漢語
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/10 05:00 UTC 版)
漢語と文法
漢語の一般的性質
言語の類型上、孤立語に分類される中国語は品詞の区別が曖昧で比較的融通が利く。これに対し日本語は、名詞とそれ以外の品詞が明確に区別される。だから日本語における漢語を名詞以外に用いる場合は、ある程度の制約が生じる。
形容詞
基本的に漢語は名詞に準じた扱いをうけるため、後続する語に応じた接尾辞を付加することによって形容詞として用いられることが多い。ほとんどの漢語は、口語において【だろ/だっ/で/に/だ/な/なら】を付加することによって機能する。
- 例[46]
- 変(ヘン)だ
- 妙(ミョウ)だ
- 綺麗(キレイ)だ
- 得意(トクイ)だ
- 不憫(フビン)だ
- 暖気(ノンキ)だ
- 卦体(ケッタイ)だ
橋本進吉は、【だろ/だっ/で/だ】がそれぞれ【であろ/であり/で/であり】、【に/な/なら】がそれぞれ【に/にある/にあれ】といずれも動詞的な連語に由来することに着目し、形容動詞と称した。この名称は、学校文法としても定着したが、敢えてこれを独立した品詞とする必要性があまりないため、特殊な活用をする形容詞、あるいは単に名詞に接辞(助動詞)を結合させたものと解釈する立場も多い。
文語においては、「にあり」に由来する〔ナリ活用〕と「とあり」に由来する〔タリ〕活用に大別することができる。後者は廃れてつつあるが、「忸怩(ジクジ)たる」「悠然(ユウゼン)と」「粛々(シュクシュク)と」など、漢文調の表現に化石的に残存している[46]。
なお漢語の一部は、形容詞の活用を獲得したものも存在するが例は多くない。
- 例[46]
- 摩訶(バカ)らしい
- 烏滸(オコ)がましい
- 胡散(ウサン)くさい
- 騒々(ソウゾウ)しい
- 婀娜(アダ)っぽい
- 四角(シカク)い
動詞
動詞の場合も形容詞と同様、名詞に準ずる漢語に【し/せ/さ/する/すれ/しろ/せよ】という接尾辞を付加させて用いる(サ行変格活用)。
- 例[47]
- 教育(キョウイク)する
- 喧嘩(ケンカ)する
- 掃除(ソウジ)する
一般にこのような語は、文法的に動詞と名詞の性質を兼ね備えているため、以下のように括弧内を省略しても意味が通じる[47]。
- 例
- 掃除(し)に行く
- 掃除(することが)できない
1字の漢語については、「愛する」のように清音となるものと、「念ずる」のように濁音になるものがある。これを判別するには、以下のような漢字の中古音の知識が必要になる[47]。
- 中古音で陽性韻のもの(韻尾が鼻音)は濁る
- 韻尾が -n のもの - 弁ずる、煎ずる、変ずる、論ずる、転ずる、信ずる
- 韻尾が -m のもの - 念ずる、談ずる
- 韻尾が -ŋ のもの - 長ずる、通ずる、講ずる、興ずる、命ずる
- 中古音で陽性韻以外のものは濁らない
ただし、本来は濁音になる語でもアクセントが中高型のものは清音で発音されるようになったという。このような変化は室町時代前後に起こったと推測される[47]。
- 例
- 抗する(参考:講ずる)
- 偏する(参考:変ずる)
- 冠する(参考:感ずる)
ほとんどの漢語の動詞は、連用形を名詞と転成することができないが、「感じがする」「お通じが出る」のような例外も存在する[47]。
「ご覧ください」、「ご免ください」、「ご存じでしょう」にみられるように、一般に漢語は上品な語感があり、ある種の待遇表現を形成するという[47]。また、このとき用いられる「ご」も「天下の統御」を意味する漢語の「御」が転用されている[47]。このような「ご」は、接頭辞として機能する一種の美化語であり、一般的に元の語の意味を変えることはない。ただし「御機嫌」のように意味を変えて一種の熟語を形成する場合もある(「機嫌」は「快不快の状態」意味するが、「御機嫌」は「ごきげんいかが」「ごきげんよう」のように、しばしば「安否や近況」を含意するという)[48]。
なお、ごく少数の動詞は、サ行変格活用の以外の活用を獲得している[47]。
- 例
- 力(リキ)む
- 目論(モクロ)む
- 捏(デッチ)る
副詞
一般に漢語を副詞として用いる場合は、「急に」「切に」「別に」「特に」「滅多に」「不意に」「決して」「断じて」…のように「に」「して」のような助辞を添えるのが一般的である。一方で「一切」「勿論」「絶対」「全然」「大抵」のように付属的な成分が見当たらない表現も散見される[49]。
「ごく明るい」、「じき来ます」、「とてもできない」などは、それぞれ「極」「直」「到底」という漢語に由来すると考えられるが、ほぼ完全に和語と同化している[49]。
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