かかく‐きょうそう〔‐キヤウサウ〕【価格競争】
価格競争
価格競争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/12 18:39 UTC 版)
価格競争(かかくきょうそう、英: price competition[1])とは、商品・サービスの市場における競争のうち、価格の安さを競うもの[2]。「値引き競争」「値引き合戦」とも[2]。
注釈
- ^ 価格競争が全く起きない状況としては、理屈としては、独占や寡占が行われていてプライスリーダーが存在すれば一応価格競争は起きないが、独占や寡占は顧客の側に不当な高値を強いるので、現代の自由主義では望ましいものとされておらず、これを禁止する法律(独占禁止法)や監視する制度(公正取引委員会 等)がある。
またかつて社会主義のソヴィエト連邦が存在していた時代では、ソヴィエト連邦内では日用品などが統制価格で売られていて、そこでもやはり価格競争は無いが、これも資本主義では全く望ましいものとは考えられていない。
出典
- 1 価格競争とは
- 2 価格競争の概要
価格競争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/05 17:13 UTC 版)
「Micro Instrumentation and Telemetry Systems」の記事における「価格競争」の解説
ボウマー・インスツルメント社は1971年9月に4機能ポケット電卓「Bowmar Brain」を発表して179ドルで発売し、初年度に50万台以上が売れた。ボウマー社はその後、120ドルの電卓「901B」を開発した。1972年9月には、テキサス・インスツルメンツ(TI)がポータブル4関数電卓「TI-2500」を発表し、これも120ドルで販売された。901BとTI-2500はどちらも、TI TMS0100ファミリーの「ワンチップ電卓」ICを使用していた。TIは今や、自社のICの顧客と直接競合していた。ナショナル セミコンダクターやロックウェルなどの他の半導体企業も電卓の販売を開始し、コモドールなどの事務機器メーカーも電卓市場に参入して、激しい価格競争が始まった。1974年初頭までに、小売店で電卓を材料費以下で購入できるようになっていた。大企業は、市場シェアを獲得するために原価割れの価格で販売することができた。ボウマー社は1974年に2,000万ドルの損失を出し、破産を申請した。コモドール社は、同社のICサプライヤーであるMOSテクノロジーを買収した。TI社は価格競争には勝利したが、電卓部門は1975年に1,600万ドルの損失を出した。 この市場で競争するために、ロバーツはより多くの資本を必要とした。彼は1973年11月にMITS社の株式を、1株1ドルで50万株公開した。1973年の第1次オイルショックで株式市場は低迷し、MITS社株は25万株しか売れなかった。これで既存の負債を返済することはできたが、業務規模拡大のための資金は残らなかった。ロバーツは波形発生器やデジタル電圧計などいくつかの試験装置を開発しており、電卓の代わりにこれらの試験装置やデジタル時計を広告に取り上げることで、再びキットビルダーにアピールしようとした。MITS社の資金は枯渇しかけていた。1974年7月までに、有名だった全面広告は、雑誌の後ろの方の4分の1面の広告となった。 MITS社は30万ドルの負債を抱え、ロバーツは新たなヒット商品を探していた。彼は、低価格のコンピュータでキット市場に復帰することを決めた。顧客のターゲットとして、「多少の組み立てが必要」であることが望ましいと考えた。ロバーツは、電卓用のIntel 4004を見ていたが、Intel 8008には限界があり、作業が難しいと考えていた。その頃インテル社は、汎用コンピュータとして使用できる初のマイクロプロセッサであるIntel 8080をリリースした。ロバーツは、自社のコンピュータキットには8080は十分だと感じていたが、8080は小ロットでは1個360ドルで販売されていた。ロバーツは、コンピュータキットの価格を400ドル以下にしなければならないと考えていた。この価格を実現するために、ロバーツはインテル社に8080を1,000個発注し、単価を75ドルまで下げさせた。ロバーツとMITS社のヘッドエンジニアであるビル・イェーツは、コンピュータの設計を開始した。会社の従業員を20人にまで減らし、銀行からの6万ドルの融資により、新しいコンピュータの設計と初期生産の資金が調達された。
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「価格競争」の例文・使い方・用例・文例
- メーカーにとっての非価格競争には、製品の差別化や市場の細分化政策などがある。
- 価格競争には豊富な資金が必要不可欠だ。
- 彼らは競合との価格競争にさらされている。
- 価格競争が激しくなる。
- これからもっと厳しい価格競争になりそうです。
- 彼らは価格競争で勝つことはできない。
- 日本では石炭が石油との価格競争に負けてエネルギー市場を失った。
- 地元の店と価格競争をしなければなりません。
- 私たちはライバルに価格競争で敗れた。
- 苛酷な価格競争の中で、A社は我々をけしかけてB社と戦わせて漁夫の利を得ようとしている。
- この価格では、貴社の製品は日本市場での価格競争に勝てないでしょう。
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- しかし,エア・ドゥは大手航空会社各社との厳しい価格競争の打撃をうけ,予想したほど客足が伸びなかった。
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