島秀雄とは?

島秀雄

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/24 01:35 UTC 版)

島 秀雄(しま ひでお、1901年明治34年)5月20日 - 1998年平成10年)3月18日[1])は、昭和初期 - 中期の鉄道技術者。元日本国有鉄道(国鉄)技師長[1]1955年 - 1963年)。元宇宙開発事業団(NASDA。宇宙航空研究開発機構初代理事長(1969年 - 1977年)。大阪府出身。




  1. ^ a b c d e “惜別”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 3(夕刊). (1998年6月3日) 
  2. ^ 『国鉄蒸気機関車史』p.83
  3. ^ 初期形D51はボイラーの重心が著しく後方に偏っていて、しかもその傾向を助長するような補機配置であったことなどから動軸重のバランスが著しく悪く、列車牽き出し時に空転が頻発し、さらに軸重バランスの悪化の辻褄合わせで運転台の寸法を切り詰め、しかもテンダーの石炭すくい口の位置が焚口に近すぎるなど乗務員に劣悪な環境での乗務を強いたことから、勾配線を担当する各機関区からはD51形に代えて前世代のD50形の配置が要求される、という形で半ば公然と受け取りを拒否された史実がある。担当機関区では、D50機関車2両が牽引する列車が立ち往生し3名(5名とも)の死者が出ており空転は看過できない死活問題であった。
  4. ^ 『国鉄蒸気機関車史』、pp.115-117
  5. ^ 蒸気機関車のすべて p.193
  6. ^ 蒸気機関車D51大辞典 p.158
  7. ^ 『国鉄蒸気機関車史』p.116
  8. ^ 『栄光の日本の蒸気機関車』p.77
  9. ^ 『D51「"デゴイチ"鉄路の千両役者」』p.29
  10. ^ 『国鉄蒸気機関車史』pp.110-111
  11. ^ 『D51 Mikado』p.65
  12. ^ 「蒸気機関車D51大辞典 P12」
  13. ^ 「栄光の日本の蒸気機関車」P197
  14. ^ 「蒸気機関車のすべて」P273
  15. ^ ただし、(東海道)新幹線について「全て既存技術」と説明したのは、世銀からの借款を受ける際に「『実験的』(experimental)なものには融資できない」という注意に反論したものである、等、文脈に注意する必要がある。
  16. ^ 交通新聞2008年10月22日
  17. ^ 技術者たちの敗戦. 草思社. (2004年7月23日). pp. 87. ISBN 4-7942-1336-0. 


「島秀雄」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「島秀雄」の関連用語

島秀雄のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



島秀雄のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの島秀雄 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2020 Weblio RSS