1944年 - 2014年
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 16:12 UTC 版)
「近畿日本鉄道」の記事における「1944年 - 2014年」の解説
1944年(昭和19年)6月1日:関西急行鉄道と南海鉄道が合併、(旧)近畿日本鉄道が設立。この時、4営業局体制(難波・天王寺・上本町・名古屋の各営業局)になる。難波営業局は旧南海鉄道本社に置かれる。 1947年(昭和22年)6月1日:旧・南海鉄道の路線(南海線・高野線など難波営業局管内全路線と天王寺営業局管内のうち阪堺線・上町線・平野線)を高野山電気鉄道から社名を改めた南海電気鉄道へ譲渡。上本町・天王寺・名古屋の3営業局制になる。 10月8日:名阪特急が運転開始。 1948年(昭和23年)3月31日:河内花園駅構内で追突事故(近鉄奈良線列車暴走追突事故)が発生。 7月1日:信貴線が東高安線に改称。 7月18日:特急で車内販売の営業開始。 1949年(昭和24年)12月1日:プロ野球球団近鉄パールス(のちの大阪近鉄バファローズ、現在はオリックス球団と統合してオリックス・バファローズ)が発足。 1950年(昭和25年)8月22日:タクシー事業を近鉄タクシーとして分社化。 1954年(昭和29年)10月1日:旅行業およびフォワーダー事業を近畿日本航空観光(のちの初代・近畿日本ツーリスト〈現在のKNT-CTホールディングス〉および近鉄エクスプレス)に譲渡。 1956年(昭和31年)9月28日:名古屋線川原町駅 - 諏訪駅 - 四日市駅 - 海山道駅間が新線に切り換えられ、国鉄四日市駅を経由しなくなる。同駅北に存在した半径100mの急曲線(善光寺カーブ)も解消され、同線の速度向上と車両大型化に貢献した。 12月8日:大阪線上本町 - 布施間の複々線化が完成。 1957年(昭和32年)3月21日:東高安線が信貴線に改称。 10月18日:日本初の高加減速車両「ラビットカー(6800系)」が登場。 1958年(昭和33年)7月11日:伊勢特急に2階建て車両付きの特急「ビスタカー(ビスタカーI世)」が登場。 10月13日:名古屋線の軌間拡幅(標準軌化)計画を決定 1959年(昭和34年)3月6日:毎日放送(現在のMBSメディアホールディングス)で自社提供番組「真珠の小箱」の放送開始(2004年3月27日、2,314回で終了)。 9月26日:伊勢湾台風により被災し、不通区間が多数発生する。 11月19日:名古屋線と神戸線(現在の鈴鹿線)の復旧および標準軌化工事開始。 11月27日:名古屋線全線と神戸線の復旧・標準軌化完了。神戸線以外の名古屋線の支線は狭軌で復旧。 11月30日:伊勢中川駅構内に大阪線と名古屋線との交差渡り線を取り付け、同時に名古屋線と山田線との線路を接続し、3路線直通化工事完了。 12月12日:名阪特急の直通運転開始、伊勢中川駅での乗り換え解消。「ビスタカー2世」が登場。 1960年(昭和35年)3月26日:電子計算機による特急座席予約業務が開始。 9月15日:日本初の2階建てバス「ビスタコーチ」の営業を開始。 12月1日:大和文華館が開館。 1961年(昭和36年)1月22日:伊勢線の残りの区間である江戸橋駅 - 新松阪駅間廃止。 3月29日:中川短絡線が開通。同線経由で上本町駅 - 名古屋駅間にノンストップ特急(甲特急)運転開始(乙特急の短絡線使用開始は1963年3月21日より)。 1962年(昭和37年)4月4日:2階建て団体列車用車両「あおぞら」が登場。 1963年(昭和38年)4月8日:神戸線が平田町駅まで延長され鈴鹿線に改称。 10月1日:奈良電気鉄道を合併。京都線となる。 1964年(昭和39年)4月28日:信貴生駒スカイラインが全通。 7月23日:新生駒トンネルが開通。 10月1日:信貴生駒電鉄を合併、生駒線・東信貴鋼索線・田原本線となる。伊賀線伊賀神戸駅 - 西名張駅間が廃止。 1965年(昭和40年)4月1日:三重電気鉄道を合併、志摩線・北勢線・湯の山線・内部線・八王子線となる。現在の路線網がほぼ完成する。 7月1日:茨木バスの事業を譲り受ける。 1966年(昭和41年)4月 - 京都市に本店を置く百貨店「丸物」(社長:中林仁良)を傘下に収める。 1967年(昭和42年)3月26日:葛城索道線(葛城山ロープウェイ)が営業開始。 12月4日:奈良線で近鉄初のATSが使用開始。 1968年(昭和43年)4月1日:不動産事業を近鉄不動産に分社化。 12月20日:丹波橋駅での京阪電気鉄道との相互直通運転が廃止。これに伴い近畿日本丹波橋駅を同駅から分離の上で本格開業。 1969年(昭和44年)9月21日:京都線・奈良線・橿原線・天理線・生駒線・田原本線の架線電圧が600Vから1,500Vに昇圧。 11月23日:上本町ターミナルビル新館第一期が完成(現在のビルの南半分。北半分は1973年6月15日に完成)。 12月5日:上本町付近の石ヶ辻町に地上8階建ての現本社ビルが完成(村野藤吾設計)。これにより本社が阿部野橋から再度上本町に戻る。 12月9日:奈良線近畿日本奈良駅が地下化され、同駅付近の併用軌道が解消。 1970年(昭和45年)3月1日:鳥羽線が全通。志摩線の改軌が完成。上本町駅地下ホームの使用開始。また「近畿日本」を冠していた駅名を「近鉄」に改める(近畿日本名古屋駅から近鉄名古屋駅へなど)。 3月9日:特急座席予約システムが更新され、即時発券開始。世界初の(指定券)特急券自動発売機が実用化。 3月11日:旧近畿日本奈良駅跡地に奈良近鉄ビルが完成。 3月15日:難波線が開業し、奈良線列車が直通運転開始。 3月21日:近鉄難波駅(現在の大阪難波駅) - 近鉄名古屋駅間及び賢島駅間直通の特急の運転が開始。 1971年(昭和46年)10月25日:大阪線榊原温泉口駅 - 東青山駅間で列車衝突事故(近鉄大阪線列車衝突事故)が発生。 1972年(昭和47年)6月1日:百貨店事業を近鉄百貨店に分社化。 8月2日:近鉄奈良線爆破事件が発生。21人が重軽傷。 1975年(昭和50年)11月22日:新青山トンネルが開通し、大阪線の全線複線化が完成。 1978年(昭和53年)12月30日:30000系「ビスタカー3世」(現在のビスタEX)が営業運転開始。 1983年(昭和58年)9月1日:東信貴鋼索線が廃止。 1984年(昭和59年)9月3日:VVVFインバータ制御車の1250系(現在の1420系)が落成。 1985年(昭和60年)10月3日:上本町ターミナル整備が完成、近鉄劇場と都ホテル大阪が開業。テレメイトの運用が開始。 1986年(昭和61年)3月1日:VVVFインバータ搭載量産車の3200系が営業運転開始。 10月1日:東大阪線(現在のけいはんな線長田駅 - 生駒駅間)が開業。プリペイドカード「パールカード」「パールカード11」発売開始。 1987年(昭和62年)2月1日:特急座席予約システムを新システム「ASKAシステム」に更新。特急券の前売発売を最大3週間前から最大1か月前に変更。 1988年(昭和63年)3月18日:名阪特急に21000系「アーバンライナー」(現在のアーバンライナーplus)」が登場し、120km/h運転を開始。 8月28日:京都市営地下鉄烏丸線と相互直通運転開始。 11月11日:阿部野橋ターミナルビルの増築が完成、高速バス発着場(あべの橋バスステーション)も開設。 1989年(平成元年)10月3日:団体列車用車両18200系「(旧)あおぞらII」が登場。 5月29日:名古屋営業局を名古屋市(名古屋近鉄ビル)から四日市市(近鉄四日市駅近接地)に移転。 1990年(平成2年)3月15日:吉野特急に26000系「さくらライナー」が登場。前後して駅係員・乗務員の制服を灰色地のものに変更。 11月23日:団体列車用車両20000系「楽」が登場。 1992年(平成4年)3月19日:特急用電車22000系「ACE」が登場。 12月1日:全駅の構内で朝夕の禁煙タイムを実施。 1994年(平成6年)3月15日:伊勢特急に23000系「伊勢志摩ライナー」が登場し130km/h運転を開始。 3月22日:奈良市に松伯美術館開館。 4月22日:志摩スペイン村(パルケエスパーニャ)が開業。 1996年(平成8年)1月30日:公式ウェブサイト「K's PLAZA」開設。 2月:2610系改造車にてデュアルシート車(L/Cカー)の試験を開始。 1997年(平成9年):世界初のデュアルシート車(L/Cカー)の量産車、5800系登場。 1998年(平成10年)7月1日:新造車両への転落防止幌の取り付けを開始。 1999年(平成11年)10月1日:自動車局(バス部門)を近鉄バス・近鉄観光バスに分社化(2006年9月1日に近鉄観光バスは近鉄バスに統合)。 2000年(平成12年)3月15日:京都線・橿原線・天理線・奈良線で新型通勤車両「シリーズ21」が営業運転開始。以後大阪線・南大阪線にも登場。 2001年(平成13年)2月1日:関西共通乗車カードシステム「スルッとKANSAI」に参加、青山町駅以西でストアードフェアシステム開始。 10月14日:青山町駅以西で「Jスルーカード」が利用可能になる。 2002年(平成14年)3月20日:特急での車内販売が休止される。 4月1日:近鉄不動産を合併、宅地開発を直営化。マンション建設販売は近鉄不動産販売に承継、同日付けで同社は近鉄不動産に社名変更。 2003年(平成15年)3月6日:名阪特急に21020系電車「アーバンライナーnext」登場(ただし2002年12月23日より団体列車で暫定営業)。 4月1日:北勢線を三岐鉄道へ譲渡。 6月28日:上本町・天王寺の両営業局を統合して大阪輸送統括部に、名古屋営業局は名古屋輸送統括部に名称変更し、旧南海鉄道の路線の分離以来56年間続いた3営業局体制から2輸送統括部体制に変更。また、駅業務・営業部門を近鉄ステーションサービスに分社(同日に近鉄サービスネットより社名変更。また駅係員のみ制服も一新した)。同時に英文社名を「Kinki Nippon Railway Co., Ltd.」から「Kintetsu Corporation」に変更。 2004年(平成16年)6月6日:近鉄あやめ池遊園地が閉園。 11月30日:大阪近鉄バファローズの経営権をオリックス野球クラブ株式会社に売却。球団合併によりオリックス・バファローズとなる。その後も当球団の20%の株式を出資。 2005年(平成17年)12月1日:団体列車用車両「新あおぞらII」が運転開始。公式サイトを鉄道情報と企業情報に分離(2012年3月、両者を再度統合し「近畿日本鉄道ホームページ」としてリニューアルするが、企業情報ドメインは継続して一部コンテンツで使用)。 2006年(平成18年)3月1日:近鉄ステーションサービスを合併し、駅業務を再び直営化。 3月27日:けいはんな線生駒駅 - 学研奈良登美ヶ丘駅間が開業。東大阪線がけいはんな線に改称(既存路線名の改称は1964年の信貴鋼索線の西信貴鋼索線への改称以来42年ぶり)。同時にけいはんな線に駅番号導入(番号は地下鉄中央線と通しで付与)。 11月3日:伊勢志摩方面への土曜・休日の伊勢志摩ライナーに限り、車内販売の営業が再開。 2007年(平成19年)4月1日:ICカード「PiTaPa」サービス開始。同時に近鉄線で「ICOCA」も利用可能になる。乗務員用の制服を変更。 10月1日:伊賀線および養老線をそれぞれ伊賀鉄道、養老鉄道(いずれも近鉄〈当時〉の子会社で、第二種鉄道事業者)に運営を移管。線路や車両などは近鉄が第三種鉄道事業者として保有。 2008年(平成20年)3月17日:GPSを用いた日本国内2例目となる「運転士支援システム」をワンマン列車など一部の列車を除く全列車に導入。 6月14日:車上速度パターン照査式ATS (ATS-SP) を難波線全線と大阪線・京都線・南大阪線・名古屋線の一部区間で使用開始。 9月15日:Jスルーカード・パールカードの発売が終了。 2009年(平成21年)3月1日:Jスルーカード・パールカードの自動改札機・自動精算機での利用が終了(自動券売機での切符への引き換えは、当面の間継続)。 3月20日:阪神なんば線と相互直通運転開始。近鉄難波駅が大阪難波駅、上本町駅が大阪上本町駅、富洲原駅が川越富洲原駅に改称。 2010年(平成22年)2月12日:当時の近鉄子会社2社(近鉄ビルサービス・メディアート)の粉飾決算問題の影響で、2009年10-12月期の決算報告書の2月15日までの提出が不可能となり、近鉄の株式が監理銘柄に(決算報告書の再提出により、同年3月13日付で解除)。 8月26日:大阪上本町駅南側(近鉄劇場跡地)に、再開発ビル「上本町YUFURA」が開業。 9月1日:近鉄観光が運営していた高速道路サービスエリアと旅館事業を同社の会社分割により継承(旅館については子会社の近鉄旅館システムズに運営委託)。 2012年(平成24年) 3月20日:ダイヤ変更で名阪甲特急の全列車が津駅に停車するようになり、ノンストップ運行ではなくなる(これにともない中川短絡線の走行中の乗務員交代が廃止)。 12月1日:自社でのICOCA・ICOCA定期券(JR西日本・京阪・阪神各社との連絡定期券も)および「KIPS ICOCAカード」(近鉄グループの「KIPSポイントカード」(現金払い専用)との一体型)の発売を開始。 2013年(平成25年)3月21日:伊勢志摩方面の観光特急用電車50000系「しまかぜ」が登場。 3月23日:IC乗車カード全国相互利用開始によりTOICA・manaca・Suica・PASMO・Kitaca・SUGOCA・nimoca・はやかけんが鉄軌道路線で利用可能になる。 6月13日:大阪阿部野橋駅の「あべのハルカス」のうち、低層階の百貨店部分(あべのハルカス近鉄本店)が先行開業。 2014年(平成26年)3月7日:展望台やホテル・美術館を含む、「あべのハルカス」が全面開業。 4月1日:消費税増税に伴う運賃改定。 4月29日:奈良線で、開業100周年を記念して開業当時の車両の塗装を再現した列車「ヒストリートレイン」を運行。 4月30日:持株会社制移行時に近畿日本鉄道の鉄軌道事業を継承する事業会社として近畿日本鉄道分割準備を設立。
※この「1944年 - 2014年」の解説は、「近畿日本鉄道」の解説の一部です。
「1944年 - 2014年」を含む「近畿日本鉄道」の記事については、「近畿日本鉄道」の概要を参照ください。
- 1944年 - 2014年のページへのリンク