野見宿禰 野見宿禰の概要

野見宿禰

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/22 15:32 UTC 版)

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野見宿禰
菊池容斎前賢故実』より)
当麻蹴速と角力を取る野見宿禰
月岡芳年『芳年武者无類』より)
野見宿禰像
(荒川亀斎作)

人物

天穂日命の14世の子孫であると伝えられる。飯入根の兄弟である甘美韓日狭命(甘美乾飯根命)の子。襲髄命と同人とする説もある[1]

垂仁天皇の命により当麻蹴速角力(相撲)(『日本書紀』では「捔力」に作る)をとるために出雲国より召喚され、蹴速と互いに蹴り合った末にその腰を踏み折って勝ち、蹴速が持っていた大和国当麻の地(現奈良県葛城市當麻)を与えられるとともに、以後垂仁天皇に仕えた[2]。また、垂仁天皇の皇后日葉酢媛命の葬儀の時、それまで行われていた殉死の風習に代わる埴輪の制を案出し、土師臣(はじのおみ)のを与えられ、そのために後裔氏族である土師氏は代々天皇の葬儀を司ることとなった[3]

埴輪創出についての考古学的な知見からは、記紀が語る上述の伝説は史実ではないとされるが[4]、こうした伝説も土師氏と葬送儀礼との関係から生まれたものであろうとする説がある[5]。その説によると、まずその名前は、葬送儀礼の一環としての古墳の築営に際して、様々な条件を吟味した上での適当な地の選定ということが考えられ、「野」の中から墳丘を築くべき地を「見」定めることから「野見」という称が考案されたのではないかとし、次に相撲については、古墳という巨大な造形物を目の当たりにした人々が、これを神業と見て、その任にあたった土師氏の祖先はさぞかし大力であったろうとの観念に基づくものではないかと見る。そして、土師氏が古墳造営を含めた葬送儀礼全般に関わったことから、これを死の国と観想された出雲国に結びつけ、その祖先をあるいは出雲出身としたり、あるいは都と出雲の中間である播磨国に葬られたとしたのではないかと見、最後に火葬の普及などの変遷を経て古墳時代が終焉を迎える頃、その技術が不要とされた土師氏が、自らの祖先の功業を語る神話として大事に伝承したものであろうと説く。この説の当否はともかくとして、少なくとも野見宿禰が祖先として土師氏に崇められたことは確かである。

墓所

野見宿禰は、播磨国の立野(現在の兵庫県たつの市)で病により死亡しその地で埋葬されたとされ、これは 『播磨国風土記揖保郡立野条の記述に基づく。当地には野見宿禰神社があり野見宿禰の塚もあり、「たつの」の地名も野見宿禰の伝承と不可分なものであるが、野見宿禰の墓所については異説もある[6]

鳥取市の大野見宿禰命神社と松江市の菅原天満宮にも「野見宿禰の墓」があり、両社とも「龍野で没した野見宿禰の骨を分骨して墓を建てた」と主張している。さらに、大阪府高槻市上宮天満宮は境内の野身神社に「式内野身神社并野見宿禰墳」の石柱が立ち、かつて周辺に土師一族が住み野見宿禰を祀ったとする[6]

奈良県にも「野見宿禰の墓」がある。野見宿禰と当麻蹴速が取り組みをした「相撲発祥の地」とする桜井市の相撲神社には顕彰碑や土俵があり、南東の山向こうには出雲と呼ばれる地区に野見宿禰の塚と、顕彰する五輪塔がある[6]

後裔

土師氏の中には、姓を菅原に改めた氏があり、その菅原氏から公家五条家が出たが、五条家は野見宿禰の子孫であることから相撲司家となった。




  1. ^ 『出雲国造伝統略』
  2. ^ 『日本紀』垂仁天皇7年条
  3. ^ 『日本紀』垂仁天皇32年条。なお、垂仁天皇の漢風諡号である「垂仁(を垂れる)」は、この殉死を廃止した説話に因むものである。
  4. ^ 詳しくは埴輪の項目を参照。
  5. ^ 西郷「ノミノスクネ考」。
  6. ^ a b c 相撲開祖の墓 各地に点在(とことんサーチ)” (日本語). 日本経済新聞 電子版. 2020年11月22日閲覧。


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