西洋哲学
西洋哲学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/08 10:18 UTC 版)
心霊主義は、人間の「死後存続」を信じる思想である。17世紀末の哲学者ゴットフリート・ライプニッツ(1646年 - 1716年)は、彼の基本的理念によって死後存続についてひとつの完璧な教理を築いた。心霊主義の理論のベースには、ライプニッツのモナド(単子)論があるのである。ライプニッツは、宇宙は不滅の心霊的原子である「霊魂」(モナド)の無数から成り立っており、それぞれのモナドの完全さの程度は異なり、より完全な状態に向かって発展しようとする傾向を持っていると考えた。生物のような複合体はモナドの集合体であり、霊魂である主要モナドの支配を受けている。そして、ある状態から他の状態への「飛躍」は自然的ではなく、生と死も連続したものだと考えた。また、霊魂は神の似姿であり、人間の霊魂は他の星でより完全な意識を持って存続すると信じられるとした。ただし、宇宙および神は無限であるから、認識(意識)は完成することはない。そして幸福とは、新しい喜びと新しい完全に向かう「絶えざる進歩」の内にあると考えた。 哲学者シャルル・ボネ(1720年 - 1793年)は、自らの生物学に基づいてライプニッツの思想を発展させ、生物は目に見えず不滅な「原状回復の芽」を内蔵しており、その芽は順次成長し顕現するが、これは肉体の死ののちも同様であるとした。人間は肉体の死後、宇宙の新しい事態に適応した新しい生存に再生できると考えた(「転生」(パリンゲネシア)の説)。 哲学者イマヌエル・カント(1724年 - 1804年)は死後の世界の性質ではなく、その真理を「証明する」可能性について見解を示した。カントは、合理的形而上学は死後存続の問題になんら根拠のあることを教えないが、我々は知的ではなく道徳的直観によって、先天的に定められた「無条件命令」を自らの中に見出すと述べている。その道徳律を最もよく規定する原理は、「自分の意志と行動とをあらゆる理性的な人間のそれと一致させることに努める」ことである。カントはその理性相互間の調和を「目的の王国」と呼んだが、完成はこの世では不可能に感じられ、経験的にも不可能である。完成には我々の限りない存続による限りない人格の進展しかなく、従って霊魂は不死でなければならないとした。 19世紀は全体として、不死と進歩との考えを結び付けるカントの根本的立場を受けついだ。カントを受けついだ死後存続の解釈は、大きく二つに分けられる。ひとつは、カントおよびライプニッツの真正の思想を忠実に守り、生前の人格が死後も引き継がれる、人格的死後存続という形で考える一派である。もうひとつは、カントをバールーフ・デ・スピノザ(1632年 - 1677年)の思想で補い、むしろ絶対精神を認め、それの発展が個々の存在者を貫き、かつ個々の存在者によって徐々に完成されるとする態度である。後者の立場は、「永遠なる人類」という純粋に此世的な不死思想に結びついた。レーノーの『地と天』(1854年)では、人間の生は、天体から天体へと移り、以前の過失を償う生涯の連続であり、完成することのない試練と罰と完成への進展である。霊魂は段々と向上し、その歩みは神聖な計画と、世界と世界の調和の機能に従うものであるとした。 初期の社会学者フランソワ・マリー・シャルル・フーリエ(1772年 - 1837年)は、著作『家庭と農業の組合』(1822年)収録の「宇宙開闢説」などで、天体は道徳や知性を持つ、霊魂ある一個の生物であり、そこに生きるものは天体には劣るが永遠の霊魂を持っていると述べている。個体が死ぬと霊魂は隣の空間(あの世)に移り、それから元の天体の住民に生まれ変わって戻ってくるという往復を81000年の間に810回繰り返し、合計1620回の生涯があると計算した。うち27000年は地球で、54000年はあの世で暮らすことになる。フーリエは、個人はその多くの生涯の間にだんだんと向上すると考えた。地球が死滅すると、地球の霊魂はそこに生きる霊魂を連れて新しい天体に移り、個々の霊魂は個性を失って天体の霊魂に溶け込むという。この壮大な上昇過程が最終的にどうなるかは述べられていない。
※この「西洋哲学」の解説は、「心霊主義」の解説の一部です。
「西洋哲学」を含む「心霊主義」の記事については、「心霊主義」の概要を参照ください。
西洋哲学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/14 05:41 UTC 版)
西洋哲学でも心を扱ってきた。 ギリシャ語のpsyche プシュケーはもともとは息を意味している。そのpsycheがやがて心や魂も意味するようになり、また《動く力》や《生命力》なども意味するようになった。 「心はどこにあるのか」という疑問について言えば、バビロニアでは肝臓にあるとする説があり、ヒポクラテスは心は脳にあるとし、プラトンは脳と脊髄にこころが宿っていると考えた。アリストテレスは心臓にそれを求め、その考えは中世に至るまで人々に影響を与えた。その後こころは脳室にあると考えられるようになり17世紀まで人々から支持されるようになったという。 カントやメルロ・ポンティによる現象学、またヴィトゲンシュタインの言語分析などが、心と身体に関する哲学的な新領域を開拓した。また、ロックやヒュームやコンディヤックらの哲学的考察が、時代を経て、やがて《心の学》としての心理学へとつながってゆくことになった。 最近でも心を巡ってさかんに哲学的な議論は行われている。その領域を心の哲学という。 「哲学」、「西洋哲学」、および「心の哲学」も参照
※この「西洋哲学」の解説は、「心」の解説の一部です。
「西洋哲学」を含む「心」の記事については、「心」の概要を参照ください。
西洋哲学
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/19 03:57 UTC 版)
認識の妥当性に関する説のひとつで、事物の存在と存り方は、当の事物についてのidea(観念)によって規定される、という考え方。 まず最も知られているのがプラトンのイデア論である。これは事物の原型的なものと説明された。 ルネ・デカルトとジョン・ロックが、プラトン的なイデアを解釈しなおし、人間の心に内在する事物の似姿としての観念だとした。人間は事物をじかに知るのではなく、観念を通じて間接的に知る、とし、観念なしでは、ものごとについては何ごとも語りえない、とする考え方である。この認識論的な意味でもidealismは(西洋では)近代特有の思想である。認識をideaないし表象から出発して説明しようとするならば、イデアリスムのほうが整合的な体系となる。この意味のイデアリスムはレアリスムと対比されて用いられる。 カントやドイツ観念論においては、「対象というものは、主観に与えられたか主観に本有的に備わっている観念を材料や形式として主観の働きによって構築される現象である」とする説(構成説)が現れた。 このidealismが形而上学的な方向に進むと、「事物は意識内にだけ在るものであり、存在するものはつきつめると精神とその様態としてのideaにつきる」とする説(唯心論)となる。唯心論ほどまでに先鋭化すると、唯物論と対立することになる。 このような意識を、個人的で経験的なものと見なす立場もあり、超個人的で規範的なものと見なす立場もあり、それぞれ体系が異なる。前者にはバークリの非物質論やライプニッツの主観的idealism、デイヴィッド・ヒュームの現象主義、がある。後者にはドイツ古典哲学の超越論的観念論がある。 ただし、意識から出発して物質世界を説明することは困難がつきまとうので、論者は次のような理論戦略を用いることになったという。 神を立てて宗教と結合させる。 ideaと事物とを同一視して、一元論化し、いわば裏返しの唯物論になる。 外界の存在については沈黙する懐疑主義になる。 物自体を想定し、物自体は不可知である、とする。 人間に即して考えられていた精神を絶対的なものに仕立て上げる。
※この「西洋哲学」の解説は、「観念論」の解説の一部です。
「西洋哲学」を含む「観念論」の記事については、「観念論」の概要を参照ください。
「西洋哲学」の例文・使い方・用例・文例
- 西洋哲学という学問
西洋哲学と同じ種類の言葉
- 西洋哲学のページへのリンク