坂上田村麿とは? わかりやすく解説

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さかのうえ‐の‐たむらまろ〔さかのうへ‐〕【坂上田村麻呂】


坂上田村麻呂

(坂上田村麿 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/14 03:52 UTC 版)

坂上 田村麻呂(さかのうえ の たむらまろ)は、平安時代公卿武官。名は田村麿とも書く。


原典

  1. ^ 『藤原保則伝』
  2. ^ a b c 『公卿補任』弘仁二年条
  3. ^ 『陸奥話記』
  4. ^ a b 『田邑麻呂伝記』
  5. ^ 『坂上氏系図』
  6. ^ 『続日本紀』宝亀三年四月年庚午(二十日)条
  7. ^ 『日本後紀』弘仁二年五月壬子(十九日)条
  8. ^ 『類聚国史』延暦十一年正月丙寅(十一日)条
  9. ^ 『類聚国史』延暦十一年七月戊寅(二十五日)条
  10. ^ 『類聚国史』延暦十一年十一月甲寅(三日)条
  11. ^ 『日本紀略』延暦十二年六月甲寅(十三日)条
  12. ^ 『日本紀略』延暦十三年十月丁卯(二十八日)条
  13. ^ 『類聚国史』
  14. ^ 『日本後紀』弘仁二年五月十九条日条
  15. ^ 『日本紀略』
  16. ^ 『日本紀略』宣命文
  17. ^ 『日本紀略』延暦二十一年春正月甲子(七日)条
  18. ^ 『日本紀略』延暦二十一年春正月丙寅(九日)条
  19. ^ 『日本紀略』延暦二十一年春正月戊辰(十一日)条
  20. ^ 『類聚国史』延暦二十一年四月十五日条
  21. ^ 『日本紀略』延暦二十一年夏四月庚子(十五日)条
  22. ^ 『日本紀略』延暦二十一年秋七月甲子(十日)条
  23. ^ 『日本紀略』延暦二十一年秋七月己卯(二十五日)条
  24. ^ a b c d 『日本紀略』延暦二十一年八月丁酉(十三日)条
  25. ^ 『扶桑略記』延暦二十四年条
  26. ^ 『類聚三代格』
  27. ^ 『日本文徳天皇実録』嘉祥三年四月癸酉(二日)条
  28. ^ a b 『日本後記』弘仁二年十月十七日条
  29. ^ 『群書類従』田邑傳記
  30. ^ 『平泉志』巻之下「坂上将軍」

注釈

  1. ^ 檜前氏・蔵垣氏・蚊帳氏・文山口氏は坂上氏と同じく阿智使主を祖とする渡来系氏族(東漢氏)の同族
  2. ^ 11姓は坂上氏・内蔵氏・平田氏・大蔵氏・文氏・調氏・文部氏・谷氏・民氏・佐太氏・山口氏
  3. ^ 「軍防令」の規定では兵士3000人以上・5000人以上・10000人以上の3軍の統率者が大将軍で1人、以下幹部として将軍3人・副将軍4人・軍監4人・軍曹10人・録事8人と定まっていた
  4. ^ 前任の鎮守将軍百済王俊哲は延暦14年8月7日に亡くなっているため鎮守将軍は空席であったとみられる
  5. ^ この3神の名称不明
  6. ^ 10ヵ国は駿河甲斐相模武蔵上総下総常陸信濃上野下野
  7. ^ 種類は一族を指す
  8. ^ 「面縛待命」は両手を後ろ手に縛って顔を前方にさし出し、死生の裁決を待つこと
  9. ^ 7ヵ国は武蔵・上総・下総・常陸・上野・下野・陸奥
  10. ^ 公卿補任』によると、田村麻呂は徳政相論により蝦夷征討が停止されて以降の大同元年10月12日(ユリウス暦806年11月25日)の時点でも征夷大将軍であるため、同職は彼にのみ許された一種の特権や恩典的なものと考えられている。
  11. ^ 生前の功徳をたたえ哀悼の意を表す
  12. ^ 宮殿未完成のため故右大臣大中臣清麻呂の家に入った
  13. ^ 『日本後紀』
  14. ^ 絁は通例に比べて10疋の増加、商布は通例に比べて100段増加、米は通例に比べて25石増加
  15. ^ 釼はもしくは
  16. ^ 鈴鹿峠の二子の峰にあった田村神社は明治10年(1907年)に三重県亀山市片山神社に合祀されている
  17. ^ 喜田貞吉は「さかのものてもれまる」と訓み、坂上田村麻呂であろうとしている
  18. ^ 毘沙門天は北天・北方の守護神とされることから、北天の化現は毘沙門天の化身と解釈されている
  19. ^ 葛井親王 - 棟貞王 - 棟貞王女(清和天皇更衣) - 貞純親王 - 源経基
  20. ^ 田村神社 (甲賀市)とは異なる神社。明治40年に片山神社 (亀山市)に合祀されている。
  21. ^ 清水寺 (加東市)境内『坂上田村麿呂佩刀を奉納す』の由緒書きより

出典

  1. ^ a b 高橋崇 1986, p. 172.
  2. ^ 田村神社 (甲賀市)
  3. ^ 筑紫神社
  4. ^ 松尾神社 (宝塚市)
  5. ^ [大馬神社おおまじんじゃ http://www.oomajinja.com/index.html 大馬神社おおまじんじゃ]. 2018年5月9日閲覧
  6. ^ a b c d 高橋崇 1986, pp. 1–2.
  7. ^ 高橋崇 1986, p. 1.
  8. ^ a b c 角田文衞 2020, pp. 146–150.
  9. ^ a b 高橋崇 1986, pp. 3–4.
  10. ^ 桃崎有一郎 2018, pp. 251–253.
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  12. ^ 桃崎有一郎 2018, pp. 257–258.
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  94. ^ 阿部幹男 2004, p. 9.
  95. ^ 関幸彦 2014, pp. 190–191.




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