那賀川とは? わかりやすく解説

なか‐がわ〔‐がは〕【那賀川】

読み方:なかがわ

徳島県剣山(つるぎさん)に源を発し、ほぼ東流し阿南(あなん)市の北で紀伊水道に注ぐ川。長さ125キロ


那賀川

阿波八郎 緑と清流ふれあい広場
那賀川は、徳島県那賀郡剣山にその源を発し徳島高知両県々界の山脈東麓沿って南下し坂州木頭川赤松川合わせ阿南市上大野において平野出て紀伊水道に注ぐ、幹川流路延長125km、流域面積874km2徳島県下では吉野川次いで2番目に大き河川です。

阿南市を流れる那賀川
阿南市流れる那賀川

河川概要
水系那賀川水系
河川名那賀川
幹川流路延長125km
流域面積874km2
流域内人59,000
流域関係都県徳島県

那賀川流域図
○拡大図
1.那賀川の歴史
"那賀川のは、古くから農業工業発電利用され徳島県南部社会・経済支えてます。昔は木材資源運搬筏流し)にも利用されいました一方日本有数多雨地帯急流河川であるため、度重なる洪水被害発生してます。治水事業は、江戸時代霞堤建設始まりガマン堰の建設はね岩等の水防方法考案特徴的です。"

1.那賀川(阿波八郎)の由来
那賀(なか)川は昔、「(なが)の国」の「長川(ながかわ)」とよばれていました長の国の名称は、日本書紀に奈我、長などと書かれています。奈良時代阿波(あわ)那賀(なか)郡と改名されましたが、この名が定着したのは平安時代ころと言われています。長川の名称は、江戸時代までは長川、長河などとも書かれいました
那賀川の愛称阿波八郎」の由来は、流域住民からの愛称募集結果流域市町村の数(8)主体に、吉野川四国三郎対峙して、八の字縁起により、八郎の名前が昭和62年誕生しました

2.那賀川水上交通筏流し高瀬舟
 [再現された筏流し]
[再現され筏流し]
那賀川流域日本有数多雨地帯であり、また、山地流域の約9割を占めることもあり、古くから林業が盛んです。上流域木材資源運搬筏流しによって行われ隆盛期には年間 4,000杯もの筏が、那賀(かみなか)町谷土場より約70km下流古庄(ふるしょう)中島(なかしま)集積場まで運搬されいましたまた、明治末期より昭和中期までの間、同区間においては高瀬舟が那賀川水流交通担っていましたこのように、那賀川は水上輸送動脈としての役割担っていましたが、昭和に入ってから、道路整備とともにだんだんと水上輸送から陸上輸送にかわり、長安(ながやすぐち)ダム完成昭和27年)後はトラック輸送かわってます。

3.那賀川の水の利用大井手用水堰等)
[大井手堰跡の碑]
[大井手堰跡の碑]
那賀川は、那賀平野穀倉地帯潤す水源としても大きな役割担ってきました。那賀川におけるかんがい事業で最も古いものとしては、大井手(おおいで)用水堰(1674年)があげられます。当時の堰は木杭に石を詰めた簡単なものであったため、洪水のたびに決壊流失繰り返していました大井手用水堰の修築難工事極め藩命受けた佐藤良左衛門2代目)はその娘を人柱立てようとしましたが、藩公からの使者がこれを止め代わりに観世音埋めた伝えられています。現在は、上広瀬堰、下広瀬とともに統合され北岸(ほくがん)となってます。
その他の水の利用としては、製紙産業主体とした工業用水発電用あります水力発電は、昭和29年建設され坂州(かしゅう)発電所初めとして、現在、5ヶ所の発電所により徳島県年間電力使用量の約1割をまかなってます。

4.那賀川の治水
イ)暴れ竜那賀川
豊かな恵み一方、いったん豪雨があると那賀川は氾濫し過去幾度となく流域人々苦しめてきました。このことは、「黒滝寺(くろたきじ)大竜」の伝説として語り継がれています。その伝説とは、昔、那賀川の上流にある竜王山という山に、大きな暴れ竜」(大竜)が住んでいて、麓の村人たち苦しめていました。それを聞きつけて弘法大使駆けつけ悪魔退散祈願をし、暴れ竜を竜王山から1,200m下の竜王渕に封じこめました。そこで、今後の平和を願って黒滝寺という寺が建てられということです。この話の「暴れ竜」とは、いうまでもなく那賀川の氾濫洪水象徴するものと考えられます。
ロ)江戸時代治水事業霞堤万代堤、はね岩)
那賀川における治水事業は、江戸時代に、下流開け平野部洪水から守るために随所築かれ霞堤(かすみてい)不連続堤防)に始まるといわれており、
[万代堤の碑] [古毛の大岩]
[万代堤の碑][古毛大岩]
代表的なものとしては、万代(ばんだいつつみ)あげられます。万代堤は、吉田兵衛私財投じ三代わたって取り組み当時としては本格的な堤防でした。また、兵衛台風時の荒れ狂う水の勢いから堤防を守るために、牛枠(うしわく)はね岩(現在の水制)などの水防方法考案しており、石山(のぞきいしやま)から落とし入れ巨石は、「古毛(こもう)大岩」として、今も残ってます。
ハ)明治以降治水事業ガマン堰)
[ガマン堰平面図(大正12年頃)]
[ガマン平面図(大正12年頃)]
明治時代には、那賀川の洪水から羽ノ浦(はのうら)町の商工業地域及び農地を守るために小洪水断ち大洪水一部派川岡川越流させて、本川洪水流量低減させる堰と堤防兼ねたガマン堰」が築かれました。洪水の度に「我慢せい」と慰め合い補修工事では重労働を「ガマン」したことから、この名がついたと言われています。

このような苦闘歴史の末、昭和入り、国による改修実施され、現在に至ってます。
2.地域の中の那賀川
"那賀川の多様な河川空間は、上下流に分かれた各地域特性反映し、スポーツ・レクリェーションの場、イベント活動の場として幅広く利用されており、その豊かな自然環境開放的な空間地域住民憩いやすらぎの場となってます。"

那賀川と地域とのつながり

1.緑と清流ふれあい空間
那賀川の多様な河川空間は、上下流に分かれた各地域特性反映した利用なされており、その豊かな自然環境開放的な空間地域住民憩いやすらぎの場となってます。
[木頭杉一本乗り大会]
[木頭杉一本乗り大会]
[カヌー大会]
[カヌー大会]
[加茂谷鯉祭り]
[加茂谷祭り]
イ)上流部河川利用
那賀川の上流部は、アユやアメゴ等を対象とする釣人が多い他、水遊び林間キャンプ場等の自然指向レクリェーションの場となってます。また、古くからに伝わる木頭(きとう)一本乗り大会木頭村)、つらら祭り木沢(きさわ))、(わじき)ライン利用したカヌー大会、緑豊かな敷の自然をバック行われる野外ライブ・サマーインワジキ(鷲敷町)等が開催され清流那賀川の自然特性活かしたイベント活動多く開催されています。
ロ)下流部河川利用
那賀川下流部高水敷は、公園緑地運動場として地域住民のスポーツ・レクリェーションの場として幅広く利用されている他、各地域様々なイベント活動が行われており、阿波八郎祭り那賀川町)、万代祭り羽ノ浦町)、加茂谷(かもだに)祭り阿南市)等が開催されています。なかでも8月開催される古庄水神(すいじん)祭り花火大会では、多く地域住民が那賀川の風情楽しみに訪れてます。また、広い水面利用したボートカヌーウインドサーフィン等の水面利用行われアユ等を対象とする釣り人多く訪れてます。さらに、楠根(くすね)桜づつみ羽ノ浦桜づつみ等、などの植樹良好な水辺空間創る桜づつみモデル事業が行われており一般住民憩いの場となってます。

2.アドプトネットワーク那賀川(清掃ボランティア活動
[清掃ボランティア活動]
[清掃ボランティア活動]
那賀川では、毎年7月地域住民による河川一斉清掃実施されており、平成14年6月からは、地域住民流域全体良好な河川環境保全創出目的とした、清掃ボランティア活動「アドプトネットワーク那賀川」が発足し、各団体清掃美化ボランティア行い、これらの活動通じて地域社会つながり深めてます。
3.那賀川の自然環境
"山地流域の約9割を占める那賀川は、高の瀬峡鷲敷ラインなど自然景観富んだ地形今なお残ってます。また、清らかな流れによる良好な水質豊かな植生背景に、オヤニラミやナカガワノギクなどの多様な動植物生息生育してます。"


1.豊かな自然環境厳し降雨地帯
那賀川水系は、その源を徳島県那賀郡剣山(つるぎさん)発し徳島高知両県々界の山脈東麓沿って南下し阿南市において平野出て紀伊水道に注ぐ一級河川です。山地流域の約9割を占める那賀川は、山間部渓谷下り清らかな流れによる良好な水質豊かな植生背景に、上下流に分かれた各地域毎の多様性富んだ動植物相育んでます。
こうした豊かな自然環境育む那賀川ですが、年間雨量3,200mmにも達す日本有数多雨地帯であり、流域内の観測所では、1日降雨量日本最大1時間降雨量では全国2位記録をもってます。

2.上流部自然環境
[高の瀬峡]
[高の瀬峡]
[ナカガワノギク]
[ナカガワノギク]
流域の上流部はほとんどの区間峻険V字谷となっており、徳島観光百選第一位高の瀬峡(こうのせきょう)歩危峡(ほききょう)日本の滝百選選ばれ大釜(おおがま)の滝、阿波八景十二勝の一つである鷲敷ラインなど豊かな自然景観富んだ地形、そして、周囲森林構成する優れた景勝地がみられます。こうした自然環境にあって剣山周辺には国の特別天然記念物カモシカ生息しており、昆虫類では国蝶であるオオムラサキムカシトンボ生息してます。植物では木沢村に国の天然記念物沢谷(さわだに)のタヌキノショクダイ発生地」や、那賀川の鷲敷ライン沿いを中心に徳島県特産種であるナカガワノギク等極めて貴重な種が存在してます。さらに、ヤマセミカワセミカワガラス等に代表される清冽な水域象徴する鳥類生息してます。

3.下流部自然環境
[オヤニラミ]
[オヤニラミ]
下流部開けた平野となっており、周囲市街地田園のなかで、那賀川、派川那賀川および桑野川流れ分派合流する河川特有の雄大な景観がみられます。那賀川本川下流部では典型的な交互砂州(こうごさす)形成されレキ河原の間を豊かな清流流れ景観特徴的です。こうした自然環境にあって河川空間は主に草地中心とする植生分布しており、ミゾコウジュカワジシャなどの河川特有な植物ハマサジウラギクなど徳島県唯一の塩生植物群落存在してます。また河口部には、カンムリカイツブリコアジサシなどの渡り鳥重要な渡来になっている他、ハクセンシオマネキイシマキガイなどの生息地ともなってます。なお、桑野川上流には県指定天然記念物オヤニラミ生息してます。
4.那賀川の主な災害


発生発生原因被災市町村被害状況
昭和25年9月ジェーン台風28号阿南市鷲敷町全壊流出 129
半壊床上浸水 2,101
床下浸水 3,825
昭和40年9月台風24号阿南市浸水面積 農地 1,499ha
     宅地その他 288ha
半壊床上浸水 659戸
床下浸水 2,300

(注:この情報2008年2月現在のものです)

那賀川

読み方:ナカガワ(nakagawa)

所在 静岡県

水系 那賀川水系

等級 2級


那賀川

読み方:ナカガワ(nakagawa)

所在 徳島県

水系 那賀川水系

等級 1級


那賀川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/16 06:24 UTC 版)

那賀川
那賀川(徳島県阿南市)
水系 一級水系 那賀川
種別 一級河川
延長 125 km
平均流量 62.88 m3/s
(古庄観測所)
流域面積 874 km2
水源 ジロウギュウ(徳島県)
水源の標高 1929 m
河口・合流先 紀伊水道(徳島県)
流域 日本 徳島県

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那賀川源流(写真下)とモニュメント(上)
大龍寺ロープウェイから望んだ那賀川

那賀川(なかがわ)は、徳島県を流れる那賀川水系の本流で、一級河川。幹川流路延長125kmと徳島県内で最も長い河川である。「最も良好な水質」として清流四国一(四国地方整備局2006年河川水質調査)に選ばれた。

名称

昔は「長川」(ながかわ)と呼ばれ、地域名の「長の国」(ながのくに)に由来すると思われる。「長の国」の名称は、『日本書紀』に「奈我」「長」などと書かれた。奈良時代阿波国那賀郡と改名されたが、この名が定着したのは平安時代頃だと言われる。河川は江戸時代まで、「長川」「長河」などとも書かれていた[1]

地理

徳島県那賀郡那賀町木頭北川の剣山山系ジロウギュウに源を発し、高の瀬峡を経て南流ののち東流。北東流に転じる中流域では著しく蛇行する。平野に出る下流域で再び東に向きを変え、阿南市辰己町と阿南市那賀川町中島の境界から紀伊水道に注ぐ。徳島県唯一の県内に源流があり流域が県内のみで県内だけを流れる一級河川である。

那賀川の紹介として「吉野川に次いで県下第二の大河」といった類の河川紹介がしばしば見られるが、吉野川は高知県分85km(出典:高知県海洋部HP)を除くと幹川流路延長は109kmであり、県内の長さの順位としては125kmの那賀川が第一である。

流域の自治体

那賀郡那賀町阿南市

那賀川水系の主要河川

支川、派川

河川法(旧法:明治二十九年法律第七十一号)第四条第一項の規定により河川法適用河川那賀川の支川・派川として認定した。

  • 支川
河川名 左岸認定区間 右岸認定区間
桑野川 徳島県那賀郡桑野村、大字山口、字大久保から岡川合流点まで 徳島県那賀郡桑野村、大字山口、字中コツから岡川合流点まで
  • 派川
河川名 左岸認定区間 右岸認定区間
岡川 徳島県那賀郡大野村、大字下大野八貫堰の那賀川分流点より那賀郡富岡町、大字辰巳、字南須地先B.4標柱と字沖ノ須地先B.1標柱の見透線延長B.1標柱より東600mの地点まで 徳島県那賀郡大野村大字下大野八貫堰の那賀川分流点から河口まで

利水施設

かつては那賀郡那賀町(旧木頭村)に細川内ダムを建設する計画もあったが、地元住民・自治体の猛反発を受け亀井静香建設相が中止にした。結果、那賀川上流部の自然は残されたが、その一方で村助役がダム問題で自殺に追いやられたり、水没予定だった地域の道路改良が後回しにされ続けて未だに不便を強いられているなど長年の行政のあり方は禍根を残した。

また既存の長安口ダムにおいて流入堆砂で貯水能力が低下し、那賀川から取水している阿南市などでは水不足の懸念から対策が要望されている。

川に架かる橋梁など(河口から順に長安口ダムまで)

牟岐線那賀川橋梁

自然景勝地・名所・植物・祭典

並行する交通

道路

水運

古くは上流域の森林で伐採した木材の流送(木材流送)が行われていた。 1950年(昭和25年)3月26日には、羽ノ浦町に昭和天皇が行幸(昭和天皇の戦後巡幸)があり、天皇は堤防の上で那賀川林業労働組合の委員長の説明を受けながら筏流しの様子を視察している[2]

脚注

  1. ^ 日本の川 - 中国 - 那賀川 - 国土交通省水管理・国土保全局”. www.mlit.go.jp. 2019年9月7日閲覧。
  2. ^ 宮内庁『昭和天皇実録第十一』東京書籍、2017年3月30日、60頁。ISBN 978-4-487-74411-4 

関連項目

外部リンク




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