遠の朝廷とは? わかりやすく解説

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とお‐の‐みかど〔とほ‐〕【遠の朝廷】

読み方:とおのみかど

都から遠く離れた地方にある政庁陸奥(むつ)の鎮守府諸国国衙(こくが)などをさす。万葉集では大宰府官家朝鮮半島南部置いた官府)についてもこの名称を使っている。


遠の朝廷

読み方:トオノミカド(toonomikado)

都から遠い地にある官府


大宰府

(遠の朝廷 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/01/07 15:04 UTC 版)

大宰府(だざいふ)[注釈 1]は、7世紀後半に、九州筑前国に設置された地方行政機関。軍事・外交を主任務とし、九州地方の内政も担当した。和名は「おほ みこともち の つかさ」とされる。なお多くの史書では太宰府とも記される[注釈 2]政庁の中心は現在の福岡県太宰府市筑紫野市にあたり、国の特別史跡に指定されている。




「大宰府」の続きの解説一覧

遠の朝廷

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/28 09:06 UTC 版)

朝廷」の記事における「遠の朝廷」の解説

大宰府」も参照 律令体制下の日本の地方制度五畿七道称される七道のうち、東海道東山道北陸道南海道山陽道山陰道はいずれ畿内5か国(五畿)に接していた。唯一、陸接していない西海道すなわち現在の九州地方には、中央からの出先機関として大宰府置かれ大陸との外交軍事主任務とし、筑前国司を兼帯するとともに西海道属す諸国人事・行政司法一部総管した。その権限大きさから「遠の朝廷(とおのみかど)」「西御門」と呼ばれた。 なお、大宰府跡発掘調査により、大宰府政庁は、第1期7世紀後半-8世紀初頭)、第2期8世紀初頭-10世紀中葉)、第3期10世紀中葉-12世紀)の3つの建て替え時期のあったことが判明したそのうち第2期第3期では朝堂院形式採用されており、条坊整備されて、律令国家確立期にあたる8世紀初頭には、景観の上でも「遠の朝廷」と呼ぶにふさわしい状態となったことがわかる。

※この「遠の朝廷」の解説は、「朝廷」の解説の一部です。
「遠の朝廷」を含む「朝廷」の記事については、「朝廷」の概要を参照ください。

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