漢語としての中観とは? わかりやすく解説

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漢語としての中観

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/09 18:24 UTC 版)

中観派」の記事における「漢語としての中観」の解説

岩波仏教辞典では中観とは、有無、断常(断見常見)といった極端な考え方(二辺)を離れて物事自由に見る視点意味するとしている。広説仏教大辞典では、中観と同じ意味の語に中道観があるとし、総合仏教大辞典では中道観は中道観じることを指すとしている。 赤羽によれば、「中観」という漢語呼称は、三論宗吉蔵が、羅什訳『中論』を「中観論」と呼び同書対す注釈書中観論疏』を著したのが始まりである。また義浄は『南海寄帰内法伝』においてMādhyamika学派を「中観」と呼んでいる。

※この「漢語としての中観」の解説は、「中観派」の解説の一部です。
「漢語としての中観」を含む「中観派」の記事については、「中観派」の概要を参照ください。

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