GREX-PLUS
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/03 08:04 UTC 版)
GREX-PLUS(Galaxy Reionization EXplorer and PLanetary Universe Spectrometer、銀河進化・惑星系形成観測ミッション)は2030年代の打ち上げを目指して検討されている赤外線天文衛星[1][2]。銀河形成史の解明、および惑星系の成長の観測を目的としている[3]。
概要
GREX-PLUSは日本国内の大学の研究者を中心に検討が行われている次世代赤外線天文衛星。広視野のサーベイ観測により初代銀河の探索を行う。口径1m級の宇宙望遠鏡として構想されており、観測装置として赤外線の広視野カメラ (WFC) を搭載する[1][4]。またGREX-PLUSはSPICAで開発されてきた冷凍機技術も搭載し[3]、望遠鏡は-223 ℃(50 K)に冷却される[5]。
WFCの他にオプションとして搭載が検討されている中間赤外線高分散分光器 (HRS) は2020年までSPICAの一環で検討が行われてきた分光装置を基にしている[注 1]。高分散分光ターゲット観測により、原始惑星系円盤内のスノーライン、惑星の大気中分子の化学を明らかにする[3]。
宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 宇宙科学研究所の中型ミッションとして2025年ごろの提案、そして2030年代後半の打ち上げを目指している[4]。打ち上げ後5年間の科学運用と、延長で5年以上の運用を行うことを目標としている[3]。GREX-PLUSの検討には米国の研究機関も参加している[6]。2021年10月にはワーキンググループの設立が提案された[5]。
2025年現在、銀河進化・惑星系形成観測ミッションは次世代小天体サンプルリターンと共にJAXAの戦略的中型計画の候補となっている[7][4]。
ミッションの目的
GREX-PLUSでは科学目標として以下の2点が設定されている[4]。
- 銀河形成進化の解明
- 惑星系形成進化の解明
初期宇宙に存在していた最遠方の初代銀河を観測することで銀河の成長過程を特定する[3][8][9]。初代銀河の観測は、その形成に関わると考えられる超巨大ブラックホールや、当時の宇宙で起きた宇宙の再電離の理解にも繋がるとされる[1][10]。GREX-PLUSに搭載されるWFCはこれまでスピッツァー宇宙望遠鏡が行ったサーベイ観測よりも100倍高い感度を持つ[11]。また2025年ごろに打ち上がるNASAのナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡では観測が難しい、赤方偏移の高い最遠方の銀河はGREX-PLUSの波長帯では観測できることが予想されている[9][12]。他にも、クエーサーへ進化する前段階の天体と考えられるDOG (Dust-obscured galaxy) をGREX-PLUSで観測することにより、クエーサーが形成される過程についての理解が深まることが期待されている[13][14][15]。
惑星科学では、多数の原始惑星系円盤でスノーライン (雪線) の位置を特定することで、水の移動など太陽系の形成史の理解拡大につながると期待されている[16]。GREX-PLUSの分光器HRSはジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の中間赤外線観測装置MIRIよりも1桁高い波長分解能を持ち、水のスペクトル線のドップラーシフトを観測することができる[17]。原始惑星系円盤で水のスペクトル線が発光する領域、すなわちスノーラインは中心星の周りにリング状に分布し回転運動をしている。そのため、水のスペクトル線のドップラーシフトを調べてその速さが分かれば、スノーラインが中心星からどれだけ離れているかまで特定できると考えられている[18]。これまで太陽系内では小惑星探査機はやぶさ2がサンプルを採取した小惑星リュウグウなどから有機物が発見されているが、それがどのように生成されたかの詳細は明らかになっていない。GREX-PLUSが原始惑星系円盤内の有機物などの化学進化の様子を観測することで初期の太陽系が形作られていった過程の解明が期待されている[16]。
この他、GREX-PLUSを用いた太陽系外惑星や太陽系内の天体の観測などが構想されている[4]。例として、HRSによって太陽系の巨大ガス惑星、巨大氷惑星、タイタンの大気内部での温度分布や大気組成を測定することができる[17]。
観測機器
- WFC(広視野カメラ Wide-Field Camera)
WFCは2-8マイクロメートルの波長帯に対応する広視野のカメラである。近赤外線で3バンド、中間赤外線で2バンドを持つことが想定されている。冷却は断熱放射冷却によって行われる。
- HRS(中間赤外線高分散分光器 High Resolution Spectrometer)
HRSは10-18マイクロメートルの波長帯に対応する分光器で、冷却は機械式冷凍機によって行われる。GREX-PLUSへの搭載がオプションとして検討されている。
分光計の波長分解能を高めると、それに比例して観測装置自体が大型化していくが、HRSに必要な高い波長分解能を従来技術の反射型光学素子で実現させると、装置が非常に大きくなり宇宙へ送るのが困難になってしまう。そこでHRSでは分光計を小型化するため、光学素子に屈折率の高い物質を用いるイマージョン回折格子 (Immersion Grating, IG) という技術が使われる[19][20]。IGに用いる材料はテルル化亜鉛カドミウム (CdZnTe) 結晶が候補となっており、極低温状態での屈折率[21]と透過率の測定結果からHRSの仕様を満たすことが確認されている[22][23]。実証試験としてCdZnTeを用いたIGを地上望遠鏡向けに製作し、2026年度中にJAXA宇宙科学研究所屋上の1.3m望遠鏡へ設置することが計画されている[24][25][26]。
脚注
出典
- ^ a b c 井上昭雄 (PDF), 遠方銀河と宇宙再電離の研究, 早稲田大学 理工学術院総合研究所 2021年8月23日閲覧。
- ^ “海外の宇宙ニュース:最も遠い(最も古い)銀河の候補が発見される”. 宇宙科学研究所 (2022年6月1日). 2022年6月26日閲覧。
- ^ a b c d e 井上昭雄. “GREX-PLUS”. 国立天文台. 2021年8月23日閲覧。
- ^ a b c d e 井上昭雄 (2024年12月3日). “Infrared Space Telescope GREX-PLUS 赤外線宇宙望遠鏡GREX-PLUS”. 国立天文台. 2025年2月22日閲覧。
- ^ a b “GREX-PLUS サイエンス検討会 FY2021”. 早稲田大学 理工学術院先進理工学部物理学科観測宇宙物理学研究室. 2022年4月3日閲覧。
- ^ “Water gas in protoplanetary disks - current and future observations -” (英語). カプタイン天文学研究所 (2025年4月2日). 2025年10月2日閲覧。
- ^ “宇宙理学委員会科学衛星 WG一覧”. 宇宙理学委員会. 2025年2月22日閲覧。
- ^ “The Universe’s Oldest Galaxies Hold Its Biggest Secrets”. デイリー・ビースト (2022年1月7日). 2022年3月27日閲覧。
- ^ a b 播金優一 (2022年2月12日). “A Search for H-Dropout Lyman Break Galaxies at z~12-16”. arXiv. 2022年3月27日閲覧。
- ^ 札本佳伸. “宇宙再電離期 (z∼ 7) におけるダストに隠された optically-dark 銀河の初検出”. 日本天文学会. 2022年4月3日閲覧。
- ^ “我が国の光赤外線天文学の大型将来計画:現状と課題”. 国立天文台 (2023年3月24日). 2025年10月2日閲覧。
- ^ “SPICAで検討した high-z AGN サイエンスの紹介と南極テラヘルツ望遠鏡への展望”. 筑波大学 宇宙観測研究室 (2022年3月14日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ “宇宙の夜明けにもブルドッグはいた! ~すばる望遠鏡やJWSTで見つかったブラックホールが急成長中の天体~”. 信州大学 (2023年12月15日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ “「JWST-ERO」は「 “赤い” ブルドッグ」であると判明 初期の宇宙で見つかったクエーサーの前駆体”. sorae 宇宙へのポータルサイト (2024年1月10日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ “New Red Galaxies Turn Out to be Already Known Blue Galaxies” (英語). 国立天文台 (2023年12月15日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ a b 黒川宏之 (2022年3月24日). “GREX-PLUSで期待される惑星サイエンス:理論・太陽系探査とのシナジー”. 2022年4月3日閲覧。
- ^ a b 野津翔太 (2024年2月20日). “GREX-PLUSで期待される惑星サイエンス:CHNO(PS) 元素の分布と惑星形成”. 2025年10月2日閲覧。
- ^ “【ウェブマガジン第19号】原始惑星系円盤の化学進化とスノーライン – 水・有機分子の起源に迫る”. 東京大学 (2024年6月11日). 2025年10月2日閲覧。
- ^ “次世代赤外線宇宙望遠鏡のためのイマージョン・グレーティング開発”. 総合研究大学院大学 (2024年2月28日). 2025年2月23日閲覧。
- ^ “次世代分光観測のための光学材料研究:CdZnTe結晶の極低温での赤外線吸収の原因を特定”. 宇宙科学研究所 (2022年1月19日). 2025年10月2日閲覧。
- ^ “Transmittance measurement of high-resistivity CdZnTe at cryogenic temperature for material selection of the immersion grating for the next-generation infrared telescope GREX-PLUS” (英語). 国際光工学会 (2024年8月23日). 2025年10月2日閲覧。
- ^ “Measurement of the temperature dependence of the refractive index of CdZnTe” (英語). 国際光工学会 (2025年5月7日). 2025年10月2日閲覧。
- ^ “Development of a cryogenic minimum deviation angle measurement system in the mid-infrared to determine the refractive index of CdZnTe, a material for the immersion grating” (英語). 宇宙科学研究所 (2025年2月27日). 2025年10月2日閲覧。
- ^ “CdZnTe製イマージョングレーティングによる中間赤外線高分散分光計の開発”. 国立天文台 (2024年11月25日). 2025年10月2日閲覧。
- ^ “GREX-PLUS 高分散分光器:地上望遠鏡搭載技術実証用分光器の進捗状況”. 日本天文学会 (2025年3月17日). 2025年10月2日閲覧。
- ^ “GREX-PLUS/HRS: 分散素子の実証に向けた地上観測用分光装置の開発状況”. 日本天文学会 (2025年9月9日). 2025年10月2日閲覧。
注釈
- ^ HRSは赤外線天文衛星SPICAの中間赤外線観測装置 (SMI) の一部を構成していた高分散分光装置 (HR) と同じ波長帯に対応している。
関連項目
- 研究分野
- 赤外線天文衛星
- 日本の赤外線天文衛星
- これまでの赤外線天文衛星
外部リンク
- 最初の星を探せ 日本発の宇宙望遠鏡計画 - 日経サイエンス
- 銀河と惑星の成り立ちに迫る、早大発の挑戦
- GREX-PLUSのページへのリンク