世界遺産に登録された日本の稼働遺産とは? わかりやすく解説

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世界遺産に登録された日本の稼働遺産

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/26 08:20 UTC 版)

稼働遺産」の記事における「世界遺産に登録された日本の稼働遺産」の解説

この項目は、法分野関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者求めています(P:法学/PJ法学)。 名称対象構造物特徴稼働状況所有者注意事項インテグリティ法的保護根拠(要約)八幡製鉄所旧本事務所 1899年(明治32年)に建設され左右対称レンガ積み二階建て玄関正面バルコニー付いた車寄せ張り出しがあり、屋根瓦葺き中央部ドーム冠する33m×15m、軒高10.38m。玄関洞海湾新日鉄八幡泊地)側に向いており、その前をくろがね線が横切る。1922年(大正11年)まで所長室やお雇い外国人技師室が置かれその後研究所検査となった日本製鉄八幡製鉄所構内にあり、所定見学路から80先の外観遠景のみ参観可(撮影可)。内部非公開景観法景観重要建造物指定港湾法適用されている。第三十九条分区指定)の三「工業港区-工場その他工業用施設設置させることを目的とする区域」として、第一条秩序ある整備適正な運営を図るとともに保全することを目的とする」、第三条の二「利用及び保全並びに開発に関する基本方針定めなければならない」とその2. 基本方針の五「経済的自然的又は社会的な観点確保」、第四十条分区内の規制)「区域内において、建築物その他の構築物改築し、又はその用途変更してならない」などの条項よる。 修繕工場 1900年(明治33年)に建設され現存する国内最古鉄骨建築物バシリカ状の構造で、明かり取り込むための高窓設けられ鉄板葺き屋根支えトラス組み構造50m×30m、桁行140m。以前鉄道軌道引き込まれていた。1905年(明治38年)、1908年(明治41年)、1917年(大正6年)に増築製鉄所使用する機械修繕部材の製作加工組み立て等を行う工場として天井クレーン含め現在も使われている。八幡製鉄所構内にあり、現在も稼働中のため非公開景観法景観重要建造物指定および同上港湾法適用されている。 旧鍛冶工場 1900年(明治33年)に建設され鉄骨造り二階建てかまぼこ型の形状越屋根付きで、外壁レンガ積み55m×15m、軒高7.4m。製鉄所建設必要な鍛造品製造した当初現在地北側建てられたが、製鉄所設備整った1917年(大正6年)に移設製品試験所として使用された。現在は創業時文書図面写真製品(レールなど)の資料約4万点保管する史料室として使われている。八幡製鉄所構内にあり、収蔵資料含め非公開同上 遠賀川水源地ポンプ室 1910年(明治43年)の製鉄所拡張工事に伴い工業用水水源及び送水施設として建設赤レンガ主体一部鉱滓レンガ使用した切妻屋根ポンプ室連結するボイラー室の二棟合わせ平屋38m×22.5m、軒高7.4m。ポンプ室側の内部アーチ構造当初は4基の蒸気ポンプと8基の石炭ボイラー設置されていたが、1951年(昭和26年)に6基の電気ポンプ取り替えられ、現在でも1日5万~6トン八幡製鉄所が使う約3割の工業用水埋設鋳鉄管送水している。ポンプ送水施設としては国内最古関連施設として川の中州同年建設取水塔があり、こちらも稼働しているが世界遺産ではない。新日鐵住金所有地内にあり、安全上からも非公開敷地外から外観のみ眺望できる景観法景観重要建造物指定遠賀川との接点部は河川法水防法送水管工業用水道事業法の範疇にある(工業用水法ではない)。 三池炭鉱三池港 三井三池炭鉱から産出した石炭搬出するため、1908年(明治41年)に開港。本来は切石積みだが、現在はコンクリート覆われている部分もある。沖から順に、有明海からの砂泥流入阻止する砂防堤に守られ航路1830m)、潮待ち内港50㎡)、観音開き式閘門長さ37.5m、水路20m)と左右各5門の補助水門(スルースゲート)、船渠13㎡、係船岸壁延べ421m)で構成され港湾全体ハチドリ形状をしている。船渠閘門閉じると干潮時でも水位8.5mを確保し1万トン級の船舶停泊できる閘門レンガ積みコンクリート製可動橋で、開閉用の水流ポンプ開港時のもの(日本機械学会機械遺産認定)。門扉鋼鉄製(1枚長さ12.17m×高さ8.84m×厚さ1.2m、重さ91.3トン)だったが、1983年(昭和58年)にゴムステンレス製に付け替えられた。扉は水面下にあり、天端鉄骨板張り犬走り目視できるのみ。補助水門レンガ石組門柱機械巻き引き上げ戸。1971年(昭和46年)に福岡県港湾管理者となったが、閘門機械室管理運用は旧三井鉱山系の三池港物流(株)委託され社用扱いのため港湾地区立ち入り禁止、但し船渠東岸のみ見学可。 公有水面埋立法景観法景観重要建造物適用されている。港湾法重要港湾国際海上輸送網又は国内海上輸送網の拠点となる港湾その他の国の利害重大な関係を有する港湾政令定めるもの)に指定第二条の5「港湾施設」一:水域施設泊地及び船だまり、二:外郭施設防波堤防潮堤導流堤水門護岸堤防、三:係留施設岸壁係船くい・桟橋物揚場適用長崎造船所第三船渠第三ドック1905年(明治38年)に三菱合資会社築いた大型船舶修理乾船渠長崎港面した崖を切り崩し海を埋め立て岩盤に石を積み上げた構造1943年(昭和18年)、1957年(昭和32年)、1960年(昭和35年)に拡張され長さ276.6m、幅38.8m、深さ12.3mで、95千トン級の船を収庫可。当初から設置されている排水ポンプ現役今後老朽化進んだ際には自治体ドック代替用地確保し保存する案も検討されている。三菱重工業敷地内にあり、現在も機能しているため立ち入り禁止。特に自衛艦入渠時は、防衛機密観点から特定秘密の保護に関する法律抵触する県道236号に面した三菱重工の塀の直下位置するが、自撮り棒などでの覗き込み盗撮になる。対岸鍋冠山から眺望可。 景観法景観重要建造物指定港湾法第二条の5「港湾施設」八の二:船舶役務施設船舶修理施設並びに船舶保管施設適用。 旧鋳物工併設木型工場 1898年(明治31年)に鋳物エンジンなど鋳造用の木製鋳型作る工場として建設木骨レンガ造りトラス構造二階建て。ハルデスレンガが用いられている。一階工場で、二階木材倉庫だった。建物中央荷揚げ用の吹き抜けクレーンがある。1915年(大正4年)に増築1982年(昭和57年)に新し木型場が完成したため、1985年(昭和60年)より長崎造船所史料館となり、一階部分のみ一般公開されている。展示物竪削盤 - 文化遺産オンライン文化庁)は国内最古工作機械景観法景観重要建造物指定および八幡製鉄所同様の港湾法適用されている。 ハンマーヘッド起重機(ジャイアント・カンチレバークレーン) 1910年(明治43年)に造船所設備電化に伴い設置され鉄骨片持ち梁電動クレーン。高さ62m、ジブ73m、吊り上げ能力150トン原爆投下被爆したが、骨格部材大半とワイヤー・ブレーキ・操作盤などはオリジナルのまま。大型同型クレーン20世紀初頭に世界中で48作られたとされ、現存するのは11基だが稼働例は少ない。1961年(昭和36年)に現在の水の岸壁移設が行われた。三菱重工業敷地内にあり、埠頭含め現在も機能しているため立ち入り禁止対岸大波止水辺公園から眺望可。 文化財保護法登録有形文化財景観法景観重要建造物指定および港湾法第二条の5「港湾施設」六:荷さばき施設固定式荷役機械適用。 占勝閣 1904年(明治37年)に第三ドックを見下ろす身投岬に造船所所長邸宅として建てられ瓦葺き木造二階建て洋館地下階厨房付随)。結局邸宅はならず迎賓館となり、東伏見宮依仁親王宿泊した際に「風光景勝占める」として命名邸内扁額の「占勝閣」揮毫孫文よる。現在も進水式などの祝賀会の際に貴賓接待使われているため非公開。身投岬を尾根とする立神山の中腹域からわずかに眺望可。 景観法景観重要建造物指定および港湾法第二条の5「港湾施設」十:港湾厚生施設第三十九条分区指定)の九「修景厚生港区-その景観整備するとともに港湾関係者厚生増進を図ることを目的とする区域」を適用橋野高炉跡及び関連施設橋野鉄鉱山採掘場運搬路) 橋野高炉跡から南へ2.6kmの大峰山北西谷間(標高900m)に鉄鉱石採掘場跡(青ノ木坑)がある。北緯391915東経1414030秒 / 北緯39.32083度 東経141.67500度 / 39.32083; 141.67500 (橋野鉄鉱山)(釜石市橋野町第2地割46番)。鉱山周辺餅鉄古くから知られていたが本格的開発江戸時代で、『遠野古事記』に「元禄中頃鉄山運上願上を為掘、鋳匠を呼抱置、鋳物を為鋳売申候(部分抜粋)」とあり、南部藩請負小野組よる。1873年(明治6年)に明治政府工部省により官営化。長らく露天掘りが行われ採掘場跡はクレーター状を成すが、高炉廃止に伴い閉山昭和初期再開し青ノ木から大峰山直下貫通横断する複数坑道開削1982年(昭和57年)に閉山鉱業権日鉄鉱業釜石鉱山所有になっており、安全上から採掘場非公開だが、Google マップストリートビュー周囲を見ることができる。Googleマップストリートビュー 橋野鉄鉱山高炉跡(運搬路) 景観法景観形成重点地区指定大峰山一帯ブナ原生林広がり国有林野管理経営に関する法律に基づく国有林保護林郷土の森)にもなっている。 旧集成館関吉の疎水溝 島津斉彬による集成館溶鉱炉水車鞴の動力源として、1691年(元禄4年)に仙巌園泉水用に稲荷川(棈木川)から並走するように約8掘削した用水路吉野疎水)を、1852年(嘉永5年)に改修したもの。1915年(大正4年)の集成館事業終了まで使われ、現在では途中で途切れているが農業用水路として利用されている。流域間の高低差は約8mしかなく(勾配最小0.07度とほぼ平)、測量土木技術の高さを示す。取水口は自然の岩盤切石組み込んだもので、1913年(大正2年)に改修をうけている。世界遺産登録されたのは、厳洞の滝とも呼ばれる取水口がある周囲の約50前後Googleマップストリートビュー周囲を見ることができる。Googleマップストリートビュー 関吉の疎水溝 文化財保護法に基づく史跡旧集成館 附)指定受けている。緩衝地帯には河川法都市計画法宅地造成等規制法適用されている。疎水全体農業用水化しているため法定外公共物見做され法的保護根拠がなく、鹿児島市農協および流域利用農家管理している。 アイコンがあるものは、通常見られる範囲での撮影画像望遠レンズ撮影含む)を下記ギャラリー掲載した。*橋野鉄鉱山画像釜石市主催した見学会の際に撮影したもので、常時見られるものではない。 八幡製鉄所旧本事務所 遠賀川水源地ポンプ室 三池港閘門第三船渠第三ドック) 旧木型ハンマーヘッドクレーン 占勝閣 橋野鉄鉱山運搬路 橋鉄鉱山/採掘場 関吉の疎水溝

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