竹簡とは? わかりやすく解説

ちく‐かん【竹簡】

読み方:ちくかん

⇒ちっかん(竹簡)


ちっ‐かん〔チク‐〕【竹簡】

読み方:ちっかん

古代中国で、紙が作られる以前に、文字を記すのに用いた細長い竹の札。また、書かれたもの。麻糸などで何枚もを綴り合わせて用いることが多かった。竹冊(ちくさく)。


竹簡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/10/03 08:00 UTC 版)

上海博物館蔵戦国楚竹簡

竹簡(ちくかん)は、おもに東洋において紙の発明、普及以前に書写の材料として使われたもので、竹で出来た札(簡)を竹簡(ちくかん)と呼び、木で作られたものは木簡(もっかん)といい。両者を合わせて簡牘 (かんどく)とした。[1]ただし、中国で用いられたのは竹簡が多いので、竹簡を竹簡と木簡の総称の簡牘の意味で用いる場合も多い。

木簡は中国以外でも多く使われたが、竹簡の中国以外出土はごく少ないか、皆無である。ごく特殊な例として、封禅のために玉で作成した「玉簡」も用いられた。公式文書では通常長さは一尺。紙普及後も、紙の代用として、あるいは荷札などの標識として長く用いられた。

2019年9月29日時点で現存する最古の竹簡は、中国の安徽大学が所有する戦国時代(中国)初期から中期にかけて楚で編纂された約2400年前のもので、内容は中国最古の詩集「詩経」の写本である[2]。

概要

簡をバラバラにならないよう紐でまとめ、編むことを「書を編む、編集」といい、編まれた簡を「一編の書」といい、編まれた書を巻いたものを「一巻の書」という。また簡を紐で束ねたものを「一冊」とする。冊は板(簡)を紐で束ねた象形文字である。ちなみに板を束ねた(並べた)構造物を「柵」という。一般に竹黄(竹の内側部分)を書写面とするが、竹青(竹の外側部分)に書写されている場合もある[3]。

竹簡が利用されたのは古代のことではあるが、故事・成語などの中では書写素材としての竹簡は健在である。歴史書のことを「青史」と呼ぶのは竹の色が青いからである。孔子が易経を繰り返し読んで、綴じたひもが3回切れた故事から、本を熟読することを「韋編三絶」というが、「韋」とは「 経 (たていと)」に対する「 緯 (よこいと)」の意味で韋編とは横糸で綴じた編綴簡を意味する。革紐ではない。「韋編三絶」とは、何度も切れるほど『易経』を愛読したという意味である[4]。歴史に名を留めることを「名を竹帛に垂れる」というが、名が竹簡や絹に記され、残ることを表現したものである。小役人を刀筆の吏というが、この「刀」は簡を作ったり、削って文字を訂正するための小刀である。

紙の普及に伴い、中国では東晋の桓玄の命によって公の場から竹簡が排除されたと言われている。だが、代わって竹で作られた紙である竹紙が作られ、現在も一部分野で用いられている。

遺跡等から出土して歴史・文字等の重要な史料となっている。木簡(木牘)とを竹簡を合わせて「簡牘」 (zh:简牍) と呼ぶ[5]。

発掘・発見された竹簡とその価値

竹簡に記載された文字資料は、歴史研究的な価値はもちろんのこと、書家にとっても古代書体を見るための貴重な材料となっている。

中国以外で

竹簡の中国以外での出土はごく少数であり、日本では皆無[6]、朝鮮では1例が知られているのみ[7]。

脚注

  1. ↑ 簡牘(カンドク)とは? 意味や使い方(コトバンク)
  2. ↑ Xinhua News (2019年9月29日). “最古の「詩経」公開 安徽大、戦国時代の竹簡の研究成果発表”. AFPBB. 2025年6月11日閲覧.
  3. 1 2 3 4 陳偉 2016
  4. ↑ 冨谷 2012 広辞苑の説明は不適当。
  5. ↑ “簡牘”. 世界大百科事典 第2版(コトバンク所収). 2016年4月6日閲覧。
  6. ↑ 馬場基「009 竹簡について」『奈良文化財研究所学報』第100冊、国立文化財機構 奈良文化財研究所、2021年3月、255-269頁、 CRID 1050569302457035008、 hdl:11177/9472。
  7. ↑ 三上喜孝「[研究ノート 韓国出土の文書木簡 : 「牒」木簡と「前白」木簡を中心に]」『国立歴史民俗博物館研究報告』第224巻、国立歴史民俗博物館、2021年3月、149-159頁、 CRID 1050573243540934016、 ISSN 0286-7400。

参考文献

関連項目

外部リンク


竹簡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 14:35 UTC 版)

「馬王堆漢墓」の記事における「竹簡」の解説

1号墓の竹簡は隷書体(一部は小篆体)で書かれた全2,063字の「遣策」(副葬品目録)だった。散乱していた竹簡は復元の結果、副食品、調味料、酒類・糧食、漆器・土器・化粧用具・衣類、楽器・竹器、木製と土製の明器、の順に大体なっていたと考えられている。遣策の内容と実際の副葬品を対照したところ、殆どが合致した。それ故この遣策は副葬品の名称同定にきわめて役立ち、これによって初めて名称と形態が一致した漢代の器物も多い。また漢初の社会経済、農業生産、生活習慣を研究する上で貴重な資料となっている。 3号墓の遣策の内容は大部分が1号墓のものと一致するが、車騎・楽舞・従者、彼らが所持する武器・儀杖・楽器などの内容も含まれる点が異なり、それらは3号墓に副葬されていた木俑や棺両側の帛画の内容とおおよそ対照できる。また食品・衣類・各種器具についても1号墓に無いものが多く書かれている。医書簡は2巻からなり、そのうちの1巻は『黄帝内経』の内容に近く養生について述べ、別の1巻は房中術について述べている。

※この「竹簡」の解説は、「馬王堆漢墓」の解説の一部です。
「竹簡」を含む「馬王堆漢墓」の記事については、「馬王堆漢墓」の概要を参照ください。

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