カースト 現代の状況

カースト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/13 06:09 UTC 版)

現代の状況

都市部では、カーストの意識も曖昧になってきており、ヒンドゥー教徒ながらも自分の属するカーストを知らない人すらもいるが、農村部ではカーストの意識が根強く残り、その意識は北インドよりも南インドで強い。アチュートの人々にヒンドゥー教から抜け出したり、他の宗教に改宗を勧めたりする人々や運動もある。[要出典]

職業とカースト

武人階級クシャトリアの肖像画
(1835年)
火葬場で働くアンタッチャブルの少年(2015年ネパールパシュパティナートにて)
庶民階級ヴァイシャ(1873年)

農業は全てのジャーティに開かれており、したがって、様々なジャーティが様々な形で農業に参加する。種や会社では「カースト」関連の詳細を書類上、欄でさえなくなっていて、法律上も禁止されている。また1970年代以降の都市化近代化、産業化の急速な進展は職業選択の自由の拡大をもたらし、近代的な工場は様々なジャーティによって担われる。 ここでは世襲的職業の継承というジャーティの機能の一つは、すでに成り立たなくなってきている。

カーストや指定部族を対象とした留保制度・「リザベーション・システム」は、インド憲法にも明確に規定され、インドの行政機関が指定したカーストと指定部族を対象として、教育機関への入学の優先枠が設けられている。国営企業職員の優先就職枠、議会の議席、公務員と、1950年では20%だったものが、93年には49.5%にまで引き上げられた。優遇の対象外の人は、これは逆差別だと反対している。

インド陸軍は、兵士をカーストや信仰する宗教、出身地域別に27以上の連隊として編成している。これは、それぞれの社会集団で団結させ、連隊間の競争意識を高める目的がある[13]

一方、民間ではタタ財閥やリライアンス財閥等が、インド・ダリット商工会議所 (DICCI) を支援している。

近代産業における新たな差別問題

近代工業における職業選択の自由権は、特に情報技術(IT)産業においてめざましい。電気パソコンさえあれば誰でもチャンスを得られるため、カーストを問わず門戸を開いている[14]。1970年代には既にアメリカシリコンバレーにてインド人ソフトウェア技術者が活躍し、1980年代にはインド本土においてもアメリカ企業の下請け業を安価で引き受け始め、1990年代初頭には、インドが自由主義経済を解放したことにより、それは著しく飛躍を遂げた[15]

しかし、アメリカにて活躍するインド人IT技術者の間においては、現地にて従事するインド人労働者のおよそ3人に2人がカースト差別を受けていることが2018年、アメリカを拠点とするダリット組織「エクティラボ」の調査にて判明されている[16]。また2020年には、ネットワーク機器大手シスコシステムズにて、上位カースト出身者2名の上司により下位カースト出身のエンジニアが昇進を阻まれたとの訴訟問題へと発展している[17]。これを受けて大手テクノロジー企業Appleは、業界に先んじてカースト差別禁止を就業規則に明示した。またアメリカでは、教育機関においてもカリフォルニア州立大学イーストベイにてカースト差別が問題視されたことにより、同大学およびハーバード大学等複数教育機関が、カースト差別を禁止とした。さらに2023年3月には、カリフォルニア州においてカーストに基づく差別を禁止とする最初の州にするための法案「SB 403」が提出された[16]

インド本国においても、2000年代半ばに行われた、ベンガルール市にて従事するソフトウェア技術者へのヒアリング調査によると、調査対象者132人のうち、実に48%がバラモン出身者であり、再生族と呼ばれる上位カーストにあたるバラモン・クシャトリア・ヴァイシャを包括すると、その割合は71%に上ることが判明されている。また対象者の親の学歴は、父親の80%、母親の56%が大卒以上であり、技術者の36%がインド5大都市にあたるデリームンバイコルカタチェンナイ、ベンガルール出身とされ、29%がマイスールプネーなど2級地の出身[注釈 2]であり、農村出身者はわずか5%であることがわかった[16]

研究者の指摘では、技術者らが留保制度に強く反発しているという事実から[注釈 3]IT産業内部にて出身カーストを問うことを嫌悪する風潮が根強く、正確なデータはほとんど掌握されていない[15]

しかし、インド人創業者による有名IT企業の多くが、バラモンなどのカースト上位創業者である実情もあり[15]、「IT産業は等しく能力主義で、下剋上ができる」という世間のイメージ通りであるとは言い難い。

選挙とカースト

保守的な農村地帯であるパンジャブ州では、国会議員選挙に、大地主と、カースト制度廃止運動家が立候補した場合、大地主が勝ってしまうという。現世で大地主に奉仕すれば、来世では良いカーストに生まれ変われると信じられているからである。このように1950年のインド憲法施行による共和国成立によるカースト全廃後もカーストは生き残っており、それがインド経済発展の妨げになっているという声もインド国内にて聞かれる。

児童とカースト

児童労働問題やストリートチルドレン問題は、インドにおいては解決が早急に求められるまでになっている。ダリットの子供は、寺院売春を強制されていると国際連合人権委員会では報告されている[18]。児童労働従事者やストリートチルドレンの大半は、下級カースト出身者が圧倒的に多い一方、児童労働雇用者は上級カースト出身で、教育のある富裕層が大半である、と報告される。

子供を売春や重労働に従事させ逮捕されても、逮捕された雇用者が上級カースト出身者であったがために無罪判決を受けたり、起訴猶予や不起訴といった形で起訴すらもされない、インド国内の刑務所内の受刑者の大半が、下級カースト出身者で占められているという報告もある。1990年代後半、インド政府は児童労働の禁止やストリートチルドレンの保護政策を実行し、2006年10月、児童の家事労働従事が禁止された。

結婚とカースト

インド憲法上、異カースト同士の結婚も認められているが、ヒンドゥー教徒の結婚は、同じカーストか、近いカースト内での結婚が好ましいとされ、見合い結婚が多い。逆に、恋愛結婚・異カースト同士の結婚は増えつつあるとはいえ、現在も一部の大都市でしか見ることができない。

ダヘーズなどのヒンドゥー教の慣習も残っている。ダヘーズとは花婿料(嫁の持参金)として、花婿側へ支払われる金銭を指すが、金額が少ない場合、殺害事件に発展することもある[19]1961年にダヘーズは法律では禁止されているが、風習として残っている[19]

自殺とカースト

元々カーストは親から受け継がれるだけであり、生まれた後にカーストは変えられないがために、現在の人生の結果によって次の生で高いカーストに上がるしかなく、現在のカーストは過去の生の結果であるから、受け入れて人生のテーマを生きる以外に無い、とされる。

だがこれは、現代インド、特に南部にて下級カースト出身者の自殺者数の増加要因になっている。教育のある下級カースト出身者が自殺を選ぶ、というジレンマが発生しているわけだが、信教の自由や教育の充実も側面にあるため、インド人の思想の根幹にカーストを置くことができない、という事実を示唆しているとも言える。

カースト制の影響は、ヒンドゥー教とカーストの結び付きが強いためインドの社会の根幹を形成しているが、現代インドではカーストの否定がインド社会の基礎になっている、というインドのヒンドゥー教徒から見た矛盾も発生している。自殺の問題についてインド政府の対応は、後手に回っているのが実情である。[要出典]

改宗問題

改宗してヒンドゥー教徒になることは可能であり歓迎される。しかし他の宗教から改宗した場合は、最下位カーストのシュードラにしか入ることができない。生まれ変わりがその基本的な考えとして強くあり、努力により次の生で上のカーストに生まれることが勧められる。現在最下位のカーストに属する人々は、何らかの必要性や圧力により、ヒンドゥー教に取り込まれた人々の子孫が多い。

ヒンドゥー教から他宗教へ改宗することによって、カースト制度から解放されることもあり、1981年にミーナークシプラム村で不可触民が、抗議の意味も含めてイスラム教に改宗した[12]。また、ジャイナ教シク教ゾロアスター教では、現実的な影響力や力により、その社会的地位が決まり、ヒンドゥー制度から解放されているため、カースト上位でない富裕層に支持されている。

しかし近年、イスラムとヒンドゥー・ナショナリズムの勢力争いが激化し、1993年には衝突やテロ事件も起こるようになり、1998年の爆弾テロ事件では56名が死亡した[12]。こうしたことを背景に、タミル・ナードゥ州でカースト制根絶を訴えてきた全インド・アンナー・ドラヴィダ進歩連盟(AIADMK)は2002年、不可触民キリスト教イスラム教に改宗することを禁止する強制改宗禁止法を制定した[12]。その後、2006年にドラヴィダ進歩連盟(DMK)が、タミル・ナードゥ州で政権を掌握すると、強制改宗禁止法は廃止された[12]

また、現代インドにおける仏教の復興は、カースト差別の否定が主な原動力となっている。ヒンドゥー・ナショナリズムの限界が露呈していく一方で、ビームラーオ・ラームジー・アンベードカルの支持勢力が拡大し、アンベードカルが提唱した「ダリット」(被差別者)というアイデンティティが獲得されてもいる[12]

なおインドでは、ヒンドゥー以外の宗教でも、カーストの意識を持つ者がいるので、ヒンドゥー教徒でない事が、必ずしもカースト否定を意味するわけではない[3][4]


注釈

  1. ^ 19世紀までの英語綴りは cast であった。語源は、ポルトガル航海者がインドで目にした社会慣行に対して与えたカスタ(Casta)である。
  2. ^ 現在においてはプネーも人口500万以上の1級都市に含まれる。
  3. ^ IT産業従事者の多くが留保制度によって、公務員職・高級官僚等の花形職までも低カーストに不当に奪われたという被害意識を持っていることが、その理由である。
  4. ^ かつて皮革製品の製造を担っていた立場であった「サルキ」や鍛冶の「カミ」、縫製の「ダマイ」はカーストの中で最下層とされており、今もその存在を差別し時には侮辱・侮蔑する市民が見受けられる。

出典

  1. ^ a b c 藤井(2007)
  2. ^ a b c d 山上証道「世界問題研究所レクチャーシリーズ(10)インド理解のキーワード : ヒンドゥーイズム」『世界の窓 : 京都産業大学世界問題研究所所報』第11号、京都産業大学世界問題研究所、1995年、108-125頁、CRID 1520009409567375104hdl:10965/00007012ISSN 09125213 
  3. ^ a b インドのイスラーム教徒とカースト制度”. 京都大学人文科学研究所所報『人文』第四八号 (2001年3月31日). 2019年1月11日閲覧。
  4. ^ a b “「名誉殺人」で15歳の娘の喉かき切り殺害、父親を逮捕 インド”. AFPBB News. (2017年3月23日). https://www.afpbb.com/articles/-/3122506 2019年1月11日閲覧。 
  5. ^ a b c 奈良部健 (2020年9月11日). “インドのカースト最下層、ヒンドゥー教捨てて仏教へ 日本から来た僧が後押し”. 朝日新聞社. https://globe.asahi.com/article/13714295 2023年5月29日閲覧。 
  6. ^ 高倉嘉男 (2020年8月20日). “インドでは映画の世界においても「カースト」が存在する”. クーリエ・ジャポン. https://courrier.jp/columns/209602/ 2020年8月22日閲覧。 
  7. ^ a b c d e f g サブハードラ・チャンナ「インドにおけるカースト・人種・植民地主義」『人種概念の普遍性を問う』人文書院,2005所収)
  8. ^ 谷口晉吉「ベンガルにおける部族とカーストをめぐって」『東京外国語大学論集』第86巻、東京外国語大学、2013年7月、175-204頁、CRID 1390295658309924864doi:10.15026/73472hdl:10108/73472ISSN 0493-4342 
  9. ^ NewGuinea Tapeworms and Jewish Grandmothers (By ROBERT S. DESOWITZ)
  10. ^ http://www.hindu.com/2001/03/10/stories/05102523.htm
  11. ^ 「カースト制」谷川昌幸
  12. ^ a b c d e f g 志賀美和子「〈3. ワーキングペーパー : 2012年度・第2回 国内シンポジウム論文〉セキュラリズムと「カースト問題」の変容 : タミル・ナードゥ州の場合」『2012年度 研究報告書』、龍谷大学アジア仏教文化研究センター、2013年3月、397頁、CRID 1050289631618329984hdl:10519/5802 
  13. ^ 【私は〇〇人】(7)軍の統合 支えるカースト別編成朝日新聞』朝刊2020年1月7日(国際面)2020年1月9日閲覧
  14. ^ D-Com(ディシジョン・コンパス). “世界のIT業界を支えるインド 脱カーストで成功を求める精神が起爆剤に(2ページ目) | D-Com(ディシジョン・コンパス)”. project.nikkeibp.co.jp. 2022年10月20日閲覧。
  15. ^ a b c インドのIT産業「カーストは無関係」の大誤解”. 池亀彩 (2021年11月24日). 2023年5月16日閲覧。
  16. ^ a b c インドの「カースト差別」を明示的に禁止する法案がアメリカ・カリフォルニア州で提出される”. 株式会社OSA (2023年4月17日). 2023年5月16日閲覧。
  17. ^ Paresh Dave (2022年8月17日). “焦点:カーストとシリコンバレー、IT企業が問われる差別対応”. ロイター通信. https://jp.reuters.com/article/tech-caste-idJPKBN2PN052 2023年5月16日閲覧。 
  18. ^ a b [1]ヒューライツ大阪資料館
  19. ^ a b 西村祐子「インドにおける「ダウリ禍」考 : 婚姻法・財産権およびカースト内婚の視点から」『駒澤大学外国語部研究紀要』第34巻第1号、駒澤大学、2005年3月、387-409頁、CRID 1050282813207730176ISSN 03899845NAID 120006610629 
  20. ^ Yule and Burnell (1903年). “Hobson-Jobson”. p. 163. 2013年1月20日閲覧。
  21. ^ “カースト制度最下層出身 日本で研修生活送る女性”. 神戸新聞. (2018年9月15日). https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201809/0011641960.shtml 2018年9月15日閲覧。 
  22. ^ a b c 山本勇次「ネパールのカースト社会における観光産業と社会的弱者」『日本文化人類学会研究大会発表要旨集』第2008巻、日本文化人類学会、2008年、29頁、CRID 1390282680688194304doi:10.14890/jasca.2008.0.29.0ISSN 2189-7964 
  23. ^ “異カースト間の結婚に給付金、差別対策で ネパール”. AFPBB News. (2006年8月26日). https://www.afpbb.com/articles/-/2621140?pid=4358520 2013年5月20日閲覧。 
  24. ^ バリ島の宗教バリ・ヒンドゥーを知ろう”. バリ島旅行.com. 2013年5月19日閲覧。
  25. ^ Rania Abouzeid (2014年9月4日). “イラク、聖地を追われるヤジディ教徒”. ナショナルジオグラフィック. http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9678/?ST=m_news 2016年6月13日閲覧。 
  26. ^ 英語表記はDiscrimination based on work and descent
  27. ^ 職業と世系に基づく差別問題に関する特別報告者最終報告書
  28. ^ Discrimination”. 国際連合児童基金 (2011年1月1日). 2011年12月1日閲覧。






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