印象派 題材と構図

印象派

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/04 01:15 UTC 版)

題材と構図

カミーユ・ピサロ『エラニーでの干し草の刈り入れ』(Fenaison à Éragny、1901年、カナダ国立美術館

ヤン・ステーンのような17世紀のオランダの画家に顕著であるが、印象派以前の画家たちも日常生活的な題材に力を入れていた。しかし、彼らの構図は旧来のもので、メインの題材(主題)に鑑賞者の注意が集まるように構図をアレンジした。印象派は主題と背景の境目を緩やかにしたので、しばしば印象派の絵には、大きな現実の一部を偶然に切りとったかのようなスナップショットに似た効果がある[34]。写真が広がり始め、カメラが携帯可能になった。写真は気取りのない率直な態度で、ありのままの現実をとらえるようになった。写真に影響されて、印象派の画家たちは風景の光の中だけでなく、人々の日常生活の瞬間の動きを表現するようになった。

ベルト・モリゾ『読書』(1873年、クリーブランド美術館
クロード・モネ『サン・タドレスのテラス』(1867年、メトロポリタン美術館[35]) 日本の浮世絵の影響が見られる作品。

写真は現実を写し取るための画家のスキルの価値を低下させた。印象派の発展は、写真が突きつけた難題に対する画家たちのリアクションとも考えられる。「本物そっくりのイメージを効率的かつ忠実に生み出す」という点では、肖像画風景画は不十分だし真実性にも欠けると思われた[36]

それにもかかわらず、写真のおかげで画家たちは他の芸術的表現手段を追求し始めた。現実を模写することを写真と張り合うのでなく、画家たちは「画像を構想した主観性そのもの、写真に模写した主観性そのものをアートの様式に取り込むよって、彼らが写真よりうまくできる一つのこと」[36]にフォーカスしたのである。印象派は、正確な再現を生み出すのではなく、彼らにそう見える自然を表現することを追求した。これにより画家は「自分の嗜好と良心とに課される暗黙の責務」を担って、彼らの目に移るものを主観的に描くことが可能になった[37]

画家たちは写真にはない絵の具の特性、例えば色彩をフルに活用した。「写真に対して、主観というオルタナティブを自覚的に提出したのは、印象派が最初であった[36]。」

もう一つ大きな影響を与えたのは、もともとは輸入品の包み紙としてフランスに入ってきた日本の浮世絵ジャポニズム)である。浮世絵の技法は、印象派の「スナップショット」アングルと斬新な構図に大きく貢献した。モネの『サン・タドレスのテラス』(Terrasse à Sainte-Adresse、1867年)はその例であって、大胆な色の塊りと強い斜線のある構図は浮世絵の影響である[38]。美術史家新関公子は、印象派とジャポニズムの関係について「印象派はゲーテの色彩論(1810年)に端を発する19世紀の色彩学理論を基礎に、自然を自己の感覚に写るままに表現しようとする芸術運動であって、浮世絵が印象派を生んだわけではない。彼らにとって、浮世絵をいかに深く読み取って自分たちの芸術の方法に組み入れるかは、反アカデミズム戦略の一つだった。ジャポニズムは印象派にとって「浮世絵的方法礼讃」なのである」と記している[39]

エドガー・ドガは熱心な写真家かつ浮世絵の収集家であった[40]。彼の『ダンス教室』(1874年)は、その非対称な構図に写真と浮世絵の両方からの影響が見られる。ダンサーたちは無防備で不恰好な姿勢であり、右下の4分の1は何もない床の空間である。彼はまた『14歳の小さな踊り子』のように、ダンサーの彫刻も残している。


注釈

  1. ^ 広義の写実主義は西洋美術の伝統であり、アカデミーや新古典派も見えるとおりに描きながら理想的な形へ整えていく写実描写を実践している。ここで言及しているのは、そのような理想化は一切しないで、ありのままに捉えようとする運動としての19世紀の写実主義(レアリスム)のこと。
  2. ^ ゴーギャンは、出展したが、カタログ作成には間に合わず記載されていない。新関 (2000: 75)。
  3. ^ モネは、出展を希望しなかったので、カイユボットが借り集めて出展した。新関 (2000: 75-76)。
  4. ^ マリー・ブラックモン、メアリー・カサット、ベルト・モリゾの女性3名はポスターへの名前掲載を拒否したのでポスター上は15名。新関 (2000: 76)。

出典

  1. ^ シルヴィ・パタン; 村上伸子訳 『モネ-印象派の誕生』 (1版) 創元社、2010年、42頁。ISBN 978-4-422-21127-5
  2. ^ 海野 弘『パトロン物語-アートとマネーの不可思議な関係』(初)角川書店、2002年6月10日、62-71頁。ISBN 4-04-704087-8 
  3. ^ 島田紀夫 2004, p. 22-25.
  4. ^ テオドール・ジェリコー-メデュース号の筏-(画像・壁紙)” (2008年3月17日). 2014年11月2日閲覧。
  5. ^ ≪7月28日-民衆を導く自由の女神≫”. 2014年11月2日閲覧。
  6. ^ 島田紀夫 2004, p. 27.
  7. ^ 「美術検定」実行委員会 2008, p. 67.
  8. ^ 島田紀夫 2004, p. 80.
  9. ^ 「美術検定」実行委員会 2008, p. 68.
  10. ^ 島田紀夫 2004, p. 26-27.
  11. ^ Nathalia Brodskaya, Impressionism, Parkstone International, 2014, pp. 13-14
  12. ^ a b Samu, Margaret. "Impressionism: Art and Modernity". In Heilbrunn Timeline of Art History. New York: The Metropolitan Museum of Art, 2000 (October 2004)
  13. ^ [The Art Book, 1994 Phaidon Press, page 33, ISBN 91-0-056859-7 http://uk.phaidon.com/store/art/the-art-book-mini-format-9780714836256/]
  14. ^ Bomford et al. 1990, pp. 21–27
  15. ^ Greenspan, Taube G. "Armand Guillaumin", Grove Art Online. Oxford Art Online, Oxford University Press
  16. ^ Seiberling, Grace, "Impressionism", Grove Art Online. Oxford Art Online, Oxford University Press
  17. ^ Denvir (1990), p.133
  18. ^ Denvir (1990), p.194
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  20. ^ Denvir (1990), p.32
  21. ^ Rewald (1973), p. 323
  22. ^ クリストフ・ハインリヒ; ABC Enterprises Inc. (Mikiko Inoue)訳 『モネ』 TASCHEN、2006年、32頁。ISBN 978-4-88783-012-7
  23. ^ Gordon; Forge (1988), pp. 11–12
  24. ^ Distel et al. (1974), p. 127
  25. ^ Richardson (1976), p. 3
  26. ^ Denvir (1990), p. 105
  27. ^ Rewald (1973), p. 603
  28. ^ Rewald (1973), pp. 475–476
  29. ^ Bomford et al. 1990, pp. 39–41.
  30. ^ Renoir and the Impressionist Process Archived 2011年1月5日, at the Wayback Machine.. The Phillips Collection, retrieved May 21, 2011
  31. ^ a b Wallert, Arie; Hermens, Erma; Peek, Marja (1995). Historical painting techniques, materials, and studio practice: preprints of a symposium, University of Leiden, the Netherlands, 26-29 June, 1995. [Marina Del Rey, Calif.]: Getty Conservation Institute. p. 159. ISBN 0-89236-322-3.
  32. ^ a b Stoner, Joyce Hill; Rushfield, Rebecca Anne (2012). The conservation of easel paintings. London: Routledge. p. 177. ISBN 1-136-00041-0.
  33. ^ Stoner, Joyce Hill; Rushfield, Rebecca Anne (2012). The conservation of easel paintings. London: Routledge. p. 178. ISBN 1-136-00041-0.
  34. ^ Rosenblum (1989), p. 228
  35. ^ Metropolitan Museum of Art
  36. ^ a b c Levinson, Paul (1997) The Soft Edge; a Natural History and Future of the Information Revolution, Routledge, London and New York
  37. ^ Sontag, Susan (1977) On Photography, Penguin, London
  38. ^ Gary Tinterow, Origins of Impressionism, Metropolitan Museum of Art,1994, page 433
  39. ^ 新関公子「幕末から明治初期の西洋体験」(東京美術学校物語 西洋と日本の出会いと葛藤―2)岩波書店『図書』2023年2月、42‐47頁、引用は47頁。
  40. ^ Baumann; Karabelnik, et al. (1994), p. 112.
  41. ^ 新関 (2000: 74-78)。






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