マルクス主義 マルクス、エンゲルス以後の歴史的展開

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マルクス主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/13 06:18 UTC 版)

マルクス、エンゲルス以後の歴史的展開

その運動は19世紀末から徐々に分岐し、大まかに言ってベルンシュタイン主義、カウツキー主義、ソレル主義、レーニン主義という四つの潮流を生み出した。

修正主義(ベルンシュタイン主義)と教条主義(カウツキー主義)

1895年にエンゲルスが死去してまもなく、ドイツ社会民主党(SPD)において正統派のマルクス主義者と見なされていたベルンシュタインが従来と異なる見解を党機関誌で発表しはじめた。プロレタリアートは非合法手段による国家権力の奪取ではなく議会制民主主義を通じた社会改良を目指すべきだ、というのが最大のポイントであった。彼は1899年の著書『社会主義の諸前提と社会民主党の任務』でその見解をまとめた。その内容は権力獲得の問題にとどまらず、哲学や経済学の領域にまでわたるマルクス主義の修正となった。

ベルンシュタインの主張は激しい論争を巻き起こし、「修正主義」と呼ばれて正統派マルクス主義の理論的指導者だったカール・カウツキーらによって批判された。マルクス、エンゲルスの著作に精通していたカウツキーは、両者の著作からの博引旁証によって修正主義を批判し、「マルクス主義の法王」と呼ばれた。1903年のSPDドレスデン大会は「階級闘争に基づくわれわれの戦術を、敵に打ち勝って政治権力を獲得するかわりに既存秩序に迎合する政策を採用するという意味で変更しようとする修正主義的企てには断固として反対する」と決議した。

とはいえ、ベルンシュタインの見解は理論的に拒否されただけであり、実践的に拒否されたわけではなかった。ドイツ社会民主党は実際には議会制民主主義のもとで勢力を伸ばしており、「敵に打ち勝って政治権力を獲得する」戦略が具体的に実行されたことはなかった。カウツキーもその戦略を具体的に提示することはなく、好機の到来を待つ姿勢にとどまった。そのため、マルクス主義を教条としてのみ擁護し、実践的に生かさなかったという意味で、カウツキーの見解は教条主義と呼ばれることが多い。

ドイツ社会民主党および第二インターナショナル第一次世界大戦まではマルクス主義運動の国際的な中心だったが、戦争勃発の際にそれまでの反戦主義を捨てて社会愛国主義の立場をとったために権威を喪失して事実上崩壊し(「城内平和」)、ロシアのボリシェヴィキおよびコミンテルンにその地位を明け渡し、第二インターナショナルの残党は労働社会主義インターナショナルとなった。

第二次世界大戦後の1951年に社会主義インターナショナルの『フランクフルト宣言』で「共産主義はマルクス主義の批判的精神と相容れない偏狭な神学をつくりだした」と批判して社会民主主義は民主社会主義に発展し、1959年に採択したゴーデスベルク綱領でドイツ社会民主党はワイマール共和制崩壊まで続いたカウツキー主義の流れを公式に放棄した。

左派修正主義(ソレル主義)

イタリアでは、イタリア社会党を中心にフランスジョルジュ・ソレルユベール・ラガルデルフランス語版革命的サンディカリズムイタリア語版に影響を受けたアルトゥーロ・ラブリオーライタリア語版エンリコ・レオーネイタリア語版らによって左派修正主義イタリア語版と呼ばれる運動が台頭し[6][7][8]、これは議会制民主主義を重視するベルンシュタイン主義と対照的にマルクス主義の原則のうち暴力革命と階級闘争を重視する一方でプロレタリア国際主義唯物論を修正した独自の動きであったが、暴力と闘争を肯定する部分は第一次世界大戦の過程で戦争ナショナリズムの称揚へと繋がり、結果的にファシズムを創始するベニート・ムッソリーニに影響を与えた[9]

レーニン主義

第一次世界大戦後に起きたレーニンによるロシア革命は、資本主義発達が比較的遅れた地域における革命であった。ソビエト連邦を建国したレーニンは戦時共産主義を行った後、市場経済を取り入れた「新経済政策」(ネップ)を実行した。しかし、レーニンは、市場経済化が端緒にとりかかったところで死去してしまった。レーニンが、党書記長に登用しながら最晩年にはそこからの解任を図ったスターリンは、レーニン死後の権力闘争の過程で反対者を次々と弾圧する一方、苛烈な農業集団化や計画経済体制への移行を通じて、人類最初の社会主義国家建設に成功したと喧伝した。スターリンは、レーニンによって、マルクスの思想の唯一、真正な継承発展がなされたと主張し、マルクス・レーニン主義と呼んだ。

世界恐慌の真っ只中でも目覚ましい経済発展を遂げたと伝えられたこと、第二次世界大戦において強大なナチス・ドイツとの戦争に勝ち抜いたことなどで、ソビエト連邦及びスターリンの政治的威信は増大し、アジア東欧アフリカカリブ海域において、多くの「社会主義国」が生まれて世界を二分した。しかし、1970年代に入り経済発展の面で西側先進国からの立ち遅れが顕著になったこと、政治的な抑圧体制も広く知られることとなり次第にその権威は失墜、1991年ソ連崩壊に前後して、そのほとんどは姿を消した。国家自体は維持したまま社会主義体制を放棄したケースもあれば、社会主義体制放棄とともに複数の新たな国家に分裂したケース(ユーゴスラビア社会主義連邦共和国チェコスロバキアエチオピアなど)や、近隣の資本主義国に吸収統合される形で国家ごと消滅したケース(旧東ドイツ南イエメンなど)もあった。

改革開放以降、社会主義市場経済が本格的に定着した中華人民共和国では、寧ろ原始共産主義的だった毛沢東時代とは違ってマルクス主義の経済発展段階の学説に忠実であり、その究極地点こそが共産主義だと認識されている。中国共産党は現在の状態を『資本主義から離脱した過渡期の状態』と規定し、資本主義部門と、社会主義部門との競争による社会主義市場経済(あるいは混合経済)体制を導入している。ベトナム社会主義共和国ドイモイを参照)やラオス人民民主共和国も経済開放政策を導入した。一連の政策は国家資本主義を掲げたレーニン時代のソ連のネップが根拠になっていると思われる。

一方、キューバ共和国は市場経済の導入は限定的で、従来からの社会主義体制を継続している。

朝鮮民主主義人民共和国は、1950年代頃からマルクス・レーニン主義から独自発展したと主張するチュチェ思想に立脚して公式プロパガンダの内容や立場を長らく行っていた。1972年の憲法改正で明文化するに至ったものの、徐々に金日成とその一族への献身と個人崇拝を強め煽るようになり、ソ連や東欧で社会主義政権が相次いで崩壊するとマルクス・レーニン主義に対する言及は減少、2010年党規約から共産主義を削除している。

西欧における「マルクス・ルネッサンス」

ソ連型のマルクス主義(マルクス・レーニン主義、その後継としてのスターリン主義)に対して、西欧のマルクス主義者は異論や批判的立場を持つ者も少なくなかったが、最初に西欧型のマルクス主義を提示したのは哲学者のルカーチ・ジェルジカール・コルシュだった。

ルカーチはソ連型マルクス主義(マルクス=レーニン主義)に転向したが、ドイツのフランクフルト学派と呼ばれるマルクス主義者たちは、テオドール・アドルノマックス・ホルクハイマーを筆頭に、ソ連型マルクス主義のような権威主義に対する徹底した批判を展開し、西欧のモダニズムと深く結びついた「批判理論」と呼ばれる新しいマルクス主義を展開し、1960年代学生運動ポストモダニズムなどの現代思想に対しても深い影響力を見せている。

またルイ・アルチュセールのように構造主義的にマルクス主義をとらえ直す構造主義的マルクス主義弁証法的唯物論のような哲学的な概念を前提とせず科学としての経済学に依拠して、資本主義を数理的に分析する分析的マルクス主義などもある。

また、多くの哲学者や思想家、経済学者がマルクス主義について言及し考察している。全般的に旧来いわれていたマルクス主義の教条に囚われることなく多様な時には対立も含む諸理論を包み込んで進行している。

上記のような状況の下で、いままで諸潮流の対立もあり編纂する事が出来なかった決定的なマルクス・エンゲルスの全集を作ろうという「新MEGA」プロジェクトが進行中である。

冷戦終結後のマルクス主義

冷戦終結後、マルクス主義を掲げる社会主義国やマルクス主義の支持者は大幅に減少した。中華人民共和国ベトナムラオスキューバなどは、政治面で一党独裁を維持しながら、経済面で改革開放ドイモイ政策を推進している。また朝鮮民主主義人民共和国は憲法から「共産主義」の語を削除し、独自の主体思想を強調している。資本主義諸国の各国共産党では党の指導性を綱領から外すなど、社会民主主義との類似性が拡大している。

他方、いわゆる新自由主義的政策による格差社会の拡大や、世界金融危機など資本主義経済の不確実性も発生し、マルクス主義の見直しと同時に、部分的再評価の動きも発生した。




  1. ^ フリードリヒ・エンゲルス 『空想から科学へ』『反デューリング論』
  2. ^ ソ連共産党は、「科学的共産主義」と呼んでいた。
  3. ^ マルクス、エンゲルス 『共産党宣言 共産主義の原理』 大月書店〈国民文庫〉、1952年、46、47、56頁。
  4. ^ マルクス、エンゲルス 『共産党宣言 共産主義の原理』、56頁。
  5. ^ 面白いほどよくわかる現代思想のすべて30頁~33頁
  6. ^ Zeev Sternhell: The Birth of Fascist Ideology: From Cultural Rebellion, 2001, pp.92
  7. ^ 大杉栄『ベルグソンとソレル』
  8. ^ Enrico Leone, La revisione del marxismo , Roma, Biblioteca del Divenire sociale, 1909
  9. ^ Marco Piraino e Stefano Fiorito "L'identità fascista" (Lulu, 2008); Domenico Settembrini "Fascismo controrivoluzione imperfetta" (SEAM, 2001), Ernst Nolte, "Il giovane Mussolini. Marx e Nietzsche in Mussolini socialista", Sugarco 1997.
  10. ^ a b Von Mises, Ludwig (1990) (pdf). Economic calculation in the Socialist Commonwealth. Ludwig von Mises Institute. http://mises.org/pdf/econcalc.pdf 2008年9月8日閲覧。 
  11. ^ a b F. A. Hayek, (1935), "The Nature and History of the Problem" and "The Present State of the Debate," om in F. A. Hayek, ed. Collectivist Economic Planning, pp. 1-40, 201-43.
  12. ^ a b Milton Friedman. We have Socialism Q.E.D., Op-Ed in New York Times December 31, 1989 [1]
  13. ^ Zoltan J. Acs & Bernard Young. Small and Medium-Sized Enterprises in the Global Economy. University of Michigan Press, page 47, 1999.
  14. ^ Mill, John Stuart. The Principles of Political Economy, Book IV, Chapter 7.
  15. ^ John Kenneth Galbraith, The Good Society: The Humane Agenda, (Boston, MA: Houghton Mifflin Co., 1996), 59-60."
  16. ^ Hans-Hermann Hoppe. A Theory of Socialism and Capitalism [2].
  17. ^ en:Ludwig von Mises, Socialism: An Economic and Sociological Analysis, Indianapolis, IN: Liberty Fund, Inc.. 1981, trans. J. Kahane, IV.30.21
  18. ^ F.A. Hayek. The Intellectuals and Socialism. (1949).
  19. ^ Alan O. Ebenstein. Friedrich Hayek: A Biography. (2003). University of Chicago Press. ISBN 0226181502 p.137
  20. ^ Friedrich Hayek (1944). The Road to Serfdom. University Of Chicago Press. ISBN 0-226-32061-8 
  21. ^ Bellamy, Richard (2003). The Cambridge History of Twentieth-Century Political Thought. Cambridge University Press. pp. 60. ISBN 0-521-56354-2 
  22. ^ Self, Peter. Socialism. A Companion to Contemporary Political Philosophy, editors Goodin, Robert E. and Pettit, Philip. Blackwell Publishing, 1995, p.339 "Extreme equality overlooks the diversity of individual talents, tastes and needs, and save in a utopian society of unselfish individuals would entail strong coercion; but even short of this goal, there is the problem of giving reasonable recognition to different individual needs, tastes (for work or leisure) and talents. It is true therefore that beyond some point the pursuit of equality runs into controversial or contradictory criteria of need or merit."
  23. ^ Socialism


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