半回分培養とは? わかりやすく解説

流加培養

(半回分培養 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/02 04:47 UTC 版)

流加培養(りゅうかばいよう、フェッドバッチ、fed-batch culture)は、微生物や動物細胞の工業的な液体培養法のひとつである。半回分培養(はんかいぶんばいよう、semi-batch culture)ともいう。
すなわち、流加培養とは、微生物あるいは動物細胞を工業的に液体培養する際に、ある特定の物質(多くの場合、培地成分。1成分あるいは複数の成分あるいは総ての培地成分でもよい)をバイオリアクター(培養槽)へ外部から供給するが、培養ブロス(細胞と培養液を合わせたもの)は収穫前の途中には抜き取らないような培養法である。この培養技術について、まず概要および利点を述べ、歴史を振り返って、次に通常の回分培養と比較して流加培養が有利となる7つの場合を説明する。次に、流加培養をフィードバック制御の有り、無しの2方式に大分類し、それぞれの方式を更にいくつかに細分類して、数式を交えて詳しく説明する。最後に、流加培養のスタートアップとスケールアップについて述べる。

概要

流加培養とは、微生物または動物や植物の細胞を工業的なバイオリアクター(培養槽)で液体培養する際に、培養中ある特定の基質(栄養源、培地成分)をバイオリアクターへ供給するが、培養ブロス(菌体、細胞と培養液)は収穫時までバイオリアクターから抜きとらないような培養法である[1][2][3][4][5]。流加基質としては、1成分または2成分以上でも、あるいは総ての栄養源を含む培地でもよい。出典[3]は1984年に発表された総説であり、出典[5]は2013年に出版された単行本であり、それぞれの発行年までの流加培養に関連する諸論文がほぼ網羅されている。
この特性から考えると、本質的には回分培養(かいぶんばいよう)(バッチ培養, batch culture)であり、その1つの変形とみなされよう。英語ではfed-batch cultureまたはsemi-batch cultureと呼ばれ, extended culture[6] という言葉も以前は用いられた。ドイツ語では, Zulaufsverfahren と呼ばれている。これらの呼称のうち, 半回分(はんかいぶん)semi-batchという言葉は、反応工学では既に確立した用語となっているが、微生物反応の半回分操作においては、供給される基質は微生物に摂取される栄養物質である場合が多いので, fed-batchという言葉が一番適切であろう。事実、多くの英文の報文や総説でこの専門用語が用いられている。今日では、微生物や細胞の培養工学では、回分培養、流加培養、連続培養 (batch, fed-batch, and continuous cultures) が3点セットで記述されている。なお、"fed-batch"という英語の専門用語は1983年に発表されたオリジナル論文のタイトルに歴史上初めて現れている[7].

流加培養(フィードバック制御のない場合)
流加培養(フィードバック制御のある場合)
センサーは1つだけとは限らないで、複数のセンサーからの情報をコンピュータに入力することもある。

流加培養において、どのような物質を流加基質とし、どのように流加するかは、企業のノウハウに属する極秘技術であり、工業的流加培養の詳細を知ることは困難であるが、相当数の工業的発酵がこの方法で行われている。
流加培養の利点は、培養液中の流加基質濃度を任意に制御できることである。すなわち、回分培養では、必要な培地成分はすべて、一度に前もって加えられ、それらの濃度はまったく制御されないで微生物まかせである。これに対して流加培養では流加基質(類)は目的に応じて少しずつ供給されるので、培養液中のそれらの濃度を最適に制御できる(ほとんどの場合、低濃度に制御される)。一方、連続培養(ケモスタット)では、増殖制限基質も含めてすべての培地成分が一定の値に維持される。したがって、微生物の置かれている環境制御という視点からすると、流加培養は回分培養と連続培養との中間に位置する培養であると言えよう。現在、雑菌汚染、ファージ汚染、あるいは突然変異などの問題により、工業的な連続培養は、いくつかの限られた発酵以外は実施されていない。ゆえに、回分培養の改良という観点から流加培養はますます重視される。

歴史

この発酵プロセスないし操作法で、一番古く(第1次世界大戦後、ドイツの特許が、1925年に出願され、1933年に公開されている)また一番よく知られている例は、パン酵母製造においてアルコールの生成をできるだけ抑えるために、低糖濃度を維持するように糖を間欠的に逐次添加する方法であろう。流加法によるパン酵母の製造は、その後いろいろ改良が加えられており[8]、工業的に重要な流加発酵プロセスである。
歴史上、次いで現われたのは、ペニシリン発酵において、エネルギー源(たとえば、グルコース、ラクトースなど)とペニシリンの前駆体(たとえばフェニル酢酸)とを逐次添加する方法である。
次に、1956年グルタミン酸発酵から始まった、日本が世界に誇るアミノ酸発酵において、いくつかのアミノ酸発酵に流加法が用いられた。
さらに、遺伝子工学の発展後、組換え体(主として大腸菌の組換え体)の高密度培養に流加法が採択された。組換え酵母による異種タンパク質生産にも適用されている[9]
最近では、動物細胞(主としてチャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞)の高密度液体培養による抗体医薬製造に適用されている[10]

流加培養が有利な場合

一般的に言って、ある培地成分の濃度の大小が生産性や収量に著しく影響されるような場合には流加発酵が従来の回分発酵より有利である。そのような場合としては、次の7つの場合が挙げられる。

高密度培養(高細胞濃度培養)

1L当たり50〜150 g乾燥菌体程度の高菌体濃度(高密度)を達成しようとする時、それに必要な栄養素を一度に仕込めば高濃度となり、たとえ通常は基質阻害を起こさないと考えられているような基質でも浸透圧効果と高濃度阻害のため、菌は増殖しない。よって、ほとんど総ての栄養源を過不足なく流加し続ける以外に方策はない。組換え大腸菌の高密度培養については、多くの研究がなされた[11][12][13][14]。Kishimoto等は、大腸菌でよく使用されるLB培地(実際はmodified LB medium)の元素分析と乾燥菌体の元素分析を比較して不足する成分を補うような流加液の組成を決定して、エキスパートシステムを適用して、E. coli W3110株を、24時間で125g乾燥菌体/Lという高密度培養に成功している[15]
動物細胞の培養には複雑で高価な培地が必要であるが、培地組成のなかで炭素源としてグルコースおよび窒素源としてグルタミンがよく使われる。その高密度培養(1×107 cells/mL以上)のために回分培養を行うと、乳酸やアンモニアなどの有害物質が過剰に蓄積し、これらが細胞増殖を阻害する。培地を流加すれば、それらの阻害を防止でき、さらに培地成分をきわめて有効に使い尽くすことができる。

高濃度基質阻害のある場合

メタノール、エタノール、酢酸、芳香族化合物など、比較的低い濃度でも増殖阻害を起こす基質の場合は、基質を流加することにより、誘導期の短縮と増殖阻害の軽減が期待できる。

クラブトリー効果の存在する場合

クラブトリー効果 (Krabtree effect) とは、酵母(主としてパン酵母)の培養において、糖濃度が高くなりすぎると、たとえ溶存酸素(DO)が十分存在していても、糖からエチルアルコール(および少量のグリセリンと酢酸)が生成し、それだけ菌体の対糖収率が低下する現象である。グルコース効果 (glucose effect) とも呼ばれる。大腸菌や枯草菌などの細菌の好気培養においても、糖濃度が高いと、酢酸、乳酸、蟻酸などの有機酸が副生し、増殖阻害を起こしたり代謝活性に悪影響を与える。これを細菌クラブトリー効果 (bacterial Krabtree effect) と呼ぶ。 ゆえに、酵母の対糖収率低下をきたさない程度に糖濃度を低く抑える必要があり、そのためパン酵母生産では流加培養法が常用されている。また、遺伝子組換え大腸菌も酢酸などの有機酸の生成を抑えるために、流加培養法が適用されている。

異化物抑制を受ける場合

グルコースのように容易に資化される炭素源で微生物を回分的に増殖させると、ある種の酵素、とくに異化代謝に関係する酵素(群)の生合成は抑制させる。この効果は異化物抑制 (catabolite repression) と呼ばれる。そのような酵素生合成の抑制効果に打ち勝つ1つの強力な手段が流加法であり、これによって、糖濃度を低下させ、増殖を抑え、酵素生成は脱抑制される。また、ペニシリンなどの抗生物質の生合成代謝にも異化物抑制効果がみられ、流加法は収量の向上をもたらす。

栄養要求変異株を用いる発酵

栄養要求変異株 (auxotroph mutant) を用いる発酵では、要求される物質を過剰に加えると菌体増殖のみか起こって、目的代謝産物の生成は少ない。一方、非常に不足の場合も菌体増殖は抑えられ、その微生物による代謝産物の生成は少ない。したがって、その中間に最適濃度があるはずであり、それを達成するために流加発酵が実施されている。例えば、L-グルタミン酸発酵に用いられるコリネ菌 (Corynebacterium glutamicum) のホモセリン要求株をL-ホモセリン、あるいはL-スレオニンとL-メチオニンを制限して培養する(栄養要求物質を生育に必用な量よりも少なく与えて培養する)ことにより、著量のL-リジンが培地中に蓄積する。絶えず制限して培養するために、栄養要求物質は流加される。

抑制性プロモーターを持つ遺伝子の発現制御

組替え微生物による異種タンパク質生産に影響する因子は多数存在するが、遺伝子の分子構造上の因子のうち、特に重要なのはプロモーターの種類と強さである。プロモーターはその発現様式から、構成的 (constitutive) なものと調節性 (regulable) なものに大別され、後者はさらに誘導性 (inducible) なものと抑制性 (repressible) なものとに細分される。抑制性プロモーターでは、培地中にある化合物が存在すると、その化合物(もしくはその代謝産物)がコリプレッサーとしてアポリプレッサーと結合しホロレプレッサーとなり、これが遺伝子上流のオペレーターに結合して転写ができなくなる。しかし、通常その化合物は菌の増殖には必須である。よって、遺伝子発現に好適な非常に低い濃度に保ちつつ培養する。そのため、その化合物は流加される。trp operon(トリプトファン オペロン)やphoA(アルカリホスファターゼをコードする遺伝子)などがその例である[16]

反応時間の延長、水分損失の補填、培養液粘度の低下

目的代謝産物の生成が指数期から減速期にかけて顕著である場合、この期間を引き延ばし1回当たりの生産量を増大させることが可能である。長時間、好気培養を続けると、排気ガスによって、培養液量が減少することがある。また、目的代謝産物が多糖類などの場合は、培養液の粘度が異常に高くなって、発酵の続行が難しいこともある。これらの問題を解決するために、時として、流加法が適用される。

流加培養で基質濃度を任意に制御できることの証明

前述の概要で、流加培養の利点は培養液中の流加基質濃度を任意に制御できること、と述べた。このことを簡単な数式で以下に示す。
今、ただ1種類の基質Sを流加し、ある微生物を好気培養して、二酸化炭素のみが生成物であるという最も単純な流加培養を考える。培養液量はほぼ変わらないと仮定すると、ある時間 t におけるSの微分物質収支式は、

定流量流加培養の一例[17]
(流加開始から約3時間後以降に直線増殖が見られる)

この流加方式の最大の特色は、直線増殖 (linear growth) が起こることである(右図参照)。
すなわち、菌体濃度を

指数的流加培養の一例[18]
(微生物:メタノール資化性菌FM-O2T;流加基質:メタノール。●、菌体濃度 [g-DCW/L];  △、メタノール濃度 [ppm];  ○、流加したメタノールの積算値 [mL]。)

このタイプの流加法は、パン酵母の培養において、一定の時間に増殖する菌体量から必要糖蜜量を計算し添加する方式に起源を発する。
この流加法は、メタノールのように、高濃度では誘導期の延長と増殖速度の低下を示す基質を用いて、最短の時間で可能な限り多量の菌体を得るのに適している。指数的流加培養の一例を右図に示す。
一般に、細胞内に存在する物質を、できるだけ短時間にできるだけ多量に生産しようとすれば、μ=μmax 附近で、指数的流加法を行い、最終菌体濃度を可能な限り増大させることである。

最適化流加培養

前述の2種類の流加法は、基本的なものとして意義があるが、流加培養により菌体外に分泌する代謝産物を生産しようとする場合、流量は目的に応じて最適に変化させるべきである。このように最適化された流加培養は最適化流加培養 (Optimized fed-batch culture, Optimized fed-batch fermentation) と呼ばれる。このタイプの流加法についてはいくつかの研究報告がある[20][21][22][23][24][25]

フィードバック制御がある流加培養

基質をあらかじめ決められた通りに流加する方式では、途中、発酵が好ましくない状態に陥っても、それに対処するのが困難である。したがって、可能ならば、何らかのフィードバック制御を行いたいと考えるのは当然である。ある場合には、これは直接現場の技術者が手動で行う。
フィードバック制御のある流加発酵は、制御方式の観点から、間接的なものと直接的なものとに分類できよう。また、制御される流加基質濃度の観点から、一定値に保つ場合(定値制御)と、濃度を時間的に変化させて制御する場合(プログラム制御)とに分類できよう。後者は、たとえば、発酵の初期、濃度を高く保ち、後半に入って低く保つ、といった場合を想定している。

間接的フィードバック制御のある場合:  プロセスに密接に関連している可観測なパラメータを制御指標とする方式である。制御指標としては、溶存酸素濃度 (DO)、呼吸速度、排ガス中のCO2分圧、呼吸商 (RQ)、pH、代謝産物、濁度、蛍光、などが報告されている。
DOを利用する方式では、基質濃度が臨界値より低下するとDOが上昇し、基質がある程度以上に存在するとDOが減少する現象を利用する。培養の進行とともに菌体濃度が上昇し、それにつれて酸素需要も多くなるから、通気量・攪拌速度を増やすかして気液間酸素移動容量係数


半回分培養(流加培養、semibatch culture、fed batch culture)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/03 08:37 UTC 版)

培養」の記事における「半回分培養(流加培養、semibatch culturefed batch culture)」の解説

培養中に培地自体培地中の特定の成分添加する方法細胞密度調節することによって増殖性最適化したり、培養中に蓄積した有害物質希釈して生産性維持したりするなどの目的行われる

※この「半回分培養(流加培養、semibatch culture、fed batch culture)」の解説は、「培養」の解説の一部です。
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