フーガの技法とは? わかりやすく解説

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フーガのぎほう〔‐のギハフ〕【フーガの技法】

読み方:ふーがのぎほう

原題、(ドイツ)Die Kunst der Fugeバッハ作品。全19曲。ニ短調1749年後半の作。19曲目未完。高度な対位法駆使しており、オルガンピアノなど、鍵盤楽器演奏されることが多い。


バッハ:フーガの技法

英語表記/番号出版情報
バッハ:フーガの技法Die Kunst der Fuge BWV 1080作曲年: 1742-49年 

作品概要

楽章・曲名 演奏時間 譜例
1 コントラプンクトゥス 1 Contrapunctus 1 BWV1080/1No Data No Image
2 コントラプンクトゥス 2 Contrapunctus 2 BWV1080/2 No Data No Image
3 コントラプンクトゥス 3 Contrapunctus 3 BWV1080/3No Data No Image
4 コントラプンクトゥス 4 Contrapunctus 4 BWV1080/4No Data No Image
5 コントラプンクトゥス 5 Contrapunctus 5 BWV1080/5No Data No Image
6 コントラプンクトゥス 6: フランス様式による4声コントラプンクトゥス 6 Contrapunctus 6 a 4 in Stylo Francese BWV1080/6No Data No Image
7 コントラプンクトゥス 7: 拡大縮小による4声 Contrapunctus 7 a 4 per Augmentationem et Diminutionem BWV1080/7No Data No Image
8 コントラプンクトゥス 8: 3声 Contrapunctus 8 a 3 BWV1080/8No Data No Image
9 コントラプンクトゥス 9: 12度転回対位法による4声 Contrapunctus 9 a 4 alla Duodecima BWV1080/9No Data No Image
10 コントラプンクトゥス 10: 10度転回対位法による4声 Contrapunctus 10 a 4 alla Decima BWV1080/10No Data No Image
11 コントラプンクトゥス 11 Contrapunctus 11 a 4 BWV1080/11No Data No Image
12 コントラプンクトゥス 12: 正立4声 Contrapunctus 12 a 4. a) Forma inversa BWV1080/12.1No Data No Image
13 コントラプンクトゥス 12: 倒立4声 Contrapunctus 12 a 4. b) Forma recta BWV1080/12.2No Data No Image
14 鏡像コントラプンクトゥス: 正立3声 Contrapunctus inversus a 3. a) Forma recta BWV1080/13.1No Data No Image
15 鏡像コントラプンクトゥス: 倒立3声 Contrapunctus inversus a 3. b) Forma inversa BWV1080/13.2No Data No Image
16 コントラプンクトゥス: 4声 Contrapunctus a 4 BWV1080/10aNo Data No Image
17 反行形による拡大カノン Canon per Augmentationenm in Contrario Motu BWV1080/14No Data No Image
18 8度カノン Canon alla Ottava BWV1080/15No Data No Image
19 3度転回対位法による10度カノン Canon alla Decima in Contrapunto all Terza BWV1080/16No Data No Image
20 5度転回対位法による12度カノン Canon all Duodecima in Contrapunto alla QuintaNo Data No Image
21 2台チェンバロのための鏡像フーガ: 正立 Fuga inversa a 2 Clavicembali: a) Forma inversa BWV1080/18.1No Data No Image
22 2台チェンバロのための鏡像フーガ: 倒立 Alio modo. Fuga inversa a 2 Clavicembali: b) Forma recta BWV1080/18.2No Data No Image
23 3つの主題によるフーガ Fuga a 3 Soggetti BWV1080/19No Data No Image
24 コラール《われら苦しみ極みにあるとき》の旋律による4声フーガ Choral: Wenn wir in Höchsten Nöten sein. Canto fermo in Canto BVW668aNo Data No Image

作品解説

2007年9月 執筆者: 朝山 奈津子

 《フーガの技法》は、謎めいた未完フーガバッハ最晩年逸話あいまって伝説的なオーラ放っている。作曲家の死の直後出版されからこれまで絶え人々関心集め、なかば崇拝にも近い賛辞贈られた。しかし栄光反して実際に演奏される機会それほど多くない。それは、バッハ意図した楽器編成判然としないことに大きな原因があるが、伝説的なオーラ近づきがたいイメージ固めてしまった所為でもある。バッハ確かにかなり抽象的理念的性質をこの曲集に与えたのではあるが、実際に演奏可能なことが何より大前提だった筈だ。そこで、具体的に各曲に迫るためにまず、この作品あらわれる「技法」とは何か、それらが音楽的にどのように成功しているのかを確かめてみよう。はじめに強調しておくが、ここに含まれる作品は、おそらく全曲とおして演奏想定して作られてはいない。《フーガの技法》を単一主題によるフーガ変奏曲のように扱うのは、そもそも聴き手集中力鑑みて無理があるよう思われる
 作品全体の構成こちらに示す。また、作品の成立関わる問題については最後にこちら簡単に述べるにとどめる。以下、文中略号「Cp.」はContrapunctusを表す。また、テーマ」という場合には第1曲の冒頭提示され、この曲集全体を貫く旋律のことを、「主題」という場合にはフーガ楽式ないし作曲技法上の主要旋律のことを指す。



BWV 1080/ 1-5 / 6-7/ 8 / 9-10, 10a / 11 / 12-13 / 14-17 / 18 / 19 /
BWV668




第1群基本テーマによる単純フーガ(Contrapunctus 1-5
 テーマ基本形そのまま用いたグループ。ただし、付点などリズムわずかな変更はある。全体に古い様式志向する。それは、Cに縦線引いたAlla breve拍子記号にもよく表れている。(この観点から、Cp.5が出版譜においてCになっているのは、おそらくミスだろうと考えられる。)
 Contrapunctus 1はもっともシンプルなフーガで、明確な対位句すら現れず、ほぼ単一主題のまま、きわめて狭い範囲の調のみを通る。声部独立保たれ厳格なモテットのように響く。3声部より少なくなることはない。楽曲中間いっさい休止も完全終止入らないため、厚みと重み持ったまま進む。更には最後に声部停止する休符と、ややトッカータ風のコーダがついて、全体古式ゆかしい対位法作品になっている
 Contrapunctus 2では、テーマ後半付点リズムになる。やはり基本形のみによる単純フーガ第1番くらべれば闊達明るく感じられるが、この付点決し鋭く演奏すべきものではなく、あくまで拍節小節線越えるための推進力生む装置として大切になければならないまた、声部がしばしば増減し、完全終止こそ最後まで現れないが、声部入り明確になることでテクスチュアメリハリ生まれている。
 Contrapunctus 3倒立形、すなわち基本形音程進行ひっくり返した主題で始まる(音程上下逆にすることを「転回」と呼ぶ。こうしてつくられるものを転回主題、また反行主題ともいう)。また、固定した対位句がつねに主題随伴する。(この対位句と主題はどの声部にどちらが現れても、つまり上下関係をかえても音楽成り立つので、こうした対位法技法を「転回対位法」と呼ぶ。)しかし、この曲が独特の迫力を持つのは何といっても、主題以外の声部散りばめられた半音階ゆえのことだろう。この半音階性は基本テーマ転回して現れるc音に起因するニ短調の曲であれば導音としてcisになる筈のものであり、すでに主題で調が一瞬あいまいになる。対位声部では、半音連ねた順次進行和声的跳躍進行組み合わせることで、遠近感演出している。
 Contrapunctus 4倒立形だが、a音、すなわちニ短調ドミナント始まり、調を明確にまとっている。主題提示部とエピソード部の明確な交代中間に起こる2度の完全終止(第53小節、第103小節)とそこから生まれ周期性から、全体図式的論理的な構成をもつ。また、声部独立はあまり厳格ではなく、対位句やエピソード部における――いささか冗長な――摸続進行掛け合いなどでは、ホモフォニック動きが目立つ。あとから書き足されことによるのか、比較あたらし書法自由なフーガとなっている。
 Contrapunctus 5は、倒立形に正立形が応答する反行フーガ」である。また、主題提示半ば応答が始まる「ストレッタ・フーガ」でもある。このストレッタの距離は徐々に詰まってゆき、最後提示(第86小節以降)ではついに倒立形と正立形がぴったり同時に現れる。そして、最終小節付近では6声部となって堂々たる終止にいたる。基本テーマによるグループ最後を飾るにふさわしく古来からのさまざまの技法詰め込んだ曲である。


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第2群:反行ストレッタフーガ(Contrapunctus 6-7
 この組では、新し様式による大規模な反行ストレッタフーガが登場する。Cp.5 をここに含めないのは、Cp.6のタイトルフランス様式の」という言葉にも表されるように、古様式(スティレ・アンティーコ)から離れる方向へむかうからである。
 Contrapunctus 6 では、付点リズム主題正立形に縮小され倒立形が応答し、さらに縮小正立形、縮小倒立形が次々提示される。「フランス様式」とは、主題付点リズムエピソード部分タイ32分音符から作られるより鋭い装飾リズム加え楽曲後半に目立つ16分音符連なったパッセージこうした種々の異なリズム対比緊張を指す。
 Contrapunctus 7縮小主題加え拡大形が用いられる。が、正立倒立拡大縮小といったさまざまな主題形による提示転回可能性それほど徹底して試されていないまた、4回登場する主題拡大形も、コラール編曲定旋律のような重々しさはない。というのも声部減らした複数声部そろって終止したりして重要な主題入り準備するような演出がないからである。全体は常にほぼ4声部保ち、曲の最後では5声部増えすらする堅牢な書法であるが、各声部随所から主題聞こえ響きの上ゆるやかなフーガとなっている。


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第3群:転回対位法による二重フーガ(Contrapunctus 9-10
 ここからは、各曲とまった新し主題基本テーマ組み合わされるようになる1742年頃にまとめられ自筆初期稿では、二重フーガ2曲と三重フーガ2曲がカノンを間においてペア並んでいる。印刷譜がこの論理的な配列乱し三重フーガCp.8とCp.11の間に二重フーガCp.9-10を置いたのは、間違いだったのではなかろうか。(敢えて譜めくり容易にするような体裁にするためだと指摘する学者もいる。)
 Contrapunctus 912度5度)の転回対位法による曲である。ゆるやかに下行と上行を繰り返す冒頭主題が4声部出揃ったところで基本テーマ拡大形が、さながら定旋律のように現れる転回対位法とは、この2つ旋律5度、ないし12度の幅で上下入れ替えて音楽として成り立つような書法のことで、冒頭主題バッハにしては異様に長いのは、この拡大形のテーマ対応するためである。拡大テーマ入りはいずれ場合もよく準備されてはっきり聞き取れるようになっており、全体はそのお陰で劇的なダイナミズム富んでいる。
 Contrapunctus 1010度3度)の転回対位法よる。主題の提示部に続いて基本テーマ倒立形がストレッタで現れ、すぐに2つ主題組み合わされる。前半では声部がよく独立保っているが、中間部以降2つ声部におなじ主題同時に入るようになる。このときの対位法は、片方12度、もう一方8度転回対位法である。曲の後半ではこの手法によって佳境演出されている。
 ところで、初版譜第14曲はこのCp.10の初期稿である。基本テーマ提示部から始まり、新主題登場から基本テーマ組み合わされる。つまり、Cp.10は初期稿第二主題による提示部20小節冒頭書き足したのである。ふたつを見比べてみると、Cp.10では基本テーマ提示部で、急に声部減って違和感生じないよう、アルトにストレッタを用いて段階的に音量減らしその後ふたたび累加していくよう書き直されている。


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第4群:三重フーガ(Contrapunctus 8, 11
 三重フーガペアが印刷譜で離れて配置されたのは、単純にCp.8が3声、Cp.11が4声だったからか知れない。だが、そのせいで2つの曲の密接な関連判りにくくなってしまった。実はこの2曲は、同様の主題を3声と4声にそれぞれ応用する、という試みであり、《フーガの技法》のひとつの頂点をなすグループのである
 Cp.8の冒頭提示される新し主題は、Cp.11の第27小節アルトから現れる主題に、Cp.11の基本テーマ正立形をもとにした冒頭主題はCp.8の第94小節アルト登場するテーマ変形倒立主題呼応する3つ目の主題同音反復を含む8分音符旋律で、Cp.8では第39小節アルト下行形で、Cp.11では第90小節テノールにまず上行形で(のちに転回して下行形でも)現れるこのように3つの主題登場順序こそ違えど、冒頭、第30小節付近、第90小節付近であり、2つの曲が同じ構造持っていることが判るまた、3つの主題同時に現れる瞬間は、どちらの曲でも4分の3ほど進んだ位置(約200小節中の第150小節付近にあたっている。
 この3つの主題自体は、基本テーマ変形によるアーチ主題半音階による主題、そして非常に印象的で必ず聞き取ることができる同音反復主題という、フーガ典型的かつ理想的な要素をすべて備えている。そのため、複雑な組み合わせであっても衒学的にならず、美し響き保っている。


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第5群:鏡像フーガ(Contrapunctus 12-13
 曲全体をすべて転回しても音楽成り立つような技法鏡像対位法と呼ぶ。フーガというよりはカノンに近い。当然ながら、きわめて厳格かつ高度な技術要する1740年代自筆稿では正立形と倒立形が上下並べられており、まさに鏡に映したような見事な造形をみせている。
 Contrapunctus 12古めかしい2分の3拍子記譜され、基本テーマ比較忠実な荘重な主題で始まるが、順次進行による対位句がやがて8分音符主体となってテンポアップし、息つく間もないようなクライマックスのうちに終止する。これほど生き生きしたものが実は鏡像対位法書かれているとは、驚嘆するばかりである。
 Contrapunctus 13はしかし、それにも増して闊達生命力溢れている。三連符運ばれるのは、まさに舞曲ジグであり、鏡像対位法課すさまざまな制限をまるで感じさせない
 なお、初版には第18曲として2台チェンバロのための編曲収載されている。3声のものを2人4手割り当てる際、バッハ声部をひとつ追加したこの声部は転回ができず、正立形と倒立形で異なっている。


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第6群:カノン
 いずれも基本テーマをもとに大胆な変形加えた主題をもつ。自筆初期稿謎カノン体裁でまず単旋律のみ提示し次のページ2段総譜による解決書き込まれていたが、初版では解決のみが示された。
 拡大反行のカノンは、先発する上声旋律反行形を、倍の音価で下声に置いて始まる。全体104小節+終結部5小節からなり、第53小節下声から上下入れ替わる終結部上声冒頭主題どおりなので、下声を取り除けば無限に続けることができる。旋律拡大されているため、後発声部先発声部26小節分のみを使用する主題にはEs音が含まれ全体半音階響きが目立つ強烈な響きになっている。なお、この曲は自筆稿では最後に置かれいたもので、8度10度12度によるほかの3つのカノンにこれを先行させた初版配列は完全に混乱しているといわざるを得ない
 オクターヴカノンフーガのような構成をもっている。アーチ主題がたびたび現れては展開する反復記号以降部分冒頭を完全に再現しており、さらにフェルマータ以降終結部大胆な手の交差でいったん音が鍵盤中央集まった後、ふたたび広がり最後の音で今度低音域の声部交差がおこる。全体生き生きした16分の9拍子運ばれインヴェンションのようによくまとまった曲である。
 3度転回対位法による10度カノンは、78小節+終結部4小節(内カデンツァ2小節からなり、第40小節上下入れ替わるその際、下声に4小節分の自由旋律がはめ込まれている。また、終結部前4小節の上声にも自由旋律現れる3度転回対位法による10度カノン、というの操作次のように行われている。前半先発声部に対して後発声部10度上の関係にある。後半では、もとの先発旋律オクターヴ高くなって上声へ、もとの後発旋律10度下へ移されるその結果オクターヴ模倣になる。この曲はごく普通の音域から始まって中間部両手ともト音譜表音域にまで高まり中間の折り返し点で正常化するが、やがて再び高音へ昇っていく。それに伴って長い音価8分音符ゆったりした調子から、きらびやかな走句の掛け合いへと変化し終結部では3分割から2分割へと拍子唐突な変化見せる。音域テンポ感の変容面白く、また美しい曲である。
 5度転回対位法による12度カノンも、技法に関して10度カノンと同様で、中間の34小節上下入れ替わり後半8度模倣になる。この曲はまた、オクターヴカノンおなじくフーガ風の主題提示と展開があり、明確な二部構成をとる。また、自由旋律もたない完全な無限カノンである。こうした要素をすべて併せ持ってなお美しインヴェンションを書くのは、音楽的にたいへん困難な課題であるが、バッハはここでそれを見事に実現している。


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第7群:未完の4声フーガ
 ここで現れる3つの主題は、《フーガの技法》の基本テーマとは一致しない冒頭第1主題5度跳躍にはわずかにその片鱗感じられるが、ほぼ無関係であるといってよい。第2主題は第114小節現れる8分音符主体オルガン的な語法による旋律第3主題が第193小節登場するB-A-C-H主題である。テーマ出て来ないため、この曲がほんとうに《フーガの技法》に含まれるかどうか疑われたこともあるが、これら3つの主題基本テーマ結合可能である、ということ確かめられた。従って、このフーガが『個人略伝』やフォルケルの『バッハ伝』が伝える「4つ主題含み、のちにはその全4声部が残らず転回されるはずだった最終フーガ」である可能性もある。が、現在残されている部分3つの主題結合充分でなく、三重フーガにすら至っていない。わずかに第2主題提示されたのち、第1主題第2主題結合するのみである。また、第1主題部分続いて第2主題部分が始まるとき、やや唐突な印象否めない第3部分への移行も同様である。こうしたことからおそらく、バッハ3つの違った作品つなげて作ったのだと思われる
 この作品果たしどのような形で完成されうるのだろうか。どう補ってみても、バッハの「当初の計画」を知ることはできないし、おそらくバッハ以上にうまくやることは難しいだろう。しかし演奏に際しては、未完のまま演奏をやめてしまうときわめて中途半端な印象を受ける。ここに何らかの結末演奏者自身がつけることは、決しバッハの意に背くことではない。


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BWV668:コラールファンタジア〈我ら苦難極みにあるとき〉
 この作品バッハ絶筆考えられているのは、《17コラール集》の最後ページコラール〈汝の玉座前に進み出で〉(BWV668a)として同じ旋律のこの曲が25小節半ほど書き残されいるからである。ただし、《フーガの技法》に収載された〈我ら苦難極みにあるとき〉は初期稿で、《17コラール集》の楽譜帖に含まれる改訂稿と完全には一致しない。おそらく、《フーガの技法》出版に際して失われた別の資料用いられたのだろう。


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 《フーガの技法》は、バッハ晩年構想した理念的作品集一角をなすものである
 ベルリン国立図書館残される自筆譜1742年作られており、バッハがこれ以前1740年頃から《フーガの技法》に着手した考えられるその後、たびたびの中断があり――フリードリヒ大王訪問し音楽の捧げもの》を仕上げたり、ミツラーの「音楽学交流会」に入会してカノン風変奏曲高き天より」》(BWV 769)を書いたり、旧作オルガン・コラール改訂して所謂シューブラー・コラール集』や《17コラール》をまとめたり、《ロ短調ミサ曲》を完成させたり――、また《フーガの技法》の当初の計画いろいろな変更加えた所為で、とうとうバッハ自身の手出版実現しなかった。
 最大の謎は、バッハ最終的に望んだ《フーガの技法》とは、どのような内容配列によるのか、という点である。1751年6月1日新聞予告され出版譜が、具体的にの手配によるのかは判っていない。が、この初版内容はおそらく、作曲家意図をかなり無視したものとなっている。それはたとえば、Cp.10の初期稿が第14曲として組み込まれていること、Cp.13を単純に2台チェンバロ用に編曲したに過ぎないものが第18曲に入っていること、終曲コラール編曲置かれていること、あるいは未完のままのフーガが第19曲として収載されたこと、また、1742年自筆譜配列とは大幅に異なっていることなどから推察される。バッハはなぜ、自らの名を刻んだフーガ未完のまま放置しただろうか仕上げ前に命数尽きてしまったといえばそれまでだが、そもそもこのフーガ全体出来に不満があったればこそ作曲が捗らなかったのではないかとすれば、これを《フーガの技法》に含めることは、作曲者意図反すかも知れない。さらに奇妙なのは、コラール編曲我ら苦しみ極みにあるとき〉が終曲置かれたことである。フォルケルは『バッハ伝』の中で、死の間際バッハがこのコラール口述筆記させたと伝えている。予定されていた最終フーガ未完となったので、この曲が補完充てられたというのが実情であり、従って、コラール編曲を《フーガの技法》に含めるのが作曲者の意に叶うとは思えない。(更にいうなら、絶筆となったのが果たし本当にこの曲だったのかどうかも、確証得られない。)より本質的な問題として、『個人略伝』とフォルケルの『バッハ伝』によれば計画していながら完成されなかったフーガは2曲あった。「未完フーガ」はそのどちらかであろうが(フォルケルは「未完フーガ」を「3つの主題を持つ」「最後から2番目のフーガ」としている)、残る一方は完全に失われている。バッハ構想した《フーガの技法》は永遠の謎となってしまった。
 筋の通った配列という問題は、未完フーガ補完同じくらい、これまで多く音楽家関心集めてきた。しかし、配列それ自体作品演奏にとっては大きな問題ではない。どのみち全曲とおして演奏することは想定されていないからである。
 楽器編成について、こんにちではほぼ、鍵盤作品として、それもクラヴィーアのために書かれたと考えられている。処々現れる長い保続音確かにオルガンのペダル・ポイントに適しているようにもみえるが、全体クラヴィーアにふさわしい語法満たされている。また、鍵盤以外の楽器の特徴はほとんど見出せない。なお、現代ピアノ演奏する場合には、特に手の交差に関してチェンバロオルガンほどの効果得られないので、工夫が必要である。



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フーガの技法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/09 06:04 UTC 版)

初版譜の表題紙

フーガの技法』(フーガのぎほう、: Die Kunst der Fuge: The Art of Fugueニ短調 BWV1080は、ヨハン・ゼバスティアン・バッハによる音楽作品。

経緯

1740年代前半に作曲が開始され、J.S.バッハ最晩年となる1740年代後半に作曲と並行して出版が準備されたが、その途中で作曲者自身の視力が急激に低下してしまい、一般に「コントラプンクトゥスXIV」とされる作品(3つの主題による4声のフーガ)が未完成の段階で作曲が中断されてしまった。何人かの音楽学者によって、最初の12曲が1742年にチェンバロ独奏を想定して作曲されたことが判明しているが、残りのフーガを書き始めた経緯は今もなお不明である。曲集はバッハの死後、未完成のまま出版された。

現行の多くの版には、様々な様式・技法による14曲のフーガと4曲のカノンが収録されている。彼は卓越した対位法の技術を駆使し、単純な主題を入念に組み合わせることによって究極の構築性を具現化した。

『フーガの技法』は、作品固有の緊密な構築性と内在する創造性によって、クラシック音楽の最高傑作の1つに数えられている。

音楽

『フーガの技法』の初版は、バッハの時代に一般的に使用された鍵盤楽器で演奏できるように作曲されていながら、オープンスコアで書かれており、しかも楽器指定がなされていない。これは当時の対位法的鍵盤作品にしばしば見られる形態であり、鍵盤以外の楽器で演奏されても良い旨を明言している作曲家もいた。またバッハの『オルガン協奏曲』やBVW972-987の諸作のように、逆に協奏曲などを鍵盤用に編曲して演奏することもしばしばあった[要出典]。こうしたことからバッハは、鍵盤独奏で演奏可能な『フーガの技法』について、いくつかの楽器の組み合わせによる演奏を容認していた可能性がある。一方でグスタフ・レオンハルトは、この曲がチェンバロのために作曲されたと主張し、他の楽器で演奏されることに否定的な見解を示している[1][2]

音楽の捧げもの』と同様に曲集は一つの主要主題で統一されており、未完成の最終フーガを除く全曲は、装飾・変形されたり上下転回英語版された主題をもとに書かれている。最終フーガの主題については、単純化された主題にすぎないとする説もある一方で、まったく別の主題であるとする説もある。一部の学者及び演奏家は後者の説に従い、未完成の最終フーガはフーガの技法とは別の、独立した作品であるとしている。

初版曲集が未完成となったことについては、上記のほかにも研究者によって様々な説が出された。本当はもっと早くに完成していたが譜面が紛失したという説や、未完成のフーガは『フーガの技法』に含まれず、他の曲をもって曲集は完成していたという説もある。さらには、バッハのチェンバロ曲の多くが3の倍数組で構成されていることから、最初に完成した12曲の後に、もう一組の12曲を完成させる意向であったという推測もなされている。長年、これらの説を裏付けるような楽譜や資料は発見されていなかったが、近年の研究では、バッハがこの作品の出版について問い合わせた文献が残っており、少なくともこの作品を完成させる意図はあったこと、完成した曲はすでに校正願いを出していたこと、そして恐らく絶筆ではなかったことが指摘されている。

図らずも未完となってしまった曲集はバッハの意思を汲み出版されたが、わずか30部足らずほどしか売れず、同時代の評判はあって無きが如しであった。とはいえ一部の愛好家には次第に受け入れられ、1800年代以降の筆写譜が少なからず残されており、さらに1838年にはチェルニー校訂によるピアノ譜が出版された。この曲集が演奏家にクローズアップされるようになったのは、19世紀後半以降にサン=サーンスなどの優れたピアニストがピアノで演奏することが広まってからであった。

原典

1740年代前半に書かれたとされる自筆譜(いわゆるベルリン自筆譜)と、出版譜がある。

自筆譜では15曲が1冊にまとめられている。最初の数曲は整然とした書体で書かれており、浄書譜のように思われるが、次第に書体は乱雑となり、多くの修正が書き込まれている。自筆譜に含まれるのは以下の各曲である(括弧内は初版でのタイトル)。

I.(コントラプンクトゥスI)
II.(コントラプンクトゥスIII)
III.(コントラプンクトゥスII)
IV.(コントラプンクトゥスV)
V.(コントラプンクトゥスIX)
VI.(コントラプンクトゥスX)
VII.(コントラプンクトゥスVI)
VIII.(コントラプンクトゥスVII)
IX.(8度のカノン)
X.(コントラプンクトゥスVIII)
XI.(コントラプンクトゥスXI)
XII.(拡大及び反行形によるカノンの初期稿)
XIII.(コントラプンクトゥスXII)
XIV.(コントラプンクトゥスXIII)
XV.(XIIの発展稿)

またこれら以外に個々に伝えられた自筆譜として、拡大及び反行形によるカノン(初版の版下原稿)、XIVの編曲および未完成のフーガがある。

出版譜には、1751年(バッハの死の翌年)に出版された初版と、1752年に出版された第2版がある。様々な対位法の技法が用いられ、それらは後の研究者によって「単純」、「反行」、「拡大および縮小」、「多重フーガ」(「フーガ」および対位法の項を参照のこと)などに大別された。曲全体を上下転回しても演奏可能であるように書かれた、「鏡像フーガ」という珍しい様式も見られる。

出版譜では、対位法の技法の種類ごとに曲が配列されている。また、個々の曲は"Contrapunctus"(対位)もしくは"Canon"と名づけられている。

単純フーガ

1.コントラプンクトゥス I: 単一主題による4声のフーガ
2.コントラプンクトゥス II: 単一主題による4声のフーガ
3.コントラプンクトゥス III: 主題の反行形による4声のフーガ
4.コントラプンクトゥス IV: 主題の反行形による4声のフーガ。通称「カッコウ[要出典]

反行フーガ、装飾された主要主題とその反行形を含むもの

5.コントラプンクトゥス V: 多くの密接進行を含む。これは第6曲及び第7曲においても同じである。
6.コントラプンクトゥス VI 主題の縮小を含む、フランス風の4声のフーガ: この曲中に用いられているような付点のリズムは、バッハの時代にはフランス風として知られていた(フランス風序曲)。
7.コントラプンクトゥス VII 主題の拡大および縮小を含む4声のフーガ: 拡大とは主題の音価を二倍に引き伸ばすこと、縮小とは主題の音価を半分に縮めることである。

2つの主題による2重フーガ及び3つの主題による3重フーガ

8.コントラプンクトゥス VIII 3声の3重フーガ
9.コントラプンクトゥス IX 12度の転回対位法による2重フーガ: 転回対位法(転回可能対位法)は、声部をそのまま移動させ、声部間の上下を入れ替えても成立する対位法を指す[3][4][5]。"...度の"とあるのは移動の幅を示す(8度や15度以外では移調が生じる)。
10.コントラプンクトゥス X 10度の転回対位法による2重フーガ
11.コントラプンクトゥス XI 4声の3重フーガ


鏡像フーガは、楽譜に記されている音符を全て上下逆に読み替えても、音楽的な損失なしに演奏できるフーガのことである[6]

12.コントラプンクトゥス XII 4声。正立形および倒立形は、一般的に続けて演奏される。
13.コントラプンクトゥス XIII 3声。鏡像フーガであり、また反行フーガでもある。

カノンは、主題と応答の音程差や技法によって名前が付けられている。すべて2声。

14. 拡大及び反行形によるカノン
15. 8度のカノン
16. 3度の転回対位法による10度のカノン
17. 5度の転回対位法による12度のカノン

コントラプンクトゥスXIIIの編曲

18. 2台のクラヴィーアのためのフーガ(正立形)・異形(倒立形)4声。コントラプンクトゥスXIIIの正立形と倒立形にそれぞれ自由な声部(鏡像関係にない)を加えたもの。

未完成のフーガ

音楽・音声外部リンク
Fuga a 3 Soggetti - グレン・グールドによる演奏。(チェルニー校訂版)
19. 3つの主題による4声のフーガ(コントラプンクトゥス XIV)。おそらく4重フーガを意図して書かれたと思われる。3つ目の主題にバッハの名前をもとにした音形が見られる (B-A-C-H)。

当時の資料によると、出版譜のための銅板彫刻はバッハが死に至る前に始められた。しかし、すでに健康を害していたバッハが、試し刷りをもとにして校正を実際に行ったかどうかは疑わしいと考えられている(現在残っている初版の正誤表はバッハの息子の手によるものである)。

また、出版譜はその巻末にいわゆる「アンコール」のような関係のない作品を含んでいる。これは『われ汝の御座の前に進み出て ( Vor deinen Thron tret Ich hiermit)』 BWV 668aとして知られるコラール前奏曲であり、バッハはこの作品を死の床で口述筆記させたと言われている。この曲は未完成に終わったフーガの穴埋めとして付け加えられたことが序文に記されている。

未完成のフーガについて

 B-A-C-H のモチーフ[ヘルプ/ファイル]

第14コントラプンクトゥスは、3つ目の主題が導入された後の第239小節、3つの主題が重なって登場した直後で突然中断されている[8]

自筆譜には、バッハの息子であるC・P・E・バッハによって、「作曲者は、"BACH"の名に基く新たな主題をこのフーガに挿入したところで死に至った ("Über dieser Fuge, wo der Nahme B A C H im Contrasubject angebracht worden, ist der Verfasser gestorben.")」と記されている(譜面右下参照)。しかしながら、現代の学者たちはこの記述について強く疑問を抱いている。なぜなら、自筆譜の音符は疑いなくバッハ自身の手によって書かれているものであり、視力の悪化のために筆跡が乱れるより前の1748年から1749年の間に書かれたと思われるからである。

また、この記述の下、5線7段が空白のまま残されているが、その最下段右側に僅に音符が書き込まれている。この音符は、同じ譜面に書かれた他の音符よりも符頭が小さく、別の時期に書き込まれたものとされるが、これが本曲と関係があるのかは不明である。

更に、自筆譜5枚目の裏面には「und einen andern Grund Plan(そしてもう1つの基本計画)」との記述があり、未完成のフーガに関わるものなのか、或いは単なるメモなのかは全く不明である。バッハ本人の手による書き込みではなく、誰の手によるものかは未だ明らかでない。

弟子のアグリコーラとC・P・E・バッハによって書かれたバッハの『故人略伝英語版』には、「彼の命を奪った病によって計画の完成は妨げられ、最後から二つ目のフーガを書き上げることも、四つの主題を持ち、それから四声すべての音を残らず転回させる最後のフーガを仕上げることもできなかった」と記されているが、この文の解釈は分かれている[9]。中断時点では曲集中で唯一、主要主題もしくはその明確な変形が現れておらず、グスタフ・ノッテボーム1881年の論文で、三つの主題に加えて曲集の主要主題を対位法的に結合させ、四重フーガを作ることができると示した[7]

未完成のフーガを補筆し、完成させて演奏した例はあり(ドナルド・フランシス・トーヴィーヘルムート・ヴァルヒャデイヴィット・モロニーなど[10])、楽譜も多く出版されている。しかし、多くの演奏家は原典通りに未完成のまま演奏しているようである。録音においては、最後のいくつかの音符にフェードアウト処理を施していることもある。

演奏と録音

  • ピアノでの演奏時間は約80~90分だが、アントン・バタゴフは150分かけて演奏している。
  • フレットワーク英語版ヴィオール合奏で録音している。高橋悠治鈴木雅明ピーター・ディルクセンドイツ語版は自筆譜稿で演奏している。ピ=シェン・チェン英語版大井浩明ウィンストン・チョイは初版譜で演奏している。グレン・グールドが演奏した未完成のフーガは、チェルニー校訂版によるものである。
  • ピーター・ディルクセンは「コントラプンクトゥス2はベルリン自筆譜では、他者の手でIIIと名づけられているが、このベルリン譜を清書するに当たり符点リズムは後で付け加えられた痕跡を有する」という見解から、全ての符点リズムを取り払って演奏しておりet'ceteraからリリースした録音もこれに拠る。しかし、初版までにコントラプンクトゥス2へいかなる経緯で符点リズム化が行われたのかは不明である。

脚注

  1. ^ Golomb (2006), Medium and message.
  2. ^ Rubinoff (2014), Historical fidelity, high fidelity.
  3. ^ 長谷川良夫『対位法』(音楽之友社、1995) pp. 182-183.
  4. ^ a b 『音楽大事典』3 (平凡社、1982) pp. 1573-1574.
  5. ^ 旋律の上下行の転回(反行形)とは異なる。二声の場合は二重対位法、三声の場合は三重対位法、…と呼ばれる[4]が、二重フーガ、三重フーガ、…とは意味が異なる。
  6. ^ 出版譜では、倒立形が先に、正立形が後に掲載されている
  7. ^ a b Schulenberg, David (2006), The Keyboard Music of J.S. Bach (2nd ed.), Routledge, p. 421 
  8. ^ 初期の版では、第233小節の半終止までが印刷されていた[7]
  9. ^ Hewitt, Angela. “Hyperion Records, Bach: The Art of Fugue” (PDF). pp. 13-14. 2022年4月18日閲覧。
  10. ^ フェルッチョ・ブゾーニの『対位法的幻想曲英語版』はこの未完フーガをもとに作曲された。

参考文献

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