理化学研究所 理化学研究所の概要

理化学研究所

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/12 16:30 UTC 版)

国立研究開発法人理化学研究所
正式名称 国立研究開発法人理化学研究所
英語名称 Institute of Physical and Chemical Research
略称 理研、RIKEN
組織形態 国立研究開発法人
所在地 日本
351-0198
埼玉県和光市広沢2-1
北緯35度46分49.37秒 東経139度36分44.96秒 / 北緯35.7803806度 東経139.6124889度 / 35.7803806; 139.6124889
法人番号 1030005007111
予算 991億2,600万円(2021年度)[1]
人数 3,253名(2023年4月1日時点)[1]
理事長 五神真[2]
活動領域 基礎科学,自然科学
設立年月日 1917年大正6年)
設立者 渋沢栄一
所管 文部科学省日本国政府
下位組織 #研究拠点の節を参照
関連組織 株式会社理研鼎業理研グループ
ウェブサイト www.riken.jp
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概要

1917年大正6年)に創設された物理学化学工学生物学医科学など基礎研究から応用研究まで行う、日本国内では唯一の自然科学系総合研究所である。明治維新後、若い科学者を留学させて、アジア最初の基礎科学総合研究所である理化学研究所(RIKEN)として設立された[3]

鈴木梅太郎寺田寅彦中谷宇吉郎長岡半太郎嵯峨根遼吉池田菊苗本多光太郎湯川秀樹朝永振一郎仁科芳雄菊池正士など多くの科学者を輩出した。

戦前第二次世界大戦前、太平洋戦争前)は理研コンツェルンと呼ばれる企業グループ(十五大財閥の一つ)を形成したが、太平洋戦争の終結と共に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって解体された。

1958年昭和33年)に特殊法人「理化学研究所」として再出発し、2003年平成15年)10月に文部科学省所管独立行政法人「独立行政法人理化学研究所」に改組された。2015年(平成27年)4月、「国立研究開発法人理化学研究所」に改称した[4]

沿革

理化学研究所の創設

「国民科学研究所」構想を提唱した高峰譲吉
大正期の理化学研究所

1913年(大正2年) 高峰譲吉櫻井錠二らが「国民科学研究所」構想を唱え、渋沢栄一らがその構想について議論を行った。1915年(大正4年) 第36回帝国議会にて、衆議院貴族院の本会議で「理化学研究所創立」が決議された[5]

1917年(大正6年) 渋沢栄一を設立者総代として皇室政府からの補助金、民間からの寄付金を基に「財団法人理化学研究所」を東京都文京区駒込(現・日本医師会館文京グリーンコート)に設立。伏見宮貞愛親王が総裁、菊池大麓が所長に就任。

1921年(大正10年) 大河内正敏が3代目所長に就任し研究室制度を打ち出す。神奈川県藤沢市の大日本醸造株式会社内に大和醸造試験所を設立し、合成酒の製造研究を開始。

1922年(大正11年) 研究室制度が発足。主任研究員に大幅な自由裁量が与えられ、主任研究員は帝国大学教員との兼任を認め、研究室を帝国大学に設置することを許可した。また、主任研究員が予算、人事権を握り、研究テーマも自主的に設定。この研究室制度は理化学研究所を活性化したが、費用対効果を考えない研究費の投入はたちまち理研を財政難に陥れた。

理研ヴィタミン

ビタミンA製剤「理研ヴィタミン」の雑誌広告(1938年昭和13年4月13日))。こうした商品の収益が「科学者たちの楽園」を支えた。

同年、鈴木梅太郎研究室所属の高橋克己が、長岡半太郎寺田寅彦の助力を得てタラ肝油から世界で初めてビタミンAの分離と抽出に成功した。試作品として売り出したところ、肺結核の特効薬との噂が広まり患者の家族らが殺到、大河内はその様子を見てこれを製品化することを決断し、鈴木梅太郎研究室をせきたてて4ヶ月で製品化にこぎつけた。既存の医薬品企業と提携せずに理研の自主生産で「理研ヴィタミン」を販売し、その販売収益により財政難は解消に向かうこととなった。1924年(大正13年)には理研の作業収入の8割をビタミンAが稼ぎ出す状況であった。ビタミンAの1カプセルあたりの製造原価は1-2銭だったが、これを10銭で直接販売して高利益を得ていたのである。

理化学興業の創設

1927年(昭和2年)に、理研の発明を製品化する事業体として理化学興業を創設し、大河内が自ら会長に就任した。理化学興業と理化学研究所は工作機械、マグネシウムゴム、飛行機用部品、合成酒など多数の発明品の生産企業を擁する理研産業団(理研コンツェルン)を形成してゆく。最盛期には会社数63、工場数121の大コンツェルンとなった。1939年(昭和14年)の理研の収入370万5000円のうち、特許料や配当などの形で理研産業団各社が納めた額は303万3000円を占めた。その年の理研の研究費は231万1000円だったので、理研は資金潤沢で何の束縛もない「科学者たちの楽園」だった。のちに理研コンツェルンの事業を継承した会社にはリコーリケン理研計器理研電線理研ビタミンなどがある。

仁科芳雄研究室によるサイクロトロン・原子爆弾開発

1937年(昭和12年) 仁科芳雄研究室が日本で最初のサイクロトロンを完成させる。初期には26インチの小型サイクロトロン、1943年(昭和18年)には200トンの大型サイクロトロンを完成させた。

1940年には、矢崎為一、渡辺扶生、飯盛武夫飯盛里安長男)が、嵯峨根遼吉がかつて所属した米国ローレンス・バークレー国立研究所を査察。

1941年(昭和16年)、陸軍の要請を受け、仁科芳雄が中心となって原子爆弾開発の極秘研究(ニ号研究)を開始。

敗戦に伴う解体から株式会社科学研究所へ

株式会社科学研究所時代の広告
1957年

1946年(昭和21年)、太平洋戦争終結とともにGHQの指令により財閥に指定され、理研グループ持株会社の理研工業(元・理化学興業)は11社に解体され、理化学研究所の仁科研究室のサイクロトロンも海中に投棄された[6]。大河内所長は公職追放処分を受け、11月には仁科芳雄が第4代所長に就任した。元財団法人理化学研究所の田島英三によれば、研究室は王子の元陸軍の資材倉庫から資材を払い下げて再建された[注釈 1][7]

1948年(昭和23年)、1946年の財団法人理化学研究所に関する措置に関する法律の規定を受け、仁科芳雄を初代社長とする「株式会社科学研究所」、通称科研が発足し、財団法人理化学研究所は正式に解散した[8]

1952年(昭和27年)、株式会社科学研究所(新社)設立。旧社は科研化学株式会社に改称し、純民間企業となる(のちの科研製薬株式会社)。

1956年(昭和31年)、株式会社科学研究所法(衆法)が制定され、政府の出資を受ける[9]

新生理化学研究所として

特殊法人としての再建

1958年(昭和33年)、理化学研究所法(閣法)が制定され、特殊法人理化学研究所として新たに発足[10]

1966年(昭和41年)、重イオン加速を主目的としたサイクロトロン再建計画が進み、前年には予定地(自衛隊朝霞駐屯地の隣のブロック)に建物、同年には160cmサイクロトロンが組みあがり、10月に試運転が開始された。このサイクロトロンは25年後の1990年まで稼働し、その後安全管理室により解体された。

1967年(昭和42年)、本拠地を東京都文京区駒込から、新たに埼玉県北足立郡大和町(現・和光市)に開設された大和研究所(現・理化学研究所 研究本館)に移転。

1984年(昭和59年)、ライフサイエンス筑波研究センター(現: 筑波研究所)を筑波研究学園都市茨城県つくば市)に開設。

独立行政法人時代

2003年(平成15年)10月、独立行政法人化され、2001年(平成13年)にノーベル化学賞を受賞した野依良治理事長に迎えた。

2005年(平成17年)8月、「感染症研究ネットワーク支援センター」発足。

2012年(平成24年)9月、計算科学研究機構のスーパーコンピュータ「」運用開始。

国立研究開発法人時代

2015年(平成27年)4月、国立研究開発法人に法人格変更[4]

2016年(平成28年)、アジアで初の合成元素(113番)にニホニウムと命名。同命名により第48回星雲賞自由部門を受賞。

2020年(令和2年)4月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と連携協力協定を締結[11]

2021年(令和3年)、スーパーコンピュータ「富岳」の運用を開始する。


注釈

  1. ^ 田島英三(1913年 - 1998年)は戦中に原子核研究に従事した物理学者。立教大学名誉教授、原子力安全研究協会理事長(コトバンク)。

出典

  1. ^ a b 人員・予算”. 理化学研究所. 2022年3月18日閲覧。
  2. ^ 理事長挨拶”. 理化学研究所. 2017年12月24日閲覧。
  3. ^ a b 【社説】24人目に科学ノーベル賞を受けた日本を眺める苦々しさ=韓国(中央日報日本語版)”. Yahoo!ニュース. 2019年10月11日閲覧。[リンク切れ]
  4. ^ a b 研究所名称変更のお知らせ(2015年4月1日)
  5. ^ 理化学研究所設置に関する建議案委員会. 第36回帝国議会. 【6月】.大正4年6月7日·第1号·大正4年6月8日·第2号.大正4年6月8日·第2号 帝国議会会議録検索システム
  6. ^ 『悲運の加速器、海底に沈む「米国の誤謬」』。産経新聞。2015年8月10日。
  7. ^ 田島英三 (1995). ある原子物理学者の生涯. 東京: 新人物往来社. ISBN 4-404-02208-5 
  8. ^ 財団法人理化学研究所に関する措置に関する法律(昭和22年法律第131号) - 国立公文書館
  9. ^ 株式会社科学研究所法 - ウィキソース。
  10. ^ 理化学研究所法 - ウィキソース。
  11. ^ 理化学研究所と宇宙航空研究開発機構との連携協力に関する基本協定の締結について 宇宙理化学研究所/航空研究開発機構(2020年3月26日)2020年3月28日閲覧
  12. ^ 国立研究開発法人理化学研究所法 | e-Gov法令検索”. elaws.e-gov.go.jp. 2021年8月14日閲覧。
  13. ^ a b 拠点”. 2021年9月26日閲覧。
  14. ^ 科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 情報科学技術委員会(第41回)配付資料 (参考1)次世代スーパーコンピュータ施設の立地地点を神戸に決定 平成19年3月28日 独立行政法人理化学研究所 文部科学省、2007年3月28日。(理化学研究所が公表したプレスリリース - アーカイブ
  15. ^ 神戸市医療産業都市推進本部 平成26年3月28日
  16. ^ 2018年4月に生命システム研究センター(QBiC)、多細胞システム形成研究センター(CDB)、ライフサイエンス技術基盤研究センターを統合して発足
  17. ^ a b 沿革”. 2021年9月26日閲覧。
  18. ^ 「理研-東海ゴム 人間共存ロボット連携センター」を開設 ―介護現場で“やさしく”働く「支援ロボット」の導入を目指す―』(PDF)(プレスリリース)2014年8月1日http://www.tokai.co.jp/pressrelease/2007/n07-08-01.pdf2014年9月19日閲覧 
  19. ^ 【理研STAP会見詳報】(4)懲戒処分対象なのに退職願受理「なぜ非常識なことを」記者の追及に理研「これ以上の負担は…」(1/3ページ)産経ニュース(2014年12月19日)
  20. ^ 理研の男女共同参画の現状について(独立行政法人理化学研究所 総務部長 大河内 真) - 平成16年度 文部科学省・女性の社会参画支援促進事業
  21. ^ 理研 環境報告書2009|男女共同参画への取り組み
  22. ^ “STAP細胞:理研、調査に8360万円 突出した代償に”. 『毎日新聞』. (2015年3月21日). http://mainichi.jp/select/news/20150321k0000m040158000c.html 2015年3月24日閲覧。 
  23. ^ 時事通信社 (2014年5月9日). “理研の特定研究法人先送り=STAP細胞問題で 下村文科相など”. WSJ. http://jp.wsj.com/article/JJ10016926435180684582116497382533504113200.html 2014年5月9日閲覧。 
  24. ^ “「特定国立研究開発法人」への指定問題”. 時事ドットコム. http://www.jiji.com/jc/foresight?p=foresight_12702 2014年5月31日閲覧。 
  25. ^ 矢吹孝文、市原研吾 (2014年6月22日). “理研、誤ったマウスを提供 41機関、研究に支障も”. http://www.asahi.com/articles/ASG5Y7T26G5YPTIL03P.html 2014年7月21日閲覧。 
  26. ^ “理研、前北京事務所長を提訴 1200万円不正送金”. 朝日新聞. (2014年8月8日). http://www.asahi.com/articles/ASG885VX3G88ULBJ00J.html 2014年8月9日閲覧。 
  27. ^ “元職員による公印等の不正持ち出し及び不正送金等について”. 理化学研究所. (2014年8月8日). http://www.riken.jp/pr/topics/2014/20140808_1/ 2014年8月8日閲覧。 
  28. ^ 生命科学論文:「画像不正」ネット投稿 阪大や東大確認へ/斎藤広子『毎日新聞』2015年1月9日(2016年12月6日閲覧)
  29. ^ 【超STAP事件】日本の学会は捏造論文だらけ!大スキャンダルに発展か 堀川大樹「むしマガ」Vol.272 2015年1月11日 2016年12月6日閲覧
  30. ^ 小保方さん“退場”も…論文コピペ疑惑が「大物」にも飛び火日刊ゲンダイ』2015年1月9日 2016年12月6日閲覧
  31. ^ 記者会見でも決着つかぬJ-ADNI事件「不都合な真実」 旧帝大でまたも不正が発覚 集中 Medical Confidential 2015年2月 (8巻2号 pp.25-27) 2016年12月5日閲覧
  32. ^ [1] 世界変動展望 著者 Twitter 2015年2月16日 2016年12月9日閲覧
  33. ^ インターネット上で指摘のあった論文の画像データに係る調査結果について 東京大学 2015年7月31日
  34. ^ 東大、論文画像「不正行為なし」 調査結果を発表日本経済新聞』2015年8月1日 2016年12月6日閲覧
  35. ^ [東大「論文に不正行為ない」]『朝日新聞』2015年8月1日 2016年12月6日閲覧
  36. ^ a b c ウィリアム・ブロード、ニコラス・ウェイト 著、牧野賢治 訳 編『背信の科学者たち-論文捏造はなぜ繰り返されるのか?講談社、2014年6月、320-321頁。ISBN 978-4-06-219095-4https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000188842 
  37. ^ 『研究不正再発防止をはじめとする高い規範の再生のためのアクションプラン』(プレスリリース)理化学研究所、2014年6月。 


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