識字 識字の概要

識字

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/23 15:17 UTC 版)

文字に限らずさまざまな情報の読み書き、理解能力に言及する際には、日本語ではリテラシーという表現が利用される。

概説

1970年から2015年にかけての45年間の全世界の非識字率の推移。この45年間に非識字率は半減した
1990年から2015年にかけての25年間における世界各地域の識字率の推移。発展途上国において急速な識字率の上昇が認められる

識字は日本では読み書きとも呼ばれる。読むとは文字に書かれた言語の一字一字を正しく発音して理解できる(読解する)ことを指し、書くとは文字を言語に合わせて正しく記す(筆記する)ことを指す。

何をもって識字とするかには様々な定義が存在するが、ユネスコでは、「日常生活で用いられる簡単で短い文章を理解して読み書きできる」状態のことを識字と定義している[1]

この識字能力は、現代社会では最も基本的な教養のひとつとして、特に先進国においては基本的に初等教育で教えられる。したがって、これらの社会では前提として文字体型を構成要素に組み込まれ、識字能力は必須的に生活の様々な場面で求められる。特に、企業などの組織の業務の為に書類を扱ったり、パソコン等の端末を操作する場合には必須である。それとは対照的に、識字率が低い水準にありつつも伝統的な農村や狩猟を中心として成り立つ社会も存在し、その生活に必ずしも識字能力が必要とは限らない。しかしながら、産業革命以降の工業化や近年のインターネット普及に対応する形で、識字率は時と共に高まる傾向にある。このような背景から、識字率を生活水準と直結し、また国や地域の産業力とも相関する傾向があると考えられることから、人間開発指標など多くの開発指標において識字率は重要な要素の一つとなっている[2]。またこの理解のため、開発経済学などにおいても識字率は重要な指標の一つとして用いられる。

また、この項目を読み、内容が理解でき、何らかの形式にて書き出すことができる者は、少なくとも日本語に対する識字能力を持ち合わせているとみなすことができる。

文字を読み書きできないことを「非識字」(ひしきじ)または「文盲」(もんもう)ないし「明き盲」(あきめくら)といい、そのことが、本人に多くの不利益を与え、国や地域の発展にとっても不利益になることがあるという考えから、識字率の高さは基礎教育の浸透状況を測る指針として、広く使われている(「識字率が低い」場合は「文盲率が高い」とも言い換えられる)。

なお、「文盲」や「明き盲」は視覚障害者に対する差別的ニュアンスを含むことから、現在は公の場で使用することは好ましくないとされている[3]

識字状況

識字率(推定)
(OECD)
  1970年 2000年
 世界全体   63 %   79 % 
 先進国および新興工業国   95 %   99 % 
 後発開発途上国   47 %   73 % 
 内陸開発途上国   27 %   51 % 

18世紀以降、ヨーロッパや北アメリカにおいては識字率の上昇が続いてきた。これは産業革命の進展と近代国家の成立に伴い、国民の教育程度の向上が必須課題となり、国家によって義務教育が行われるようになったためである。この傾向は20世紀に入り、産業化の遅れたアジアやアフリカ、南アメリカなどの諸国が国民の教育に力を入れるようになったことでさらに加速した。第二次世界大戦後、世界の識字率は順調に向上しており、1970年には全世界の36.6%が非識字者だったものが、2000年には20.3%にまで減少している[4]。しかし、まだ世界の全ての人がこの能力を獲得する教育機会を持っているわけではない。また、男性の非識字率よりも女性の非識字率の方がはるかに高く、2000年には男性の非識字者が14.8%だったのに対し、女性の非識字者は25.8%にのぼっていた[5]。ただしこの男女間格差は縮小傾向にあり、1970年に比べて2000年には5%ほど格差が縮小していた[5]。地域的にみると、識字者の急増は全世界的に共通しており、どの地域においても非識字率は急減する傾向にあるが、なかでも東アジアオセアニアにおいて識字率の向上が著しい。識字率は北アメリカやヨーロッパにおいて最も高いが、東アジア・オセアニア・ラテンアメリカの識字率もそれに次いで高く、この3地域における非識字者は1割強に過ぎない。それに対し、アフリカ中東南アジアの非識字率はいまだに高く、4割程度が文字を利用することができない。最も世界で非識字率が高いのは南アジアであり、2000年のデータでは約45%が非識字者である[6]。アフリカにおいては2001年のデータで非識字率は37%となっている[7]。また、非識字率は急減を続けているものの、非識字者の実数は減少せず、むしろやや増加している地域も存在する[6]

発展途上国における識字運動

発展途上国、特に第二次世界大戦後に独立したアジアやアフリカの新独立国においては識字率が非常に低いところが多かったが、識字および教育は国力に直結するとの認識はすでに確立されていたため、これらの発展途上国の多くは初等教育に力を入れ、識字率の向上に努めた。途上国政府のみならず、先進各国の政府も識字能力の向上のため多額の援助を行い、多数のNGOも積極的な支援を行った。これらの努力により前述のように途上国の識字率は急上昇をつづけているが、教員や予算の不足によって国内のすみずみまで充実した公教育を提供することのできない政府も多く、アフリカの一部においてはいまだ識字率が50%を切っている国家も存在する。

第二次世界大戦後に設立されたユネスコは識字率の向上を重要課題の一つと位置付けており、様々な識字計画を推進している。その一環として1966年には毎年9月8日国際識字デーと定められ[8]1990年は国際識字年として様々な取組が行われた。そして識字への取り組みをより強化するために、2003年には「国連識字の10年」が開始され、2012年まで10年にわたって行われた[9]

機能的非識字

文字を読み書きできない非識字(illiteracy)と読み書きを流暢にできる段階(full fluency)の間には、初歩的な読み書きを行えても、社会参加のための読み書きを満足に使いこなせない段階が存在する。これが機能的非識字(functional illiteracy)である。1956年にウィリアム・グレイ(William S. Gray)は識字教育に関する調査研究報告書の中で、「機能的識字(functional literacy)」の概念を明確にして、識字教育の目標を機能的識字能力を獲得することに設定すべきと提言した。

国別の識字率

一般に、識字率の調査は、角(2012)の研究で詳述されているように、実施方法・費用調達の点において、設計と実施が極めて困難であり、流布されている数値の信頼性はかなり低いと考えなければならない。この識字率の信頼性の低さは先進国・途上国を問わない。途上国の多くにおいては国勢調査時の回答または初等教育の就学率がそのまま識字率として流用されるケースが多く、一方先進国においてはほとんどすべての人が識字能力を持っていると推定され、非識字者があまりにも少なく必要性が疑わしいため調査を行わず、「ほぼ全員が識字能力を持つ」という意味で識字率99%と回答することが多いためである[10]。日本においても識字率調査は第二次世界大戦後にGHQの要請で行われた1948年(昭和23年)の調査を最後に行われていない[11]。このため、アメリカ日本といった多くの先進国の識字率は99%以上と推定されてはいるものの、国連開発計画の調査データにおいては調査が行われていないためにデータは空欄となっている[12]

2015年時点で最も識字率の低い国家はアフリカ大陸ニジェールであり、識字率は19.1%にとどまっている。以下、識字率が低い順にギニアブルキナファソ中央アフリカアフガニスタンベナンマリチャドコートジボワールリベリアの順となっており、これらの国家の識字率はいずれも50%を割っている[13]

アジア

2013年の識字率一覧

アフリカ

北アメリカ

南アメリカ

ヨーロッパ


注釈

  1. ^ 2014年現在でも、出入国管理及び難民認定法施行規則第55条において、「無筆、身体の故障その他申請書を作成することができない特別の事情がある者」の口頭申請を認める規定があり、法令用語として「無筆」が使用されている。
  2. ^ 伊達政宗の教育係となった虎哉宗乙のように、裕福な武士は子息のために僧侶を招聘していたが、大多数は仮名と基本的な漢字のみしか読めなかった。

出典

  1. ^ https://www.accu.or.jp/jp/activity/education/02-01d.html 公益財団法人ユネスコ・アジア文化センター (ACCU)  2017年12月16日
  2. ^ 「生きるための読み書き 発展途上国のリテラシー問題」pv 中村雄祐 みすず書房 2009年9月10日発行
  3. ^ 公職選挙法48条で「文盲」が使われていたが、平成25年法律第21号で表現が「心身の故障その他の事由」に改められた。
  4. ^ 『国際教育協力を志す人のために 平和・共生の構築へ』 p.38.千葉杲弘監修 寺尾明人・永田佳之編 学文社 2004年10月10日第1版第1刷
  5. ^ a b 『国際教育協力を志す人のために 平和・共生の構築へ』 p.39.千葉杲弘監修 寺尾明人・永田佳之編 学文社 2004年10月10日第1版第1刷
  6. ^ a b 『国際教育協力を志す人のために 平和・共生の構築へ』 p.40.千葉杲弘監修 寺尾明人・永田佳之編 学文社 2004年10月10日第1版第1刷
  7. ^ 『アフリカ経済論』 p.270.北川勝彦・高橋基樹編著 ミネルヴァ書房 2004年11月25日初版第1刷
  8. ^ http://www.afpbb.com/articles/-/2515456 『「国連識字デー」インドの寺子屋で学ぶ子どもたち』AFPBB 2017年12月27日閲覧
  9. ^ http://www.unic.or.jp/news_press/messages_speeches/1144/ 「国連識字の10年(2003-2012年)」国連本部で開始 「すべての人に識字を」をスローガンに、国連副事務総長が提唱」国際連合広報センター 2017年12月27日閲覧
  10. ^ 『生きるための読み書き 発展途上国のリテラシー問題』 p.13.中村雄祐 みすず書房 2009年9月10日発行
  11. ^ https://www.stat.go.jp/library/faq/faq27/faq27n03.html 「各国の識字率」総務省統計局 2017年12月28日閲覧
  12. ^ a b c d e f http://www.jp.undp.org/content/dam/tokyo/docs/Publications/HDR/2011/UNDP_Tok_HDR%202011Statistics_20140211.pdf 「統計別表 - 国連開発計画(UNDP)」p190 2017年12月28日閲覧
  13. ^ http://www.stat.go.jp/naruhodo/c3d0908.htm 「9月8日 国際識字デー」総務省 統計局 なるほど統計学園 2017年12月27日閲覧
  14. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t https://www.stat.go.jp/data/sekai/pdf/2017al.pdf#page=266 「世界の統計2017」p266 総務省統計局 2017年12月27日閲覧
  15. ^ a b c d e f http://www.jp.undp.org/content/dam/tokyo/docs/Publications/HDR/2011/UNDP_Tok_HDR%202011Statistics_20140211.pdf 「統計別表 - 国連開発計画(UNDP)」p191 2017年12月28日閲覧
  16. ^ a b c d http://www.jp.undp.org/content/dam/tokyo/docs/Publications/HDR/2011/UNDP_Tok_HDR%202011Statistics_20140211.pdf 「統計別表 - 国連開発計画(UNDP)」p192 2017年12月28日閲覧
  17. ^ 「印刷・スペース・閉ざされたテキスト」ウォルター・オング(「歴史の中のコミュニケーション メディア革命の社会文化史」所収)p135 デイヴィッド・クロウリー、ポール・ヘイヤー編 林進・大久保公雄訳 新曜社 1995年4月20日初版第1刷
  18. ^ 「図説 アジア文字入門」p102 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所編 河出書房新社 2005年4月30日初版発行
  19. ^ 小林登志子 『シュメル 人類最古の文明』p200-203 中央公論新社〈中公新書〉、2005年。
  20. ^ 古代オリエント集. 筑摩書房. (1978年4月30日) 
  21. ^ 江藤恭二監修 2008, p. 22.
  22. ^ 江藤恭二監修 2008, p. 23.
  23. ^ 江藤恭二監修 2008, p. 11.
  24. ^ 江藤恭二監修 2008, p. 24.
  25. ^ 漢字はいつから日本にあるのですか。それまで文字はなかったのでしょうか | ことばの疑問 | ことば研究館
  26. ^ 『日本幽囚記』(井上満訳、岩波文庫 p.31
  27. ^ 岩下誠 2020, p. 96.
  28. ^ ルビンジャー 2008.
  29. ^ a b c 八鍬友広, 「近世社会と識字 (<特集> 公教育とリテラシー)」, 教育學研究, 70(4), 524-535, (2003).
  30. ^ 小林恵胤, 「明治14年の識字調 ―当時の北安曇郡常盤村の場合―」, 長野県 近代史研究, (5), 51-57 (1973).
  31. ^   諸証書ノ姓名ハ自書シ実印ヲ押サシム. - ウィキソース.  明治10年太政官布告第50号
  32. ^ 新関欽哉 1991, pp. 176–178.
  33. ^ 新関欽哉 1991, pp. 176–183.
  34. ^ a b http://home.hiroshima-u.ac.jp/cice/wp-content/uploads/2014/02/15-1-04.pdf 「識字能力・識字率の歴史的推移――日本の経験」斉藤泰雄 広島大学教育開発国際協力研究センター『国際教育協力論集』第 15 巻 第 1 号(2012) 55 ~ 57頁 2017年12月28日閲覧
  35. ^ 日本人名大辞典+Plus, デジタル版. “ペルゼルとは” (日本語). コトバンク. 2021年3月2日閲覧。
  36. ^ 朝日新聞2008年12月5日夕刊
  37. ^ 『戦後日本漢字史』(新潮選書、阿辻哲次)p.40-
  38. ^ a b 「日本人の読み書き能力調査 」(1948)の再検証
  39. ^ 日本人の読み書き能力1948 年調査の非識字者率における生年の影響
  40. ^ a b ひらがなも書けない若者たち ~見過ごされてきた“学びの貧困”~ - クローズアップ現代
  41. ^ 60代から文字を学んで…娘の出生届も書けず、結婚35年で妻に初のラブレター : エンタメ・文化 : ニュース” (日本語). 読売新聞オンライン (2021年10月9日). 2021年10月11日閲覧。
  42. ^ 樺太残留邦人に言葉の壁 日本語「読めない」4割:東京新聞 TOKYO Web” (日本語). 東京新聞 TOKYO Web. 2021年8月12日閲覧。
  43. ^ 新田一郎 『日本の歴史11 太平記の時代』講談社、2001年、244頁。 


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