漢語 漢語と語彙

漢語

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/12 23:28 UTC 版)

漢語と語彙

背景

古代より中華文明の 存在は、日本に文化や思想など、さまざまな方面に大きな影響を与えてきた。とりわけ言語と文字文化の面においての影響は大きく、日本は文化的に高級な概念漢字という形で語彙体系の中に借用してきた歴史がある。ゆえに漢語は和語と比較して抽象的で難解である傾向があり、一種の「教養語彙(learned vocabulary)」を担ってきたという[34]

逆に和語は抽象的な言葉が圧倒的に貧弱であると指摘されている。わずかに「いき」()、「はじ」()、「わび」(侘)、「ほまれ」(誉)、「ほこり」(誇)などが挙げられるにとどまる[35]。また総称的・概括的な語の不備も目立つという。例えば「あめ」()や「ゆき」()という具体的な語は存在するが、それらを総称する天気天候気象に相当する和語は、見当たらない[36]

一方で、固有の日本語で翻訳が可能な比較的卑近な概念に対しても漢語は用いられてきた。これは中華文明に対する尊崇によって必要以上に漢語が借用されたとみることもできるが、他の原因として日本語の音韻論的な特徴が挙げられる。中国語は、音節の種類が豊富で、様々な概念を簡潔に発音することが可能であるのに対し、日本語は原則的に開音節の言語であり、音韻体系も比較的単純であるため、言葉がどうしても冗長になりがちである。漢語は、日本語の短所を補う作用があり、必然的に固有の和語を席巻するようになったという[37]。もっとも固有の和語に造語力が皆無であったというわけではなく、むしろ漢語の氾濫が和語の造語力の発達を阻害したという意見もある[37]

漢字文化圏における諸言語は、漢語系の数詞を共有している。日本語の場合は、「ひ ふ み … とお」と10までは固有の数詞を残すが、11以降は「十一」(ジュウイチ)、「十二」(ジュウニ)…と通常漢語系の系列に移る[38]。また「…個」「…本」「…枚」のように、物を数える際に数字につける助数詞も原則的に漢語である[38]

このほか時間や空間に関する、「線」(セン)、「点」(テン)、「面」(メン)、「円」(エン)、「方」(ホウ)、「宙」(チュウ)、「番」(バン)や、交易に関する「得」(トク)、「損」(ソン)、「役」(ヤク)、「用」(ヨウ)なども漢語が多い[38]

書・儒教

文字や書物に関する語のほとんどが漢語である。例えば「字」(ジ)、「文」(ブン)、「題」(ダイ)、「図」(ズ)などがある[38]

また儒教道徳に関する用語は、「礼」(レイ)、「恩」(オン)、「情」(ジョウ)、「法」(ホウ)、「芸」(ゲイ)のようにほぼ全てが漢語である[38]

精神・仏教

人間の精神状態を表現した「勘」(カン)、「念」(ネン)、「気」(キ)、「性」(ショウ)などは現在でも漢語で常用される[39]

また仏教の信仰に関わる「運」(ウン)、「経」(キョウ)、「利益」(リヤク)をはじめとし、「餓鬼」(ガキ)、「法螺」(ホラ)、「畜生」(チクショウ)、「袈裟」(ケサ)など日常的に用いられる仏教用語は多い[39]

食文化

古代の素朴な日本人は、食文化に関して中華文明に負うところが大きいと考えられる。調味料は、「蔗糖」(ショトウ)、「蜜」(ミツ)、「酢」(ス)、「未醤」(ミソ)など、「塩」以外はほとんど漢語である[40]。香辛料も「胡麻」(ゴマ)、「胡椒」(コショウ)、「薄荷」(ハッカ)、「生薑」(ショウガ)など多数存在する[40]。 なお、「胡」は西域を示唆する字という。加工食品に関しても「麩」(フ)、「豆腐」(トウフ)、「煎餅」(センベイ)、「辣韮」(ラッキョウ)、 「餡」(アン)、「饅頭」(マンジュウ)、「索麺」(ソウメン)、「饂飩」(ウドン)、「繊蘿蔔」(ソロボ)など古代から近世まで様々な食品名が漢語に由 来している[40]。中でも「沢庵漬け」(タクアン)、「インゲンマメ」などは禅宗の僧に由来する食品(それぞれ沢庵宗彭隠元隆琦の名に因むとされる)として有名である[40]。基本的な語彙では、「肉」(ニク)、「毒」(ドク)、「茶」(チャ)などが挙げられる[40]

調理方法としては、「焙じる」(ホウじる)、「煎じる」(センじる)などが挙げられる[40]

動植物

園芸植物の名は、漢語に由来するものが多い。「」(キク)、「」(ラン)をはじめとして、「芭蕉」(バショウ)、「枇杷」(ビワ)、「桔梗」(キキョウ)、「水仙」(スイセン)、「菖蒲」(ショウブ)、「紫蘇」(シソ)、「牡丹」(ボタン)、「柘榴」(ザクロ)などが挙がる[41]山菜野菜の名は和語も多いが、「人参」(ニンジン)や「牛蒡」(ゴボウ)などの例が散見される[41]。なお、「茗荷」(ミョウガ)など薬草として用いられるものは、ほぼ全てが漢語である。

動物は、「豹」(ヒョウ)、「象」(ゾウ)、「狒狒」(ヒヒ)、「駱駝」(ラクダ)などの日本に棲息しないものが挙がるほか、「孔雀」(クジャク)、「鸚鵡」(オウム)、「鶺鴒」(セキレイ)のような愛玩鳥の名は漢語のものが多い[42]

住居・建築

奈 良から平安時代にかけて急速に発達した建築用語にも漢語が多く存在する。「門」(モン)、「縁」(エン)、「幕」(マク)、「柵」(サク)、「塀」(ヘ イ)、「爐」(ロ)、「段」(ダン)のほか、「几帳」(キチョウ)、「障子」(ショウジ)、「屏風」(ビョウブ)、「欄干」(ランカン)、「天井」(テン ジョウ)などがある[43]

金属・鉱物

「金」(キン)、「銀」(ギン)、「銅」(ドウ)、「鉄」(テツ)などの金属名、「琥珀」(コハク)、「瑠璃」(ルリ)、「象牙」(ゾウゲ)、「雲母」(ウンモ)、「水晶」(スイショウ)などの宝石名は漢語の割合が多い[44]。このほか「緑青」(ロクショウ)、「群青」(グンジョウ)、「黄土」(オウド)、「朱」(シュ)などの鉱物名も漢語である[44]

雑貨

「碗」(ワン)、「鉢」(ハチ)、「絵」(エ)、「香」(コウ)、「草履」(ゾウリ)、「頭巾」(ズキン)、「磁石」(ジシャク)、「樟脳」(ショウノウ)など古くから用いられている雑貨の中にも漢語で定着しているものは多い[44]。「太鼓」(タイコ)、「琵琶」(ビワ)、「尺八」(シャクハチ)などの楽器や、「碁」(ゴ)、「賽」(サイ)、「双六」(スゴロク)などの娯楽用具も中国に由来するものが多く、漢語である[44]

こ のほか「瓶」(ビン)、「蝋燭」(ロウソク)、「吊灯」(チョウチン)、「蒲団」(フトン)、「火燵」(コタツ)、「脚榻」(キャタツ)、「暖簾」(ノレ ン)、「算盤」(ソロバン)、「湯婆」(タンポ)、「急須」(キュウス)、「椅子」(イス)、「石灰」(シックイ)などの日用品は、読みとしては見慣れな いものが多いものの、漢語である[44]

医学

漢方医学の影響で、医学に関する用語は、新漢語(「心筋梗塞」「白血病」 など)を除いても、大半が漢語である。「熱」(ネツ)、「脈」(ミャク)、「尿」(ニョウ)、「痔」(ジ)のほか、「心」(シン)、「肺」(ハイ)、 「腎」(ジン)、「胃」(イ)、「腸」(チョウ)、「肝」(カン)、「胆」(タン)、「脾」(ヒ)、「脳」(ノウ)、「髄」(ズイ)など、西洋医学における用語としても準用されているものが多い[45]

新漢語

現代社会において、新聞や雑誌で目にするほとんどの漢語が和製漢語(もしくは日本漢語)に属する新漢語であるという。政府、議院、行政、選挙、企業、保険、営業、鉄道、道路、郵便、運動、競走、野球…など例を挙げるときりがないが、「江戸時代の人間は使っていなかったであろう」と見当がつく単語は、大体新漢語に該当するという[46]


  1. ^ a b c 佐藤喜代治(1996)、88頁。
  2. ^ 藤堂(1969)、216頁。
  3. ^ 高島(2001)、98-99頁。
  4. ^ 陣内正敬「外来語を育てるとは」2004年11月6日、国立国語研究所主催 第23回「ことば」フォーラムより。『当日記録 (PDF, 0.3MB) 』、14頁、および『配布資料 (PDF, 1.1MB) 』、7頁を参照。2011年8月17日閲覧。
  5. ^ 佐藤喜代治(1979)、21-26頁。
  6. ^ 峰岸(1996)、89-90。
  7. ^ 高島(2001)、63頁。
  8. ^ 藤堂(1969)、233頁。
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  10. ^ a b c 佐藤喜代治(1979)、6-7頁。
  11. ^ 片桐早織「日本語の中のアラビア語」アラブイスラーム学院、2005年。2011年8月15日閲覧。
  12. ^ a b c 佐藤喜代治(1979)、7-8頁。
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  14. ^ a b c 佐藤喜代治(1979)、8-11頁。
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  16. ^ 藤堂(1969)、233頁。
  17. ^ 佐藤武義(1996)、965-976頁。
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  20. ^ 高島(2001)、100-103頁。
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  22. ^ 佐藤喜代治(1979)、57頁。
  23. ^ 佐藤喜代治(1979)、25頁。
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  30. ^ 佐藤喜代治(1979)、81-82頁。
  31. ^ 高島、150-155頁。
  32. ^ 柴田実「かいしゅん・回春の買春は改悛すべき」NHK放送文化研究所。2001年7月1日。2012年9月29日閲覧。
  33. ^ 『三省堂国語辞典』第三版、1982年。
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  37. ^ a b 佐藤喜代治(1979)、5頁。
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  40. ^ a b c d e f 藤堂(1969)、220-225頁。
  41. ^ a b 藤堂(1969)、225-228頁。
  42. ^ 藤堂(1969)、228-229頁。
  43. ^ 藤堂(1969)、232-233頁。
  44. ^ a b c d e 藤堂(1969)、233-239頁。
  45. ^ 藤堂(1969)、239-242頁。
  46. ^ 高島(2001)、128-131頁。
  47. ^ a b c 藤堂(1969)、250-253頁。
  48. ^ a b c d e f g h 藤堂(1969)、254-260頁。
  49. ^ 大隈秀夫『分かりやすい日本語の書き方』講談社、2003年。49頁。
  50. ^ a b 藤堂(1969)、260-262頁。
  51. ^ 佐藤喜代治(1979)、125-129頁。
  52. ^ a b c d e 佐藤喜代治(1979)、129-130頁。
  53. ^ a b c d e f 佐藤喜代治(1979)、130-131頁。
  54. ^ a b c 佐藤喜代治(1979)、131-132頁。
  55. ^ a b 佐藤喜代治(1979)、132頁。
  56. ^ 金田弘、宮越賢『新訂 国語史要説』秀英出版、1991年。70頁。
  57. ^ 笹原宏之「なぜ常用漢字を改定するのか―29年ぶりのビッグニュース!新常用漢字表答申の舞台裏」『正しい漢字はどっち―社会人の常識漢字180問』Jリサーチ出版、2010年。76-83頁。






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