律令国家とは?

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りつ りょうこっか -りやうこく- [5] 【律令国家】

律令統治基本法典とした国家中国の隋・唐で確立し、朝鮮をはじめ周辺諸国波及日本でも七世紀半ばから形成され、大宝律令成立により完成整然とした官制の下、多く官僚がこれを支え班田収授によって人民一定の耕地給する代わりに租・調・庸雑徭などを課し、さらに良・賤身分の別を定めた。荘園制進展などにより、公地公民制破綻する一〇世紀頃まで続いた。

律令国家 (りつりょうこっか)

律[りつ]と令[りょう]という法律基本にした国の体制です。中央太政官だじょうかん]を頂点とした役人がおり、地方は国[くに]・郡[ぐん]・郷[ごう]の行政区分がされました。

関連項目

律令制

(律令国家 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/09/15 03:42 UTC 版)

律令制(りつりょうせい)は、律令に基づく制度のこと。主に古代東アジアで見られた中央集権的な統治制度であるといわれることもあるが、唐制に倣った体系的法典を編纂・施行したことが実証されるのは日本だけである[1]。日本では律令制または律令体制律令国家と呼ばれるが、中国にはこのような呼称は存在しない[2]。中国において「律令」という言葉はからまで長期にわたって使われており、その間にその内容や位置づけは大きな変遷をみている。そのため、日本の律令制の直接的モデルとなったの国家体制をもって「律令制」と定義することは、中国の律令の変遷の実情を無視することとなり、また秦から明までのおよそ1800年間(律のみ存在したも加えれば2100年間)の制度を一括りにすることにはあまり意味がないとする考えもある[3]




注釈

  1. ^ 平安時代の著作になるが、『日本国見在書目録』の中に隋令の存在は確認できる一方で、隋律の存在が確認できないため、隋律は日本には伝わらなかったとみられている。

出典

  1. ^ a b 山内昌之・古田博司「近代日本における東アジア共通文化論の軌跡
  2. ^ a b 菊池秀明「日中の政治・社会構造の比較」p8 (日中歴史共同研究報告書 p153)
  3. ^ a b 廣瀬薫雄『秦漢律令研究』2010年汲古書院、第一部第一章「律令史の時代區分について」
  4. ^ 井上光貞「冠位十二階とその史的意義」283頁。
  5. ^ 木下正史『藤原京』「藤原京出土の木簡が、郡評論争を決着させる」(中央公論新社、2003年 p64)
  6. ^ 市大樹『飛鳥の木簡』「大化改新はあったのか」(中央公論新社、2012年 p49)
  7. ^ 榎本淳一「〈東アジア世界〉における日本律令制」大津透 編『律令制研究入門』(名著刊行会、2011年)所収


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