山井家とは? わかりやすく解説

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山井家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/12/25 02:57 UTC 版)

山井家
きく
本姓 藤原北家水無瀬流桜井庶流
家祖 山井兼仍
種別 公家羽林家
華族子爵
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
東京府
凡例 / Category:日本の氏族

山井家(やまのいけ)は、藤原北家水無瀬家庶流公家華族だった家。公家としての家格は羽林家、華族としての家格は子爵[1]

歴史

縫殿助桜井兼里の次男・山井兼仍を祖とする。家格羽林家。家業はの製造。江戸時代石高御蔵米30石[2]

明治維新後の明治2年(1869年)6月17日の行政官達で公家と大名家が統合されて華族制度が誕生すると山井家も公家として華族に列した[3][4]。明治17年(1884年)7月7日の華族令の施行で華族が五爵制になると、同8日に大納言直任の例がない旧堂上家[注釈 1]として兼文子爵に叙された[1]。彼は貴族院の子爵議員に当選して務めた[6]

兼武の代に山井子爵家の邸宅は東京市世田谷区玉川田園調布にあった[6]

墓所は、明治以前は京都市左京区大超寺で、明治以降は青山霊園1-イ-12-6。

系譜

実線は実子、点線(縦)は養子。
桜井兼里
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
桜井兼供
桜井家
山井兼仍1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
兼前2 氏栄
 
 
 
氏栄3
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
仍敦4 仍孝
 
 
 
仍孝5
 
 
 
氏興6
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
氏暉7 氏胤
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
氏胤[7] 氏親
 
 
 
兼文8
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
兼武9 兼忠 兼孝 兼智

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ^ 中納言からそのまま大納言になることを直任といい、中納言を一度辞してから大納言になるより格上の扱いと見なされていた。叙爵内規は歴代当主の中にこの大納言直任の例があるか否かで平堂上家を伯爵家か子爵家かに分けていた[5]

出典

  1. ^ a b 小田部雄次 2006, p. 338.
  2. ^ 公卿類別譜(公家の歴史)山井 (日本語)
  3. ^ 浅見雅男 1994, p. 24.
  4. ^ 小田部雄次 2006, p. 13-14.
  5. ^ 浅見雅男 1994, p. 118.
  6. ^ a b 華族大鑑刊行会 1990, p. 296.
  7. ^ 1884年5月30日廃嫡。『平成新修旧華族家系大成』下巻、809頁。

参考文献

外部リンク




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