ヌビア【Nubia】
ヌビア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/04 13:55 UTC 版)

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ヌビア (Nubia) は、エジプト南部アスワンあたりからスーダンにかけての地方の名称。古代エジプト語のヌブ(金)から古代ギリシア・ローマ人がそう呼んだのが始まり。アラビア語ではヌーバ。ヌビア語はレプシウスにより「黒人との混血」、ライニシュにより「原ハム語」、ヴェステルマンにより「スーダン系」とされてきたが、グリーンバーグ以降ナイル・サハラ語族の東スーダン語派とされている[1]。
もともとエジプトとヌビアは同一の祖先から別れた国であった。ヌビアは古代から金や鉄、銅などの鉱物資源に恵まれ、エジプトにとって重要な役割を担ってきた。現在では本来の文化や風貌など、古代以降にギリシャ人・ローマ人の移民が流入し続けたエジプトとは異なる独自性を残している。中世以降アラブ・イスラム帝国の隆盛により現代ヌビア人はかなりにおいて「アラブ系」に同化している。現在は北部の一部がエジプト領、残りはスーダン共和国領である。
ロッシーニのオペラ「リッチャルドとゾライデ」が中世十字軍時代のヌビア地方の中心地ドンゴラを舞台とした物語となっている。
歴史
- 前26世紀 - ナパタ(ゲベル・バルカル)を都とする王国が成立
- 前1070世〜 - クシュ王国成立
- 前590年 - 都をメロエに移す
- 7世紀半ば以降 - イスラム勢力の下に入る
- 19世紀以降 - エジプトのムハンマド・アリー朝下に入る
脚註
- ^ Nancy C. Dorian, Investigating Obsolescence: Studies in Language Contraction and Death, p.91, Cambridge University Press, 1992.
関連項目
- ヌビア遺跡 - アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群
- クシュ
- ヌビアのピラミッド
- 世界遺産ゲベル・バルカルとナパタ地方の遺跡群
- ヌビアアイベックス
- ヌビアキリン
- エジプト=スーダン国境
ヌビア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/22 16:43 UTC 版)
「クイーンズブレイド (小説)」の記事における「ヌビア」の解説
犬の頭をした砂人形で、メナスとセトラに従えている。太古の昔、王国アマラが兵士の確保をする為に砂に呪術をかけて創りあげた兵士で通常の武器では通用しないが、「呪い系」の能力な為、浄化の力には弱い。
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