抗生物質 探索と生産

抗生物質

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/06/15 06:46 UTC 版)

探索と生産

抗生物質は放線菌などの二次代謝経路を利用して生産される二次代謝産物である[86]<[87]。二次代謝産物は生物の生存に必須ではない物質をいい、アミノ酸ビタミン核酸タンパク質脂質などの生存に必須な一次代謝産物から生合成される[87][82]。感染症治療に用いられる抗生物質をはじめ、様々な有用物質がこれまでに生物の二次代謝産物から発見されており、これはスクリーニングと呼ばれる手法によって探索されてきた。スクリーニングとは多数の化合物ライブラリの中から目的とする生理活性を有する物質を探索することをいい、特に微生物二次代謝産物は多種多様な化合物を含むことから現在においても有用な資源とされる[88]

生合成

βラクタム系抗生物質は全て3つのアミノ酸を基に生合成により合成される。まず、3つのアミノ酸が非リボソームペプチド合成酵素によって結合し、トリペプチド (ACV) を形成する。次にイソペニシリンN合成酵素の働きでトリペプチドはイソペニシリンNに変換され、さらにイソペニシリンNから各種βラクタム系抗生物質が合成される。

抗生物質のような二次代謝産物は、一次代謝産物やその類似化合物を前駆物質として生合成される[87]。ペニシリンやセファロスポリンなどのβラクタム系抗生物質を一例に挙げる。これらの物質はPenicillum属などに含まれる一部の菌類とStreptomyces属などに含まれる一部の細菌によって合成されるが、産生する微生物を問わずβラクタム系の抗生物質は共通してイソペニシリンNと呼ばれる中間体を経由して合成される。このイソペニシリンNはトリペプチドをイソペニシリンNシンターゼによって修飾することで合成されるものであり、さらにこのトリペプチドはα-アミノアジピン酸システインバリンの3アミノ酸で構成される。なお、このトリペプチドは通常のペプチド合成と異なりリボソームが関与しないで合成されるものであり、非リボソームペプチドとも呼ばれる[89]。このようにβラクタム系の抗生物質はアミノ酸を前駆物質として生合成される。同様に、ストレプトマイシンアミノグリコシド系に分類される抗生物質だが、アミノグリコシド系の抗生物質は一次代謝産物であるグルコースを前駆物質として生成される。マクロライド酢酸プロピオン酸などの短鎖脂肪酸を前駆物質として生合成される。また、二次代謝経路は前駆物質のみならず合成に必要なエネルギーや補酵素も一次代謝で得られるものを利用している[13][82]

探索

140倍で観察した放線菌のコロニー。多くの抗生物質は放線菌に由来する。

1928年にフレミングがペニシリンを発見して以来、抗生物質を含めて数万種類の及ぶ微生物由来の天然化合物が発見されてきたが[18]、臨床的に使用される抗生物質の60%が放線菌に由来する。放線菌はカビのように菌糸状に発育する細菌で、一般的に土壌に生息する。通常1gの土壌には1億個の細菌、1,000万個の放線菌、100万個のカビが生息すると言われ、この中から抗生物質を入手する。もっとも、人体に対する毒性が少ない、耐性菌にも十分な効果を示す、低価格かつ安定的に供給できるなどの条件を満たす抗生物質はわずかであり、発見された抗生物質のうち実用化されるのは10%に満たない[90]

土壌からの抗生物質の探索は次のような方法により行われる。まず、土壌を採取する。これを殺菌水に懸濁後、懸濁水を寒天培地の表面に塗る。数日後、培地状にコロニーが出現したらこれを分離し、各種微生物を収集する。次に収集した微生物が抗生物質を生産するか調べるために、収集した微生物を液体培地で培養し、培養液を得る。収集した微生物が抗生物質を産生する微生物であれば、培養液中に抗生物質が含まれることが期待されるため、遠心分離などで菌体を除き、菌体を除いた培養液を検定試料とする。次に、細菌に対する有効性を評価するため、グラム陰性菌やグラム陽性菌を被検菌として寒天培地に塗り、その上に検定試料を染み込ませた濾紙を置く。一晩の間培養し、濾紙の周りに被検菌の発育阻害を意味する阻止円が形成された場合は元の収集した微生物が抗生物質生産菌であると考えられるため、この微生物が産生する物質の化学構造や作用機序の調査が行われる[90][91][92]

構造的にも新規の抗生物質であることが確認された場合、非臨床試験と臨床試験による安全性試験が行われ、さらに審査を受けて合格すると製造に至る。これらの工程を経て、一つの抗生物質が承認されて使用されるまでには10年から15年近くの期間が必要となる[90][93]。さらに平均的に言えば臨床試験が開始された抗菌薬のうち実用に至るのは16分の1ともされる[93]。抗菌薬の開発は製薬会社にとっても費用がかかるなどリスクが大きく、大手の製薬会社は抗菌薬の開発よりも生活習慣病慢性疾患などの利益が出やすい治療薬の開発に重点を置くようになっている[18]

一方、ゲノム配列の解読の結果、放線菌は20-30種類に及ぶ二次代謝産物の生合成遺伝子群を持つことが明らかになったが、ほとんどの二次代謝産物生合成遺伝子群は休眠状態にあって、二次代謝産物が生産されないか生産量が極めて少ないことが知られる。休眠遺伝子は培養条件の工夫などで顕在化させることも可能であり、新規の遺伝資源として活用が可能である。このような手法はゲノムマイニングとも呼ばれ、新たな抗生物質資源探索の手法として期待されている[18][94]

生産

抗生物質の工業生産は発酵によって成し遂げられる。ほとんどの抗生物質は構造が複雑で不斉中心を多く持つために、天然型の抗生物質を化学的な全合成により商業生産することは難しい。例えばアミノグリコシド系のテイコプラニンは全合成の手法が報告されているが、費用の高さから実用には至っていない。ただし、発酵による生産も品質管理は困難である。これは発酵に用いる菌株の種類によって不純物が異なったり、発酵の条件がまちまちであったりするためであり、一部の抗生物質は類似の化合物の混合物として生産されている[95]

多くの抗生物質の生産は発酵学的に生産されており、生産方法は第二次世界大戦直後から60年の間でほとんど変わっていない[95]。ここではβラクタム系の抗生物質の生産法を例に挙げる。まずはペニシリン産生菌を、抗生物質を産生しない条件の下、フラスコの中で培養し、増殖させる。徐々にスケールを大きくして増殖させ、最終的に培地を抗生物質産生用のものに変えて半回分培養などによって抗生物質を生産させる[95][96]。培養槽の容積は20,000−60,000ガロンにも及び、培養には120時間から200時間の時間をかける。発酵の間は酸素の他、炭素源としてグルコースやスクロースなどの糖が連続的に供給される。ペニシリンは培養液中に排出されるため、発酵の最終段階で培養液を回収し、培養液から溶媒抽出によりペニシリンを精製する。不純物は活性炭によって除去され、最終的にカリウム塩として結晶化される。1990年代の時点におけるペニシリンの製造コストはkgあたり10ドルから20ドルとされる。生産されたペニシリンの75%はさらに修飾されて半合成のβラクタム系抗生物質として使用される[96]

βラクタム系抗生物質のセファロスポリンCもペニシリンと同様に発酵によって生産される。セファロスポリンCは菌類の半回分培養によって生産されるが、抗生物質産生の段階でエネルギー源が糖から大豆油やピーナッツ油のような油脂に置換される。これにより分節胞子の形成が促進され、分節胞子によるセファロスポリンの産生が促進される。他にもメチオニン酸素窒素などが分節胞子形成やセファロスポリンC産生量に影響する。もっとも、セファロスポリンCのほとんどは化学的な手法か酵素化学的な手法により分解されて7-アミノセファロスポラン酸に変換され、他の半合成抗生物質の合成のために使用される[96][97]

また、全ての抗生物質が発酵により生産されるわけではない。同じβラクタム系の抗生物質でも、カルバペネム系の抗生物質は最初に放線菌から得られたチエナマイシンが不安定であり、加えて半合成に有用な中間体が発酵により得られないことから、アミノ酸などの安価な材料を原料とした全合成によって生産される[95][98]


注釈

  1. ^ ワクスマンはBiological Abstractsの編集長の問いかけに対し答える形で抗生物質 (antibiotic) という名詞を定義したが、その年については曖昧であり、1941年[13] とする場合と1942年[14] とする場合がある[15]。他に1945年に提唱したとする文献もある[11]。また、抗生 (antibiosis) の形容詞形としてのantibioticはワクスマンがantibioticを名詞として使用する前から利用されていた[15]
  2. ^ ただし、ドーマクはナチスの圧力を受けて一度受賞を辞退し、1947年に改めて受賞した[40]
  3. ^ 細胞壁は動物細胞以外の細胞、すなわち植物、真菌、細菌の細胞に存在するが、細胞壁を構成する成分は各々異なる。植物にはセルロースヘミセルロースペクチンが、菌類にはキチンが、細菌にはペプチドグリカンが含まれる[49]。逆にマイコプラズマのように細胞壁を持たない細菌も存在する[50]
  4. ^ 例えばブラストサイジンSは高濃度でイネに薬斑と呼ばれる淡黄色の斑紋を生じる[123]

出典

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