髪
★1.髪や髭には不思議な呪力があり、その主の生命を保障する。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第2巻第4章 アムピトリュオンがタポス島を攻撃するものの、タポス王プテレラオスが生きている間は攻め落とせない。王の娘コマイトが敵将アムピトリュオンを見そめて恋し、父王の頭から不死の印の黄金の毛を取り去る。プテレラオスは死に、タポスは陥落する。
『ギリシア神話』(アポロドロス)第3巻第15章 クレタのミノスが、メガラを攻める。メガラ王ニソスの頭の真中には紫色の毛が1本あり、これが抜かれた時に彼は死ぬとの神託があった。彼の娘スキュラがミノスに恋し、その毛を抜き取った。
『士師記』第13~16章 サムソンの力の根源は、生まれてから剃刀をあてたことのない彼の髪にある。彼は素手で獅子を裂き、ろばのあご骨で千人のペリシテ人を殺した。しかし彼は眠っている間に、愛人デリラによって髪を剃られ、力を失った。
『ルスランとリュドミラ』(プーシキン)第5歌 魔法使いチェルノモールの力のもとは、長く白いあごひげにあった。ルスランが闘いを挑み、空飛ぶチェルノモールのあごひげをつかむ。チェルノモールは2日間飛び続けるが、ルスランはあごひげを放さず、3日目にチェルノモールは赦しを請う。ルスランは、チェルノモールの兄から得た剣で(*→〔頭〕4)、あごひげを切り落とし、チェルノモールを捕らえる。
*長命の相である長い眉毛→〔眉毛・睫毛〕3aの『名人』(川端康成)。
★2a.いったん切り落とされ、剃り落とされた髪も、時間がたてばまたもとどおりに伸びる。
『仮名手本忠臣蔵』10段目「天河屋」 堺商人天河屋義平は、塩冶浪士の討入りのための武具を手配し、秘密を守るために、妻お園まで「離縁だ」と言って家から出す。お園は路上で賊に襲われ、髪を切り取られる。実はこれは大星由良之助のはからいで、討入りの本懐を遂げ義平とお園がふたたび夫婦になれるまでの約百日の間に、お園が親了竹の手で他家に嫁入りさせられぬよう、尼姿にしたのである。百日は、すなわちお園の髪がもとどおり伸びるまでの日数でもあった。
『三年目』(落語) 女房が病死したので、剃髪して棺に納める。年月がたち、夫は再婚して子供もできる。ところが、3年目の法事の晩に女房の幽霊が出て、夫に恨み言をいう。「なぜもっと早く出なかった」と夫が聞くと、女房は「髪が生え揃うのを待っていた」と答える。
『士師記』第16章 サムソンは力の根源である髪を剃りおとされ、ペリシテ人に捕えられて眼をつぶされる。牢に入っている間にサムソンの髪はふたたび伸びはじめ力を回復するが、ペリシテ人は気づかない。サムソンは、3千人のペリシテ人が集まった建物の柱を押し倒し、自らの死をもって多くのペリシテ人を殺した。
『無名抄』(鴨長明) 在原業平が二条后を盗み出したが、兄国経・基経たちが奪い返し、業平のもとどりを切った。業平は、髪がもとのように生えるまでの間、「歌枕を見る」と称して東国へ旅立った。
『歴史』(ヘロドトス)巻5-35 ヒスティアイオスが、ペルシャへの謀叛をアリスタゴラスに指令しようと考える。街道が警戒厳重なので、奴隷の髪を剃りおとして頭皮に文書を入れ墨し、髪の伸びるのを待って派遣する。
『パンタグリュエル物語』第二之書(ラブレー)第24章 パンタグリュエルのもとへ、パリの一婦人からの書簡を携えた使者が来るが、その書簡紙には何も記されていなかった。パンタグリュエルの腹心パニュルジュは、「使者の頭髪を剃ろうか」と考える。彼は、「婦人が使者の頭を剃って伝言を書きつけたのではないか」と、疑ったのである。
トリスタンとイゾルデの伝説 騎士たちがマルケ王に、妻をめとるよう進言する。王がそれに回答すべく約束した日に、窓辺を飛ぶ燕が1すじの金髪を落としていく。マルク王は、この金髪の持ち主を妃としてむかえる、と騎士たちに言い、トリスタンが、黄金の髪の美女をさがしに出かける〔*『トリスタンとイゾルデ』(シュトラースブルク)第12章は、これを妄譚として退ける〕→〔処女〕3。
『二人兄弟の物語』(古代エジプト) 夫バタの言いつけにそむいて家の外へ出た彼の妻は、海神に襲われる。海神は1つかみの髪を彼女から奪い取り、それをファラオの宮殿の洗濯場に運ぶ。ファラオは、髪の持ち主をさがし求め自らの愛人とする。
『筆のまにまに』(菅江真澄)「なぐさのくあま」 白鳳の頃、宮中の御簾に、鳥が1丈8尺の黒髪1すじをくわえて来て掛けた。陰陽博士が「紀の国の処女の黒髪」と占う。天武天皇は使者をつかわし、髪の持ち主を后として迎える。
★3b.女の長い髪。
『大鏡』「師尹伝」 村上天皇の妃、宣耀殿の女御(芳子)は髪がたいへん長く、参内する時、車に乗ると、身体は車の中にありながら、髪の端はまだ母屋の柱のもとにあった。髪の1すじを大きな陸奥紙の上に置くと、白いすきまがまったく見えなかった。
『ラプンツェル』(グリム)KHM12 魔法使いの女が、少女ラプンツェルを高い塔に閉じこめる。ラプンツェルは20エレン(12メートル近く)もある長い髪を垂らし、魔法使いの女はその髪にすがってラプンツェルの所へ行く。通りかかった王子が、同じように髪をつかんでラプンツェルの所まで登り、2人は夫婦になる。しかし魔法使いの女がそれを知り、ラプンツェルを荒野に追い払ったので、王子は絶望して塔から飛び降りる→〔盲目〕9。
『百物語』(杉浦日向子)其ノ72 町方の役人藤田某が公用で下野へ行き、旅宿に泊まった夜のこと。蛇が部屋に現れ、鎌首をもたげて藤田某をねらった。藤田某はとっさに羽織を蛇にかぶせ、上から刀で何度も突く。羽織を取り除けると、それは古びた腰帯で、裂け目から女の黒髪が溢れ出ていた。
『北条九代記』巻10 一遍上人は、在俗時2人の妻を持っていた。ある時、2人の妻が碁盤を枕に頭を差し合わせて寝ていたところ、彼女たちの髻がたちまち小さな蛇となり、鱗を立てて喰い合った。一遍は刀を抜いて真ん中から切り分けたが、この事件がきっかけとなり、彼は発心して家を出た〔*苅萱道心の発心譚にもこのモチーフは用いられる〕。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 メドゥサはもとはすばらしい美女で、とりわけ髪の美しさが人目をひいていた。海神ネプトゥーヌス(ポセイドン)が彼女を女神ミネルヴァ(アテナ)の神殿で犯した時、女神は目をそむけ、神殿を汚した罪によって、メドゥサの髪を蛇に変えた。
★4.不義をはたらいたため、髪を切られる。片側の髪だけ切られることがある。
『好色一代男』(井原西鶴)巻3「口舌の事触」 27歳の世之介は、奥州・塩竈神社の巫女を、夫がいるのを承知で無理に犯そうとする。しかし夫に見つかり、捕らえられて片方の鬢髪を剃り落とされた。
『デカメロン』(ボッカチオ)第7日第8話 夫が、妻のもとへ忍んで来る愛人を見つけ、追いかける。その間に妻は寝室を抜け出し、身代わりに女中を寝かせる。夫は戻って来て、女中を妻と思い殴りつけ髪を切り取って、妻の不貞をその家族に訴える。家族が確かめに来ると、妻は殴られた跡もなく、髪も長いままだった。
*不義の男女の耳を切り取る→〔耳を切る〕3の『ボール箱』(ドイル)。
『悪を呪おう』(星新一『ようこそ地球さん』) バーのマダムが、ハンドバッグをひったくられる。マダムはとっさに、逃げる犯人の髪を2~3本つかみ取る。呪術を行なう男が、犯人をつかまえるべく、その髪を藁人形に入れて、5寸釘を突き刺す。その頃、犯人は家に帰って一息つき、かつらを取って禿げ頭の汗をふいていた。
『黄金のろば』(アプレイウス)巻3 魔女パンフィレエが、床屋から美青年の髪の毛を手に入れ、その髪の毛を燃やして美青年を呼び寄せようとする。しかし小間使いフォーティスが山羊の皮袋の毛を渡したため、皮袋がやって来る。
『黒金座主(くるかにじゃーし)と髪の毛』(沖縄の民話) 怪僧・黒金座主が村の美女に目をとめ、その弟を手なづけて、「お姉さんの髪を1本もらって来て」と請う。それを聞いた姉(美女)は、髪を1本抜き、目籠(みーばあき)の目の隙間に差し入れて通す。弟はその髪を黒金座主に渡し、黒金座主は髪を前に置いて、呪文を唱える。美女が駆け込んでくるはずだったが、驚いたことに、目籠がころころ転がり込んで、黒金座主の前にとまった。
★6.逆立つ髪。
『毛抜』 小野春道の息女・錦の前は髪が逆立つ奇病にかかり、文屋豊秀との結婚が延引される。これは、両家の婚約を破棄させてお家乗っ取りをたくらむ悪家老の陰謀で、錦の前に鉄製の髪飾りをさせ、天井裏から大磁石で髪を吸い寄せていたのだった。
『蝉丸』(能) 延喜帝の皇女・逆髪(さかがみ)は、頭髪が空に向かって逆さまに生え、心が折々狂乱して御所をさまよい出る。逆髪は逢坂山へ来て、藁屋に住む弟宮の蝉丸と巡り合い、互いの不運を慰め合って別れる→〔子捨て〕2。
『撰集抄』巻8-27 9月の明月の夜、帥大納言経信が古歌を詠じていると、それに合わせて高らかに詩を詠ずる声が、前栽の方から聞こえた。驚いて見ると、背丈が1丈5~6尺もあり、髪が逆さまに生えた者がいた。経信は「八幡大菩薩助けさせ給え」と念じ、その者は消え失せた。朱雀門の鬼などであったのかもしれない。
★7a.女の髪を売る。
『今昔物語集』巻3-26 ケイヒン国の女が髪を抜いて売り、仏弟子迦旃延を90日間供養し、彼の説法を聞く。その功徳で、女は身体から光を放つ美貌を得て、国王の后になる。后の勧めで、王も民も皆仏法に帰依する。
『若草物語』(オルコット)「電報」 従軍牧師として南北戦争に出征した父が重病、との電報が届く。母は父を見舞いにワシントンへ旅立つ。4人娘の次女ジョーが、栗色の長い髪を25ドルで売り、母の旅費の足しにする。
*→〔生き肝〕1の『今昔物語集』巻4-40・〔二者同想〕1aの『賢者の贈り物』(O・ヘンリー)。
『好色一代男』(井原西鶴)巻4「形見の水櫛」 百姓2人が、土葬された美女の髪を抜いて、遊郭へ売りに行こうとする。それを見咎める世之介に、百姓らが説明する。遊郭の女郎は、何人もの客に「恋しい貴方のために私の髪を切る」と心中立てをする。そして他人の髪を買い取り、手紙に包んで客たちに送りつけ、だますのである。
『今昔物語集』巻29-18 羅城門の上層に若い女の死骸があり、老婆がその髪を抜き取る。これを見咎める盗賊に、老婆は「この女性は私の主人だった人だ。長い髪なので、鬘にしようと思うのだ」と説明する〔*『羅生門』(芥川龍之介)では、老婆が下人に「この女は生前、蛇の切ったのを魚といつわって売っていた。だからこれくらいのことをされても当然だ」と言う〕。
★8a.金髪。
『紳士は金髪がお好き』(ホークス) ナイトクラブの踊り子・金髪のローレライは、富豪の息子ガスと婚約する。ガスの父が探偵マローンに、ローレライの素行調査をさせるが、マローンは、ローレライの親友ドロシーと恋仲になってしまう。ローレライはガスの父に対面して「お金が目当ての結婚よ」と言う。怒る父に、彼女は「金持ちの男は、美人の女と同じこと。結婚するなら美人の方がいいでしょ?」と言いくるめる。かくてローレライとガス、ドロシーとマローンの2組が、めでたく挙式する。
★8b.緑色の髪。
『緑色の髪の少年』(ロージー) 田舎町に疎開したピーター少年は、両親がロンドンで空襲のため死んだことを知り、戦争への恐怖で、一夜にして髪が緑色になった。町の人々は緑色の髪を忌み、「伝染する」との噂も広がる。孤独なピーターは森へ迷い込み、戦争孤児の一群に出会う。彼らはピーターに、「緑色の髪は、戦争が子供に及ぼす不幸の象徴だ。緑色の髪ゆえ、誰もが君に注目する。君は世界の人々に、2度と戦争を起こさないよう訴えるべく選ばれた人間だ」と教える。
★8c.赤毛。
『赤毛連盟』(ドイル) 質屋の主人ウィルスンは、燃えるような赤い髪の持ち主だった。彼は、店員のスポールディングに勧められて、赤毛連盟の一員となる。アメリカの赤毛の百万長者が、自分と同じ赤毛の人に同情し、この連盟を設立したのだという。連盟員は、ごく簡単な仕事をするだけで、多額の報酬が得られるのだ→〔ABC〕1。
『髪の話』(魯迅) 「私」の先輩にあたるN氏は、清朝末期に日本へ留学してすぐ、辮髪を切ってしまった。そのため、辮髪を頭のてっぺんにぐるぐる巻きにしている仲間の留学生連中から、憎まれた。数年後に上海に戻ったN氏は、辮髪のカツラを買ったが、まもなくカツラをやめ、洋服を着て街を歩いた。すると「生意気野郎!」とか「ニセ毛唐!」とか、罵られた。辛亥革命後しばらくして、ようやく悪態をつかれることがなくなった。
★9.かもじ(入れ髪)。
『龍宮に遊んだ男』(沖縄の民話) 若者が浜辺で、黒く輝くかもじを拾った。それは龍宮の美女が落としたかもじだったので、美女はお礼に、若者を海の底の龍宮へ案内する。素晴らしいご馳走や歌舞音曲でもてなされたが、3ヵ月ほどたつと、若者は故郷が恋しくなって、いとまごいをする。龍宮の神様は、「人の世では、もう33代が経過している。このまま龍宮にとどまって、楽しみを受けるが良い」とさとす。しかし若者は龍宮を後にした→〔白髪〕2b。
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