カースト 法的規定

カースト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/13 06:09 UTC 版)

法的規定

インドでは、1950年に制定されたインド憲法の17条により、不可触民を意味する差別用語は禁止、カースト全体についてもカーストによる差別の禁止も明記している。またインド憲法第341条により、大統領令もしくはその一部ごとに指定された諸カースト(不可触民)の総称として、公式にスケジュールド・カースト(指定カースト)と呼ぶ。留保制度により、公共機関や施設が一定割合(平均15 - 18%)で優先的雇用機会を与えられ、学校入学や奨学金制度にも適用される。制度改善に取り組むものの、現在でもカーストはヒンドゥー社会に深く根付いている[2]

なお、インドの憲法が禁止しているのは、あくまでカーストを理由にした「差別行為」であり、カーストそのものは禁止対象ではない。このため、現在でもカーストは制度として、人々の間で受け継がれている[6]

「カースト」名称の形成

語源

カーストという単語はもとポルトガル語で「血統」を表す語「カスタ」(casta) である。ラテン語の「カストゥス」(castus)(純粋なもの、混ざってはならないもの。転じて純血)に起源を持つ。

植民地主義における呼称

第2階級クシャトリヤの子孫であるラージプート戦士集団(1876年)

15世紀ポルトガル人がインド現地の身分制度であるヴァルナとジャーティを同一視して「カースト」と呼んだ[2]。そのため、「カースト」は歴史的に脈々と存在したというよりも、植民地時代後期の特に20世紀において「構築」または「捏造されたもの」ともいわれる[7]。インドの植民地化については「イギリス領インド帝国」を参照。

植民地の支配層のイギリス人は、インド土着の制度が悪しき野蛮な慣習であるとあげつらうことで、文明化による植民地支配を正当化しようとした[7]。ベテイユは「インド社会が確たる階層社会だという議論は、帝国支配の絶頂期に確立された」と指摘している[7]。インド伝統の制度であるヴァルナとジャーティの制度体系は流動的でもあり、固定的な不平等や構造というより、運用原則とでもいうべきもので、伝統制度にはたとえば異議申し立ての余地なども残されていた[7]。ダークス、インデン、オハンロンらによれば「カースト制度」はむしろイギリス人の植民地支配の欲望によって創造されてきたものと主張している[7]。またこのような植民地主義によって、カーストは「人種」「人種差別」とも混同されていったといわれる[7]

ホカートは、カーストと認定された「ジャーティ」は、実際には非常に弾力的で、あらゆる類の共通の出自を指し示しうるものと指摘している[7]

カーストに対応するインド在来の概念としては、ヴァルナとジャーティがある。外来の概念であるカーストがインド社会の枠組みのなかに取り込まれたとき、家系、血統、親族組織、職能集団、商家の同族集団、同業者の集団、隣保組織、友愛的なサークル、宗教集団、宗派組織、派閥など、さまざまな意味内容の範疇が取り込まれ、概念の膨張がみられた。

ヴァルナ・ジャーティ制

日本国内において、カースト制を、インド在来の用語であるヴァルナ・ジャーティ制という名称で置き換えようという提案もあるが、藤井毅は、ヴァルナがジャーティを包摂するという見方に反対しており、近現代のインドにおいて、カーストおよびカースト制が既にそれ自体としての意味を持ってしまった以上、これを容易に他の語に置換すべきでないとしている[1]

インドにおけるカースト:ヴァルナ

ヒンドゥー社会の原理

ヒンドゥー教の儀式であるヤジナ。炎の中に供物が投げ入れられている(南インド)
バラモン(インドネシア、バリ島)

カーストは一般に基本的な分類(ヴァルナ - varṇa)が4つあるが、その中には非常に細かい定義があり、結果として非常に多くのジャーティその他のカーストが存在している。カーストは身分や職業を規定する。カーストは親から受け継がれるだけであり、誕生後にカーストの変更はできない。ただし、現在の人生の結果によっては次の生で高いカーストに上がれる。現在のカーストは過去生の結果であるから、受け入れて人生のテーマを生きるべきだとされる。カーストとは、ヒンドゥー教の根本的世界観である輪廻転生(サンサーラ)観によって基盤を強化されている社会原理といえる[2]

一方、アーリア文化の登場以前の先住民の信仰文化も残存しており、ヒンドゥーカーストは必ずしも究極の自己規定でも、また唯一の行動基準であったわけでもないという指摘もある[8]

ヴァルナの枠組み
ブラフミン(サンスクリットでブラーフマナ、音写して婆羅門〔バラモン〕)
神聖な職に就けたり、儀式を行える。ブラフマンと同様の力を持つと言われる。「司祭」とも翻訳される。
クシャトリヤ
王や貴族など武力や政治力を持つ。「王族」「戦士」とも翻訳される。
ヴァイシャ
製造業などに就ける。「市民」とも翻訳される。
シュードラ(スードラ)
古代では、一般的に人が忌避する職業にしか就けなかったが、時代の変遷とともに中世頃には、ヴァイシャおよびシュードラの両ヴァルナと職業の関係に変化が生じ、ヴァイシャは売買を、シュードラは農牧業や手工業など生産に従事する広汎な「大衆」を指すようになった。「労働者」とも翻訳される。
ヴァルナを持たない人びと
ヴァルナに属さない人びと(アウト・カースト)もおり、アチュートという。「不可触民(アンタッチャブル)」とも翻訳される。不可触賎民は「指定カースト」ともいわれる。1億人もの人々がアチュートとして、インド国内に暮らしている。彼ら自身は、自分たちのことを「ダリット」 (Dalit) と呼ぶ。ダリットとは壊された民 (Broken People) という意味で、近年ではダリットの人権を求める動きが顕著となっている。

注釈

  1. ^ 19世紀までの英語綴りは cast であった。語源は、ポルトガル航海者がインドで目にした社会慣行に対して与えたカスタ(Casta)である。
  2. ^ 現在においてはプネーも人口500万以上の1級都市に含まれる。
  3. ^ IT産業従事者の多くが留保制度によって、公務員職・高級官僚等の花形職までも低カーストに不当に奪われたという被害意識を持っていることが、その理由である。
  4. ^ かつて皮革製品の製造を担っていた立場であった「サルキ」や鍛冶の「カミ」、縫製の「ダマイ」はカーストの中で最下層とされており、今もその存在を差別し時には侮辱・侮蔑する市民が見受けられる。

出典

  1. ^ a b c 藤井(2007)
  2. ^ a b c d 山上証道「世界問題研究所レクチャーシリーズ(10)インド理解のキーワード : ヒンドゥーイズム」『世界の窓 : 京都産業大学世界問題研究所所報』第11号、京都産業大学世界問題研究所、1995年、108-125頁、CRID 1520009409567375104hdl:10965/00007012ISSN 09125213 
  3. ^ a b インドのイスラーム教徒とカースト制度”. 京都大学人文科学研究所所報『人文』第四八号 (2001年3月31日). 2019年1月11日閲覧。
  4. ^ a b “「名誉殺人」で15歳の娘の喉かき切り殺害、父親を逮捕 インド”. AFPBB News. (2017年3月23日). https://www.afpbb.com/articles/-/3122506 2019年1月11日閲覧。 
  5. ^ a b c 奈良部健 (2020年9月11日). “インドのカースト最下層、ヒンドゥー教捨てて仏教へ 日本から来た僧が後押し”. 朝日新聞社. https://globe.asahi.com/article/13714295 2023年5月29日閲覧。 
  6. ^ 高倉嘉男 (2020年8月20日). “インドでは映画の世界においても「カースト」が存在する”. クーリエ・ジャポン. https://courrier.jp/columns/209602/ 2020年8月22日閲覧。 
  7. ^ a b c d e f g サブハードラ・チャンナ「インドにおけるカースト・人種・植民地主義」『人種概念の普遍性を問う』人文書院,2005所収)
  8. ^ 谷口晉吉「ベンガルにおける部族とカーストをめぐって」『東京外国語大学論集』第86巻、東京外国語大学、2013年7月、175-204頁、CRID 1390295658309924864doi:10.15026/73472hdl:10108/73472ISSN 0493-4342 
  9. ^ NewGuinea Tapeworms and Jewish Grandmothers (By ROBERT S. DESOWITZ)
  10. ^ http://www.hindu.com/2001/03/10/stories/05102523.htm
  11. ^ 「カースト制」谷川昌幸
  12. ^ a b c d e f g 志賀美和子「〈3. ワーキングペーパー : 2012年度・第2回 国内シンポジウム論文〉セキュラリズムと「カースト問題」の変容 : タミル・ナードゥ州の場合」『2012年度 研究報告書』、龍谷大学アジア仏教文化研究センター、2013年3月、397頁、CRID 1050289631618329984hdl:10519/5802 
  13. ^ 【私は〇〇人】(7)軍の統合 支えるカースト別編成朝日新聞』朝刊2020年1月7日(国際面)2020年1月9日閲覧
  14. ^ D-Com(ディシジョン・コンパス). “世界のIT業界を支えるインド 脱カーストで成功を求める精神が起爆剤に(2ページ目) | D-Com(ディシジョン・コンパス)”. project.nikkeibp.co.jp. 2022年10月20日閲覧。
  15. ^ a b c インドのIT産業「カーストは無関係」の大誤解”. 池亀彩 (2021年11月24日). 2023年5月16日閲覧。
  16. ^ a b c インドの「カースト差別」を明示的に禁止する法案がアメリカ・カリフォルニア州で提出される”. 株式会社OSA (2023年4月17日). 2023年5月16日閲覧。
  17. ^ Paresh Dave (2022年8月17日). “焦点:カーストとシリコンバレー、IT企業が問われる差別対応”. ロイター通信. https://jp.reuters.com/article/tech-caste-idJPKBN2PN052 2023年5月16日閲覧。 
  18. ^ a b [1]ヒューライツ大阪資料館
  19. ^ a b 西村祐子「インドにおける「ダウリ禍」考 : 婚姻法・財産権およびカースト内婚の視点から」『駒澤大学外国語部研究紀要』第34巻第1号、駒澤大学、2005年3月、387-409頁、CRID 1050282813207730176ISSN 03899845NAID 120006610629 
  20. ^ Yule and Burnell (1903年). “Hobson-Jobson”. p. 163. 2013年1月20日閲覧。
  21. ^ “カースト制度最下層出身 日本で研修生活送る女性”. 神戸新聞. (2018年9月15日). https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201809/0011641960.shtml 2018年9月15日閲覧。 
  22. ^ a b c 山本勇次「ネパールのカースト社会における観光産業と社会的弱者」『日本文化人類学会研究大会発表要旨集』第2008巻、日本文化人類学会、2008年、29頁、CRID 1390282680688194304doi:10.14890/jasca.2008.0.29.0ISSN 2189-7964 
  23. ^ “異カースト間の結婚に給付金、差別対策で ネパール”. AFPBB News. (2006年8月26日). https://www.afpbb.com/articles/-/2621140?pid=4358520 2013年5月20日閲覧。 
  24. ^ バリ島の宗教バリ・ヒンドゥーを知ろう”. バリ島旅行.com. 2013年5月19日閲覧。
  25. ^ Rania Abouzeid (2014年9月4日). “イラク、聖地を追われるヤジディ教徒”. ナショナルジオグラフィック. http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9678/?ST=m_news 2016年6月13日閲覧。 
  26. ^ 英語表記はDiscrimination based on work and descent
  27. ^ 職業と世系に基づく差別問題に関する特別報告者最終報告書
  28. ^ Discrimination”. 国際連合児童基金 (2011年1月1日). 2011年12月1日閲覧。






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