松崎健一とは? わかりやすく解説

松崎健一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/03/12 14:21 UTC 版)

松崎 健一(まつざき けんいち、1950年10月15日 - )は、日本脚本家。主にアニメ作品を手がける。日本脚本家連盟会員。

来歴

東京都出身。中央大学付属高等学校在学中からSF大会などに参加し、拓殖大学商学部在学中にSFビジュアル系の同人会SFセントラルアートを運営。仲間の高千穂遙(当時は竹川公訓)、宮武一貴加藤直之と共にクリスタルアートスタジオを設立。1974年スタジオぬえへ改組する。

初期はイラストレーターとして活動し、『宇宙戦艦ヤマト』の前身の企画ではヤマトの原案となる「アステロイドシップ」をデザインし、同作品中では複数の敵メカニックも手がけていた。『無敵鋼人ダイターン3』より脚本家へ転向した後、日本サンライズ(現・サンライズ)などのロボットアニメ作品に参加。『機動戦士ガンダム』ではSF考証も担当し、近未来の世界観創出に貢献した(後述)。

スタジオぬえでは高千穂に次ぎ2代目社長に就任。自社企画作品として『超時空要塞マクロス』、『超時空世紀オーガス』を発表し、シリーズ構成と脚本も手がけた。『超時空要塞マクロス』の登場人物、町崎健一の名前の由来ともなっている。その後は退社してフリーとなり、アニメだけでなく、ゲームの原作・脚本なども執筆している。

ガンダムでの役割

筋金入りのSFファンとしてスペースコロニーミノフスキー粒子ソーラ・システムなどの各種SF設定を行い、富野喜幸(現・富野由悠季)監督のイメージする作品世界を支えた。さらに、スタジオぬえの河森正治らが係わった同人誌『Gun Site』上で行われたガンダムの詳細なSF考証に注目し、これを『月刊OUT』編集部と共同で『ガンダムセンチュリー』にまとめた。このムックは、作品外で世界観を深化させるガンダムシリーズ独特の設定文化を生み出すきっかけとなった。松崎は制作者の一員でありながら、作品に参加する楽しみ方をファンに示した存在でもあった。

当初、モビルスーツの有用性を説明するためのレーダー撹乱兵器として考案したミノフスキー粒子は、「ミノフスキー物理学」と呼ばれるマニアックな疑似科学に拡大することになる。松崎が講師として専門学校に招かれた際、「ガンダムやマクロスのシナリオライター」と紹介されても受けがよくなかったが、「あのミノフスキー粒子を創った人です」と補足されると一気に教室が沸いたという。

脚本を担当した放送話では入浴シーンが多かったことから、「浴場ライター」なるあだ名を頂戴したこともある。

主な作品

参考文献

  • 『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』 Web現代「ガンダム者」取材班編 講談社 2002年刊

関連項目





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「松崎健一」の関連用語

松崎健一のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



松崎健一のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの松崎健一 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS