佐久間象山とは? わかりやすく解説

さくま‐しょうざん〔‐シヤウザン〕【佐久間象山】

読み方:さくましょうざん

1811~1864]江戸末期学者信濃松代藩士。名は啓(ひらき)。初め朱子学を、のちに蘭学修め西欧科学技術摂取による国力充実主張したが、京都攘夷派暗殺された。門下勝海舟吉田松陰らがいる。

佐久間象山の画像

佐久間象山 さくま しょうざん

佐久間象山の肖像 その1
文化8年2月28日元治元年7月11日1811~1864)

長野生まれ実名は国忠のちに啓、号は象山。父は松代藩祐筆天保4年(1833)に江戸へ出て佐藤一斎私塾に入るが、3年後には松代帰る10年(1839)江戸に塾を開く。老中となった藩主真田幸貫より海外事情研究命じられ13年(1842)に「海防八策」を上書安政元年(1854)吉田松陰事件に連座して松代蟄居文久2年(1862)赦免元治元年(1864)幕府の命を受けて上洛開国論主張したが、尊皇攘夷派によって暗殺される

キーワード 学者
号・別称 国忠, 啓
著作等近代デジタルライブラリー収載
  1. 象山先生詩鈔. [1], [2] / 佐久間象山著 ; 北沢正誠編 子安俊, 1878 <YDM99616>
  2. 山陽・象山・東湖金玉真蹟 鹿野至良, 明13.4 <YDM70829>
  3. 佐氏遺言 / 佐久間象山著 ; 花岡以敬編 和田義章, 明14,17 <YDM6834>
  4. 桜花帖 / 佐久間象山書 白井至静, 明17.6 <YDM70681>
  5. 恭聞帖 / 佐久間象山書 白井至静, 明17.6 <YDM70825>
  6. 女訓 / 佐久間象山著 ; 青木直隆注 ; 青木士亮校 長文昌堂, 明27.1 <YDM10382>
  7. 佐久間象山山口菅山問答鬼神論 / 柄沢義郎柄沢義郎, 明32序 <YDM8965>

(注:この情報は、国立国会図書館ホームページ内の近代日本人の肖像」の内容を転載しております掲載内容の複製については、国立国会図書館の許諾を得る必要があります。)

佐久間象山


佐久間象山(1811-1864)

 「横浜開港の父」、「人造ケツ器」の開発
 佐久間象山は、幕末の兵学洋学者で、信濃(現長野県松代藩士である。黒船事件以前から開国唱えていた開国論者で、幕府下田開港のうわさを聞くと、これを批判し、より江戸に近い横浜開港奔走するなど、新し日本の建設に力を尽したのだが、明治維新見ることなく元治元年(1864)京都亡くなった
象山にとって洋学活かした活動一つ西洋砲術である。
 天保13年1842年)、象山仕え松代藩主・真田幸貫老中兼任海防掛抜擢されたことを受けて江川英龍の下で、兵学を学ぶ。そして、藩主幸貫に『海防八策』を献上し高い評価受けた。さらに江川英龍の下で兵学学んだ高島秋帆技術取り入れて大砲の鋳造成功した
 活動もう一つは、松代藩殖産開発であるが、これは必ずしも成功しなかった。
 地図測量との係わりを示す物として、象山考案し購入関わった測量器機と自ら開発した人造ケツ器」と呼ばれる地震予知器の開発がある(安政5年? 1858)。
 後者の「人造ケツ器」とは、馬蹄形をした磁石のようなもので(”ケツ”とは欠けた輪の意)、これに糸で結わえた鉄片吸い付けておくと、地震際に鉄片はずれておもりが落下する考えたようであるが、実用性には疑問がある。
画像

人造ケツ器」

 その「人造ケツ器」といくらかの測量器機が出身地である長野市松代象山記念館保存されている。
 嘉永6年1853年)にペリー浦賀来航すると、松代藩横浜応接所の警備命じられ象山も「軍議役」として横浜出張した。この経験から、横浜開港地として優れている幕府具申したことから、のちに「横浜開港の父」と呼ばれるようになった。また視察に際して松代測量東福寺作ら同行させ、海の測量従事させたといわれているが、それは当時測量書にもあるように、艦船停泊遠近艦船大小装備状況把握など黒船艦船偵察といったところであったと思われる
画像

測量集成」(福田理軒)より

佐久間象山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/02/10 16:39 UTC 版)

佐久間 象山(さくま しょうざん/ぞうざん)は、江戸時代後期の松代藩士、兵学者・朱子学者思想家通称修理(しゅり)、国忠(くにただ)、のちに(ひらき)、子迪(してき)、後に子明(しめい)と称した。位階正四位(1889年)[1]象山神社祭神。象山神社の隣が生家で、長野県の史跡に指定されている。松代三山の一人。


注釈

  1. ^ 『松代藩監察日記』享保13年(1728年)8月9日の条に佐久間と改めて継いだと記している。[2]
  2. ^ 象山は安政6年(1859年)4月28日に柳左衛門という者に宛てた書状で自分が朝信の血縁に繋がる事を大変自慢している。[6]
  3. ^ 象山は2月11日生まれとされていたが、発見された位牌により2月28日と確認されたという。[7]
  4. ^ ただし、象山の性格に驕慢な所があったのを憂い、死ぬまで象山の行く末を心配したという。[10]
  5. ^ In Yeddo, with this nondescript political status, and cut off from any means of livelihood, he was joyfully supported by those who sympathised with his design. One was Sakuma-Shozan, hereditary retainer of one of the Shogun’s councillors, and from him he got more than money or than money’s worth. [28]

出典

  1. ^ 贈位諸賢伝 増補版 上 1975, p. 51-52.
  2. ^ 大平 1987, pp. 5–6.
  3. ^ 大平 1987, pp. 6–7.
  4. ^ 大平 1987, p. 7.
  5. ^ 大平 1987, p. 8.
  6. ^ 大平 1987, pp. 8–9.
  7. ^ 大平 1987, pp. 11–12.
  8. ^ 大平 1987, p. 13.
  9. ^ 大平 1987, p. 14.
  10. ^ 大平 1987, pp. 15–19.
  11. ^ 大平 1987, pp. 37–39.
  12. ^ 大平 1987, p. 37, 205.
  13. ^ 大平 1987, p. 18, 40, 205.
  14. ^ 大平 1987, p. 40.
  15. ^ 大平 1987, p. 205.
  16. ^ a b 日本大百科全書『佐久間象山』。
  17. ^ 佐久間象山 宮本仲
  18. ^ 岸邉成雄 『江戸時代の琴士物語』有隣堂印刷株式会社出版部、2000年9月、132-138頁。 (原典:財団法人正波邦楽協会機関紙月刊『道楽』643号、平成7年5月「探琴の旅(七)」)
  19. ^ 「海舟全集 第十巻」
  20. ^ 『海舟言行録』P130
  21. ^ 「観樹将軍豪快録」
  22. ^ 『伊藤候井上伯山縣候元勲談』
  23. ^ 「維新雑史考」
  24. ^ 大平 1987, p. 1.
  25. ^ 大平 1987, p. 2.
  26. ^ 大平 1987, pp. 3–4.
  27. ^ 大平 1987, p. 4.
  28. ^ R. L. スティーブンソン. “"Familiar Studies of Men and Books"より'Yoshida Torajiro'”. 2015年3月8日閲覧。


「佐久間象山」の続きの解説一覧

佐久間象山(さくま しょうざん)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/06 16:30 UTC 版)

シノビノ」の記事における「佐久間象山(さくま しょうざん)」の解説

五月塾長葛飾北斎親友だった。

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佐久間象山(さくま しょうざん)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/24 18:13 UTC 版)

SIDOOH/士道」の記事における「佐久間象山(さくま しょうざん)」の解説

松代藩士。思想家門弟には瑠儀吉田松陰がいる。慶喜公武合体論開国論説いた。しかし、当時京は尊皇攘夷派志士潜伏拠点となっていた為、1864(元治元)年、三条木屋町前田伊右衛門河上彦斎の手にかかり暗殺される本編には名前のみ登場

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佐久間象山(さくま しょうざん)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/22 01:26 UTC 版)

赤い鳩」の記事における「佐久間象山(さくま しょうざん)」の解説

作中では河上彦斎惨殺される。

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佐久間象山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/22 03:20 UTC 版)

幕末イグニッション」の記事における「佐久間象山」の解説

佐々木監護先の知り合い天才で、社交家のため、海舟坂本中岡知り合いの仲。

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佐久間象山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/30 08:42 UTC 版)

大槻磐渓」の記事における「佐久間象山」の解説

江川英龍門下砲術学んだ同門その後付き合い続いており、磐渓は開国論先達者として象山尊敬していた。互いに大酒飲み天下語ること好きだった彼とは馬が合った様である。また、吉田松陰象山弟子)に磐渓を紹介したのも彼だと思われる

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佐久間象山(さくま しょうざん)

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JIN-仁-」の記事における「佐久間象山(さくま しょうざん)」の解説

作中では少年時代タイムスリップ現代行ったことがあり、それ以来熱心に勉学に励むようになった

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