東坊城家とは?

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東坊城家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/06/04 06:52 UTC 版)

東坊城家(ひがしぼうじょうけ)は、五条長経(正二位参議刑部卿1242年 - 1315年)の次男東坊城茂長(正三位参議治部卿1284年 - 1343年)を祖とする堂上家である。ただし、茂長の時代には「坊城」と称し、孫の秀長・言長兄弟の時代に分立して「東坊城」「西坊城」と称したことから、秀長をもって祖をする考え方もある。西坊城家は江戸時代に2度目の絶家を迎えた[1]が、その後も東坊城家では「坊城」「東坊城」の家名が併用されていた[2]




  1. ^ 橋本政宣 編『公家事典』、吉川弘文館2010年、ISBN P769 - 770
  2. ^ 伊藤慎吾『室町戦国期公家社会と文事』三弥井書店、2012年、P146 - 147
  3. ^ a b Wikipedia入江たか子の項を参照。
  4. ^ a b 「歴史が眠る多磨霊園」の東坊城徳長 (日本語)を参照。
  5. ^ 五条為康の子。
  6. ^ 五条為経の子。
  7. ^ 広橋勝胤の子。
  8. ^ 五条為徳の2男。


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