魔術 魔術の概要

魔術

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/10 04:09 UTC 版)

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人類学宗教学用語では呪術という[4]。魔術の語は手品(奇術)を指すこともある[5]

訳語としての「呪術・魔術・魔法」と文脈に応じたその用法

英語の magic[* 2] は「魔法」、「魔術」、「呪術」と翻訳される[6]近代日本において、訳語を創出する必要があった「文化」などの概念と異なり、magic は従来の日本語の語彙で対応しうる言葉であった[8]魔法は古くからある日本語であり、幕末に刊行された『和英語林集成』初版(慶応3年(1867年))の英和の部では magic に「魔法」・「飯綱」・「妖術」が当てられ、同じく和英の部では「魔法」や「魔術」に magic arts, sorcery 等が当てられた[9]

宗教人類学の分野では、この訳語として呪術が定着している[10][* 3]。一方、思想史[12]や西洋史の文脈では魔術の語が用いられることが多い[13]。魔術は西洋神秘思想の一分野の呼称としても用いられる[4]

呪術研究

理論と学説

『金枝』(J.M.W. Turner)、アイネイアス神話の一場面。『金枝篇』の口絵として用いられた。
  • フレイザーの理論

人類学者ジェームズ・フレイザーは、『金枝篇』において、文化進化主義の観点から[14]、呪術と宗教を切り分け、呪術には行為と結果の因果関係や観念の合理的体系が存在し、呪術を宗教ではなく科学の前段階として捉えた。しばしば依存的態度が強い宗教に対し、因果律に基づく操作的な態度をもつ点を差異として捉える。

フレイザーは、呪術を「類感呪術(または模倣呪術)」と「感染呪術」に大別した。

類感呪術(模倣呪術、: imitative magic
類似の原理に基づく呪術である。求める結果を模倣する行為により目的を達成しようとする呪術などがこれに含まれる。雨乞いのために水をまいたり、太鼓を叩くなどして、自然現象を模倣する形式をとる。
感染呪術: contagious magic
接触の原理に基づく呪術である。狩の獲物の足跡に槍を突き刺すと、その影響が獲物に及んで逃げ足が鈍るとするような行為や、日本での藁人形に釘を打ち込む呪術などがこれに含まれる。感染呪術には、類感呪術を含んだものも存在するとフレイザーは述べている。呪術を行使したい対象が接触していた物や、髪の毛など身体の一部だった物に対し、類感呪術を施すような場合などである。

フレイザーは進化主義的な解釈を行い、宗教は劣った呪術から進歩したものであるという解釈を行った。一方、エミール・デュルケームはこれを批判的に継承し、本来集団的な現象である宗教的現象が個人において現れる場合、呪術という形で現れることを指摘した。さらにマリノフフスキーは、機能主義的な立場から呪術や宗教が安心感をもたらしているいうことを指摘し、また動機をもった操作的な態度から人に禍をもたらすそうとする呪術を「黒呪術 black magic」といい、雨乞いや病気回復など公共の利益をもたらそうとする呪術を「白呪術white magic」とした。しかし超自然的なものである呪術だとしても、意図的なものと非意図的なものがあるとして、エヴァンズ=プリチャードは前者を邪術、後者を妖術として区別する必要性を主張した。

  • ビーティ(J.Beattie)は、呪術を象徴的な願望の表現とした。
  • レヴィ=ストロースによる指摘

クロード・レヴィ=ストロースは、思考様式の比較という観点から、呪術をひとつの思考様式としてみなした。科学のような学術的・明確な概念によって対象を分析するような思考方式に対して、そのような条件が揃っていない環境では、思考する人は、とりあえず知っている記号・言葉・シンボルを組み立ててゆき、ものごとの理解を探るものであり、そのように探らざるを得ない、とした。そして、仮に前者(科学的な思考)を「栽培種の思考」と呼ぶとすれば、後者は「野生の思考」と呼ぶことができる、とした[15]

「野生の思考」は、素人が「あり合わせの材料でする工作」(ブリコラージュ)のようなものであり、このような思考方式は、いわゆる"未開社会"だけに見られるものでもなく、現代の先進国でも日常的にはそのような思考方法を採っていることを指摘し、それまでの自文化中心主義的な説明を根底から批判した。

邪術と妖術

エヴァンズ・プリチャードによる南スーダンのアザンデ族の研究以来、社会人類学では邪術 (sorcery) と妖術 (witchcraft) とを区別するようになった。

邪術は、英語の sorcery に対応する日本語の文化人類学用語であり、呪術信仰において超自然的な作用を有すると信じられる呪文や所作、何らかの物を用いて意図的に他者に危害を加えようとする技術を指す。ただし、防衛のために行われる呪術を邪術に含める場合もあるので、邪な意図によるものばかりではない[16]

妖術とは、学問的には、文化人類学で定義されるウィッチクラフト(witchcraft)のこと。エヴァンズ・プリチャードは、アフリカのアザンデ人の研究において、ザンデ語において「人間が意図していなくても危害を加えてしまう力」として使われているマングの訳語としてwitchcraftという造語を用い、日本ではその訳語として妖術が定着した[17]

調査研究

呪術では、何らかの経験則に沿って呪術の様式が体系化されており、これが民族間の交流で他文化に影響を与えることも多い。これらの民俗学的調査により、民族間の交流や移動の経路などが判明することもある。また考古学的な観点からは、過去の遺物より呪術の様式を解明し、当時の文化や交易の経路を追跡して調査することも行われている。


註釈

  1. ^ 過去、多くの学者が魔術の根本的な意味について考察してきたが、実際の所魔術に単純な定義を与えるのは困難である[2]
  2. ^ 初出は14世紀[6]ギリシア語の magikos[† 1] を語源とする古フランス語から来ている[7]
  3. ^ 人類学者の吉田禎吾の説明によれば、魔術の語を用いないのは手品と区別するためである[11]
  4. ^ これら東洋医学の知識体系は、カイロプラクティックなど西欧化されたものもある。
  5. ^ 現代の西洋医学の医師が患者にプラセボを処方した時は、それは医師の"技術"のひとつと呼ばれ、医師の"呪術"と呼んでは不適切なように、発展途上国のヒーラーが医薬品が無い中で善意からプラセボを住民に処方しているのを"呪術"と決め付けることもまたあまり適切ではない。
  6. ^ たとえば、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲の現行版は綴りがモダナイズされているが、17世紀に出版された初期近代英語ファースト・フォリオには magick という綴りがみられる。

原語

  1. ^ 男性形 μαγικός 〔マギコス〕、女性形 μαγική 〔マギケー〕。
  2. ^ 古代ギリシア語: μαγεία 〔マゲイア〕、 ラテン語: magia 〔マギア〕
  3. ^ 古代ギリシア語: γοητεία 〔ゴエーテイア〕、 ラテン語: goetia 〔ゴエティア〕
  4. ^ 古代ギリシア語: φάρμακα 〔パルマカ〕, φαρμακεία 〔パルマケイア〕; ラテン語: veneficium 〔ウェネフィキウム〕
  5. ^ ラテン語: maleficium

出典

  1. ^ ブリタニカ百科事典第11版』 (Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Magic" . Encyclopædia Britannica (英語). 17 (11th ed.). Cambridge University Press.)
  2. ^ Davies 2012, pp. 1 - 2.
  3. ^ 魔術(まじゅつ)の意味”. goo国語辞書. 2019年12月2日閲覧。
  4. ^ a b 世界大百科事典 第2版『呪術』 - コトバンク
  5. ^ デジタル大辞泉『魔術』 - コトバンク
  6. ^ a b 大修館書店 『ジーニアス英和大辞典』 magic の項。
  7. ^ 研究社 『リーダーズ英和辞典 第2版』 magic の項。
  8. ^ 江川・久保田編 2015, pp. 10 - 12, 「呪術」概念再考に向けて - 文化史・宗教史叙述のための一試論.
  9. ^ 江川・久保田編 2015, pp. 10 - 12, 江川純一・久保田浩「「呪術」概念再考に向けて - 文化史・宗教史叙述のための一試論」.
  10. ^ 鶴岡ら訳 2002, pp. v-vi, 「訳語について」.
  11. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ)『呪術』 - コトバンク
  12. ^ 百科事典マイペディア『呪術』 - コトバンク
  13. ^ 江川・久保田編 2017, p. 261, 野口孝之「近代ドイツ・オカルティズムの「学問」における「魔術」」.
  14. ^ 吉田禎吾「呪術」『文化人類学辞典』弘文堂、1987年(昭和62年)
  15. ^ 『野生の思考』(1962年
  16. ^ 『改訂 文化人類学事典』 ぎょうせい、1987年(昭和62年)、258頁。
  17. ^ 長島信弘 (2008). “近藤英俊/小田亮/阿部年晴篇, 『呪術化するモダニティ-現代アフリカの宗教的実践から-』, 風響社、2007年平成19年)、その1,”. 貿易風 : 中部大学国際関係学部論集 (中部大学): 290 - 303. http://ci.nii.ac.jp/naid/110007025371. 
  18. ^ 山里純一『沖縄の魔除けとまじない』第一書房1997年(平成9年)
  19. ^ a b 鶴岡ら訳 2002, p. 188, ハンス・ディーター・ベッツ「古代ギリシア-ローマの魔術」.
  20. ^ Flowers, Stephen Edred. Hermetic Magic, Samuel Weiser, 1995.
  21. ^ 鶴岡ら訳 2002, p. 189, ハンス・ディーター・ベッツ「古代ギリシア-ローマの魔術」.
  22. ^ a b c d e f g バートレット, 横山監訳 2008, pp. 68 - 69.
  23. ^ 澤井 2000, p. 42.
  24. ^ Sophie Page (2004). Magic in Medieval Manuscripts. University of Tronto Press. p. 18.
  25. ^ 野口洋二 『中世ヨーロッパの異教・迷信・魔術』 早稲田大学出版部2016年(平成28年)、150 - 151頁。
  26. ^ Benedek Láng (2008). Unlocked Books: Manuscripts of Learned Magic in the Medieval Libraries of Central Europe. The Pensylvania State University Press. pp. 25 - 26.
  27. ^ David J. Collins, S. J. 'Learned Magic'. in The Cambridge History of Magic and Witchcraft in the West (2015). kindle edition. Cambridge University Press.
  28. ^ a b c d プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 32 - 35.
  29. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 35 - 37.
  30. ^ a b プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 35 - 36.
  31. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. -35 - 36.
  32. ^ 澤井 2000, pp. 157 - 158.
  33. ^ a b c d e プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 38 - 41.
  34. ^ 澤井 2000, p. 140.
  35. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 46 - 47.
  36. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 43.
  37. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 41.
  38. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 42.
  39. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 47.
  40. ^ a b プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 47 - 49.
  41. ^ 澤井 2000, p. 162.
  42. ^ 澤井 2000, p. 132.
  43. ^ a b プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 40.
  44. ^ 澤井 2000, pp. 137 - 138.
  45. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 32.
  46. ^ a b c 澤井 2000, pp. 133 - 134.
  47. ^ 澤井 2000, pp. 141 - 143.
  48. ^ Crowley, Aleister. Book 4, Part 3, Definition and Theorems of Magick .
  49. ^ アレイスター・クロウリー 『神秘主義と魔術』 島弘之訳、国書刊行会、1986年(昭和61年)、フランシス・キング 「日本語版著作集への序」。
  50. ^ フランシス・キング 『アレイスター・クロウリーの魔術世界』 山岸映自訳、国書刊行会、1987年(昭和62年)。
  51. ^ 安田均グループSNE『スペルコレクション』富士見書房〈富士見文庫〉、1963年1月、初版。ISBN 4-8291-4220-0
  52. ^ a b 魔法にシステムは必要か ― 西洋ファンタジー界に起こりつつある異変 - ウェイバックマシン(2012年6月26日アーカイブ分)
  53. ^ 和漢音釋書言字考節用集, 第11巻






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