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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/21 23:21 UTC 版)

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左上から順に: 紀元前1800年ごろのバビロニア円筒印章、インドの捺染用木版印刷ブロック、李氏朝鮮活字活版印刷機、 リトグラフ印刷機、オフセット印刷機 、ライノタイプデジタル印刷機、3Dプリンタ

現代では2次元の媒体に限らず、車体など3次元の曲面に直接印刷する技術も多数開発されている。印刷がカバーする範囲は極めて広く、気体以外の全ての物体に対して可能であるとされている(ゲル状の物体にすら印刷が可能な技術がある)。

歴史

印刷技術が発明されたのは、東アジアであると考えられている。2世紀頃に中国で紙が発明され、7世紀から8世紀頃には木版印刷が行われていたといわれる[1]。この木版印刷は朝鮮半島および日本にも伝来し、764年から770年にかけて現存する印刷物で製作年代がはっきりと判明しているものとしては世界最古のものである、日本の「百万塔陀羅尼」が印刷された[2]北宋に入ると木版印刷は広く普及し、多くの本が印刷されるようになった。また1041年ごろには畢昇陶器による活字を発明した。この活字は朝鮮へと伝わり、金属活字による印刷が1314世紀高麗でおこなわれている。ただし中国や日本においては文字数が膨大なものにのぼったこと、そして何よりも木版は版を長く保存しておけるのに対し、活版は印刷が終わればすぐに版を崩してしまうため再版のコストが非常に高くついたことから活字はそれほど普及せず[3]、19世紀半ば以降にヨーロッパから再び金属活字が流入するまでは木版印刷が主流を占め続けていた。この木版印刷の技術はシルクロードを西進してヨーロッパにももたらされたが、その当時は本の複製はもっぱら写本が一般的であった。14世紀から15世紀ごろには、エッチングの技法がヨーロッパにおいて広がり、銅版印刷の技術が新たに生まれた。銅版は繊細な表現が可能であることから主に文字ではなく絵画の印刷に使用され、銅板による版画(銅版画)はルネサンス期以降広く使用されるようになった。

活版印刷の発明

グーテンベルク印刷機のレプリカ。スペインバレンシアの博物館所蔵

印刷に一大転機をもたらしたのが、1450年頃のヨハネス・グーテンベルクによる金属活字を用いた活版印刷技術の発明である。グーテンベルクは金属活字だけでなく、油性インキ印刷機、活字の鋳造装置などを次々と開発し[4]、これらを組み合わせて大量に印刷ができるシステムを構築して、印刷という産業が成り立つ基盤を整えた。さらにそれまで使用されていた羊皮紙よりもはるかに印刷に適していた紙を印刷用紙に使用した。こうしたことからそれまでとは比べ物にならないほど書物が簡単に生産できるようになり、印刷が急速に広まった。その伝播速度は非常に速く、発明から20年ほどたった1470年までには、発明されたドイツのマインツのみならず、ライン川流域やパリ北イタリアローマにすでに印刷所が設立され、それからさらに10年後の1480年までにはイングランドフランス全域・アラゴンネーデルラント・北ドイツ、さらにはチェコポーランドハンガリーにいたるヨーロッパの広い地域で活版印刷所が設立されていた[5]。グーテンベルクの発明から1500年以前までに印刷された書物はインキュナブラ(揺籃期本、初期刊本)と呼ばれ、どれも貴重書であるため莫大な古書価がつくことも間々ある。当時の印刷物は、聖書を始めとする宗教書が半数近くを占めており、活版印刷による聖書の普及は、マルティン・ルターらによる宗教改革につながっていく。ただし当時の印刷物の増大は宗教書に限らず、学術や実用書などあらゆる分野の印刷物が激増した。

活版印刷発明の影響

1450年から1800年にかけてのヨーロッパの書籍発行数[6]

印刷、特に活版印刷の発明は世界にいくつもの巨大な影響を与え、この影響を総称して「印刷革命」と呼ばれることすらある[7]。まず直接的な影響としては、活版印刷によってが大量に供給されるようになり、それまで非常に高価だった書籍が庶民でも手に入るようになったため、知識の蓄積および交流がそれまでの社会に比べ格段に進むようになり、宗教改革をはじめとする数々の社会的変革を引き起こした。

印刷はまた、書物の規格化をももたらした。写本の場合誤記や文章の欠落は珍しいことでは全くなかったが、活版印刷は事前チェックが可能であり、もし誤りがあった場合も修正が容易であるため、誤植の可能性を加味しても手書き本に比べはるかに正確な文章が記されるようになった。同時期に発達した版画と活版印刷の組み合わせは、元の情報の正確な反復を可能にし、信頼できる正確な図版および文章の蓄積は科学革命の基盤となった[8]。印刷によって書籍に整った文字が並ぶようになったことは、それまでの手書き本に比べて読解を容易なものとし、識字の有用性をより高めることとなった。こうした書籍の氾濫は、貴重な本を一人の人間が読み上げそれを周囲の大勢の人間が拝聴するという形で行われていた知識の伝達システムを変化させ、聴覚に代わり視覚が優位に立つ新しい方法が主流となった[9]

このほか、それまでの写本時代にはほとんど考慮されていなかった著作権が、活版印刷の開始後ほとんど時をおかずして各国で次々と保護されるようになっていったことも印刷の大きな影響のひとつである。活版印刷の発明以前においては写本自体が写字生の確保などで非常に高コストなものであり、本自体も手書きのため発行量が非常に少なく、著者に写本の際なんらかの報酬が入ることはほとんどなかった。しかし活版印刷によって大量の書籍が一度に生産できるようになると、他者の出版物を無断で複製し再出版することが横行するようになり、著者並びに出版業者に対する権利の保護が急務となった。1518年イングランドにおいてヘンリー8世が出版業者のリチャード・ピンソンに対し彼の出版物の他者再刊禁止を認めたのは、こうした動きの初期の例である[10]

近代における印刷技術の改良

その後、欧米においては長らく活版による文字、凹版による絵画、挿絵の印刷が行われた。活版印刷は熟練の植字工が必要であり、いまだ大量の印刷物を素早く印刷するというわけにはいかなかった。1642年にはドイツのルートヴィヒ・フォン・ジーゲンがメゾチントを発明した。18世紀初頭にはスコットランドのウィリアム・ゲドが鉛版を考案した。これは組みあがった活字に可塑性のあるものをかぶせて雌型を作り、それにを注いで印刷用の板を再作成する方法で、組みあがった活字の再作成が容易になり、再版のコストを大きく下げた[11]。こうした鉛版には当初粘土、次いで石膏が使われていたが、19世紀前半にフランスのジュヌーが紙を使って紙型を作成することを考案し、以後この方法が主流となった。1798年にドイツのセネフェルダーが石版印刷(リトグラフ)を発明。これが平版印刷の始めとなる。1800年にはイギリスのチャールズ・スタンホープ(スタナップ)が鉄製の印刷機を発明し、それまでの木製のグーテンベルク印刷機にとってかわった。1811年にはドイツのフリードリヒ・ケーニヒが蒸気式の印刷機を開発し、印刷能力は大幅に向上した。

手動 蒸気式
グーテンベルク型印刷機
1600年ごろ
スタンホープ印刷機
1800年ごろ
ケーニヒ印刷機
1812年
ケーニヒ印刷機
1813年
ケーニヒ印刷機
1814年
ケーニヒ印刷機
1818年
1時間当たりの印刷枚数 200 [12] 480 [13] 800 [14] 1,100 [15] 2,000 [16] 2,400 [17]

1851年には輪転印刷機が発明された[18]。こうした機械化によって、印刷物はより速く大量生産でき安価なものとなった。1884年にはオットマー・マーゲンターラーライノタイプと呼ばれる鋳植機を発明し、これによって印刷工が1行ごとにまるごと活字を鋳造できるようになり印刷はより効率化した[19]。現在主流となっている平版オフセット印刷は、1904年にアメリカのルーベルが発明したといわれているが、それ以前にイギリスではブリキ印刷の分野で使用されていた。ルーベルの発明は紙への平版オフセット印刷である。1938年にはアメリカのチェスター・カールソンゼログラフィ(静電写真法)を発明し、1942年に特許を取得した。この発明は複写機の技術的基礎となり、1960年にハロイド社(のちのゼロックス)がこれを商品化したことでコピー機は全世界に普及した[20]1985年にはアメリカでDTPが始まった。

デジタル印刷の出現

古代から印刷には必ず版が必要とされていたが、1990年代以降、製版データは作成するが実用版(刷版)を出力しないデジタル印刷が出現した[21]

技術的な意味での世界初のデジタルカラー印刷機は1991年にドイツのハイデルベルグ社が発表したGTO-DIとされている[21]

1993年にはイスラエルのインディゴ社が電子写真方式のE-print1000を発表した[21]。電子写真方式の印刷機に用いられるエレクトロインキはブランケット胴に残らず、一回転ごとに異なる画像を印刷できる画期的なものであった[21]

一方、インクジェット方式は1990年代に日本でデジタルカメラとともに流行[21]。産業用のインクジェット方式のプリンタは2011年頃から大型のものが次々と登場した[21]

日本における歴史

『吾妻鏡』古活字本寛永版・林羅山の跋文

日本では、「百万塔陀羅尼」が作成されて以降二百数十年間、印刷物が出されることはなかったが、平安時代中期になって、摺経供養が盛んに行われるようになった。これが、奈良を中心とする寺院の間に、出版事業を興させるようになる。興福寺などで開版した印刷物を春日版と呼ぶ。鎌倉時代には高野山金剛峰寺でも出版を行うようになった。これは高野版と呼ばれる。13世紀頃からは、へ留学した僧がもたらした宋刊版の影響を受け、京都で五山版が出る。安土桃山時代に入ると、1590年にはイエズス会アレッサンドロ・ヴァリニャーノによって加津佐に印刷機が輸入されて活字による印刷(キリシタン版)が始まった[22]近世以前は金属活字を用いたキリシタン版や駿河版といった例外を除き、木版印刷が中心だった。木活字はこの時期多用され、美麗な嵯峨本を始め多くの木活字本が江戸時代初期には出版されていたが、寛永年間からは木版が盛んとなり、寛文年間にはほぼ整版にとってかわられた。これは中国と同様、文字数が多く活字も膨大な量が必要だったことと、木版は版を長く保存しておけるのに対し、活版は印刷が終わればすぐに版を崩してしまうため再版のコストが非常に高くついたことが原因である[23]。しかし活字印刷が絶えてしまったわけではなく、木活字印刷は江戸時代を通じ細々と続けられた[24]。一方、木版印刷は発展を続け、庶民の読み物である赤本黄表紙など、一気に出版文化が花開くことになる。

木版以外では、1783年司馬江漢が腐食による彫刻銅版画を製作している。1856年には長崎奉行所内で活版による近代洋式印刷が始まる。

明治時代に入り、1870年には本木昌造が長崎に新町活版所を創立、これが日本における民間初の洋式活版の企業化である。1888年には合田清が木口木版(西洋木版)を日本に初めて紹介した。日本初の印刷専門誌『印刷雑誌』の創刊号(1891年)の表紙には、合田清の木口木版画が使われている。1896年には、小川一真が日本初の3色版印刷を発表した。1902年には、小倉倹司が一般刊行物では日本で最初の3色版印刷物を発表した(明治35年7月15日発行の「文藝倶楽部」第8巻第10号の口絵に発表した「薔薇花」)。1919年には、HBプロセス法が日本に移入された。

1924年石井茂吉森澤信夫が邦文写真植字機の試作機を発表、1926年には写真植字機研究所を設立した。1929年、実用機が完成。その後2人は袂を分かち、それぞれ写研モリサワとして写植オフセットの時代を支えていくことになる。

1960年、電子製版機(カラースキャナ)が実用化され、1970年代には、国産4色同時分解スキャナが開発された。この頃から電算写植オフセット印刷が主流となる。

1985年、アメリカでDTPが始まり、1989年、日本初のフルDTP出版物『森の書物』が刊行された。この頃からデータのデジタル化が加速。オンデマンド印刷電子出版などが徐々に現実となり始める。

プレスとプリント

パソコンなどのプリンターからの「プリントアウト」と、印刷会社にあるような印刷機による「印刷」は、まったく別のものとも言われるが、ともに「印刷」と訳される。後者はプレスと呼んで区別されるが、これは印刷機が刷版を用紙に対して圧力をかけて(=プレス)画線部を印字するためである。

このプレス機構はそもそも近代的な印刷の初発的段階から存在し、グーテンベルクがブドウ絞り器から着想を得て開発したものと言われる。大量印刷(すなわちマスメディア)と「プレス」はその後不可分に結びつき、報道のことをプレスともいうようになった[25]


  1. ^ 『図説 本の歴史』p22 樺山紘一編、河出書房新社 2011年7月30日初版発行
  2. ^ 『図説 本の歴史』p30 樺山紘一編、河出書房新社 2011年7月30日初版発行
  3. ^ 『日本語活字印刷史』p16-17 鈴木広光著、名古屋大学出版会 2015年2月15日初版第1刷
  4. ^ 『図説 本の歴史』p45 樺山紘一編、河出書房新社 2011年7月30日初版発行
  5. ^ 『図説 本の歴史』p46 樺山紘一編、河出書房新社 2011年7月30日初版発行
  6. ^ Buringh, Eltjo; van Zanden, Jan Luiten: "Charting the 'Rise of the West': Manuscripts and Printed Books in Europe, A Long-Term Perspective from the Sixth through Eighteenth Centuries", The Journal of Economic History, Vol. 69, No. 2 (2009), pp. 409–445 (417, table 2)
  7. ^ 『歴史の中のコミュニケーション メディア革命の社会文化史』p108-111 デイヴィッド・クロウリー、ポール・ヘイヤー編、林進・大久保公雄訳、新曜社 1995年4月20日初版第1刷
  8. ^ 「印刷・スペース・閉ざされたテキスト」ウォルター・オング(『歴史の中のコミュニケーション メディア革命の社会文化史』所収)p144 デイヴィッド・クロウリー、ポール・ヘイヤー編、林進・大久保公雄訳、新曜社 1995年4月20日初版第1刷
  9. ^ 「印刷・スペース・閉ざされたテキスト」ウォルター・オング(『歴史の中のコミュニケーション メディア革命の社会文化史』所収)p135 デイヴィッド・クロウリー、ポール・ヘイヤー編、林進・大久保公雄訳、新曜社 1995年4月20日初版第1刷
  10. ^ 「印刷・スペース・閉ざされたテキスト」ウォルター・オング(『歴史の中のコミュニケーション メディア革命の社会文化史』所収)p149 デイヴィッド・クロウリー、ポール・ヘイヤー編、林進・大久保公雄訳、新曜社 1995年4月20日初版第1刷
  11. ^ 「世界を変えた100の本の歴史図鑑 古代エジプトのパピルスから電子書籍まで」p180 ロデリック・ケイヴ、サラ・アヤド著、樺山紘一日本語版監修 大山晶訳、原書房 2015年5月25日第1刷
  12. ^ Pollak, Michael (1972). “The performance of the wooden printing press”. The library quarterly 42 (2): 218–264.. https://www.jstor.org/stable/4306163 2017年5月10日閲覧。. 
  13. ^ Hans Bolza: Friedrich Koenig und die Erfindung der Druckmaschine. In: Technikgeschichte. 34巻1号, 1967, p79–89|p=80
  14. ^ Hans Bolza: Friedrich Koenig und die Erfindung der Druckmaschine. In: Technikgeschichte. 34巻1号, 1967, p79–89|p=83
  15. ^ Hans Bolza: Friedrich Koenig und die Erfindung der Druckmaschine. In: Technikgeschichte. 34巻1号, 1967, p79–89|p=87
  16. ^ Hans Bolza: Friedrich Koenig und die Erfindung der Druckmaschine. In: Technikgeschichte. 34巻1号, 1967, p79–89|p=88
  17. ^ Hans Bolza: Friedrich Koenig und die Erfindung der Druckmaschine. In: Technikgeschichte. 34巻1号, 1967, p79–89|p=88
  18. ^ 『ビジュアル版 本の歴史文化図鑑 5000年の書物の力』p132 マーティン・ライアンズ著、蔵持不三也監訳、三芳康義訳、柊風舎 2012年5月22日第1刷
  19. ^ 『図説 世界史を変えた50の機械』p49 エリック・シャリーン著、柴田譲治訳、原書房 2013年9月30日第1刷
  20. ^ 『世界の発明発見歴史百科』p326-327 テリー・プレヴァートン著、日暮雅通訳、原書房 2015年9月28日第1刷
  21. ^ a b c d e f 進化するデジタル印刷展が始まります”. デジタル・オンデマンド出版センター. 2020年6月22日閲覧。
  22. ^ 『日本語活字印刷史』p17 鈴木広光著、名古屋大学出版会 2015年2月15日初版第1刷
  23. ^ 『日本語活字印刷史』p109-110 鈴木広光著、名古屋大学出版会 2015年2月15日初版第1刷
  24. ^ 『日本語活字印刷史』p110 鈴木広光著、名古屋大学出版会 2015年2月15日初版第1刷
  25. ^ 『エンサイクロペディア 現代ジャーナリズム』p214 早稲田大学ジャーナリズム教育研究所編、早稲田大学出版部 2013年4月1日初版第1刷
  26. ^ a b c d 阿部隆夫「デジタルプリントシステムの現状と将来への期待」『日本写真学会誌』第66巻第5号、 2頁。
  27. ^ a b 日本印刷新聞社『早わかり印刷の知識: “版式の原理”から“デジタル技術”の基礎まで』日本印刷新聞社、2006年。ISBN 978-4888841627
  28. ^ Kipphan, Helmut (2001). Handbook of print media: technologies and production methods (Illustrated ed.). Springer. pp. 130–144. ISBN 3-540-67326-1. https://books.google.com/books?id=VrdqBRgSKasC 
  29. ^ a b c d e Kipphan, Helmut (2001). Handbook of print media: technologies and production methods (Illustrated ed.). Springer. pp. 976–979. ISBN 3-540-67326-1. https://books.google.com/books?id=VrdqBRgSKasC 
  30. ^ a b Kipphan, Helmut (2001). Handbook of print media: technologies and production methods (Illustrated ed.). Springer. pp. 48–52. ISBN 3-540-67326-1. https://books.google.com/books?id=VrdqBRgSKasC 





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