年譜とは? わかりやすく解説

ねん‐ぷ【年譜】

読み方:ねんぷ

個人の1代の履歴などを年代順まとめた記録。「作家の—」


年譜

作者岸田今日子

収載図書ラストシーン
出版社角川書店
刊行年月1989.1
シリーズ名角川文庫

収載図書大人にしてあげた小さなお話
出版社大和書房
刊行年月2000.7


年表

(年譜 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/17 10:26 UTC 版)

年表(ねんぴょう、: timeline タイムライン)は、(歴史上の)出来事を年の順(「年月日」の順、「日付」の順)に記載したのこと[1]


  1. ^ 広辞苑第六版「年表」
  2. ^ それに対して、まだ起きていないこと、未来の予定などを日付順に記載した表は、(日本語の場合は)「予定表」や「スケジュール表」などと呼ぶ傾向がある。英語では、過去のことを扱う場合でも、未来のことを扱う場合でも、ともかく、時(time)が、線(line)的に並んでいれば、おかまいなしに「timeline」と呼ぶ傾向が、近年強まっている。実は日本語の「年表」という用語にも、「過去でなければならない」という意味の漢字や語根は含まれていない。ただ(時を表すための字である)「年」と(表形式だという意味の字)「表」の組み合わせである。
  3. ^ 本当は「歴史」と言っても、音楽史もあれば、科学史もあるし、庶民の(権力闘争とは縁遠い)普通の生活の歴史などもあるのだが、なぜか「歴史」と言うと、なぜか「権力史」になりがちで、政治権力や権力者のことばかりに焦点を当てて他を無視しがちである。たとえば100万人で構成された古代国家があった場合でも、権力者やその取り巻きになっているのはわずか数千人程度で、残りの大多数は権力とはほぼ無縁の、平凡な人々である。ごく一部の例外的な人間の権力闘争にばかり焦点が当てられ、残りの大多数の人々の生活や人生の実態に関する記述がないがしろにされてしまっている。このあたりの問題点は、アカデミックな世界でも、ここ数十年、頻繁に指摘されるようになってきている。


「年表」の続きの解説一覧

年譜 (月日は全て旧暦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/10/02 04:23 UTC 版)

山本盛備」の記事における「年譜 (月日全て旧暦)」の解説

延享2年1745年12月25日島津宗信初お目見え天明2年1782年):この年には既に横目に就任し大阪駐在の薩摩藩役人文書のやりとりがあった。 天明6年1786年):磯奉行庭奉行改名される。 享和2年1802年2月16日島津斉宣参勤交代同行していた養子七郎盛賢が大阪薩摩藩邸で死去同年4月27日:孫の五百助盛珉が誕生。盛備が養育する文化4年1807年12月6日:甥の山本源多納戸奉行から鑓奉行降格天保6年1835年8月18日:妻死去

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年譜(月日は旧暦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/01/30 13:48 UTC 版)

島津久徳」の記事における「年譜(月日旧暦)」の解説

天保5年日向国岡郷地頭に就任。当時碇山左衛門称す天保9年伊作郷地に就任。当時碇山八郎右衛門久珍と称す弘化3年1月11日市来郷地に就任し、閏5月29日島津斉興名代島津斉彬により家老任命され8月25日指宿郷地頭に地頭担当地が変更される

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年譜(江戸幕府役職履歴)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/12 10:22 UTC 版)

跡部良弼」の記事における「年譜(江戸幕府役職履歴)」の解説

文政6年3月29日1823年5月9日)、西丸小姓組二番組氷見伊予守為糾)組衆より中奥番異動石高2500石。季十郎称す文政8年1月11日1825年2月28日)、中奥番より使番異動文政11年2月1日1828年3月16日)、火事場見廻兼帯文政13年3月12日1830年4月4日)、使番火事場見廻役より駿府町奉行異動駿府町奉行在任中、季十郎より大膳に改称する天保4年8月11日1833年9月24日)、駿府町奉行から堺奉行異動堺奉行在任中従五位下山城守叙任天保7年4月24日1836年6月7日)、堺奉行から大坂東町奉行異動天保10年9月10日1839年10月16日)、大坂東町奉行から大目付異動分限帳兼帯同日山城守から信濃守遷任同役山城守任官する神尾元孝が既にいるため遷任)。 天保12年6月13日1841年7月30日)、信濃守から能登守遷任上司老中真田信濃守幸貫が就任したため遷任)。12月8日1842年1月19日)、大目付免ず12月9日1月20日)、勘定奉行に就任。公事方担当天保13年1842年2月道中奉行兼帯同月19日3月30日)より同年4月まで日光東照宮参詣御用取扱兼帯天保15年9月15日1844年10月26日)、勘定奉行から江戸南町奉行異動弘化2年3月15日1845年4月21日)、江戸南町奉行から一番組小姓組番頭異動嘉永4年3月24日1851年4月25日)、小姓組番頭から留守居異動同日能登守から甲斐守に転任同役能登守任官する蜷川親常が既にいるため転任)。 安政2年1855年2月5日)、老中阿部正弘安政の改革の一環として設置した講武所総裁土岐頼旨と共に任命される安政2年8月9日1855年9月19日)、留守居大目付異動分限帳改及び海防掛兼帯安政3年7月13日1856年8月13日)、宗門改兼帯11月18日12月15日)、留守居大目付から留守居江戸北町奉行異動安政5年5月24日1858年7月4日)、留守居江戸北町奉行から留守居清水支配異動万延元年9月7日1860年10月20日)、留守居清水支配から留守居異動同日甲斐守から伊賀守に遷任同役甲斐守を任官する池田長顕が既にいるため遷帯)。11月1日12月12日)、皇女和宮親子内親王江戸下向並びに縁組御用取扱兼帯文久2年8月24日1862年9月17日)、側衆兼帯文久3年7月12日1863年8月25日)、側衆留守居から御側御用取次側衆異動元治元年6月23日1864年7月26日)、御側御用取次側衆免ず無役にて菊間縁側詰。11月19日12月17日)、留守居上席として就任慶応元年10月22日1865年12月9日)、伊賀守から遠江守転任上司老中板倉伊賀守勝静が就任したため転任)。 慶応3年8月5日1867年9月2日)、留守居上席から側衆留守居異動慶応4年2月26日1868年3月19日)、側衆留守居から若年寄異動3月3日3月26日)、若年寄免じ無役にて菊間縁側詰となる。 表 話 編 歴 江戸南町奉行江戸北町奉行1844年 - 1845年1856年 - 1858年)一奉行天野康景 神田高 岸正久 板倉勝重 彦坂元正 青山忠成 内藤清成 (北町南町分割) 北町奉行米津田政 堀直之 酒井忠朝倉在重 石谷貞清 村越吉勝 島田守政 北条氏平 川口宗恒 保田宗郷 松野助義 丹羽長守 中山時春 諏訪頼篤 稲生正武 石河政朝 能勢頼一 依田政次 曲淵景漸 石河政武 柳生久通 初鹿野信興 小田切直年 永田正道 榊原忠之 大草高好 遠山景元 阿部正蔵 鍋島直孝 牧野成綱 井戸覚弘 跡部良弼 石谷穆清 小笠原長常 浅野長祚 佐々木顕発 阿部正外 都筑峯暉 池田頼方 井上清直 杉浦知周 小出秀実 石川利政 (明治維新により廃止) 南町奉行土屋成 島利正 加賀爪忠澄 神尾元勝 渡辺綱宮崎重成 松平忠冬 甲斐庄正親 能勢頼相 松前嘉広 和 坪内定松野助義 大岡忠相 松波正春 水野勝彦 島祥正 馬場繁 山田利延 土屋正方 牧野成賢 山村良旺 池田長恵 坂部広高 村上義礼 根岸鎮衛 岩瀬氏紀 荒尾成章 筒井政憲 矢部定謙 鳥居耀蔵 跡部良弼 遠山景元 池田頼方 伊沢政義 池田頼方 黒川盛泰 小栗忠順 井上清直 佐々木顕発 松平康英 有馬則篤 根岸衛奮 山口直毅 有馬則篤 駒井信興 朝比奈昌広 黒川盛泰 松浦信佐久間信義 (明治維新により廃止) 中町奉行丹羽長守 坪内定鑑 (廃止)

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