漢詩・俳句・短歌とは? わかりやすく解説

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漢詩・俳句・短歌

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/26 13:59 UTC 版)

千波湖」の記事における「漢詩・俳句・短歌」の解説

徳川光圀朝比奈泰通亭。賦湖上春望朝比奈泰通亭に遊び湖上春望賦す千波湖上落飛(千波湖上落とぶ)長堤映夕睴(長堤を挟(さしはさ)んで夕睴に映ず遥覓紅雲揩望眼(遥かに紅雲を覓(もと)めて望眼を揩(こす)れば)香風満腹一帆帰(香風満腹一帆帰る) — 徳川光圀大森林造著『義公漢詩散歩 常陸の巻』92-93p(『常山文集』巻之十所収1697年元禄10年光圀70歳時の七言絶句春の夕暮れ千波湖表している。朝比奈通は水戸城代。 徳川斉昭 斉昭自身選定した水戸八景』に併せ下のような漢詩和歌創作している。 水戸八景時嘗賞僊湖景(嘗て賞す僊湖の景)雨夜更遊青柳頭(雨夜更に遊ぶ青柳の頭)山寺晩鐘響幽壑(山寺の晩鐘は幽壑に響き太田落雁渡芳洲(太田落雁は芳洲を渡る)霞光爛漫巌船夕(霞光爛漫たり巌船の夕)月色玲瓏廣浦秋(月色玲瓏たり廣浦の秋)遥望村松晴嵐後(遥かに望む村松晴嵐の後)水門帰帆高樓水門帰帆高樓映ず) — 徳川斉昭水戸烈公詩歌文集236-237p 1句目の時嘗賞僊湖景」が千波湖雪景色表している。この漢詩詩吟詩舞題目としても演じられている。詳細は「水戸八景#詩吟水戸八景』」および「水戸八景#詩舞水戸八景』」を参照 千重波よりてはつづく山々をこすかとそみる雪の夕ぐれ — 徳川斉昭水戸烈公詩歌文集269p 水戸八景の"仙湖暮雪"を詠んだ一首藤田東湖 仙湖暮雪天風吹下琳琅北陌南阡望渺茫獨有二平湖埋不一レ得晩来水色蒼蒼 — 藤田東湖新定東湖全集327p(『東湖遺稿巻之四所収はるる四方のけしきの夕禜を池のかがみうつしてそみる — 藤田東湖新定東湖全集404p(『東湖遺稿』巻之六所収) 斉昭側近藤田東湖水戸八景を題に詠んだ漢詩和歌の中の2首である。「東湖」という号は生家千波湖東に望むことにちなんでいる。 水戸藩武士では他に安積澹泊藤田幽谷千波湖詠んだ漢詩残している。 ウィキソースに以下の原文があります安積澹泊作『仙湖即興安積澹泊作『仙波舟中卽景』 藤田幽谷作『暮春堤晩歸』 吉田松陰 よそにのみ見てややみなん常陸なる仙波が沼の波のけはしさ — 吉田松陰吉田松陰全集 第8巻387p 吉田松陰収容されていた江戸伝馬町牢屋敷から同牢の水戸藩郷士堀江之助宛てた1859年安政6年9月6日の手紙の末尾したためられた和歌である。堀江之助堀江之助ともいい、1857年安政4年)にアメリカ合衆国総領事タウンゼント・ハリス襲撃企てた罪で投獄されていた。そして同牢の松陰知己得て獄中文通をするようになった。この和歌詠まれた時、水戸藩安政の大獄責め立てられている状況であった。かって水戸訪れ会沢正志斎薫陶を受けていた松陰は、この和歌思い出の"千波湖険しい波が"の表現水戸案じた松陰この手紙の翌月処刑された。 正岡子規 この家をものそくや仙波沼 — 正岡子規、『子規全集第21巻 601p 正岡子規21歳1889年4月友人と共に学友菊池謙二郎訪ねる旅に出ており、後に子規はこの旅を『水戸紀行』という紀行文書いている。『水戸紀行』には当時水戸の様子が描かれており千波湖のことも随所触れている。特に立ち寄った偕楽園好文亭からの眺望については、 二階上り見れば仙波脚下に横たはり向ひ岸は岡打ちつゞきてなどしげりあへり、すぐ目の下見ればがけには斜めにわだかまりて花いまだ散り盡さず 此がけと沼の間に細き道を取りたるは滊車の通ふ處也 此のけしきは山ありあり奥如と曠如を兼ねて天然絶景人造庭園打ちつゞき常盤木、花さく木のうちまじりて何一ッかげたるものなし — 正岡子規、『水戸紀行』(『子規全集第13巻 396-397p) と賛美している。 旅の目的であった菊池との出会い菊池一足違いで東京出かけてしまい叶わなかったが、菊池家の者に招かれ子規達は邸内にあがっている。菊池亭は崖上に建ち、庭からは眼下きらきらと輝く千波湖見えた。この光景触れた子規が旅のノート記したのが上の句である。 長塚節 仙湖小波三月八日月かげおぼろながらに砕きつつ小波ぞ立つせばの湖 — 長塚節、『長塚節全集第3巻歌集長塚節水戸市茨城県尋常中学校後の水戸中学校現在の茨城県立水戸第一高等学校)に入学し和歌創作を始めた。だが4年生進学後まもなく体を壊し退学した。この歌はその退学を挟む18歳1896年)から19歳1897年)の時期創られたもので、正岡子規師事する前の、節の創作人生最初期の頃の作品のひとつである。 北原白秋 仙波沼ひろき明かりの上にゐて国思ふこころ今朝ももちつぐ — 北原白秋、『渓流唱』(『白秋全集第11巻のこゑ昼すぎの沼にたちにしが寒しともあらぬ濁りさざ波(にお)=カイツブリ — 北原白秋、『渓流唱』(『白秋全集第11巻仙波もぬるむか春早や河童の子らは抜手切りそむ — 北原白秋、『渓流唱』(『白秋全集第11巻51歳の北原白秋水戸市より水戸市歌作詞の依頼を受け、1935年2月水戸訪れた水戸滞在した白秋偕楽園弘道館水戸志士の墓といった場所を巡り詞の構想を練ると共に水戸纏わる短歌作った依頼され市歌白秋作詞山田耕筰作曲完成。詞に"思へよ尊王"、"偲べよ先徳"、"奮へよこの志気"といった復古的な言葉が並ぶ雄々しいものであった水戸滞在作られた短歌白秋死後発刊され第9歌集『渓流唱中の水戸頌」と題した下に60首が収録されている。上は水戸頌」で千波湖題材にした3首である。"のこゑ昼すぎの沼に…"は白秋水戸滞在中の宿であった常磐神社下に在った「清香亭」からの情景詠まれている。 吉野秀雄 夜あさりの群れ翔ちし千波湖に映る夕月増しくる — 吉野秀雄、『含紅集』(『吉野秀雄全集第2巻 95p 夕刻群れ飛翔した後、暗くなるにつれ湖面月の輝きが増してゆく千波湖状景詠まれている。吉野秀雄1961年1月深田久弥と共に大洗町親鸞河田唯円ゆかりの地への旅行をもとに作られた歌集『含紅集』に収載されている

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