏れを防ぐ手立てとして罰則規定は存在するが、これを実際に適用すると、零細出版社や個人に対して経済的な負担をかけることもあり、実際に適用された事例はない。このため実際には国家による強制よりも、出版者の納本制度に対する理解と協力によって日本の納本制度は成り立っている。民間出版者の経済的負担を軽減させるための代償金制度も、代償金はあくまで年度予算の枠内で交付されるために限度額があり、国会図書館は納本制度に関する広報パンフレット等において、可能であれば無償で寄贈するよう出版者に呼びかけているのが実情である。このような制度のあり方については、戦前の検閲のための納本に対する反省と関連して評価する意見もある一方、強制力が弱いために不徹底な納本制度になってしまっているという批判もある[誰によって?]。 また、年間の出版点数自体の増加も納本制度の運用にとって問題になっている。日本国内で年間に新たに刊行される出版物は約10万点にも上り、40年以上前に建設された国立国会図書館の書庫では数十年に一度、大幅な所蔵スペースの見直しを行う必要が生じる。1986年には新館が完成して地下8階の新館書庫が増設され、2002年には関西館が開館して納本以外の手段で集められた資料の一部が移管された。それでも書庫は数十年後には満杯になることが予想され、定期的に新たな保存施設を増設し続けなければならなくなることは避けがたい状況である。 一方で有償納本制度を悪用し、事実上内容のない図書に高額な定価を設定して納本することで不正に代償金を得ようとする行動も一部に見られる。例として、2015年秋、りすの書房(既に解散)がギリシャ文字などを無作為に打ち込んだだけの書籍「亞書」78冊を納本し、代償金136万円を授受していた一件が挙げられる。この一件では最終的に2016年2月に国会図書館側が「国立国会図書館法に挙げられた「出版物」に該当しない」などの理由から当該図書を返本し、支払い済みの代償金の返還を求めることとなったが、図書の内容によって「出版物」かどうかを判断することは、前述のとおり方法によっては一種の検閲にもつながりかねず、表現の自由の侵害となる可能性も指摘されており、慎重な運用を求める声もある。 収蔵する際にはカバーやオビを廃棄することを批判する意見もある。 内容や物理的形態によっては納本を拒否された事例もあり、文章から約物(句読点、括弧など)以外の文字を全て「空白」にした小説(「、。」)や収蔵時にカバーを破棄することへの抗議として書籍カバーを本と称したもの(カバーしかない本II)は収蔵を拒否された。
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