宇宙戦艦ヤマト 主題歌

宇宙戦艦ヤマト

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主題歌

宇宙戦艦ヤマト
ささきいさおシングル
B面 真赤なスカーフ
リリース
規格 EP
ジャンル アニメソング
レーベル 日本コロムビア(SCS-241)
作詞・作曲 阿久悠
宮川泰
チャート最高順位
ささきいさお シングル 年表
戦え!ポリマー
(1974年)
宇宙戦艦ヤマト
(1974年)
進め!ゴレンジャー/秘密戦隊ゴレンジャー
(1975年)
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オープニングテーマ『宇宙戦艦ヤマト』
エンディングテーマ『真赤なスカーフ』
2曲とも、作詞 - 阿久悠 / 作曲・編曲 - 宮川泰 / 歌 - ささきいさおミュージカル・アカデミー(初期発売盤)、ささきいさお、ロイヤル・ナイツ(後期発売・再録音盤)

オープニングの「宇宙戦艦ヤマト」はヤマトの航海の目的とそれをやり遂げる信念を歌い上げた内容となっている。ささきの証言によれば、プロデューサーである西崎からは「想いをこめて男のロマンを」と、音楽監督である宮川からは「いさましく」と指示されたため、混乱したという。録音テイクでは、かなりのNGが出た後、声を嗄らしたささきの歌声が、悲壮なロマンを彷彿とさせるということで決定となったそうである[57]。エンディングの「真赤なスカーフ」は、旅立った後の男が地球に想いを馳せる内容となっている。

コーラスグループは再録音の際にロイヤル・ナイツに変更された(メンバーはほぼ同一[58])。その後の商品化ではロイヤル・ナイツ版(の『宇宙戦艦ヤマトIII』のオープニング曲)を収録するのが通例となっていた。ミュージカル・アカデミー版は2000年春に通信販売限定で発売された『松本零士音楽大全』で初回盤以来の商品化(初CD化)が実現し、同年発売のささきのベストアルバム『佐々木功ソングブック グレイテスト・ベスト』に収録されたことで通常市場にて正式に復活した。2001年、本編に使用された歌曲を全曲収録した『宇宙戦艦ヤマト ETERNAL EDITION File No.10 Yamato The Best』にはミュージカル・アカデミー版が収録され、その反対にロイヤル・ナイツ版が番外化し、他の本編未使用歌曲とともに『Yamato The Best II』に収録された。

ささきは1978年のインタビューで、主題歌に子門真人が関わっていた(歌手オーディションに参加した)と証言した。これについて、当時、日本コロムビア文芸部に所属していた堀江美都子は、子門がオーディションで歌った可能性はあると述べている[59]。当時の日本コロムビアでは、主題歌製作の際、まず歌を作ってからオーディションで歌手を選ぶという基本方式をとっていた。中には『仮面ライダー』『仮面ライダーV3』などのように、異なる歌手による録音を実行するケースもあったが、本作で子門版が録音されたかどうかは不明である。2005年にNHK-BS系列局で放映されたテレビ番組内で、ささきは当時のことを「自分の他に何名かの歌手が既にデモテープの録音を済ませており、その中に子門(真人)さんの名前があった」と語っている。ただし、ささき自身は子門が吹き込んだとされる「ヤマト」のデモテープを実際に聴く機会はなかったという。ちなみに「ヤマト」ヒット前当時『およげ!たいやきくん』が大流行していたため、ヒット後にささきは西崎から「やっぱり子門にしときゃよかったかな」「しまった!と思ったんだよ」と冗談を言われている[60]

オープニングテーマはハ短調であるが、録音に際してささきに渡されていた譜面は、調号を書き忘れたハ長調のものだった。オーケストラの演奏を聴いて、事態に気付いた彼は1時間で譜面を覚え直して録音に臨んだという[61]。また、主題歌製作当初はニ短調であったが、西崎の意向でハ短調に変更され、オケを録り直した後ささきにオファーが来たとも証言している[60][62][63]

さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』上映期の「ヤマト・ファンクラブ本部」会報や『冒険王』1978年9月号などに、阿久悠自身の作詞によるOPの3・4番が掲載された[64]。どこかで歌唱されたとの説もあるが、その音源が存在するかどうかは不明である。また、『宇宙戦艦ヤマト全記録集』のTVシナリオ版(1979年)では、阿久悠自筆原稿よりOPの1・2・3・4番が掲載されている。

エンディングテーマ『真赤なスカーフ』は、プロデューサーの西崎義展がファンクラブにリクエストするよう働きかけ、ニッポン放送のリクエスト番組で1位になった[65][66]

オープニングテーマは21世紀に入ってからも高校野球応援歌の定番の曲で、阪神甲子園球場などではブラスバンドが頻繁に演奏している。そのほか、Jリーグ柏レイソルの得点時応援歌としても採用されている。2007年のリーグ戦では、試合に勝利する度にサポーターにより「地球滅亡まで勝ち点○○」という横断幕が掲げられた。

唐沢寿明のカバーで日本テレビ系ドラマ『地球ゴージャスな夜』第3話のエンディングでも使用された。

2006年3月21日に亡くなった宮川泰の葬儀時、遺言により葬送の曲として使われた[67][68]

オープニングテーマ「宇宙戦艦ヤマト」は2009年に高等学校の音楽教科書に掲載された[69]

横浜DeNAベイスターズ大和(前田大和)は、阪神時代の2012年から2014年の間自身の名前にちなんで入場曲として採用していた。2013年7月1日からはJR西日本呉線呉駅接近メロディーにも採用されている[70]。2015年7月現在、auショップ大和店FMやまと)のCM曲として使用されている。

海上自衛隊では護衛艦が海外に向けて出港する際に「必ずここへ帰って来る」という歌詞にあやかり度々演奏されているほか、音楽隊のコンサート等でもよく演奏される[71][72]。また、海上自衛隊東京音楽隊は2013年発売のアルバム『遙かな海へ』と2016年 3月発売のアルバム『響け!ブラバン・ヒーローズ』にカバー曲を収録している。

2017年2月18日NHK BSプレミアムにて放送された生放送番組『カウントダウンLIVE アニソン ベスト100!』では、オープニングテーマが昭和の楽曲で最高位となる16位、エンディングテーマが225位にランクインした[73]

2018年8月26日にNHK総合で放送された『NHKのど自慢』(北海道洞爺湖町)では、『真赤なスカーフ』を歌った40歳の男性が今週のチャンピオンに選ばれ[74]、同番組においてアニメソングが今週のチャンピオンに選ばれるという極めて珍しい回となった。

2020年9月6日にテレビ朝日系列にて放送された『国民13万人がガチ投票! アニメソング総選挙』では、オープニングテーマが第3位に、エンディングテーマが第78位にランクインした[75]

オープニング・エンディングのバリエーション

オープニング
映像ソフトに収録されているオープニング映像には、大きく分けて以下の4種類が存在する。さらに映像と曲の組み合わせの違い、テロップの表示タイミングの違い、細かいリテイクなどを含めるとバリエーションは多岐にわたる。本放送時の正確な使用状況を記録した資料は残されていないが、記録が残っている1978年の再放送の時点では、オープニング映像の種類は細かい違いも含めて17種類にのぼっていた[76]
  1. 歌い出しの「さらばちきゅうよ たびだつふねは うちゅう戦艦ヤマト」の部分が合唱のみ、かつスローテンポで流れるもの(第1話 - 第7話および第23話 - 第25話で使用)。
  2. 曲の最初に短いブリッジ曲が編集されたもの(第8話 - 第11話で使用)。
  3. レコードに収録されている曲が流れるもの(第12話 - 第21話で使用)。
  4. 第22話、第26話は主題歌が流れず、本編の導入部となっている特別版。第22話では『宇宙戦艦ヤマト』がエンディングとして使用された(映像もオープニングと同じものを使用)。
なお、いずれも終わり方がレコード用フルサイズと異なり、1番の後の部分(フルサイズでは間奏にあたる部分)を繰り返しながらフェードアウトする。
エンディング
映像では曲のサビ部分でスターシャの顔が徐々にアップになり、その後画面右上方向に遠ざかっていく。第1話では曲のサビ部分でスターシャの顔が徐々に遠ざかっていくものだった。また、第26話(最終回)では無音でスタッフロールのみが表示される特別版。
スターシャの顔のカットでは、第1話エンディングの撮影後にスタッフが誤って原画を破ってしまったため、第2話以降のエンディングではスターシャの顔に修正の跡が見受けられる[76]
これらのオープニング・エンディングの中には原版ネガフィルムが現存しないものもあり、LD-BOXやDVD-BOXでは当時の放映用プリントを使用するなどして可能な限り本放送当時の状態に近付けられているが、再放送時や映像ソフトによっては画質などの観点から素材が統一されている場合がある。
その他
宇宙戦艦ヤマト2
イントロのサウンドエフェクトが異なっている。
宇宙戦艦ヤマトIII
曲の最後の部分(「銀河を離れ〜」以降)を『宇宙戦艦ヤマト』の別バージョン(『宇宙戦艦ヤマト』で使われたバージョン3&4のエコーが掛かっていないもの)に差し替えてミックスした曲。エンディング部分が短くなっている。
第1話NG版の子門真人風に歌う山崎あきらの別テイクが収録されている。
『英語盤 SPACE CRUISER YAMATO』
シングル盤。発売元:日本コロムビア。商品番号:CK-517。発売日:1978年12月[77]
  • A面:SPACE CRUISER YAMATO(2分12秒)。
  • B面:THE RED SCARF(3分00秒)。
2曲とも、日本語オリジナル版のカラオケ(作曲・編曲 - 宮川泰)を流用したもので、訳詞はDonald P. Berger、歌はささきいさおによる(バックコーラスなし)。
「Yamato, Space Battleship」
1997年4月21日発売のアルバム『ハッピー・チャイルド!〜英語でうたおう こどものうた みんなのうた〜』に収録された英訳詞版。歌はマイケル・Gによる。
外国版の主題歌
  • Star Blazers-Iscandar(Star Blazersの最初の主題歌、歌手不明)
  • Star Blazers-Comet Empire
  • Star Blazers2

番組挿入歌(スキャット)は歌手の川島和子が担当している。


注釈

  1. ^ ただし、第10話では雪以外の女性乗組員の姿も確認される。プロデューサーの西崎は、元々ヤマトの女性乗組員は雪一人と考えていたが、現場との情報伝達が不十分のため作画されてしまったと語っている。
  2. ^ 松本版では明示されていないが、ドメル艦隊からヤマトを助けた、髑髏マークをつけた宇宙船の主はキャプテンハーロックを名乗ってヤマトに地球の医薬品を要求し、顔は隠しているものの、来艦して宇宙服のヘルメットを脱いだ古代進の顔を見て驚き、進の肩に手を添えて送り出す場面がある。
  3. ^ 放映当時の設定。現在では準惑星に分類されている、
  4. ^ 松本零士も海野十三に憧れていたため、自分がキャラクター設定を任された際に、艦長を「沖田十三」と命名した。
  5. ^ 一方、古代に撃墜されるガミラスファイターが、本来の緑ではなく紫色になっている場面は修正されていない。
  6. ^ 本書では「子門はA mだったところを僕は一音下げたC m」との記載だが、正調C mの一音上はD mである(A mだとC mより更に一音半低い)ため、おそらく記者の聞き間違いによる誤記。
  7. ^ アカデミーの資料では、第3話絵コンテは松本零士と石黒昇の2名となっていたが、その後の「宇宙戦艦ヤマト TV DVD-BOX 記録ファイル」(バンダイビジュアル・2008/2/22発行)で訂正されている。
  8. ^ 5月号(創刊号)の次号予告では50ページとされていたが、6月号の表紙によれば60ページである。
  9. ^ 当時はまだ、アニメのBGM集という商品は存在しなかった。「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」が発売になる前のことである。
  10. ^ 当時の『月刊OUT』はアニメ雑誌ではなく、当時はまだ、アニメ雑誌という媒体そのものすら存在していなかったが、本作の記事が載った号の売上が高かったことからアニメ関連の記事が増えるようになり、結果的にアニメ雑誌のパイオニアとなった。
  11. ^ これは後に『STAR BLAZERS』という英題で放送されたテレビ版ではなく、あくまでも劇場版のテレビ放送である。
  12. ^ スタンダード版はストーリー解説等を中心としたベーシック版で、豪華版は『宇宙戦艦ヤマト DVDメモリアルボックス 保完ファイル』に新規資料を収録した増補改訂版である。
  13. ^ 1976年から1977年にかけ、『冒険王』『月刊少年ジャンプ』などでも同様の企画が組まれていたため、この時期に読みきりの新エピソードが執筆された漫画作品は多い。本作や『サイボーグ009』『サブマリン707』など、『プレイコミック』掲載分の作品は、1977年6月に『プレイコミック ビッグまんがBOOK 帰って来たヒーロー特集号』としてまとめて発売された[190]

出典

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