同志社大学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/18 03:55 UTC 版)
沿革
略歴
この節の加筆が望まれています。 |
同志社大学の源流は、1875年(明治8年)に新島襄が京都府顧問山本覚馬との結社により設立した同志社英学校である。最初は教師2名(新島とJ.D.デイヴィス)と生徒8名のみの小さな学校だったが、翌年秋に熊本バンドと呼ばれる一団が入学し、のちに彼らが同志社の柱石となる。
新島は米国留学時代から日本でのキリスト教主義大学設立の志を抱いており、1888年(明治21年)に「同志社大学設立の旨意」を公表して大学設立への協力を呼びかけたが、その実現を見ることなく客死したため、新島の遺志は主に熊本バンドの教育者や宗教家らによって受け継がれ、1912年(明治45年)に専門学校令による同志社大学(神学部・政治経済部・英文科)を設立した。ただしこの時期の同志社教授陣の陣容は薄く、上田敏や河田嗣郎、河上肇などの京都帝大教授の出講を必要とした[14][15]。
1920年(大正9年)、西日本の私立大学で初めての大学令に基づく旧制大学となり、文学部・法学部および予科と大学院を開設した。法学部には吉野作造門下の少壮教授が集い[注 2]、文学部神学科[注 3]からは学術雑誌『基督教研究』が刊行されるなど、海老名弾正総長の下での同志社アカデミズムには目をみはるものがあった。
なお、従来からの専門学校令による課程は同志社専門学校に改組され、高等商業部はのちに同志社高等商業学校として独立した。
日本の私立大学での男女共学は専門学校令による東洋大学や日本大学専門部での先例はあったが、大学令による私立大学では同志社大学が最初であり、1922年(大正11年)に同志社女学校専門学部英文科卒業者の同志社大学各学部への入学を認める学則改正が行われ、翌年女子学生4名が文学部に入学した[16]。その後も同志社大学は女子学生の受け入れ枠を徐々に拡大し、旧制時代を通じて111名の女子卒業生を社会に送り出した[17]
昭和期に入ると軍国主義の台頭によってキリスト教主義を掲げる大学に対する風当たりが強まり、第10代総長湯浅八郎は軍部や右翼勢力との衝突の末に辞職を余儀なくされた。後任者の牧野虎次は軍国主義とキリスト教主義の折り合いをつけながら綱渡りの学校運営を行った。徳富蘇峰や社友大久保利武らを通じて同志社への圧迫軽減を試み[18][19]、学生・職員・卒業生らの募金によって戦闘機を献納したりもしている[20]。
これに先立って今出川通に面する正門のそばに良心碑が建てられた。「良心」は同志社教育の原点であると同時に明治天皇の帝王学で重視されたことでもあった。軍部といえども天皇の教育を批判することはできまい、というしたたかな計算がそこにはあった[21][22]。
1944年(昭和19年)に大学は法文学部のみの単科大学へと縮小し、専門学校(高等英語部・法律経済部)は小規模の外事専門学校、高等商業学校は経済専門学校に組織変更し、工業専門学校を新設した。大学神学科は日本基督教団設立の神学校への統合を拒み、 学徒出陣と勤労動員によって授業はできなくなっていたが、神学研究は終戦の日まで細々ながらも続けられた[23]。
終戦後の1946年(昭和21年)に元の2学部体制に復旧。翌年神学部が独立し、米国に亡命していた湯浅八郎が総長に返り咲いた。1948年(昭和23年)の新制大学発足時に神・文・法・経済の4学部を擁する総合大学となり、翌年商学部と工学部を開設した。
同志社大学の新制移行を見届けた湯浅は東京三鷹に新設された国際基督教大学に転じ、神学者大塚節治が後任の総長に就任した。大塚は秦孝治郎理事長の補佐を得ながら大学施設の拡充を進め、機構面では同志社諸学校の独立採算制を採用したが、これについてはセクショナリズムを助長し総合学園としての一体感を損ねるものだとの批判もあった[24]。
やがて工業(場)等制限法により今出川での施設拡充は困難になったため、1960年代に綴喜郡田辺町(現・京田辺市)の土地約100万m2を購入したが、大学紛争などの影響もあって田辺キャンパス(現・京田辺キャンパス)開設は1986年(昭和61年)までずれ込んだ[25][26]。
学部については6学部体制の時代が長く続いたが、2000年代以降に政策学部、社会学部、文化情報学部、生命医科学部、スポーツ健康科学部、心理学部、グローバル・コミュニケーション学部、グローバル地域文化学部を相次いで新設し、さらに工学部を理工学部に改組した。
現在の大学は14学部、大学院16研究科および人文科学研究所、アメリカ研究所、ハリス理化学研究所を擁し、今出川と京田辺を主要校地としている。
年表
(年表節の主要な出典は公式サイト[27])
明治
年 | 出来事 |
---|---|
1874年 (明治7年) |
|
1875年 | |
1876年 | |
1877年 | |
1879年 |
|
1880年 |
|
1883年 | |
1884年 |
|
1885年 |
|
1886年 |
|
1887年 | |
1888年 | |
1889年 | |
1890年 |
|
1891年 | |
1892年 | |
1893年 | |
1895年 |
|
1896年 | |
1897年 | |
1898年 | |
1899年 | |
1900年 | |
1902年 | |
1904年 | |
1905年 |
|
1906年 |
|
1907年 | |
1908年 | |
1909年 | |
1912年 |
大正
年 | 出来事 |
---|---|
1913年 (大正2年) |
|
1916年 |
|
1917年 | |
1918年 | |
1919年 | |
1920年 | |
1921年 |
|
1922年 |
|
1923年 | |
1925年 | |
1926年 |
|
昭和(戦前)
-
1927年頃の購買部
-
良心碑
-
戦闘機同志社号
年 | 出来事 |
---|---|
1927年 (昭和2年) |
|
1928年 | |
1929年 | |
1930年 |
|
1931年 | |
1932年 | |
1933年 | |
1935年 | |
1936年 |
|
1937年 | |
1938年 | |
1939年 |
|
1940年 |
|
1941年 |
|
1942年 | |
1943年 | |
1944年 |
|
1945年 |
昭和(戦後)
-
今出川図書館
-
博遠館
-
デイヴィス記念館
年 | 出来事 |
---|---|
1946年 |
|
1947年 | |
1948年 | |
1949年 | |
1950年 | |
1951年 | |
1952年 |
|
1953年 |
|
1954年 | |
1955年 |
|
1956年 | |
1957年 |
|
1958年 |
|
1959年 | |
1960年 |
|
1961年 | |
1962年 |
|
1963年 | |
1964年 | |
1965年 | |
1966年 |
|
1967年 |
|
1968年 | |
1969年 |
|
1970年 | |
1972年 | |
1973年 |
|
1974年 |
|
1975年 | |
1976年 |
|
1978年 |
|
1979年 |
|
1980年 |
|
1982年 |
|
1985年 |
|
1986年 |
|
1988年 |
|
平成
-
良心館(今出川)
-
寒梅館(室町)
-
夢告館(京田辺)
年 | 出来事 |
---|---|
1991年 (平成3年) |
|
1993年 |
|
1994年 |
|
1995年 | |
1996年 |
|
1997年 | |
1998年 |
|
1999年 |
|
2000年 | |
2001年 |
|
2002年 |
|
2003年 | |
2004年 | |
2005年 | |
2006年 |
|
2007年 |
|
2008年 | |
2009年 |
|
2010年 |
|
2011年 |
|
2012年 | |
2013年 |
|
2014年 |
|
2015年 |
|
2017年 | |
2019年 |
|
令和
年 | 出来事 |
---|---|
2021年 (令和3年) |
|
2023年 |
|
注釈
- ^ クリスチャンとしての吉野は海老名弾正門下であり、新島襄から見れば孫弟子にあたる。
- ^ 吉野自身も科外講演で何度か同志社を訪れ、一時は嘱託講師も務めた(同志社山脈, p. 130)。
- ^ 戦後に新制大学が発足するまで同志社大学の神学科は日本唯一の大学令による神学教育機関であった(同志社百年史, p. 938, 通史編二)。
- ^ 最初の卒業生は市原盛宏、浮田和民、海老名弾正、岡田松生、加藤勇次郎、金森通倫、小崎弘道、下村孝太郎、不破唯次郎、宮川経輝、森田久萬人、山崎為徳、横井時雄、吉田作弥、和田正修の15名である(九十年小史, p. 642)
- ^ 誌名は何度か変更があり、最終的に『同志社文学』となった(『日本キリスト教歴史大事典』 教文館、1988年、934頁)。
- ^ しかし、学校わきの2軒の商店との価格競争に敗れ、わずか1年ほどで解散せざるを得なくなったという(井口隆史 『安部磯雄の生涯―質素之生活 高遠之理想』 早稲田大学出版部、2011年、101頁)。
- ^ 政治経済部と英文科の修業年限は予科1年半・本科3年、神学部は予科2年・本科3年であった(同志社百年史, p. 577-578, 通史編一)。
- ^ その後も候補者選考は難航し、翌月には浮田和民とも交渉したが失敗(九十年小史, p. 108)。
- ^ 『同志社論叢』は1949年1月の第91号をもって廃刊となり、以後は『同志社法学』『経済学論叢』へと発展的解消をとげた(同志社百年史, pp. 931–932, 通史編一)
- ^ 当初は法・文・神の3学部設置を目指したものの、神学部については文部省の認可を得られず、文学部内に神学科を設置するにとどまった(九十年小史, p. 109)
- ^ 英語師範部と政治経済部の開校は人員と設備の関係で1927年まで見送られた。
- ^ この問題は最終的に上申組3名と被上申組3名への解職または休職という喧嘩両成敗で決着した(同志社百年史, p. 1135-1136, 通史編二)。
- ^ 1963年に夏期講座と改称したのち1977年夏に廃止(同志社百年史, p. 1308-1309, 通史編二)。
- ^ 専門学校令による神学部も1937年まで並存。
- ^ 入試は学科単位で募集するが、1年次から日本文化史コースと西洋文化史コースに分かれる。
- ^ 自分の所属学科のコース以外を選択。
- ^ 2015年度入学生用の法学部パンフレットによると、2年秋学期にコース選択
出典
- ^ a b “建学の精神と新島襄(新島襄と同志社)|大学紹介”. 同志社大学. 2023年2月6日閲覧。
- ^ AKP at Doshisha University
- ^ “About the Kyoto Program | Bing Overseas Studies Program | Stanford Undergrad”. undergrad.stanford.edu. 2019年6月21日閲覧。
- ^ “KCJS:Kyoto Consortium for Japanese Studies”. www.kcjs.jp. 2019年6月21日閲覧。
- ^ “本学に留学拠点を置く海外の大学(テュービンゲン大学同志社日本語センター)|国際交流・留学|同志社大学”. www.doshisha.ac.jp. 2019年6月21日閲覧。
- ^ “Kyoto-Sentaa | University of Tübingen”. uni-tuebingen.de. 2019年6月21日閲覧。
- ^ “同志社大学、ドイツに初の海外キャンパス「EUキャンパス」設置”. リセマム. 2019年6月21日閲覧。
- ^ 海外協定大学一覧
- ^ 外国協定大学派遣留学生制度(
- ^ "大谷實(同志社総長)「同志社の将来」".同志社大学キリスト教文化センター.2018年4月28日閲覧。
- ^ "キリスト教主義に触れるプログラム|学生生活|同志社大学
- ^ 同志社大学設立の旨意|大学紹介|同志社大学 2019年10月22日閲覧。
- ^ 良心教育と教育理念|大学紹介|同志社大学 2019年10月22日閲覧。
- ^ 九十年小史, p. 351、p=399-400.
- ^ 歴史(歴史・沿革) - 同志社大学 経済学部/経済学研究科
- ^ 同志社百年史, p. 809-811, 通史編一.
- ^ 橘木俊詔 『女性と学歴:女子高等教育の歩みと行方』 勁草書房、2011年、84頁
- ^ a b c 九十年小史, p. 120.
- ^ 沖田行司編 『新編 同志社の思想家たち 下』 晃洋書房、2019年、35-36頁
- ^ 森田喜基「同志社大学神学科の日本西部神学校への統合拒否と、その際語られた「新島精神」」『新島研究』第114号、同志社大学同志社社史資料センター、2023年2月、56-57頁、CRID 1390859215925191552、doi:10.14988/00029679、ISSN 02875020。
- ^ 良心教育と教育理念 |同志社大学について|同志社大学
- ^ 『新編 同志社の思想家たち 下』 229-230頁
- ^ 九十年小史, pp. 327–330.
- ^ 九十年小史, p. 126-129.
- ^ 京田辺校地 25年のあゆみを振り返って
- ^ 大学・女子大学の 京田辺校地開設25周年を迎えて
- ^ “年表|大学紹介”. 同志社大学. 2019年4月26日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i 同志社創立100周年記念写真集編集委員会編『同志社―その100年のあゆみ―』1975年
- ^ 九十年小史, p. 37.
- ^ 九十年小史, p. 40.
- ^ a b “歴史 of 同志社校友会”. 2021年3月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月12日閲覧。
- ^ 九十年小史, p. 41.
- ^ a b 『日本キリスト教歴史大事典』 教文館、1988年、932頁
- ^ 1919年ごろ廃止(九十年小史, p. 313)
- ^ 図書館のあゆみ(同志社創立~初代図書館(有終館)時代 1875−1919)
- ^ 九十年小史, pp. 75–79.
- ^ a b 『日本キリスト教歴史大事典』 教文館、1988年、933頁
- ^ a b c d e f g h i j k l 同志社創立100周年記念写真集編集委員会編『同志社―その100年のあゆみ―』1975年、54頁。
- ^ 九十年小史, pp. 79–83.
- ^ 九十年小史, pp. 89–90.
- ^ a b 九十年小史, p. 150.
- ^ 同志社 『同志社一覧』 1935年、12頁
- ^ 九十年小史, p. 655.
- ^ 歴史(歴史・沿革)|同志社大学 経済学部/経済学研究科
- ^ 九十年小史, p. 657.
- ^ 愛山文庫(解説)|貴重書デジタル・アーカイブ|同志社大学 学術リポジトリ
- ^ 九十年小史, p. 299.
- ^ 九十年小史, p. 659.
- ^ 専門学部の充実:同志社女子大学
- ^ 九十年小史, p. 662.
- ^ 基督教研究|教育・研究|同志社大学 神学部/神学研究科
- ^ 九十年小史, p. 663.
- ^ 九十年小史, p. 664.
- ^ 『日本キリスト教歴史大事典』 教文館、1988年、934頁
- ^ 九十年小史, p. 112.
- ^ 菊川忠雄 『学生社会運動史』 海口書店、1947年、450-451頁
- ^ 九十年小史, p. 668.
- ^ 朝日新聞社 『運動年鑑 昭和七年度』 1932年、40頁
- ^ 。建物紹介(今出川校地)|大学紹介|同志社大学
- ^ 九十年小史, p. 670.
- ^ a b c 九十年小史, p. 114.
- ^ 剣道部の歴史|同志社大学体育会 剣道部 2019年7月3日閲覧
- ^ 同志社女学校の発展と時代の逆風 2019年7月3日閲覧
- ^ 九十年小史, pp. 12–13.
- ^ 同志社百年史, p. 1151, 通史編二.
- ^ 九十年小史, pp. 325–326.
- ^ 同志社百年史, p. 1121-1130, 通史編二.
- ^ 「同志社予科の学生突如籠城 扉を閉じて外部と遮断」(『大阪毎日新聞』 1937年7月6日)
- ^ 同志社百年史, p. 1152, 通史編二.
- ^ 同志社百年史, p. 1195-1197, 通史編二.
- ^ 同志社百年史, p. 1185, 通史編二.
- ^ 九十年小史, pp. 328–329.
- ^ <懐かしの立命館>戦前「最後の立同戦」 - 立命館あの日あの時
- ^ 中村敏 『日本プロテスタント神学校史』 いのちのことば社、2013年、86-88頁
- ^ 『京都新聞』 1943年11月22日朝刊
- ^ 『官報』 1947年6月24日
- ^ 年表|大学紹介|同志社大学
- ^ 関西大学百年史編纂委員会 『関西大学百年史』 通史編上巻、1986年、916-917頁
- ^ 九十年小史, p. 332.
- ^ 同志社百年史, pp. 1315–1316, 通史編二.
- ^ 九十年小史, pp. 49–50.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 同志社創立100周年記念写真集編集委員会編『同志社―その100年のあゆみ―』1975年、55頁。
- ^ 啓真館(旧華族会館)車寄獅子口について - 同志社大学 歴史資料館
- ^ 同志社百年史, pp. 1334–1335.通史編二
- ^ 九十年小史, p. 679.
- ^ 『日本キリスト教歴史大事典』 教文館、1988年、933-934頁
- ^ 同志社百年史, pp. 1347–1348.通史編二
- ^ 九十年小史, p. 341.
- ^ 同志社百年史, pp. 1476–1481.通史編二
- ^ 七人(同志社大)いぜん不明 十六人は無事に避難 吹雪の立山『朝日新聞』1970年(昭和45年)12月3日朝刊 12版 3面
- ^ 「学生50人を逮捕 封鎖解除の警官と衝突」『朝日新聞』昭和47年(1972年)2月1日夕刊、3版、11面
- ^ a b c 図書館のあゆみ(図書館(今出川・ラーネッド)開館 ~学術情報センター~ 1973−2000)
- ^ 同志社大学歴史資料館 | 京都・大学ミュージアム連携 2024年2月25日閲覧。
- ^ 他大学との連携 – 早稲田大学 グローバルエデュケーションセンター
- ^ 法学部・法学研究科 他大学で学ぶ(学生交流)
- ^ 同志社の事業|学校法人同志社 2024年4月6日閲覧
- ^ 同志社びわこリトリートセンター|同志社大学 2024年4月6日閲覧。
- ^ a b 図書館のあゆみ(総合情報センターの発足 2001−2008)
- ^ センター長挨拶 | 同志社大学 一神教学際研究センター CISMOR 2024年4月8日閲覧。
- ^ その他のキャンパス|同志社大学キャンパス整備事業
- ^ SDA室の沿革|スチューデントダイバーシティ・アクセシビリティ支援室について
- ^ アンチエイジングドック|同志社大学 保健センター
- ^ はじまりは赤ちゃんから| 同志社大学 赤ちゃん学研究センター 2022年4月22日閲覧。
- ^ 同志社大学 2009年4月、心理学部を開設 2008年9月30日 閲覧。Archived 2009年8月1日, at the Wayback Machine.
- ^ “神学部、社会学部の主たる学修校地を今出川校地に統合”. 同志社大学 (2007年12月7日). 2009年2月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年9月30日閲覧。
- ^ 建物紹介(今出川校地)|大学紹介|同志社大学
- ^ ハリス理化学館同志社ギャラリー |同志社大学について|同志社大学
- ^ 大学通信オンライン 2022年4月22日閲覧。
- ^ 4月27日に新島塾入塾式が開催されました|2019年度のニュース一覧(新島塾)
- ^ 新教育寮「継志寮」(2021年9月開寮)
- ^ 安全・安心のキャンパス整備(耐震化)について | Doshisha University ニューノーマルへのチャレンジ特設サイト|同志社大学
- ^ 同志社のあゆみ|学校法人同志社
- ^ a b 校名由来と同志社徽章|大学紹介|同志社大学 2019年2月6日閲覧。
- ^ 同志社のうた(Doshisha College Song)|大学紹介|同志社大学
- ^ キリスト教文化センター │京都 同志社大学 本井康博(同志社大学神学部教授)、二〇〇八年十一月五日 同志社スピリット・ウィーク「講演」記録、2019年2月6日閲覧。
- ^ a b 同志社のスポール 同志社大学体育会公式ウェブサイト“同志社のスポール 同志社大学体育会公式ウェブサイト”. 2010年2月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年9月26日閲覧。
- ^ a b c d 同志社の歌 - 同経会 | 同志社大学経済学部OB,OG会
- ^ 九十年小史, p. 155-156.
- ^ 同志社のうた(同志社大学歌)|大学紹介|同志社大学
- ^ [1]
- ^ [2]
- ^ 2-1 学部 志願者・受験者・合格者・入学者数の推移
- ^ 中村敏 『日本プロテスタント神学校史』 いのちのことば社、2013年、224頁
- ^ a b 2年次から各コースに分かれる
- ^ 2015年度入学生用の法学部パンフレット
- ^ http://law.doshisha.ac.jp/law/post-34.html
- ^ 新島遺品庫の資料公開
- ^ 同志社大学心理学部設置計画の概要 Archived 2009年8月1日, at the Wayback Machine. 2008年9月30日 閲覧。
- ^ 司法試験合格実績 │ 同志社大学法科大学院(同志社大学 大学院司法研究科法務専攻)
- ^ [入試Q&A] その他(司法試験合格実績等) │ 同志社大学法科大学院(同志社大学 大学院司法研究科法務専攻)
- ^ 同志社ビジネススクール Global MBAプログラム Archived 2009年12月30日, at the Wayback Machine.
- ^ https://bs.doshisha.ac.jp/news/2023/1125/news-detail-292.html
- ^ 同志社大学/年表 および昭和29年度『短期大学一覧』24頁を参照。
- ^ 平成23年度『全国短期大学高等専門学校一覧』281頁より。
- ^ 組織図(事務組織図)|大学紹介|同志社大学
- ^ キリスト教文化センターとは|キリスト教文化センター│京都 同志社大学
- ^ 開館時間とアクセス|ご利用案内|同志社大学歴史資料館
- ^ 同志社社史資料センター |教育・図書館|同志社大学
- ^ センター概要 |同志社大学 同志社社史資料センター
- ^ 同志社大学 3400 学術情報 3401 蔵書数 (PDF)
- ^ 大学図書館蔵書数ランキング(2017年) 数字作ってみた/ウェブリブログ
- ^ 図書館概要(図書館のあゆみ:同志社創立~初代図書館(有終館)時代 1875−1919)|図書館利用案内|同志社大学 図書館
- ^ 同志社百年史, pp. 1363, 通史編二.
- ^ 【お知らせ】ラーネッド記念図書館リニューアルオープンについて|2017年度のニュース一覧(新着ニュース)|同志社大学 図書館 2019年2月6日閲覧。
- ^ 今出川校地新図書館建設について |同志社大学 図書館 2024年4月7日閲覧。
- ^ 同志社ローム記念館プロジェクトとは|同志社ローム記念館プロジェクト|同志社ローム記念館
- ^ プロジェクト科目とは|同志社大学 プロジェクト科目
- ^ 外国語honors(外国語科目成績優秀者表彰制度)|在学生|同志社大学
- ^ 取組一覧|文部科学省「大学及び大学院教育改革支援」プログラム|同志社大学 教育改革支援プログラム
- ^ a b 課外活動(クラブ・サークル)|学生生活|同志社大学
- ^ 同志社大学/同志社EVE 2008年10月22日 閲覧
- ^ 第133回同志社EVEホームページ 2008年10月22日 閲覧
- ^ 京都新聞2007年11月 2008年9月30日 閲覧。
- ^ X'masイルミネーション【同志社大学 今出川キャンパス】 2008年9月30日 閲覧。
- ^ 参加者増で大盛況——同志社クローバー祭2015 | 同志社PRESS
- ^ 元京都市繊維技術センターの概要 (PDF) 京都市資料
- ^ 同志社大学 校地・校舎の概要 (PDF)
- ^ 同志社大学大学院総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーション研究コース 2010年4月3日 閲覧。
- ^ 同志社大新キャンパス名称は「多々羅(たたら)キャンパス」 | 同志社PRESS 2019年2月6日閲覧。
- ^ 同志社大学多々羅キャンパス(概要)[リンク切れ]
- ^ @sekakita (2021年10月21日). "この度ご縁があり、同志社大学多々羅キャンパスとして使われていた土地をお譲りいただきました。". X(旧Twitter)より2022年7月23日閲覧。
- ^ a b c 同志社大学基礎データ集 (2018) 13-9 寮一覧 (PDF)
- ^ 九十年小史, p. 327.
- ^ "The Doshisha Times" 2007年02月15日第619号
- ^ 小学校教諭免許状(一種)取得プログラム|同志社大学 免許資格課程センター
- ^ 同志社大学/海外協定大学
- ^ 海外拠点について
- ^ キリスト教系高等学校との教育連携|同志社大学の取り組み一覧|同志社大学
固有名詞の分類
- 同志社大学のページへのリンク