宮本武蔵とは?

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みやもとむさし 【宮本武蔵】 ○

(1584~1645) 江戸初期剣豪美作みまさかの人という。名は政名,号は二天諸国修業して二天一流創始し,吉岡清十郎佐々木小次郎を破ったことで名高い水墨画をよくした。水墨画枯木(げき)図」,著「五輪書

宮本武蔵

作者直木三十五

収載図書極め付き時代小説選 1 約束
出版社日本経済新聞社
刊行年月1991.5

収載図書約束極め付き時代小説選 1
出版社中央公論新社
刊行年月2004.9
シリーズ名中公文庫


宮本武蔵

作者鷲尾雨工

収載図書日本剣豪
出版社富士見書房
刊行年月1992.11
シリーズ名時代小説文庫


宮本武蔵

作者藤原審爾

収載図書日本剣豪列伝 2
出版社福武書店
刊行年月1995.2
シリーズ名福武文庫

収載図書人物日本剣豪伝 2 小野次郎右衛門・宮本武蔵ほか
出版社学陽書房
刊行年月2001.4
シリーズ名人物文庫


宮本武蔵

作者津本陽

収載図書薩摩夜叉雛・宮本武蔵
出版社角川書店
刊行年月1999.10
シリーズ名津本陽歴史長篇全集

収載図書七人武蔵
出版社角川書店
刊行年月2002.10
シリーズ名角川文庫


宮本武蔵

作者武者小路実篤

収載図書七人武蔵
出版社角川書店
刊行年月2002.10
シリーズ名角川文庫


宮本武蔵

作者宮下幻一郎

収載図書宮本武蔵伝奇
出版社勉誠出版
刊行年月2002.12
シリーズ名べんせいライブラリー時代小説セレクション


宮本武蔵―巌流島

作者津本陽

収載図書剣豪血風録
出版社PHP研究所
刊行年月2007.7
シリーズ名津本陽武芸小説


宮本武蔵―狂悖の人

作者澤田ふじ子

収載図書風浪の海
出版社広済堂出版
刊行年月2001.11
シリーズ名広済堂文庫


宮本武蔵


宮本武蔵


宮本武蔵

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宮本武蔵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2014/12/18 17:56 UTC 版)

宮本 武蔵(みやもと むさし、天正12年(1584年)? - 正保2年5月19日1645年6月13日))は、江戸時代初期の剣術家兵法家二刀を用いる二天一流兵法の開祖。また、重要文化財指定の水墨画工芸品を残している。




  1. ^ いわゆる百官名
  2. ^ 弁助、弁之助とも
  3. ^ 小倉碑文
  4. ^ 山口県下関市
  5. ^ 「有作州之顕氏神免者天正之間無嗣而卒于筑前秋月城受遺承家曰武蔵掾玄信」
  6. ^ 『慶長7年・同9年黒田藩分限帖』によると、新免無二が関ヶ原の戦い以前から慶長9年頃まで、黒田氏に仕官していることになる。
  7. ^ 「為新免無二之助養子」
  8. ^ 慶長7年・同9年『黒田藩分限帖』
  9. ^ 武蔵の父・無二の旧主君であった新免氏が宇喜多秀家配下であったことから、それに従って西軍に参加したとの説があった。
  10. ^ 黒田家臣・立花峯均執筆の『兵法大祖武州玄信公伝来』(『丹治峯均筆記』・『武州伝来記』とも呼ばれる)では、黒田如水の軍に属して九州豊後の石垣原(今の別府市)で西軍大友義統軍との合戦に出陣し、出陣前の逸話や冨来城攻めでの奮戦振りの物語が語られている。
  11. ^ 「天下の兵法者」は、『新免武蔵玄信二天居士碑』(小倉碑文)に記された「扶桑第一之兵術吉岡」、すなわち吉岡一門と考えられる。
  12. ^ 「廿一歳にして都へ上り、天下の兵法者にあひ、数度の勝負をけつすといへども、勝利を得ざるという事なし」
  13. ^ 現在は山口県下関市域
  14. ^ 関門海峡に浮かぶ巌流島
  15. ^ 一般的に「佐々木小次郎」と称される人物
  16. ^ のち水野勝俊
  17. ^ 従来、豊臣方として参戦したと通説の如く語られるが、根拠のない俗説である。
  18. ^ この試合は『海上物語』では明石で、『二天記』では江戸で行われたと伝えられる。ただし『二天記』の原史料である『武公伝』にはこの内容は記載されていない。
  19. ^ 三木之助は寛永3年(1626年)に亡くなった忠刻に殉死する。宮本家は三木之助の実弟が後を継ぎその後も存続した。
  20. ^ 伊織は寛永8年(1631年)20歳で小笠原家の家老となっている。
  21. ^ 当時は日本橋人形町近辺、元吉原とも。
  22. ^ 新町の置屋にいる遊女雲井と馴染みで島原の乱の直前に雲居に指物の袋を依頼しこれを受け取り騎馬で出陣したとある。「宮本武蔵は新町河合権左衛門内雲井という女郎の相方にして遊ばれけるが、寛永十五年島原一揆の時、黒田様の御陣へ見舞に参るとて、暇乞いながらかの雲井が許に来られ、かの女にさし物を縫はせ、勇々敷出立、直に騎馬にて肥前へ参られけるよし」
  23. ^ 「拙者も石ニあたりすねたちかね」
  24. ^ 一般には家老以上の身分でなければ許可されなかった。
  25. ^ 山本源五左衛門
  26. ^ 「士水伝えて云、武公肥後にての門弟、太守はじめ長岡式部寄之、沢村宇右衛門友好、その他、御家中、御側、外様、及陪臣、軽士に至り千余人なり」
  27. ^ 刀・槍・薙刀などの武具と弓矢
  28. ^ 道祐は、宇喜多氏の伝記物『宇喜多伝』等を執筆する伝記作家である。
  29. ^ 本文書とは直接関わりがないが、立花峯均も編集に関わった文書として茶書『南方録』がある。この文書は後世、明治時代の文芸評論家・小宮豊隆により内容が疑問視され偽書とされた。この事から類推し『兵法大祖武州玄信公伝来』の内容を同様に疑問視する意見もある[誰?]
  30. ^ 「先年吉岡清十郎ト仕合ノ節、吉岡先ヲ打タル由致風聞候ガ如何ニテ候哉」
  31. ^ 事件の最中吉岡一族の者が多く居たが、騒ぎたてず加勢しなかったため
  32. ^ 染物業者となった吉岡一族は商業的に成功し、現代にもその名を継ぐ染色業者が残る。直綱が広めたと伝えられる憲法染は江戸時代を通じて著名となり「憲法染の掻取」が公家の正装としても扱われるようになった。
  33. ^ 岩流には俗に佐々木小次郎の呼称があるが後年の芝居で名づけられ定着したもので根拠がない。また巖流は岩流の異字表現で、史料によっては他に岸流・岸柳・岩龍という呼称がある。
  34. ^ 宝暦5年(1755年)に豊田正脩によって記される
  35. ^ 「慶長十七年壬子二十九歳」との記述
  36. ^ 安永5年(1776年)に武公伝を原史料として正脩の孫、豊田景英によって記される
  37. ^ 「慶長十七年四月」と記述
  38. ^ 「爰に兵術の達人、岩流と名のる有り。彼と雌雄を決せんことを求む。岩流云く、真剣を以て雌雄を決せんことを請ふ。武蔵対へて云く、汝は白刃を揮ひて其の妙を尽くせ。吾は木戟を提げて此の秘を顕はさんと。堅く漆約を結ぶ。長門と豊前との際、海中に嶋有り。舟嶋と謂ふ。両雄、同時に相会す。岩流、三尺の白刃を手にして来たり、命を顧みずして術を尽くす。武蔵、木刃の一撃を以て之を殺す。電光も猶遅し。故に俗、舟嶋を改めて岩流嶋と謂ふ。(原文漢文)」と記載されている。
  39. ^ 「延元様門司に被成御座候時 或年宮本武蔵玄信豊前へ罷越 二刀兵法の師を仕候 其比小次郎と申者岩流の兵法を仕是も師を仕候 双方の弟子ども兵法の勝劣を申立 武蔵小次郎兵法之仕相仕候に相究 豊前と長門之間ひく島に出合 双方共に弟子一人も不参筈に相定 試合を仕候処 小次郎被打殺候 小次郎は如兼弟子一人も不参候 武蔵弟子共参り隠れ居申候 其後に小次郎蘇生致候得共 彼弟子共参合 後にて打殺申候 此段小倉へ相聞へ 小次郎弟子ども致一味 是非とも武蔵を打果と大勢彼島へ参申候 依之武蔵難遁門司に遁来 延元様を偏に奉願候に付御請合被成 則城中へ被召置候に付 武蔵無恙運を開申候 其後武蔵を豊後へ被送遣候 石井三之丞と申馬乗に 鉄砲之共ども御附被成 道を致警護無別条豊後へ送届武蔵親無二と申者に相渡申候由に御座候」
  40. ^ 原文は宮本无二助藤原一真
  41. ^ 宝暦元年(1751年)日出藩家老・菅沼政常が記録した平姓杉原氏御系図附言の木下延俊の項にも「剣術は宮本無二斎の流派を伝たまふ」と記載されている。
  42. ^ 細川家家老だった延元の記録を編集
  43. ^ 「武州伝来記」「丹治峯均筆記」とも
  44. ^ 下関民間伝承を記録
  45. ^ 現物は巖流島の決闘の後に紛失した
  46. ^ 立花峯均
  47. ^ 約180センチメートル
  48. ^ 渡辺茂 通称は久三郎、天正10年(1582年)摂津で生まれ唐天竺を巡礼したと称し、宝永8年、130歳?で没
  49. ^ 武蔵の円明流の弟子・竹村与右衛門との姓を混同したという説と、一時竹村姓を名乗り与右衛門は養子であったという説がある
  50. ^ ただし沐浴は宗教行為であり、入浴にあるとおり庶民が風呂にいくのは江戸時代から







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