柳葉家とは? わかりやすく解説

柳葉家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 07:21 UTC 版)

江戸前の旬」の記事における「柳葉家」の解説

家族は、にちなんだ名前が多い。江戸っ子下町人情が残る店で、銀座四丁目 にある大衆店寿司】を経営している。なお、東京神奈川に「寿司」が実在するが、本編の「寿司」とは無関係源治佐原直哉工藤和彦は柳葉家の血筋ではないが、源治鱒之介同門であり、直哉鱒之介の、和彦は旬の、其々弟子家族待遇となっているため、柳葉家に含める。札幌出身結城達也小樽出身佐原直哉津軽出身工藤和彦と、弟子北日本出身者ばかりである。家族待遇ではないが、「親父教え子」という理由により、「九条料理専門学校」で鱒之介教え受けた者たちを、旬は弟(妹)弟子として扱っている。また、正式な弟子ではないが、中村磯山太一は旬に寿司教え受けている。 柳葉旬(やなぎば しゅん) 『江戸前の旬本編の主人公1979年3月15日午前0時3分誕生物語開始時第1話1999年3月発表)では20歳明記されている。銀座北高等学校卒業生四人兄妹末っ子だが、父・鱒之介が病に倒れたことをきっかけに、実家寿司屋寿司」の三代目を継ぐべく、鱒之介の元で寿司職人としての修行始める。長年修行過程で、深川親方松ヶ根の親方鱒之介の「兄弟子結城哲らに師事、特に、深川親方松ヶ根の親方にとっては、最後弟子となったまた、「嘉志寿司」の吉沢大吾とは終生ライバルかつ最高の親友となる。仕事ストイックなあまり自分恋愛に対して不器用すれ違いなども多く、また相手自分抱いた好意気付かずに終わることもあったが、後に紆余曲折経て藍子結婚した仕事以外の趣味釣り。たとえ相手自分より年やキャリアが下、時には寿司職人料理人以外を相手にしていても、これまで培ってきた技術惜しみなく伝授するなどの懐の深い面もある。修行過程日本中の数々若手職人達とも交流重ね、彼を中心に大きな横の繋がり出来ている。基本穏やかで優しい性格もあり、当初様々な理由から彼を嫌った憎んだりしていた若手職人も、最終的に彼に信服するようになる(完全な敵役悪役としてほぼ一度しか登場しない職人は別)。 コンクールイベント雑誌企画などで大吾をはじめとした他の寿司職人たちと競ってきた。旬本人は「勝ったことは一度もない」と言っているが、実際勝ったことがある英二との最初勝負では英二不戦敗追い込んでいる。また、大吾との五番勝負ではトータルでこそ引き分けだったが、うち2勝しており尚且つ大吾より先にトータルでの敗北回避している。 江戸前寿司それ以外寿司も同じ「すし」であると考えており、それらを区別せず郷土料理顧みられなくなった料理積極的に取り入れる。回転寿司に対して見下すことはなく、お客さん自分たちの店に来てくれるのは、回転寿司存在寿司一般の人にも身近になってくれたからだと語り、「寿司ロボット」で作られ寿司についても、心を込めて作られたものであれば立派な寿司だという考え持っている来店し回転寿司業界人物アドバイスを送ることも少なくない最良判断すれば、客のために江戸前寿司以外のすしを提供することもあり、江戸前寿司には無い寿司ダネ握ることもある。河豚調理師資格を取るため、お店営業並行しながら姉の真子の夫すなわち義兄である哲也の下で修行し試験臨み、無事合格した。 既に多く寿司職人から一目置かれる存在になっているが、商売っ気がなく非常に良質なネタを損を覚悟して客に提供することもしばしば。 和彦弟子迎えてからは、優しく時に厳し親方として修業こなしている。また、父親としての自覚徐々に出てきたようである。みどりの育児と客の反応から自分目指すべき寿司道がおぼろげながら見えてきた。そして、そのこと発端となった客との邂逅経て鱒之介模倣ではなく自分目指すべき寿司の道を確立したヒラマサからは、食べるものを心から慈しみ安堵させる力があると称され、その立ち振舞いから握り姿形菩薩のようだ表現された。 柳葉藍子やなぎば あいこ=旧姓・朝岡) 単行本37巻マトウダイ」にて初登場築地場外市場店を構える【朝岡水産】の娘で、小さな頃から店頭立っていた。見かけ綺麗だガラッパチ煮ても焼いても食えないキャラクターから「金魚」の異名も。紆余曲折経て旬のプロポーズ受諾結婚した。旬の6歳年下だが、「旬くん」と呼ぶ。初めて「寿司」を手伝った際に、義姉真子から渡され君江着物姿ヒラマサに、「着物姿君江にそっくり」と評された。 普段から女将として店頭に立つが、自身食い意地張っていて寿司が大好き。貴重な寿司ダネが入ると旬にねだることがしばしば。 「旬の役に立ちたい」と「義父鱒之介)に美味しいフグチリ食べさせたい」という思いから、「寿司」での女将職務傍ら、旬や弟の一郎と共に哲也の下で、河豚調理師修業始め試験臨んだ受験後に妊娠三ヶ月であることが判明した試験不合格だったが、その後にみどりを無事出産した女将として良質なネタ安く提供しすぎる旬の商売っ気のなさに気をもむこともあるが、それも旬のいい所受け入れている節もある。 柳葉みどり(やなぎば みどり) 旬と藍子第一子2011年4月2日午前0時1分誕生体重3700グラム女の子名付け親ヒラマサ名前の由来は、ヒラマサ曰く「『謐と孔藩』の故事から、勤勉さ謙虚な人間になって欲しい」という願い込めたとのこと。 父の旬を「とーと」または「とうと」、母の藍子を「まんま」、鱒之介は「じいじ」、和彦は「にいに」と呼ぶ。母親藍子同じく食い意地張っていて母と食べ物取り合いをすることもしばしば。予防接種欠伸をするなど豪快な性格だが、一方でいじめられている友達困っている人を助けたりホタルイカ死んだことに涙を流す優しい一面もある。 築地第一幼稚園卒園後、都立築地小学校入学大河美和、航とともにについて勉強したり、寿司食べたりすることを目的とする「おさかなクラブ」を結成した将来の夢寿司四代目になる事で、包丁さばきも、同級生職人技舌を巻く上手くなり、113巻では鱒之介弟子入り請い本格的な修行に入るようになった柳葉鱒之介やなぎば ますのすけ) 旬の父。「寿司」の二代目昭和大名と言われ寿司職人ヒラマサからは、握る寿司食べるものを圧倒する絶対的な力を持っている称されており、不動明王のような力強さ持っている。「を扱う者は生かされている」、「しっかりとした技・舌・心を持って握ったモノは、客の心を打つことが出来る。それは、土台支え江戸前の技があったればこそ」という思いから、江戸前の心を重んじていて、客の前では江戸弁をしゃべることがある。「寿司」に来店し一度でも交流したことがある客は、幾年過ぎて忘れない寿司職人としての旬の師匠に当たる存在昔気質短気なところもあり、理不尽ではないとはいえ体罰を行うこともあった。基本的に江戸前にない寿司を旬が扱うことを認めないなど頑固な面があるが、江戸前でないサーモン違和感覚えながらも客のために握ったり、他の職人新たなアイデア見て自らの認識改め柔軟な一面もある。 旬が高校3年生時に病に倒れてプレストーリー銀シャリ!!』での出来事以来、右半身が不自由になっており、長時間寿司握り続けたりすると右手震え症状がでることがあり、月に一回通院しつつも寿司職人続けていた。みどりの誕生機に引退時期見計らっていたが、手の甲染みが見つかり「寿司職人人様前に出せないような手になった時は潔く引退する」という新見清次郎深川親方)の教え守り67歳引退したその後九条請われ九条料理専門学校】の日本料理講師となり「っちゃん先生」と呼ばれ慕われていた。11年務めた末に年齢理由引退しみどりの弟子入り志願受け入れて指導始めたまた、旬が「俺たち子供のころあんなに怖かったのに、孫には甘い」というなど、昔に比べて物腰柔らかくなっている。 特別編寿司魂』では20歳1964年物語開始時)の鱒之介主人公であり、後に本作で良二郎語った武勇伝数多く残している。また深川親方紹介され中学卒業した佐原直哉一人前寿司職人鍛え上げた。なお本作では2002年鱒之介還暦祝い(実:58歳)が行われており、生年ズレ生じている。 柳葉君江やなぎば きみえ=旧姓紺野)*(故人) 旬の母。長野県出身1989年9月3日、旬が小学5年生時に死去享年42歳。「寿司」の二代目女将として直哉子供たち温かく見守り続けた穏やかな性格結婚前銀座デパート働いていた。父親開業医。旬を妊娠した時、既に子供を産める体ではなかったが、「この子神様からの贈り物」と旬を産んだ。しかし、そのこときっかけ真子結婚式の時まで君江両親は旬を逆恨みしていた が、後に旬の優しさ君江直伝の旬の笹寿司感動し、己の過ち認め心の中で旬に謝罪した君江の母は、娘の死の真相を旬に明かすと無く息を引き取った。なお、祖母通夜時に君江お骨鱒之介によって分骨した物を祖父渡された。 柳葉一郎やなぎば きいちろう) 鱒之介長男1968年9月25日生まれ名付け親節子。【旭東物産食品開発部勤務母の死は父がしっかり看病しなかったせいだと反発し実家離れ商社マンとなった。しかし皮肉にも食品開発部配され家業向き合うこととなった。後に父とは和解している。単行本55巻では、鱒之介君江愛されていたことを誕生日知り涙ながらに感謝したちらし寿司カップ入れたカップちらしを開発し食品開発部部長となったまた、銀座社命創作寿司の店「SUSHI BAR F.E.Island」を開店大盛況となる。 嘗て鱒之介運動会に出る自分たちのために巻物作っていたことに感動し、旬に教え請い巻物特訓した。その想いは、息子誠にしっかりと伝わっていた。 妻の佳菜子とは大学同期その時恋敵応援口説き落とした柳葉佳菜子やなぎば かなこ) 一郎の妻。旬の義姉神奈川県三浦出身。『銀シャリ!!』では、「朋子」という名になっている初期容姿若かったが、年月経過もあり近年登場した際はいきなり老け込んだ容姿となっていた。 柳葉誠(やなぎば まこと) 一郎長男。旬の甥。鱒之介にとっては初孫であり、唯一の男系の男孫。海苔が縁で東堂会長の孫である春彦友達になる。また、友達相談良くのるなど懐は深い。七五三時に鱒之介一郎仲違いしていたため、お祝いをしていなかった。しかし、恵と祐樹七五三時に、母である佳菜子実家風習倣い鱒之介贈った立派な着物着て七五三祝われた。クラスメイト帆立恵美促されて受験勉強頑張った結果志望校(恵美と同じ学校)に合格した小学生時代は旬を差し置いて寿司」の三代目になると言っていたが、次第にその意志薄れていく。その後、彼女と共に一流大学のM大法学部進学弁護士目指していたが自分には無理と察し在学中に【スーパー丸高屋】にアルバイトとして入社卒業後にそのまま就職した柳葉恵(やなぎば めぐみ) 一郎長女。旬の姪。佳菜子が「寿司」に来る途中で破水したため、帝王切開により誕生した柳葉鮭児やなぎば けいじ) 鱒之介二男第二子)。1970年5月6日生まれ名付け親鱒之介放浪癖があり長いこと一つ所いられない性格18歳の時から家を離れて大道芸をしたり偽薬売ったしながら世界中回っているが、たまに家に帰ってくる(確認できるところでは、母・君江の十三回忌夢に君江出てきた)と妹・真子結婚式リムジン登場)、そして旬の結婚式風呂上がり泥棒勘違いした藍子モップでど突かれた。その後圭斗たちと協力して旬と藍子ドッキリ披露宴企画した))。眉毛の形が兄妹唯一鱒之介似である。旬の結婚式後は長野車エビ養殖従事していたが、そこの社長に教えられ粗放養殖東南アジア広めるため、家族日本別れ告げて旅立っていった。 酒井真子(さかい まこ=旧姓柳葉鱒之介長女第三子)。旬より3歳年上料理雑誌編集者だったが、日本料理人の酒井哲也結婚し退職、店を手伝う。当初高級店の娘でないという理由でで哲也の母に結婚反対されていたが、鱒之介説得したことで結婚許された。後に祐樹という息子をもうける。その際に、夫の哲也仕込み鱒之介と旬が握った握り寿司感動した。『銀シャリ!!』では、君江お寿司屋さんのケーキとして出した卵焼き鱒之介和解した。後に、『江戸前の旬本編では、その卵焼きで(父の日哲也との結婚式であったため)、一日早く鱒之介感謝の念込めて出した君江両親には、結婚式時に着用した白無垢姿を「35年前の君江花嫁姿を見ているようだ」と評された。旬と藍子結納の時は、柳葉家の人間として出席した柳葉やなぎば へいぞう) 「寿司」の初代宮城県松島農家出身鱒之介父親。旬の祖父太平洋戦争中衛生兵の後に米軍捕虜になっていたが、昭和21年日本に帰国し、東京有楽町寿司屋横丁に、「寿司」を開店昭和39年銀座移転した鱒之介源治感謝することと江戸前寿司職人心意気叩き込んだ戦前は「巽寿司」で修行していた。『寿司魂』にも登場している。 源治(げんじ) 鱒之介同門。旬が3歳時に後述直哉入門した後に「寿司」から独立した作中語られる2003年ごろの話で、勤めていた店の経営方針変わったことを嘆いて包丁返しに来るが、鱒之介江戸前の心を諭され、寿司職人として生きる決意新たにする。なお、「寿司」が開店してからが死ぬまでの間、『寿司魂』には一度登場していない。 佐原直哉(さはら なおや) 源治独立直前深川親方紹介で「寿司」に入門し鱒之介の下で厳し職人修行積んだ修業様子は『寿司魂』で描かれているが、こちらでも『銀シャリ!!』での回想シーンとは齟齬見られる当初人前ナイフ振りかざすなどの手つけられない暴れん坊だったが、鱒之介の握る寿司見て弟子志願した。『寿司魂』では、給料で「嘉志寿司」に寿司食べ行ったり、親方である鱒之介黙って築地仲卸業者から捌き方を習ったりしている。しかし捌き方を習いに行くのに店の包丁持参し、さらに帰宅時にその包丁に血が付着していたことから同時期に寿司近辺発生していた押し込み強盗への関与節子鱒之介の母)に疑われたが、鱒之介包丁付いていた血がの血であると見抜いたため、疑い晴れている。旬が小学校低学年時に母親病気のため地元小樽帰った後、小樽寿司屋通りで「直寿司」を経営する。『銀シャリ!!』では、旬に江戸前寿司職人としての才能があるかどうかを、鱒之介頼まれ見極めている。真子結婚式と旬の結婚式家族待遇として呼ばれた工藤和彦(くどう かずひこ) 旬の弟子初登場単行本56巻青森県津軽地方出身謙虚だ芯が強い。元々は、月島工場就職する予定だったが、内定断られ気落ちして寿司」を父親と共に訪れる。そこで、直向きさを鱒之介気に入られ弟子となる。また、親方の旬が悩んでいた時には旬のライバルである大吾相談乗って欲しいと相談し行ったことがある親方である旬への信頼は揺ぎ無いが、思いつめて自責しやすい一面もある。 最初料理全般について全くの素人であったが、食べる人の事を考えたかんぴょう巻き藍子破水時の対応で、旬から改め認められた。仕事ミスをすることはあるが、追い回しとしての仕事も旬がさせることがなくなってしまうほどしっかりこなし、旬に早くから包丁与えられるほどに認められている。 一方技術的な上達紆余曲折もあり、芝エビ入った卵焼き美味焼けなかった。しかし日々の仕事通して客に対す責任喜び学び、旬の招待半年ぶりに再会した両親芝エビ入った卵焼き振る舞い、旬・藍子夫婦および両親を安心させた。「貝焼き味噌」のように、和彦まかないなどで披露した料理が「寿司」にて和彦担当として品書き載ったり、旬も気づかなかった寿司工夫考案するなど着実に力を身につけ、現在では仕入れや、ツケ場で握り巻物ある程度任されるようになっている。「東都デパート」のイベントで、都内で働く経験10年未満若手寿司職人ナンバーワン決め大会TOKYO SUSHI-1 GPnext generations~」に、発案者の良二郎直々打診を受け出場した際には、「東都デパート」の催事場行なわれる決勝に進むことこそ惜しくも叶わなかったが、「寿司」で培った実力遺憾なく発揮した。 現在は勝どきマンション一人暮らし始めており、仲を深めつつある井上真紀の他、辻川ケビン小山内清篠崎沙羅大崎数馬と言った同世代寿司職人たちとともに寿司道を邁進している。

※この「柳葉家」の解説は、「江戸前の旬」の解説の一部です。
「柳葉家」を含む「江戸前の旬」の記事については、「江戸前の旬」の概要を参照ください。

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