魔術 世界の呪術文化

魔術

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/21 14:36 UTC 版)

世界の呪術文化

呪術道具

呪術には特定の呪術道具があり、狩猟具漁具を使用する場合もある。ギリシア文明や日本、東南アジアなどでは弓矢や神の力が宿る神聖なものと考えられ、呪術の道具として使用された。狩猟民族の社会において弓矢は世界的に普遍的な、呪術の道具であったと考えられている。これは、弓矢が敵対する社会集団との戦いに用いられたことも大きく起因する。

また弓矢はその後、弦楽器の多くの起源となり、音楽楽器に呪術的側面を持たせることにつながった。

日本においては漁具の釣針、弓矢のも「サチ」とよばれるマナであるとされ、サツヤ(獲矢と書かれる)とよばれて信仰され、後、銃による狩猟が出て後も、獲物に当たった弾丸を鋳直いなおして持つ「シャチダマ」という習慣があった。

呪術と医療

呪術が医療として機能していたことは民間医療などにもその痕跡がみられる。温泉冷泉治療なども経験的な医療効果が信じられヨーロッパや日本などでも利用され、特定の信仰と結びつき呪術的要素を持っているものもある。特に日本においては、「詣で」と宿場温泉地が結びつき、湯治はもちろん宿泊入湯払いであった。沖縄には蕁麻疹、かさ(皮膚病)、魚骨が喉にささった時、ハブ除け、悪霊が付いた時、くしゃみの時の呪術があった。くしゃみをすると霊魂が外に出るという考えがあった。

アフリカの一部の国では、植物に限らない)の生成と薬草の使用は生活の上で重要な位置を占め、それに伴いその知識を独占的に持つシャーマンが存在する。シャーマンは現在、呪術医として分業するものも多い。彼らが"呪術"に使用する薬草を科学的に分析してみたところ、薬理効果があることが実証されているという事例もあり、その知識と薬草の提供に対し契約している製薬会社も存在する。

東洋医学における漢方薬なども近代科学とは別の由来を持つという意味では同様の事例である。東洋医学においては歴史的に蓄積されてきた薬草の知識や陰陽五行などの思想体系が背景にある[* 4]

また、心理学的な作用が結果として効果を発揮していると見られるケースや、行為者が意識的に心理効果を狙っているケースもある。暗示や催眠によるものなどである。このような心理効果の活用例には「プラセボ」と呼ばれる薬を用いた治療方法が挙げられる[* 5]

占いと祈祷

預言者サムエル(右)

占術は基本的に神霊が祈祷師に憑依し、神託としての予言預言啓示、託宣を垂れることをいい、これは、ユダヤ教キリスト教イスラム教などでも同様に観察される。ヘブライ語で預言を垂れる、という意味のヒッティーフは、元「(涎を)垂らす」の意であり、『サムエル記』では忘我状態で神の言葉を述べる聖者を指して使われるが、日本の神社神道(かんなぎ)といわれる神主巫女が、神の憑依体(依り代)となって神の御言を述べる。同様に神託を伝える儀式として亀甲占い年始神事、その簡易としての「おみくじ」等の占いがある。なお柳田國男は、年始に行う花札百人一首のようなカードゲームを、「占術の零落した物」とする。同様にサムエル記上14章41節では、預言者サウルが胸ポケットに入れたウリムとトンミムと呼ばれる物を無作為に取り出して、神意を問うシーンがある。結局は原始宗教、宗教または、それによって律せられる土着の習俗において、神霊を信じ、その神霊に祈る(祈祷)ことで神頼みをし、その啓示を人生の指針として身をゆだねるというのは、占いと変わらないともいえる。このように現在の宗教の多くは原始宗教からの「機会」を神の啓示とする呪術的要素を備え継承している。

呪術と社会

その発祥の原因として、集団としての人々の暮らしの中で、諍いや一年をどう過ごすかまたは、どうなるのかといった社会や個人の不満や不安であり、その緩衝としてシャーマンが存在する。具体的には社寺が地域社会の中心であったように、現在ヨーロッパの集落のほとんどが、教会を中心とした街づくりになっており、これは呪術を行うシャーマンが集落の中心にあった名残と考えられる。

個人間や家族間のいさかいとして処罰や依頼によりのろい(呪い)をかけたとしても実害はなく心理的な抑制効果でしかなく、また成人通過儀礼などの呪術も子供から大人への決意を促す効果をもたらすものである。このように呪術は、裁判制度がない時代や地域の人治としての権威であり脅威としての力であったと考えられる。また個人の不安や不幸を取り除く、静めることも集団社会には必要であり、そのままにすれば、妬みや嫉みなど、反社会行為に発展しかねない、実際には効果がなくとも、祓いを行い不安を取り除けば、相互扶助の関係の中で、不利益より益になると考えられる。

狩りや漁りや農耕の願いは豊饒であり、その土地が豊かになって実りの多いことが、その社会集団の願いである。それに対し集団の社会不安とならないようにするための、指針の提示が必要になり、それがその集団においての祈祷による祈願祈念になり、占いによる大概が1年の禍福の予想をしていたと思われる。このことはどの世界でも呪術の延長である年単位の中での時節季節による行事の繰り返しから見て取れる。

呪術と地域文化

  • 沖縄地方では、魔除けとまじないは盛んであり、フーフダ(符札、まじないを書いた木札や紙札をはる)、ハブよけのまじない、悪霊がついた時のまじないなどが行われている。例えば、沖縄ではくしゃみをするとが出てしまうと考えられており、それを取り戻すためのまじないがある。また、白くて固い物には魔除けの力があると信じられており、シャコガイスイジガイ、珊瑚や塩などを置いて魔を遠ざけようとする。石敢当シーサーなども魔除けである[18]
  • 香港では、現在も「打小人」(ダーシウヤン)と呼ばれる、紙で作った人型をで叩いて行う黒呪術を代行することによって、報酬を得ている人たちがいる。
  • 古くから中国人華僑華人を中心に信奉され、日本にも古くから伝わる陰陽五行思想としての「風水」においても、占い・呪術的な思考様式と精緻な理論的な思考様式とが混在している。
  • イスラム教では人間が超自然的な力を持つと主張したり信じることはアラーへの冒涜であるとされており、サウジアラビアでは勧善懲悪委員会魔法部が取り締まり(魔女狩り)を行っている。

これらは地域の文化思想と密接に結びついており、場合によってはタブーのような行為にも関連する。タブーを敢えて犯すことで災いを発生させられるという思想や、あるいはタブーによる祟り呪い(まじない)の効果で無効化しようとする行為が挙げられる。


註釈

  1. ^ 過去、多くの学者が魔術の根本的な意味について考察してきたが、実際の所魔術に単純な定義を与えるのは困難である[2]
  2. ^ 初出は14世紀[6]ギリシア語の magikos[† 1] を語源とする古フランス語から来ている[7]
  3. ^ 人類学者の吉田禎吾の説明によれば、魔術の語を用いないのは手品と区別するためである[11]
  4. ^ これら東洋医学の知識体系は、カイロプラクティックなど西欧化されたものもある。
  5. ^ 現代の西洋医学の医師が患者にプラセボを処方した時は、それは医師の"技術"のひとつと呼ばれ、医師の"呪術"と呼んでは不適切なように、発展途上国のヒーラーが医薬品が無い中で善意からプラセボを住民に処方しているのを"呪術"と決め付けることもまたあまり適切ではない。
  6. ^ たとえば、ウィリアム・シェイクスピアの戯曲の現行版は綴りがモダナイズされているが、17世紀に出版された初期近代英語ファースト・フォリオには magick という綴りがみられる。

原語

  1. ^ 男性形 μαγικός 〔マギコス〕、女性形 μαγική 〔マギケー〕。
  2. ^ 古代ギリシア語: μαγεία 〔マゲイア〕、 ラテン語: magia 〔マギア〕
  3. ^ 古代ギリシア語: γοητεία 〔ゴエーテイア〕、 ラテン語: goetia 〔ゴエティア〕
  4. ^ 古代ギリシア語: φάρμακα 〔パルマカ〕, φαρμακεία 〔パルマケイア〕; ラテン語: veneficium 〔ウェネフィキウム〕
  5. ^ ラテン語: maleficium

出典

  1. ^ ブリタニカ百科事典第11版』 (Chisholm, Hugh, ed. (1911). "Magic" . Encyclopædia Britannica (英語). 17 (11th ed.). Cambridge University Press.)
  2. ^ Davies 2012, pp. 1–2.
  3. ^ 魔術(まじゅつ)の意味”. goo国語辞書. 2019年12月2日閲覧。
  4. ^ a b 世界大百科事典 第2版『呪術』 - コトバンク
  5. ^ デジタル大辞泉『魔術』 - コトバンク
  6. ^ a b 大修館書店 『ジーニアス英和大辞典』 magic の項。
  7. ^ 研究社 『リーダーズ英和辞典 第2版』 magic の項。
  8. ^ 江川・久保田編 2015, pp. 10–12, 「呪術」概念再考に向けて - 文化史・宗教史叙述のための一試論.
  9. ^ 江川・久保田編 2015, pp. 10–12, 江川純一・久保田浩「「呪術」概念再考に向けて - 文化史・宗教史叙述のための一試論」.
  10. ^ 鶴岡ら訳 2002, pp. v–vi, 「訳語について」.
  11. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ)『呪術』 - コトバンク
  12. ^ 百科事典マイペディア『呪術』 - コトバンク
  13. ^ 江川・久保田編 2017, p. 261, 野口孝之「近代ドイツ・オカルティズムの「学問」における「魔術」」.
  14. ^ 吉田禎吾「呪術」『文化人類学辞典』弘文堂、1987年(昭和62年)
  15. ^ 『野生の思考』(1962年
  16. ^ 『改訂 文化人類学事典』 ぎょうせい、1987年(昭和62年)、258頁。
  17. ^ 長島信弘 (2008). “近藤英俊/小田亮/阿部年晴篇, 『呪術化するモダニティ-現代アフリカの宗教的実践から-』, 風響社、2007年平成19年)、その1,”. 貿易風 : 中部大学国際関係学部論集 (中部大学): 290 - 303. http://ci.nii.ac.jp/naid/110007025371. 
  18. ^ 山里純一『沖縄の魔除けとまじない』第一書房1997年(平成9年)
  19. ^ a b 鶴岡ら訳 2002, p. 188, ハンス・ディーター・ベッツ「古代ギリシア-ローマの魔術」.
  20. ^ Flowers, Stephen Edred. Hermetic Magic, Samuel Weiser, 1995.
  21. ^ 鶴岡ら訳 2002, p. 189, ハンス・ディーター・ベッツ「古代ギリシア-ローマの魔術」.
  22. ^ a b c d e f g バートレット, 横山監訳 2008, pp. 68–69.
  23. ^ 澤井 2000, p. 42.
  24. ^ Sophie Page (2004). Magic in Medieval Manuscripts. University of Tronto Press. p. 18.
  25. ^ 野口洋二 『中世ヨーロッパの異教・迷信・魔術』 早稲田大学出版部2016年(平成28年)、150 - 151頁。
  26. ^ Benedek Láng (2008). Unlocked Books: Manuscripts of Learned Magic in the Medieval Libraries of Central Europe. The Pensylvania State University Press. pp. 25 - 26.
  27. ^ David J. Collins, S. J. 'Learned Magic'. in The Cambridge History of Magic and Witchcraft in the West (2015). kindle edition. Cambridge University Press.
  28. ^ a b c d プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 32–35.
  29. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 35–37.
  30. ^ a b プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 35–36.
  31. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. -35 - 36.
  32. ^ 澤井 2000, pp. 157–158.
  33. ^ a b c d e プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 38–41.
  34. ^ 澤井 2000, p. 140.
  35. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 46–47.
  36. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 43.
  37. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 41.
  38. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 42.
  39. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 47.
  40. ^ a b プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, pp. 47–49.
  41. ^ 澤井 2000, p. 162.
  42. ^ 澤井 2000, p. 132.
  43. ^ a b プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 40.
  44. ^ 澤井 2000, pp. 137–138.
  45. ^ プリンチペ, 菅谷・山田訳 2014, p. 32.
  46. ^ a b c 澤井 2000, pp. 133–134.
  47. ^ 澤井 2000, pp. 141–143.
  48. ^ Crowley, Aleister. Book 4, Part 3, Definition and Theorems of Magick .
  49. ^ アレイスター・クロウリー 『神秘主義と魔術』 島弘之訳、国書刊行会、1986年(昭和61年)、フランシス・キング 「日本語版著作集への序」。
  50. ^ フランシス・キング 『アレイスター・クロウリーの魔術世界』 山岸映自訳、国書刊行会、1987年(昭和62年)。
  51. ^ 安田均グループSNE『スペルコレクション』富士見書房〈富士見文庫〉、1963年1月、初版。ISBN 4-8291-4220-0
  52. ^ a b 魔法にシステムは必要か ― 西洋ファンタジー界に起こりつつある異変 - ウェイバックマシン(2012年6月26日アーカイブ分)
  53. ^ 和漢音釋書言字考節用集, 第11巻






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