コンタクト・トレーシングとは? わかりやすく解説

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コンタクト・トレーシング

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/07/05 06:52 UTC 版)

Contact Tracing
治療法
コンタクト・トレーシングの仕組み
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コンタクト・トレーシング: contact tracing接触者追跡)あるいは接触者調査 (: contact investigation) は、ヒトからヒトへと伝染する感染症に関して、感染者が過去に接触した相手を特定し、そこから別の感染者を見つけていく公衆衛生の手法である[1][2][3]感染症サーベイランス体制の一部をなしており、疾病の発生状況の正確な把握のほかに、感染者の早期発見と治療、および早期隔離による流行の防止に貢献する[4](p170)感染経路や病態などがよくわかっていない場合、それらについて手がかりをえるためにも重要である。

バングラデシュでのコレラ流行(2014年)の際のインデックス・ケースの母親の聴き取りの様子

コンタクト・トレーシングは、公衆衛生当局の職員が各所で必要な情報を聴き取っていく調査方法として発達してきた。まず感染が判明した患者(「インデックス・ケース」(index case) と呼ぶ)から過去の行動などを聴き取り、その情報から、感染している可能性があると考えられる他の人物(「接触者」(contacts) と呼ぶ)を特定し、それら接触者についても順次聴き取りをおこなっていく。この際、インデックス・ケースが感染させたと思われる接触者についての聴き取りを「前向き」調査 (forward/prospective tracing)、インデックス・ケースに感染させたと思われる接触者についての聴き取りを「後ろ向き」あるいは「さかのぼり」調査 (backward/retrospective tracing) と呼ぶ。この調査で新しく感染者が見つかった場合、その感染者を起点として同様の調査を再帰的につづけていく。[5]

感染の連鎖
接触追跡の視覚化
Mandatory traveler information collection for use in COVID-19 contact tracing at New York City's LaGuardia Airport in August 2020.

こうした古典的な方法に加え、近年では、多くの人が日常的に持ち歩くスマートフォンタブレットなどを利用して、接触者を特定することが可能になった。公衆衛生機関が当人に連絡をとって古典的な接触者調査と同様のことをおこなう場合もあるが、単にアプリがユーザーにその旨を知らせるだけの場合もある。後者のようなものもcontact tracingと呼ぶことがあるが、その場合、「接触確認」と和訳するのが一般的である[6]。2020年以降の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行の際には、この技術によって、COVID-19アプリが提供されている。

手順

どのような手順をとるかは、病気の種類や社会状況によって異なる。種々の病気のコンタクト・トレーシングについての手引書に共通する手順は、おおむねつぎのようなものである[7][8][9]

(0) インデックス・ケースの探知
何らかの方法で、対象となる病気の感染者あるいはその疑いのある患者が見つかり、当局に報告される。
(1) その患者に関する基本的な情報収集
病院からの報告などで、症状や治療状況などを確認する。
(2) その患者の過去の行動についての聴き取り
患者本人かその周囲から、過去(感染した/させた可能性のある期間)の行動を聴取する。
(3) 接触者のリストアップ
聴き取った内容から、接触者をリストアップする。この際、接触状況から判断して、感染させている可能性の高い濃厚接触者のみに限定したり、優先順位をつけたりする作業をおこなう。
(4) 接触者の特定と連絡
接触者リストから調査対象とする者を特定し、連絡をとる。接触した相手がわからないとき(たとえば公共交通機関や大規模イベントなどでの不特定多数の参加者との接触)は、マスメディアで協力を呼び掛けたり、当該機関の利用記録から接触者を特定したりする場合もある。
(5) 接触者の健康状況の聴き取り
接触者の健康状況を確認する。この時点で診察や治療が必要と思われる徴候がある場合には病院等での診察をおこなう。その結果、感染していることが確認できると、新しい患者が発見されたことになる。その患者について当局に報告し、治療・隔離のための措置をとるとともに、その患者についてのコンタクト・トレーシングを手順 (1) から開始する[注釈 1]
(6) 健康観察/隔離
本人が感染しているかどうか確認できない間は、感染の広がりを防ぐため自宅待機などを要請するとともに、定期的に連絡を取って健康観察をおこなう。この期間に診察や治療が必要と判断する徴候があった場合は、病院等での診察をおこなう(手順 (5) と同様)。
(7) 終了
定められた期間内に徴候が見られなければ、その接触者の調査は終了となる。

倫理的および法的問題

公衆衛生当局が監視している種類の病気に感染していることがわかると、行動制限を受けたり、強制的な入院や治療・隔離の対象になったり、個人情報が当局に報告されたりすることになり、人権上の問題が生じる。ただしこれはどのような方法で感染が判明した場合もおなじなので、コンタクト・トレーシングに固有の問題ではない。

コンタクト・トレーシング固有の問題としては、

  • 治療や感染防止に直接関係しない私的な行動の情報が集められてしまう
  • 接触者への連絡と調査を通じて、感染者を特定できる情報が広範囲にばらまかれてしまう
  • 個人間のネットワークと行動のデータが当局によって把握される
  • そのようなデータが公表されたり目的外利用されたりする

といったことが挙げられる。こうした問題は、感染者やその接触者に不利益をもたらす可能性があるため、協力を拒む理由になる。法的規定を創り、罰則を設けて強制力を持たせることは可能であるが、実効的であるとは限らない。

注釈

  1. ^ 病気の種類によっては、感染の確認を待たずに接触者のコンタクト・トレーシングを開始することもある[10]

出典

  1. ^ WHO (2021年5月31日). “Coronavirus disease (COVID-19): Contact tracing” (英語). Newsroom / Questions and answers. World Health Organization. 2025年7月3日閲覧。
  2. ^ Brandt, Allan M. (2022). “The History of Contact Tracing and the Future of Public Health” (英語). American Journal of Public Health 112 (8): 1097-1099. doi:10.2105/AJPH.2022.306949. 
  3. ^ Andre, McKenzie; Ijaz, Kashef; Tillinghast, Jon D.; et al. (2007). “Transmission Network Analysis to Complement Routine Tuberculosis Contact Investigations” (英語). American Journal of Public Health 97 (3): 470-477. doi:10.2105/AJPH.2005.071936. PMID 17018825. 
  4. ^ Rothman, Kenneth J. 著、矢野栄二, 橋本英樹, 大脇和浩 訳『ロスマンの疫学: 科学的思考への誘い』(第2版)篠原出版新社、2013年(原著2012年)。 ISBN 9784884123727NCID BB13564123国立国会図書館書誌ID: 024896229 
  5. ^ Raymenants, Joren; Geenen, Caspar; Thibaut, Jonathan; et al. (2022). “Empirical evidence on the efficiency of backward contact tracing in COVID-19”. Nature Communications 13: 4750. doi:10.1038/s41467-022-32531-6. 
  6. ^ コロナ拡大防止策「Contact Tracing」の仕組み ”. DataSign  (2020-08-05 ). 2020年8月29日閲覧。
  7. ^ 阿彦忠之 編『感染症法に基づく結核の接触者健康診断の手引きとその解説』(PDF)(改訂第6版)結核予防会、2022年。 ISBN 9784874513217NCID BC18708046https://www.phcd.jp/02/kenkyu/sonota/pdf/20220329_tb_file01.pdf2025年6月27日閲覧 
  8. ^ 国立感染症研究所 実地疫学研究センター (2021年11月29日). “新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領 (2021年11月29日版)”. 感染症情報提供サイト. 国立健康危機管理研究機構. 2025年7月4日閲覧。
  9. ^ 厚生労働省 (2009年7月22日). “新型インフルエンザ (A/H1N1) 積極的疫学調査実施要綱 (平成21年7月版)”. 2024年7月14日閲覧。
  10. ^ 神垣太郎、砂川富正 著「感染症アウトブレイク」、日本疫学会、三浦克之; 玉腰暁子 ほか 編『疫学の事典』朝倉書店、2023年、8-9頁。 ISBN 9784254310979NCID BD00456483 

関連項目




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