マレーシア
マレーシア連邦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 09:06 UTC 版)
「シンガポールの歴史」の記事における「マレーシア連邦」の解説
その結果1957年にマラヤ連邦(Persekutuan Tanah Melayu)が独立し、トゥンク・アブドゥル・ラーマンが首相に就任する。その後の1959年6月にシンガポールはイギリスの自治領(State of Singapore)となり、1963年にマラヤ連邦、ボルネオ島のサバ・サラワク両州とともに、マレーシア連邦(Malaysia)を結成する。 しかし、マレー人優遇政策を採ろうとするマレーシア中央政府と、イギリス植民地時代に流入した華人が人口の大半を占め、マレー人と華人の平等政策を進めようとするシンガポール人民行動党(PAP)の間で軋轢が激化。1964年7月21日には憲法で保障されているマレー系住民への優遇政策を求めるマレー系のデモ隊と、中国系住民が衝突し、シンガポール人種暴動 (1964年)(英語版)が発生、死傷者が出た。
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